第9話 第三王子にして勇者(勇者エイシャ視点)
生まれながらにして自分は特別であると理解していた。
『星降る夜に生まれた王子は聖なる弓に選ばれ、魔王を打ち倒す勇者の一人となるだろう』
という予言者たちの言葉通り、俺は生まれながらにして聖弓ウルスタッドに選ばれた。
そして俺は聖なる言語で「神なる矢」の意味を持つエイシャと名付けられた。
ラヴァダイ王国の王族から勇者が輩出されたことは大変名誉な事であり、俺は生まれながらにして次期国王の座を約束されていたし、それに逆らうものはいなかった。
兄たちは第三王子である俺が次期国王であることは心の中では面白く思ってはいないだろうが、魔族達に対して互角以上に戦えるのは勇者だけである。
故に俺を暗殺することなど出来ないし、俺の機嫌しだいで世界の行く末が変わるのだ。当然俺に口答えする者なぞ一人もいなかった。
俺は僅か十歳にして戦場に立ち、そして初陣で魔族の幹部を討ち取った。
魔王の幹部は全部で七十二もいるため俺としては大した成果でもなかったのだが、国を挙げてのお祭り騒ぎに俺は下々の人間たちが如何に魔族に苦しめられているのかを理解した。
それから数年がたち、俺以外の聖なる武具に選ばれた勇者たちが出揃うと、魔族達が街へ襲ってくることが極端に少なくなっていた。
恐らく俺達勇者を恐れて、積極的な侵攻は抑えたのだろう。
しかし完全に魔族達の被害が無くなった訳ではなく、俺達勇者は魔族の痕跡を追って各地へ派遣されることとなった。
おそらくその頃からだ。俺以外の勇者たちが街で横暴な態度を取るようになったのは。
聖槍グロングニルに選ばれた勇者マキシモは平民出身で、最初は誰よりも正義感が強く、真面目で愚直な男だったが、富と名声が彼を変えた。
国を挙げての勇者への支援。あてがわれる女たち。そしてギルドに至っては正に勇者を王の様に崇拝し従った。
一人の平民の心を壊すにはあまりにも簡単だったのだ。
マキシモは人が変わったかのように横暴になった。
酒癖と女癖が悪くなり、仲間たちへの態度も以前とはまるで違っていた。
最初から共に戦っていた仲間たちは既に彼の下を去っていて、今では仲間をとっかえひっかえだ。
それに続くように聖剣エックスキャリバーに選ばれた勇者クロスも前ほど信頼できる人間では無くなった。
彼は元々貴族だったためノブレス・オブリージュの心を持っており、マキシモ程酷くなったわけでは無かったが、ある意味国の国王をも超える権力を手にしてしまった彼は、やはりどこか変わってしまったのだろう。
今ではマフィアとの繋がりすらあり、麻薬にも手を出していると言う。
唯一最初から変わらなかったのは聖斧マッキャベリに選ばれたギーツと言う男だが、この男は元々の素行が悪かった為大して変わらなかっただけだ。
皆権力におぼれ、皆極端に弱くなった。
正直最初はこれが、魔王軍の新しい計画かと疑ったぐらいだ。
だが、結局人を腐らすのは人そのものだと俺は理解した。
魔王軍が何もしなくても、否……何もしないほうが勝手に勇者たちが弱くなっていくのだ。
今では勇者が街に来ることを喜ばしく思わない者の方が増えてきたぐらいだ。
毎年減りつつある魔族の進軍に勇者自体の価値自体も減りつつあったし、勇者の横暴に辟易している人たちが増えたからだ。
そんな中、俺が十八の誕生日を迎えたその日、国王である父上から呼び出された。
また近くの街への遠征だろうか?
我が国、ラヴァダイ王国は広大な土地を持ち、他の国を圧倒する産業に恵まれた豊かな国だ。
俺は基本的にこの広大な国を転々として勇者として活動していた。
父からの話は最近、国の辺境にある街リヴァレンに頻繁に魔族が潜入しているらしく、しかもその街の聖なる森で生息している守り神、白銀のドラゴンが魔王によって操られ、その後何者かに討伐されたとの話だった。
俺はその話を聞かされ愕然とした。
実は俺はまだ幼い頃、白銀のドラゴンと面識があったのだ。
まだ勇者としては駆け出しだった俺に、彼女はいろいろな事を教えてくれた。彼女はとても優しく聡明で誰よりも美しい女性だった。
終ぞ名前を教えてもらう事は出来なかったが、彼女とのひと時は今でも俺の宝物として大切に記憶の中にある。
俺は急いで仇を取るためリヴァレンへ向かおうとしたが、既に彼女を操っていたであろう魔族の幹部は、謎の黒騎士によって始末されていると聞かされた。
俺は信じられなかった。
俺達勇者以外に魔王軍の幹部を打ち倒せるものがいるなどと。
しかもその黒騎士は既に数人以上の幹部を打ち倒しており、圧倒的な戦闘能力をもつ戦士として街を守っていると父は言っていた。
しかしなぜか黒騎士は街の人達には歓迎されてはいないらしい。
しかしこれはチャンスかもしれない。
その黒騎士が街に歓迎されていないのならば、彼を仲間にすることが出来るかもしれないと思ったのだ。
実は俺は他の勇者たちと違って仲間を持ってはいなかった。
勿論俺の仲間になりたいと言う者は後を絶たなかったが、他の勇者たちの愚行を目のあたりにしてどうしても人間というものを信じられずにいたのだ。
それに仲間などいなくても俺は戦える。
故に仲間を持たなかった俺だが、勇者でもないのに魔族を、しかも幹部を打ち倒すことが出来る黒騎士には大変な興味をそそられた。
それにこの話を父が俺に聞かせたのは、未だに仲間を持たない俺を心配しての事だろう。
幹部をも打ち倒すことが出来る戦士が仲間になれば、俺の負担も軽減される。
父は俺のリヴァレンへの派遣を打診してきたので、俺はそれを了承した。
その後、俺はまず勇者ではなく俺自身の目でリヴァレンを見てみたかったため、ひとりで街へ赴くことを決めた。
そしてまだ街が寝静まっている深夜、瞬間移動を使い一跳びでリヴァレンへと跳ぶ。
まずは聖なる湖へ足を運び、亡き白銀のドラゴンへの黙祷を捧げる。時間にして一時間ほどの黙祷を捧げ俺はゆっくりと森を後にした。
リヴァレンは辺境の地ながら非常に豊かな街で、街並みも非常に綺麗だった。俺はゆっくりとその街を散策し、そして街の外れにある教会に興味をそそられた。
なぜなら教会にしては珍しく、敷地に結界を張っていたからだ。
この教会は頻繁に盗人でも入るのだろうか?それとも……
俺は父から聞かされた黒騎士が頭に横切った。
俺は気配断絶の魔法を使い、結界をすり抜ける様に教会に足を踏み入れる。
教会の敷地内は別段変わった様子はなく、至ってどこにでもある教会だった。
少し拍子抜けしつつも歩くと、井戸で顔を洗っている少女を見つけた。
その少女の後ろ姿を見た瞬間、俺の心臓は大きく跳ねた。
朝日に輝く美しい銀髪は亡き白銀のドラゴンを彷彿とさせるものだったからだ。
うるさく鳴る心臓を抑えつつ、俺は少女に声を掛けた。
「君はこの教会の子なのか?」
「あぶぶ!!?」
顔を洗っている最中にいきなり声を掛けてしまったからだろう。少女は驚き声を上げる。
悪いことをしてしまったと思っていると、少女が慌てて振り向いた。
その瞬間時が止まったかのように思えた。
銀色の美しい髪が揺れ、俺が今まで見てきたどんな宝石よりも美しい瞳が俺を見据える。
そして顔立ちはあの白銀のドラゴンそっくりだった。彼女を少女にすればこうだったのだろうなと容易に想像できるほどの瓜二つ。
この世のどんな女性よりも神秘的で美しく、目が離すことは出来ない。
俺は時間も忘れ呆然と彼女を見つめる事しか出来なかった。




