第九節:白き静寂の村
高原の風が、乾いた音を立てて草を揺らす。
その村は、白い石灰岩で作られた家々が斜面に点在し、どこか時の流れから取り残されたように静まり返っていた。
癒し手――セレネの故郷。ユリウスが最後に訪れる仲間の地だった。
彼は重たい足取りで坂を登り、村の中央にある小さな祈りの泉へと向かった。水は澄みきっていて、底の白砂まで透けて見える。
昔、セレネが笑いながら話していた。
『ここの水はね、痛みを癒すんだよ。ちっちゃい頃、転んでばっかりだった私を、村の人がいつもここに連れて来てくれたの』
ユリウスは泉の縁に腰を下ろし、そっと両手を水に浸した。ひんやりとした感触が指先に伝わる。けれど、それは何の痛みも癒してはくれなかった。
泉のそばには、小さな花束が置かれていた。白い百合と、ラベンダー。
そして、束ねていた紐には、セレネがよく身につけていた銀のブレスレットが絡まっていた。
「……セレネ」
風の音にかき消されそうな声で、彼は名を呼ぶ。
そのとき、背後から懐かしい声が響いた。
『もう……泣いてるの? 情けないなぁ』
振り返ると、誰もいなかった。だが、声は確かにそこにあった。
優しく、穏やかで、どこか母のような――癒しの声。
『私がいなくても、あなたはちゃんと歩いていける。
だって……私が癒したいのは、誰よりも、あなたの未来なんだから』
ユリウスはゆっくりと立ち上がる。目を閉じると、彼の中にセレネの笑顔が浮かぶ。
「ありがとう、セレネ。君の想いは、もう――」
風がふわりと吹き抜ける。まるで白い羽根が舞ったような、優しい風だった。
村を離れる道すがら、ユリウスはふと振り返る。そこには誰もいなかった。だが確かに、心の奥に残された気配が、温かく彼を見送っていた。
――そして、全ての旅が終わった。
仲間たちの地を巡り、彼は一人、かつて自分たちが出発した『始まりの場所』へと帰っていく。
そこに残されたものは、静寂と、記憶だけだった。