1-1 『スライムの魔核』1
薪を割る。孤児院での朝。吐く息は白く凍った。
「ルメにいちゃん、見て見て!」
ヘレナが駆け込んできたのは、僕が薪割りを終えてひと息ついた直後のことだった。十歳にも満たない小さな体で、両手を胸の前にぎゅっと握り合わせている。その手は何かを包んでいた。
「またなにか拾ってきたのかい。転んだりケガはしてない?」
「してないよ!見て、きれいでしょ。」
ヘレナが手のひらを開くと、薄青色にぼんやりと発光する球体が現れた。大きさは指の第一関節ほど。透き通った青の中に、何か小さなものが浮かんでいるように見える。
「……魔核、か。」
僕は眉をひそめた。魔核というのは、魔物の体内に形成される結晶だ。錬金術師が高値で買い取る代物であり、同時に、扱いを誤れば危険な代物でもある。
「どこで拾ったんだい。」
「裏の水路のとこに落ちてたの。」
「スライムか……一応、害はないはずだけど、あんまり素手で触らないほうがいいよ。」
ずきり、と、痛いような、痒いような疼きが右腕に走った。視線を落とす。
肘から手首にかけて、黒い何かが巻き付いている。一見すれば布か革のように見えるかもしれない。しかし近づいてよく見れば、それが生きていることがわかる。鱗のような微細な凹凸。かすかに脈打つ動き。そして肩口から指先まで、赤い紋章のような模様がいくつも刻まれている。
魔道具、『素材喰らいのブラクベン』。
僕が物心ついたときから右腕に宿っている、何の役にも立たない正体不明の魔道具だった。
「ルメにいちゃん?」
「ああ、ごめん。なんでもないよ。」
ヘレナの声で我に返った。彼女は魔核を差し出すと、照れくさそうに言った。
「あのね、あのね。これ、とってもきれいだからね。ルメにいちゃんにあげる。」
「本当?いいのかい?」
両手を皿のようにして、魔核を落とさないように、ゆっくり慎重に。大切に差し出されたそれを、左手で受け取った。
「ありがとう、ヘレナ。」
「えへへ。」
水晶のように煌くそれを、太陽に透かして見る。綺麗だ。ヘレネがもう少し大きくなったら、アクセサリーにでもすれば似合うだろう。
そう思って、何気なく右手に持ち替えた。
その瞬間。
右腕に、爆発したかと思うほどの熱が走った。
「――ッ!」
熱い。血が沸騰したような熱が、肘から指先まで一気に駆け抜ける。魔核が魔道具に触れた、それだけのことで。
魔核を取り落とす。手を、腕を転がるようにして、それはブラクベンの中へ、音もなく、吸い込まれるように沈んでいく。
まるで、捕食されるように。そして。
どくん、とそれは鼓動した。
「ヘレナ、後ろに下がってて!」
声が震えた。膝が折れる。地面に左手をつく。右腕だけが異様に重く、熱い。紋章の赤が、これまで見たことのない強さで明滅している。
「に、にいちゃん?」
ヘレナの声が遠い。
そして――右腕が、剥がれた。
ぶちり、という感覚があった。痛みではない。繋がっていたものが唐突に切り離されるような感覚。黒い何かが僕の右腕からするりと抜け出し、床に落ちる。着地した瞬間にそれは膨れ上がり、全長一メートルを超える黒い蛇のような形を作った。鱗は黒く、赤い紋章だけが暗がりに光る。
右腕があった場所には、袖だけが空っぽのままぶら下がっている。
沈黙があった。
その蛇は——ブラクベンは動かなかった。ただそこに、在った。床の上で、ゆらりと頭をもたげて、きょろきょろとあたりを見回している。
まるで、今初めて目が覚めたみたいに。
しばらく間があった。それからブラクベンは、僕の顔をじっと見た。瞳のような赤い模様が、確かに僕を捉えている。
『……あ?』
頭の中に声が響いた。低く、ざらついた、初めて聞く声だった。
『あア、そういうこと。やっっと、目が覚めたのか!』
「……。」
声が出なかった。
『気づいたら旨いもんが口の中にあった。棚から牡丹餅ってやつか?違うか。どっちでもいいや、ギャハハハ!』
笑い声が頭の中に響く。楽しそうというより、獰猛だった。ブラクベンは首をぐるりと回して、改めて僕を見た。
『オマエがオレサマの主か。』
「……そう、なるのかな。」
『ふぅん。ふうぅぅん?』
品定めするような間があった。
そしてブラクベンは、ゆっくりと、僕に向かって這い始めた。
『弱そうだな、弱そうだなぁ!オレサマの主にはふさわしくねぇなぁ!』
その速度は、徐々に早まっていた。薪割りに使っていた斧を左手でつかむ。
『喰っちまおうかなぁ!?』
「ヘレナ、逃げろ!」
ヘレナが涙を顔に浮かべながら、しかし利口にも悲鳴を上げずに外へ飛び出した。それを横目で確認して、斧を構え眼前の怪物に向かう。
【Tips】
魔道具『素材喰らいのブラクベン』
属性:闇
分類:特殊型
詳細:素材を吸収することで新たな能力を得る謎の生命体。素材を捕食することで『反抗値』が増加し、一定値に達すると『反抗』する。『反抗』を抑制することで、『素材喰らいのブラクベン』は新たな能力を得る。




