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第33話 聖母(聖女マリフィセント視点)

 後ろ姿だけではっきりと分かった。

 これが本物の聖女。美しい銀髪を靡かせて、彼女は私の様な紛い物と違う本物の神気(オーラ)を纏っていた。


 なるほど……これは確かに……教会の上層部の連中が喜ぶのも解ります。


 そんな少女に圧倒された私だが、彼女をよく見てみるとどこか不安げな足取りで歩いているのが解った。

 そもそもなぜ彼女は一人なのだろうか?

 人の事を言えた義理じゃないが、一人で歩くなど……危ないのではないでしょうか?


 私としてはこのまま見て見ぬふりをするのが一番いいと思った。

 だって……これ以上完膚なきまでに叩きのめされたくないのだ。私だって。

 彼女は私にとっては敵だ。私のこれまでの功績や努力を全て奪っていく……そんな存在だ。


 でも……


「もし……こんな所で何をしていまして?」

「ひぇ!!?」


 どうにも放っておけない。そう思い話しかけてしまった。

 

 振り返った彼女を見て、やはり声など掛けなければ良かった思った。

 光に照らされて輝く美しい銀髪、どんな精巧な人形よりも整った顔立ちに、宝石よりも綺麗な青い瞳。まさか……女としてもこんな敗北感を味あわされるとは思っていなかった。


 そんな彼女だが、私を見て目を見開いている。

 大方この黒髪と血の様な赤い瞳を驚いているのだろう。余りにも醜くて。


「あの……そんなに見つめられると困ってしまうのですが……」

「はっ!!すみません……!!すごく……綺麗だったので……」


 ……嘘は言っていない。どうやら私の能力は神々にも通用する様で、彼女が嘘をついていないことが解った。……というよりこの娘、分かりやすすぎないか?大丈夫でしょうか?


「……ふふ。ありがとうございます。」

「あ……あの!私……コウって言います。今日宮殿(ここ)に呼ばれて来たんですけど……えと………迷子になってしまい……まして……」


 迷子!?

 宮殿の騎士たちは一体なにをしているのだろうか?白銀の(エンシェント)ドラゴンを一人で歩かせる所か迷子にまでさせるなんて!


 不安げに瞳を揺らす彼女に 絆されそうになる。

 それはまずい……ここは……!


「そうでしたの。私の名前は……マリフィセント。聖女をやっておりますのよ?」


 私が今の聖女だと名乗り、牽制を入れる。私が聖女だと解れば彼女だって面白くはないだろう。

 何故なら彼女からしたら私は紛い物だ。

 

「すごい!かっこいいです!」


 だというのに……目をキラキラとさせて彼女は言ったのだ。


「……!!?……私……黒髪ですのよ?それを……」

「???……綺麗な髪ですけど……?」


 私の黒髪だけではない。本物の聖女として、自分の地位をこんな女に奪われていて、彼女は嫌では無いのだろうか?私に嫌悪感はないのだろうか?

 でも彼女は私の質問に心底解らないと言った風に答えた。それも当然……本心だった。


「ふ……ふふ。あはははははははは!」


 小さい。私はなんて小さいんでしょうか。

 結局私も教会の連中の話に踊らされていたのだ。彼らが彼女を教会の聖女に立てると聞いて、勝手に彼女に敵対していたんだ。

 

 でも……そんなの彼女にとっては関係のない事でした。

 本当に私は……彼らと同じ愚か者みたいだ!!



 その後、軽口をたたいた後、私たちはお庭のベンチに腰掛けた。

 そして何でもない会話を楽しむ。


 初めてだった。年の近い女の子とこうやって談笑するのは。

 初めてだった。自分の名前を愛称で呼んで欲しいと頼んだのは。

 初めてだった。相手が何を考えているか、いちいち確認しながら話をしないのは。

 

 だから、本当に楽しかった。

 

 コウ様は本当に可愛らしい方だった。勝手に敵対心を抱いていた私は本当に愚か者です。


「うふふ。コウ様……迷子でしたら、手をつないで一緒に皆さんの所までご案内しましょうか?」

「え!?いいんですか!?」


 悪戯のつもりで言った言葉に、予想外の反応をされるコウ様。

 

 彼女は嬉しそうに立ち上がると、私の前に立ちニコニコとその手を差し出してきた。

 私はその手を取ろうとして……手を出せなかった。


「……マリィ様?」


 コウ様が小首を傾げて私の名前を呼ぶ。でも……


 この手を取ってしまうと、コウ様とはここでお別れしなければいけない。

 またあの陰鬱とした日々に逆戻りしなければいけない。それ所か……。


 私は聖女としての立場を追われ、また唯々皆から蔑まされる生活に戻らなければならない……。


「どうして……?私……こんなに……頑張っているのに……!」

「マリィ様……?」


 いきなり訳の分からないことを口にした私を、コウ様混乱されただろう。当たり前だ、さっきまで談笑していた奴が、いきなりふさぎ込んでしまったら誰だって混乱するでしょう。


 早く何時もの私に戻らなければ。何を言われてもニコニコと、まるで何も感じていないかのように強く、不気味な私に戻らなければ……!


 そう思って顔を上げようとした瞬間、何か温かいものが私に触れた。


 それは……


「……!!?コウ様!!?」

「……。マリィ様が何に落ち込んでいるのか、私には分かりません……でも……マリィ様は頑張ってます。初対面の私が言うのは……おかしいですけど……絶対にマリィ様は悪くありません」


 コウ様が優しく私を抱きしめてくれていたのだ。

 親にだって抱きしめて貰ったことは無い。ましてや当然教会の連中にだって……!!


「私のお姉ちゃんが落ち込んでた時に、こうやってぎゅってすると元気になるって言ってました……。だから……」


 よしよしっと私の頭を撫でてくれるコウ様の温かさに、私はとうとう耐え切れなくなった。

 

 私はその日、産声を上げた日以来初めて大声で泣いてしまった。

 優しく抱きしめてくれるコウ様の腕に包まれて、私は堰を切ったように涙が止まらなくなったのだ。


「私……私……頑張ってるんです!!誰になんと言われようと……黒髪だって罵られようと……頑張って……!!」

「はい。マリィ様は誰より頑張ってます。誰より偉いです……良く頑張りましたね……」

「う……うう……うわぁああああああ」


 私は大きな勘違いをしていた。

 この人は聖女ではない……聖母だ!!

 

 私の様なちっぽけな存在が聖女と呼ばれる権利があるのならば、彼女こそ全ての母、聖母と呼ばれるべきお方なのだろう。


 今はっきりと理解しました。

 私の力はきっと彼女の為にあったのです。


 全てを包み込んでくれるような優しさに包まれながら、私はこの先生涯一生このお方に尽くしていく事を心に決めていた……!


 もう何も怖くない。何故なら私は本当の神の愛に触れたのだから……!!

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