第4話 私の可愛い妹(ミリヤ視点)
「コウ。しばらく私とこの街を離れない?」
私の言葉にコウは、可愛らしくきょとんとして首を傾げた。
私の名前はミリヤ。この街で冒険者をしている。
この世界の守り神でもある白銀のドラゴンの娘であるコウを引き取って早二年、私にとってコウは掛け替えのない存在となっていた。
優しく可愛らしいコウは、殺伐とした冒険者の仕事の中ですり減っていく私の心のオアシスだ。
私は元々そんなに戦いが好きなわけじゃない。
本当は魔物と戦うよりも害のない魔物の保護とかしたいし、出来る事なら魔物や動物達を手にかけたくはない。
盗賊とかの処理だってやりたいわけじゃないし、好き好んで人の命も奪いたくはない。
だが知識もなく勉強が苦手な私は戦う事の方が得意だったし、なにより頭に血が上りやすいこの性格のせいで冒険者は私にうってつけの職業だった。
しかし好きでもない戦いのせいで私の心は少しずつ病んでいた。
神父様やシスターのカウンセリングのお陰でなんとか繋ぎ止めていた心だったが、白銀のドラゴンを守り切れなかった事でついに限界に達してた様に思う。
そんな時コウに出会って私の生活は一転した。
始めは罪滅ぼしのつもりで保護したコウだが、頻繁に彼女に会いに教会に行くたびに、コウと話すたびに私の心は活力を取り戻していった。
仕事で疲れている私を気遣って優しく微笑んでくれるコウ。
帰ってきた私を優しく抱きしめて、お疲れ様と言ってくれるコウ。
仕事に行くのが嫌で憂鬱な気持ちで宿の扉を開けた時、教会からの差し入れを持ってきてくれて優しくいってらっしゃいと送り出してくれるコウ。
はぁぁ。好き。大好き。愛してる。
ともかくコウは私の大切な大切な可愛い妹だ。
最早それ以上と言っても過言ではない。
今の私の夢は、コウが教会を出る年になったら迎えに行って、それから私がコツコツと頑張って溜めたお金でコウの生まれた場所でもある聖なる湖の近くに家を建てて、二人でゆっくりと暮らすのだ。
神父様の診断でコウが白銀のドラゴンの生まれ変わりにして娘だと言う事ははっきりとしているので、あの湖付近一帯はコウの所有物と言う事になっている。
それは市長にも明言させているし、その事で文句を言ってくるものもいないだろう。
コウが嫌がればそれまでだが、多分コウも喜んでくれると思う。
それだけの信頼関係は私たちの間にあると信じている。
一度攫われてしまったコウを心配して、荒くれものたちだが根はいいやつの集まりであるギルドでコウを守るため受付のバイトをさせたのだが、正直あれは失敗だった。
色気づいた獣たちの群れにコウを解き放ってしまったせいで、どいつもこいつもコウにお熱になってしまった。
最悪なのがギルドのエースでもあるアレックスまでもが、コウの可愛らしさにやられてしまった事だ。
「コウちゃんは何が好きなのかな?」
「は?なんでそれをアンタに教えなきゃいけないのよロリコンかよ(さぁ?よくわからないわね)」
「コウちゃんが今日受付で欠伸をしててね!可愛かったよ」
「は!?いちいちコウの行動を監視してんじゃないわよ!ストーカーかよ!?(そうなの?可愛いわね!!)」
と言った感じで最近奴と話すとき本音と建前が逆になってしまっている事が多々ある。
とにかくこのままコウをギルドに置いておくのは危険な気がする。主にコウの貞操の意味で。
しかしコウは魔族にも、恐らくコウの秘密を知っている貴族にも狙われている。
前門の虎、後門の狼とはまさにこの事だろう。
そんな私に転機が訪れた。
そう、勇者がこの街にやってくるのだ!
今朝アレックスからその話を聞いたとき、これはチャンスだと思った。
アレックスは勇者がこの街にいる間はコウにギルドのバイトは辞めさせ、教会で身を潜めさせる。そして私も勇者に合わない様にどこかで身を潜めてくれと言ってきた。
さらに身を潜めている間は仕事が出来ないので、その為の資金までくれたのだ。
私はこれを機にコウとこの街から暫く出ていく事を決めた。
コウはもう言葉も分かるし、最低限の読み書きも出来る。
神父様やシスター、教会の子供たちと離れ離れにさせるのは心苦しいが、もし教会に勇者がやってきてコウを見初めでもしたらそれこそ大変だ。
さすがに一般人に手を出せないとはいえ、教会は国からの補助で成り立っている。
神父様達も抵抗はしてくれるだろうが、国から強く言われた時にどうなるか分からない。
それよりは私とコウがこの街から暫く離れる事で、ギルド、教会に迷惑をかけることなく事なきを得ることが出来る!
ついでにギルドの野獣共からもコウを離すことが出来るし、何よりコウとずっと一緒に過ごせる。
あと……あのクズ野郎。
黒騎士からも離れることが出来る。
黒騎士が私たちを守る為に白銀のドラゴンを打ち倒したのは分かっているし、奴は口は悪いがこの街を守ってくれているのも知っている。
でも……コウの事を役立たずとか厄介者とか、ましてやさっさと捨ててしまえと言ったあの男を私は絶対に許す事はできない。
ギルドの人間も、ギルドに関わりのある人たちも皆コウを大事に思ってくれている。だからこそあんな物言いをする黒騎士を皆認める事は出来ないのだ。
そもそも何が目的でこの街を守っているのかは知らないが、精々今からやってくる勇者と仲良くこの街を守ってくれればいい。
唯一の心配は親友のマイカだが、彼女はなんだかんだで要領がいいので何とかなると思う。
最早私たちを縛る者はいない。
こうして私は、コウにこの街を離れると言う提案をしているのである。
「私たちがこの街に居たら皆に迷惑をかけてしまうかもしれないわ。だから……」
「はい。わかりました。ミリヤさんと一緒にこの街を離れます」
「コウ……!!」
何の疑問も持たずに私を信じて、ニコリと笑って肯定してくれたコウに心を締め付けられる。
可愛すぎないか?
正直断られるだろうとは思っていなかったが、実際こうやってコウに打診するとき少し緊張したのだ。
だから思わずコウを強く抱きしめてしまった私を誰が責められるだろうか?
しばらくの間無言で抱きしめた後、私は腕の中にいるコウに言った。
「じゃあ明日の早朝から準備しないとね?遅くても明日の昼ぐらいまでには此処を発ちたいしね」
「はい……」
「ごめんねコウ。……今日はもう遅いし寝ましょうか!」
腕の中でコクリと頷くコウを撫でて、そのまま一緒にコウのベッドへと倒れる。
「おやすみ、コウ」
「……おやすみなさい、ミリヤさん」
目を閉じ眠りにつきながら、私はこれからの事を考えた。
こんな状況でありながら、私は不謹慎にも期待に胸をふくらませていた。
ちょっとしたバカンス気分だ。
大好きなコウと一緒にこの街を出て、まだ見ぬ街に足を踏み入れる。ギルドの遠征とは違う、正真正銘の自由な旅。
何があるか分からないが、コウと一緒ならきっと楽しいはずだ。
腕の中のコウがすやすやと寝息を立てているのを聞きながら、私は遠足に行く子供の様な気分で気持ちが高まり、なかなか寝付くことは出来なかった……。




