第32話 黒髪聖女(聖女マリフィセント視点)
「そう。リヴァレンからわざわざ王都まで……」
「はい。でも……意外と楽しかったです。馬車はお尻が痛くなったけど……」
「うふふ、そうよね。馬車は本当にお尻が痛くなりますわ」
楽しい。
私たちは宮殿の庭にあるベンチに腰掛け、二人で談笑していた。
「マリィ様はどうしてここに?」
「ああ……。実はこの後国王陛下との会談があるのですけど、それまでまだ時間があるのでお庭を散歩させて頂いていたんですわ」
「そうなんですね。迷子の私とは……違いました……」
とほほ。と肩を落とすコウ様を見てまた悪戯心が顔を出す。
「うふふ。コウ様……迷子でしたら、手をつないで一緒に皆さんの所までご案内しましょうか?」
「え!?いいんですか!?」
悪戯のつもりで言った言葉に、予想外の反応をされるコウ様。
ああ。ああ。だめです……。
そんな純粋な笑顔を私に向けないで……。
だって私………始めは貴女を勝手に敵と見立てて話しかけたんですもの……。
◆
黒髪聖女のマリフィセント。
その名称は決して誉め言葉では無かった。
この国では代々、黒髪の女性は不吉の象徴として扱われてきた。
そんな昔からの腐った慣わしを、払拭したのが現王妃様のエメラルド様だ。
彼女が数々の苦難を乗り越え王妃の座に就いた事により、大々的に黒髪の女性への強い当たりは鳴りを潜めたのだ。
しかし……
「聖女に選ばれた女性の髪が黒いなんて……!!」
「不吉だ……神々もなぜあのような娘を……」
「あの目が嫌だわ!なんだか血みたいで気味が悪い……」
「うちの主人があの人に癒してもらったそうなんだけど……なんだか呪われそうで嫌だわ……」
聞こえないとでも思っているのだろうか?私への陰口が……。
くだらない。くだらない……本当にくだらない。
髪色がなんだというのだろうか?
遥か東の国では皆髪の色が黒いと聞くが、彼らは皆呪われているのか?
赤い目が何だと言うのだ?
血を被ったらこの目になるとでも言うのだろうか?
聖女教会では全ての教会で一人の聖女しか存在せず、今期の聖女はこの国という事になったそうだが、本当に最悪です。
だって選ばれたのが私なんですから……。
姉妹で唯一の黒髪だった私は、物心つく頃には聖女教会に預けられていた。
皆からの嫌がらせを受けても、神父様達から毛嫌いされても、私は一生懸命神々へ奉仕した。
その努力の結果私は聖女に選ばれた訳だが、聖女になって皆の態度は一変しても私の心は晴れなかった。
私は元々人の心を読むことが出来る力がある。
完全に読める訳ではなく、人が嘘をついているのか、本心で言っているのかがなんとなしに解るのだ。
だから……口々に私を褒める人々が、心の奥底で私を見下しているのが手に取るように解っていた。
なぜお前の様な黒髪が……そう心の中で嫌悪しているのが解っていた。
それは当然聖女教会の中でも同じだ。彼らは私を表立ってけなすことは出来ないが、かといって心から私を聖女と認めていないのも解っていた。
唯一私を嫌悪していないのが、王族の人達だ。
自分の母親も黒髪だからか、彼らは私の事を良く思ってくれていた。当然国王陛下も。
でも……
「腹の中で何を考えているのか解らん奴と結婚などできん」
勇者エイシャは私を毛嫌いしていた。
確かにいつも微笑みを浮かべて、心の奥底では皆を軽蔑している私は、彼からしたら腹黒聖女として信用できないのだろう。でも大丈夫。私も貴方が嫌いです。
聖女教会としては私は勇者エイシャと共になってほしいのだろうが、そんなのこっちから願い下げだ。私が腹黒聖女なら彼は高飛車嫌み勇者なのだから。
一応は私たちは婚約者(仮)ということになっているが、これはそのうち解消されるだろう。だって私達、相性が悪すぎるもの。
まぁでもそんな勇者でも、いい所は一つある。
それは彼が嘘をつかないところだ。
彼はどこまでも真っすぐでひた向きだ。嫌味ったらしいぐらいに。
そんな彼のいいところも……大嫌いです。
なんだか見せつけられてる気がして。私はどんどんひねくれていくのに、勇者様はどんなことがあっても折れない曲がらない……卑屈にならない。だから……嫌い……。
そんな陰鬱とした日々を過ごしていたある日、神父達含む上層部の連中が浮足立っているのが解った。
何があったのだろうか?
疑問に思い、役職の高いシスターに問いただすと、彼女は言いづらそうに口を開いた。
「……白銀のドラゴン様の娘様が………此度この王都にお越しになるそうでして……」
その言葉を聞いて、私の中で何かが切れた気がする。
白銀のドラゴン。それはかつて始まりの聖女と呼ばれた本物の聖女。
初代勇者様と共に魔王を打ち倒した正真正銘の聖なる巫女様。
なぜ神父達が浮足立っているのかが解った。つまり……
白銀のドラゴンをこの聖女教会の聖女として立てるつもりなのだ、黒髪聖女である私を降ろして。
……ふざけるな!っと思う。
散々こき使っておいて、本物の聖女が現れたらすぐにポイっか、と。
私だって頑張ってきたのだ。言われた通りに多くの人達の病や怪我などを癒し、教会に尽くしてきた。
でも……どこか安心する私もいた。
これでようやくこの苦行から解放されるのか……と。
そんな時国王陛下からの呼び出しを受けた。
内容は何となくだが解る。
白銀のドラゴンである聖女に役職を譲ってほしいと、国王陛下からおっしゃるつもりなのだろう。
神父達が陛下に何か打診しているのは知っていたから……。
もう何もかも……どうでもいい。好きにするといい。
本物の聖女様に精々頑張ってもらおう。私はもう……どうでもいいのだ。
私は自暴自棄になり、護衛すら付けずに宮殿へと向かった。
美しいお庭で散歩をすれば少しは気が晴れるのかしら?
そう思い、陛下との会談よりずいぶん前の時間に宮殿へ赴き、ふらふらとお庭を散歩していると……彼女に出会った。
そう、本物の聖女……白銀のドラゴンに。




