第5話
「ふわあぁ……」
小鳥のさえずりを耳にしながら、俺は体を起こし大きく伸びをした。
隣を見れば、ミリヤはまだ寝ている様だ。
俺はミリヤを起こさない様にゆっくりとベッドから降りると、顔を洗いに井戸へと向かった。
部屋を出て井戸へと向かう途中、昨日の夜ミリヤから言われた事を頭の中で考える。
ミリヤは俺と共に暫くこの街を離れると言い出した。
まぁ理由は十中八九、勇者がこの街に来るからだろう。
昨日聞いた話では、勇者はギルドの人間を自由に好き勝手出来るみたいだから、ミリヤは勇者との接触を避ける為にこの街を一時離れると言う事なのだろう。
俺を一緒に連れていく理由は一人だと寂しいというのもあるのだろうが、心配性のミリヤの事だからこの街を離れて俺を此処に置いていくのが心配でたまらないから連れていきたいのだろう。
正直この話に異を唱える理由なんて俺には無い。
昨日ギルドからの帰りにオーバから聞いたのだが、勇者が一つの街に滞在する時間は大体二~三ヵ月、長くても半年ぐらいらしい。
つまり半年もすれば勇者は街から離れるのだから、それよりちょっと長く街を離れているだけでいいのだ……多分。
それに不謹慎だが、この街を出て他の土地に行くのはちょっとわくわくする。
実はこの世界に転生して早二年なのだが、俺は一度もこの街から出たことがない。
当然、街にも教会にも不満なんて全然無いが……無いが……ない……嘘だ。
ちょっと不満はある。
黒騎士の事だ……。
……まぁそれは置いといて、それ以外には全く不満は無いが、ちょっと羽を伸ばして他の街へと行くのは普通にわくわくしてしまう。
後は神父様やシスター、他の子供達がなんと言うかだが、ミリヤの事だから神父様達には既に話は通してあるだろう。
他の子供達も不満を言うものもいるだろうが、この教会の子供でミリヤに逆らえる者などいないので多分問題はないだろう………コリンには泣かれるかもしれないが……。
オーバの話では、勇者がこの街に来るのは早くて一週間後らしいので結構時間があるが、何があるか分からない為準備は早く行うに越したことはない。
考え事をしながら歩いていると、あっという間に井戸にたどり着いた。
周りを見渡して見たが、まだ誰も来ていない様だ。
思ったより早く起きちゃったのかな?
首を傾げつつ、よっこいしょと井戸の水を汲む。
黒騎士に変身していない俺はクソザコナメクジなので、井戸の水を汲む作業だけでも滅茶苦茶な重労働なのだ!
はひはひ言いながらなんとか水を汲み、桶で顔を洗う。
「君はこの教会の子なのか?」
「あぶぶ!!?」
つめてー!!と思いながら懸命に顔を洗っていると、突然背後から声を掛けられた!
周りに人なんていないと思っていた俺は、声を掛けられるなんて全然想定していなかったので、驚いて変な声が出てしまった。
慌てて振り向くと、そこには今まで見たことも無い程のイケメンの少年が立っていた。
少し浅黒い肌に、短く切りそろえられた真っ黒な髪。少し目つきが悪く見える赤い三白眼も彼の意思の強さを表しているようで大変かっこよい。
顔のパーツどれをとっても惚れ惚れする様な出来の良さに俺は、芸能人に会った一般人ってのはこういう事なんだなぁと訳の分からない事を思っていた。
ギルドのナンバーワンイケメンと名高いアレックスも、この少年に比べればやはり街レベルなのだと思い知らされてしまった。
少年は俺を見て少し目を見開いて硬直した後、目を閉じ頭を振ると再度俺に問いかけた。
「君はこの教会の子なのかと聞いている」
「あ……はい。私はこの教会の孤児です……」
あ!!
今思ったのだが、俺がこんなおしとやか風なしゃべり方してるのは、別にかわい子ぶってるわけじゃない。
と言うのも俺は二年もこの世界にいるのに、未だにこの世界の言語を一度頭の中で日本語に訳しているのである。
正直に申し上げると、あまり頭の良くない俺は元々英語が大の苦手だった。どれぐらい苦手かと言うといつも赤点レベル。
だからこの世界の言葉を理解するのも滅茶苦茶苦労した。
今ではなんとか言葉を理解は出来ているが、未だに難しい単語とかよくわからないし、発音とかも合ってるかたまに不安になる。
ランディにもたまに「お前は何言ってるのか分かんねぇんだよ!!」と文句を言われる事がある。
だから俺はゆっくりと話さないと、正直合ってるのか伝わってるのか微妙に分からない時が多々あるのだ。
そう思うと三か国語とか四か国語とか覚えてペラペラな人は本当に尊敬出来るしすごいと思う。
なんてことを思って現実逃避していると、イケメン少年が口を開いた。
「そうか……。失礼。君の様な人が教会の孤児とはとても思えなかったから、わざわざ聞いてしまった」
「はぁ……そうですか……。え……とあなたは……?」
「俺の事はどうでもいい。それより君の名を聞いておきたい」
「えぇぇ……」
なんだこいつめちゃ怪しい。
自分から名前を名乗らない奴に碌な奴はいないと俺は思っている。
そこでふと思ったのだが、この状況は結構やばくないか?
と言うのも、この教会には最近神父様が魔術師を雇って結界を張っているそうなのだ。
理由は俺が誘拐されてしまったから……と、他の子供たちの心配もあるのでセキュリティ強化の為に神父様の知り合いの魔術師が格安でやってくれたらしい。
侵入者が教会の敷地内に入ると神父様とシスター、そしてミリヤに連絡が入る様になっているそうなのだが、この状況に置いて誰も来ないのはなぜだろう?
結界が作動してないのか?それともこいつが何か特別な事したのか?
やばい緊張でお腹痛くなってきた!冷や汗も出てくる!
ここはやはりリスクを冒してでも黒騎士へと変身すべきなのだろうか!!?
俺の警戒を察してか、少年は口を開いた。
「警戒しなくていい。俺は怪しい者じゃない」
いやめっちゃ怪しいよ!!?
「本当に名前だけでも教えてくれないか?そしたら俺は帰るよ」
どこか懇願する様に少年は言う。
うーーーーーん。
どうしたもんか。確かに怪しいやつだが、なにやら悪いやつでもない気がする。
名前だけでも教えれば帰ると言うし、此処は一つ少年を信じてみよう。
結界が作動しないのも、もしかしたら調子が悪いだけでこの少年のせいでは無いかもしれないしな!
「コウ……です」
「コウ…………いい名前だ。俺は……今は名乗れないが、次逢えた時は必ず名乗ると約束する」
いやべつにいいけど……。
もう名乗ん無いなら無いでいい。
それに次も無いかもしれないしな、俺は今日の昼にでもここを発つわけだし。
「コウー!!大丈夫ー!!?」
異変を察してか、遠くからミリヤの声が聞こえる。
俺は振り返りミリヤに手を振って答えた。
「ミリヤさーん。大丈夫でーーす」
大丈夫と言ったけど果たして本当に大丈夫なのかな?
ふと後ろを振り返ると、先ほどのイケメン少年の姿はもうない。
……え?幽霊?魔物?それとも……なに!!?
ミリヤが近づいてくる気配を感じながら、俺は消えた少年の正体を考え背筋が寒くなるのであった。




