旧祭の口
これから僕は彼女の家で暮らすことになる。大阪の実家からローカル線でに向かっていた。婿入りの礼儀作法がどういったものかは僕には分からないが、自分なりにベストを踏んだつもりだ。
こまかいことを気にしないお義父さんとお義母さんではあるけど、それでも新しい家というのは緊張する。ここまで実家の車の方が便利が良かったが余計なものを持ってきたくなかった。迫る電車の時間があるからといって振り切った実家の風や、よく生活した町を見るより、新しい世界を見たかったのだ。
電車は古いディーゼル車だった。独特の音を立ててトンネルを越えていく。車内は平日の昼間のせいかまばらで、立っている人はいなかった。クロスシートの向かいは誰も座っていないかったけど、少量とはいえ荷物を持っていたけど、前に乗せたくなかった。ほとんどの荷物は新居に送っていたから、そこまで大きい量で無かったせいもある。
降りる駅まで二十分なのに次の駅。さっき止まった駅と次の駅の間に新居がある。前の駅は車では不自由だというので、次の駅に迎えに来てもらう手はずだった。
山間部の冬らしく舞う粉雪、風で吹き付けても粉雪は粉雪で寒いのは変わらないのに頼りない。
窓の外では新居が後ろへ流れていく。車は無かったので、おそらく駅で待ってくれている。
タクシーを頼めば気を遣わせずに済んだかな、それでもお義母さんは気をもんだだろう。
流し目をしていたのにとある家に目が向いた。一軒家で青色の屋根に白い壁、異様だったのはその窓だった。一階の窓二つと二階の一つの窓が外されていた。外されて窓枠の向こうには暗い闇があった。
外は確かに暗くはあったけど、それでも外ははっきりを見えるし、他の家の窓も向こうに人の営みがあった。もしかして車窓の先の音が聞こえていれば、青色の屋根の家から北酒場でも聞こえたかもしれない。周りの家からしたら迷惑だけど、そう流れてくれた方が不安感も落ち着く。
駅にはワンボックスカーがついていた。
実家の車は両親の車なので、ここで新しい車を持つことを考えよう。鉄道の町を西へ走った。一時間に一本のローカル線は車で十分の道のりを動く間に鉄路を踏み、すれ違うことはしない。
疲れているだろうから、まずは家に帰ろうと言ってもらえた。仕事は決まっていなかったけど、奧さんの働き口を先に決めてしまった。専業主夫の予定で家を空けている間に両親を見て欲しいと合意した。僕もパートくらいに出たいけど、ここいらは移動販売がほとんどでスーパーは夕方に閉まるし、スーパーの口はそう空きがない。他の仕事も飽和状態であるとすれば、ヘルパーくらい。
ヘルパーもちょうどいい、資格を取ろうとしたけど、男性のヘルパーの口もそうないと。
自分的には働きたいので内職くらいとはまだ義両親には言っていない。
もうじき着くだろう時にふと気になった。この先に行くということはあの青色の屋根の家を通るだろう。
「この辺りに青色の屋根の家を見かけたのですが」
「あそこはダメだ」
お義父さんの強い声に驚き僕は黙ってしまった。
「あそこはダメよ、ね」
「あそこには触れたらいけない」
何にしろダメらしい、それならそれが終わった話だ。面倒な家なのか、迷惑をかけるご近所さんなのか。
窓の外を見ていると青色の屋根の家が目に入った。僕はそっと視線を外した。目の端に消えたそれは明るい電気のついた家だった。
「鉄道の中から何を見た」
新居に着いたのに義両親は車から降りない。
車内は緊張感に包まれている。
「青色の屋根の家の窓がなくて、向こうに黒い口が三つ」
「さっきは」
「え」
「ここを通った時は!」
怒気をはらんだ言葉に動転しつつもこんなところで隠しごとをしても仕方ない。
「明るい電気のついた家です」
乱暴に急いで車を動かしている。
「いいか、今から来た道を戻るが絶対に外は見るなよ」
「純くん、頭を下げて」
お義母さんの声も切迫していて、必死さが見て取れた。
頭を下げて数分、止まったのは神社の前だった。
どうやら何かがあったらしい。
「寒いけど水行をしてくれ」
はい分かりましたとはいきたくないけど、しろと言われたら仕方ない。
終わったら暖かい部屋にいれてくれた。
何がどうなってこんな顛末になったのか、なんで粉雪の舞う外で水行をしなければいけなかったのか。それを聞く権利くらいはあるはずだ。神職の人が教えてくれた。
青色の屋根の家は人が住んでいない家だった。
あそこに神社があった。名のある守り神を安置していたという。
「あの家に黒い口があったのも、明るい家に見えたのもみんな守り神の」
「はい、さぞかし満腹になったのでしょう。気をつけなさい」
生活を始めてもその家のことを気にしないようにした。専業主夫で買い物は義両親の車でしていた。働きに出たかったが、それは許してくれない。仕方ないので内職を頑張っていた。
「風呂ふき祭りに行こう」
食卓で四人囲んでいる時にお義父さんが話を始めた。奧さんは面倒くさそうに「あれ、私嫌い」と言った。
「風呂ふき祭りはな、露店も出て大賑わいさ」
「あれめちゃくちゃ並ぶから疲れるのよ」
「大根の味は格別で」
「大根に味噌は確かに美味しいわよ」
「是非、純くんも行こう」
明日あるから行くというのは急な話ではあった。
駅からそう遠くない、町の神社だった。
世話人は老人が多く、お義父さんと話が盛り上がっている。
「おい、元気か」
お義父さんは法被をきた老人に話しかける。
「草ちゃん、あんたこそここに来て」
「あんまりしょぼくれていてもな」
「あれがふるさとサポーターの」
「純ちゃん、好きな物買っていいわよ」
お義母さんは子ども扱いをするがこれも孝行になるか。
「景も一緒に来たら楽しかったのにね」
奧さんは仕事で来なかった。
「景ちゃんも来たら大根食べられたのに」
お義母さんの顔が一瞬止まった。
「そうね、そうよね」
「おうい、大根食ったか」
お義父さんは紙カップに大根を入れて持って来た。
「お義父さん、言ってくれたら」
「あぁ、そうだね。そうだ」
少し様子に違和感を覚えたが、大根を取った。
「熱いけど美味しいですね」
景に今日のことを話してやろう。久しぶりに射的をしたこと、ヨーヨー釣りが案外楽しかった事。
「純ちゃん、社務所に行って同期会に参加してくれ」
「同期会?」
「この町の同年代の会だ」
若者の集まりかと思って行ってみると、下は大学生で上は四十くらいの大人がいた。空気は重く、気軽に自己紹介を出来る雰囲気ではなかった。
「これから第五十八期の同期会を行う。みんなも気づいている通り、君たちは代替えだ。この町では人口減少を防ぐこと、高齢者の生活を支える為に連れて来られた……」
僕は景と結婚したからこの町に来たのだ。こんなよく分からないものではない。
「その景はどこに」
そんな声が聞こえた。
「え、景は僕の」
「景って景色の景?」
「さっきまで一緒におりましたよ、景」
「僕には朝仕事って」
なんだこれ。
手を叩く音がした。
「あー、今回は不良品が多かった。今回は失敗」
「あの失敗って」
「あなたたちは高齢者の安心な生活を守るために婿養子にされた可哀そうな人達。景ってのは共通の奧さん。みんな幻想と結婚したわけ、捧げものが増えて良かった」
次に目を覚ましたのはあの青色の屋根の家の前で黒い口から黒いものが溢れ出ていた。
「景さん、僕と結婚してください」
「はい、よろしくお願いします。ところで@:!”#$%&さん、婿養子になってもらえますか」




