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王都ハーケンの一人

薬屋の独り言

作者: 唐揚げ

「これはいい薬だ」


 ハーケンの下町にある小さな薬屋の店主は、手の甲に乗せた粉末を舐めとると、そう独り言を呟いた。

 それから、薬を布袋にまとめるとカウンターの向こうにいる少女へと手渡した。泥にまみれた手は、働く人の手そのものであった。ひび割れた肌と爪は少女がおかれた環境を何よりも雄弁に物語っているように思えた。事実として正しく、少女は、病に冒された父の薬を取りに薬屋を訪れていたのである。


「呼吸を楽にする薬だ。毎晩一粒、必ずお父さんに飲ませるんだよ」


 少女は深々と頭を下げると代わりに硬貨を取り出そうとした。

 それを見た薬屋は、咳払いをして、少女の動きを制する。

 何事かと少女は薬屋を見たが、薬屋はふいとそっぽをむいた。


「これは独り言なんだがね。支払いはあんたの父親からもらう事にしているんだ。子供からはもらわない主義でね。治ったら、父親に払うように頼むことにしておく」


 少女は薬屋の言う意味がわかったのか、また、再び頭をしっかりと下げて店を出て行った。

 その姿を認めると、薬屋は深く溜息を吐いた。


「あー、またやってしまった。もー、嫌になる。金にもならないことばかりだ。あの子の親が本当に払いに来るかなんてわかりもしないのに」


 頭を抱えてカウンターの陰にしゃがむ。

 自らの甘さが嫌になる。


「事実として治らなかったら金も払ってもらえない。そうなれば、金策に困ることになるんだ。嫌だね、本当に嫌だ。貧乏から抜け出すための薬の知識を得たのに、貧乏人を相手にしてどうするのか。それだけならともかく、貧乏人からも金もとらないなんて、商売っ気がないというか、あぁ、困る」


「独り言が多いね、薬屋」


 ふっと、艶のある声が聞こえ、薬屋ははっと立ち上がった。

 カウンターに肘をつくように色男が立っていた。薬屋は驚きのあまり、身を引く。が、それは顔馴染みの上得意であると認めると、警戒心を解いた。もっとも、薬屋からしてみれば、特別な男であると思っているからというのもある。髪を撫でつけ、少しばかり特別な意味を持った笑みを薬屋は浮かべた。


「これはこれは、ラスコール様」

「独り言が多いのは、不安だからかい」

「えぇ、まぁ、何分私には商売の才能がなく、今、先ほども金もとらずに薬を渡したので」

「先ほどの少女か。なるほどな。確かに苦労していそうだった」

「また、金もとらずに……私は愚かですよ」

「だから、私がいるんだろう」


 微笑みながら、色男ラスコールは懐から布袋を取り出してカウンターに置いた。ジャラリと布袋の中で硬貨が立てる音がする。

 少女に渡した分の薬の原材料費などを含めても十分に余りが伺える費用だとは音で伺え、生活の安定を薬屋は予感した。


「これは先日の分の報酬だ。同じ、薬、をまたお願いしたい」


 含みのある薬という言葉に、薬屋はぞくりと身の毛がよだつ。薬とはラスコールのいうものの、その実としては毒である。どのような薬であれ加減を違えば毒となる。そして、逆にどのような毒であろうとも程度を良くすれば薬となる。


「ラスコール様。あれは、特別な薬でして」

「だからお前に頼んでいるのだ。特別なお前だからこそ頼むだ」


 艶のある色っぽい声が、薬屋の耳をくすぐった。

 以前もそうだった。金払いに困った薬屋としては、金の払いのよい特別な「薬」の調合は抗いがたいものがある。

 噂が頭に浮かんだ。


「ラスコール様、噂になっているデルフィン様の死ですが」

「五頭の一人デルフィンなんとかという人が毒殺されたという噂かい? まさか、あの薬を使ったと?」

「まさか、ただ聞きたくて。何でもありません」


 薬屋は俯き気味に言った。もしも噂が、真実で薬屋の薬が、国のトップの一人を殺したとあればその責任は重い。

 後ろに手が回るのは明らかだ。

 その不安を打ち消すように、薬屋はぶつぶつと言葉にもならないひとりごとを呟くと、顔を上げた。


「……先日の残りがあります。それをお渡しします故」


 二つ目の布袋がカウンターの上に置かれた。

 それを見届けると薬屋は、カウンターの隠し戸から包みを取り出し、ラスコールに差し出す。

 ラスコールは薬屋の色白の手を取った。


「悪いようにはしない。約束する」


 卑怯な笑みが、じわりと薬屋の心に染みた。


***


 街道をずうっと通り、警吏の関所が認められる場所からほど遠くないところに、小屋があった。一見すれば、猟師小屋か農作業小屋のようにも見えなくはないその小屋は、誰にも気にも留められる事はなく、いつからあるのかすら定かではなかった。その小屋の中に薬屋は椅子に無理やり座らされていた。

 時間もわからないほどに、取調べという名ばかりの、苛烈な尋問が行われていた。幾度か気絶しては無理やりに起こされての尋問で、時間の感覚はすっかりと失われている。

 今が夜であるとわかるのは、小屋の壁の隙間を縫って差し込む光が、月の優しい光であるからだ。

 あと、どこからかパチパチと火で薪が爆ぜる音がするからだ。


 ぼんやりとした頭で薬屋は思い返す。

 確かラスコールが店から出て、その後、店を閉めて食事に出かけたところで、襲われたのだ。路地に引きずり込まれ、布袋に押し込められて、痛烈な一撃を後頭部にもらったところまでは覚えている。

 それからしばらくは、この小屋で、この小男とにらめっこである。


「質問はわかりやすいだろう。薬屋」


 小男が懐から淡い色をした一輪の花を、取り出す。ラスコールの顔がはっと浮かんだ。


「この花の種子からできる薬を注文した人間がいるはずだ」

「知らない、何も知らないねぇ」

「ここに、納品業者の控えがある」


 ついで懐から出されたのは、確かに納品業者の控えだ。薬屋は月の朧げな光でもそれを認められた。


「お前の署名がある」

「偽ものでは?」

「なるほど、そうか。ならば、この輸入業者を」

「ははは、拷問するのか」


 薬屋は余裕を見せて、笑った。

 仮に納入業者が納入を認めたとしても、それをどこに売ったかや、発注したのが誰か、依頼主は誰かを知るのは薬屋だけだ。故に納品業者をいくら問い質したところで何もわからない。それどころか時間の無駄だ。そうやって時間を浪費させておけばよい。

 薬屋の心にはぽっと希望の光が灯っていた。ラスコールが必ず助けになる。悪いようにはしない、とラスコールは言った。特別な薬屋が長い間不在となれば血眼で探すはずだ。それは、必ず助けに来てくれるという事にもつながってくる。

 辛抱をすればよい。

 辛くとも、耐えればよい。

 辱められたところで、耐えればよい。

 だから、余裕の笑みだった。

 時間は薬屋の味方である、と。


「不気味なやつだ。俺も考えなしじゃない」


 手をさすりながら、小男が言い放つと、薬屋の前の壁へと向かって歩いていく。

 壁を平手で叩くと、それは横へとずれていった。

 壁ではない、戸なのだ。と、薬屋は気づいた。


「すでに、拷問した」


 開けられた戸の向こう側には、小さな蝋燭で照らされる一人の男の裸体があった。いや、それは男として見てもよいのだろうか、と瞬時の迷いを与える惨たらしい有様だ。体中のあちこちは傷だらけであり、顔には布袋が被せられているもののその所々は赤黒い血で濡れている他に、布袋の上から釘が打ちつけられている。手足も同じく、椅子に釘で打ち付けて動けないようにしているのだ。

 荒い呼吸で顔の布袋がぺこぺこと凹んでいる。


「あぁ、この姿ではわからんか。輸入業者だよ。名前は何と言ったか、ま、いい」

「なんて、ひどい」

「…‥確かにそうだな」


 小男はそういうと、すらりと剣を腰から抜き放つと男の胸深くへと突き刺した。ぺこぺこと荒く苦しい呼吸をしていた男が、びくりと大きく悶え苦しんだが、すぐに力無く首を垂れた。

 もはや、苦しさも何も感じなくなったのだ。それは小男が与えた慈悲であると同時に、薬屋からしてみれば、恐怖でしかなかった。


「私も、そんな風にするのか」


 剣をもとに戻す小男を見ながら、溢れ出る恐怖と涙を押し殺すように薬屋は聞いた。


「まさか。喋ってもらわないと困る。ファルノージス・デルフィンを殺した毒薬はお前が作ったのだろう?」

「誰なんだよ、それ。本当に知らないんだ」

「だから、誰が発注した、依頼したんだ」

「知らないんだ。本当だ」

「……残念だよ。おい」


 小男が大きく一つ声をかけると、どやどやと一人の男が肩に荷物を担いでやってきた。布でぐるぐるに巻かれたそれをぽいと置くと呻き声が聞こえる。

 何事が始まるのかと薬屋は身構えた。

 布が取り除かれると、薬屋は声すらもう出せなかった。

 そこには、あの少女が、薬代を後払いにした少女がいたからだ。後ろ手に縛られ、目隠しもされている。しかし、泥まみれの手と、ひび割れた肌と爪を見た途端に、間違いなくあの少女であると確信した。


「何か話す気になったか?」


 釘を手にした小男が薬屋に問いかける。

 つん、と釘の先が薬屋の白い首筋を突いた。


「話す。全部話すから。だけど、ひとりごとだ、全部ひとりごとで私が話したわけじゃない。依頼主も裏切ったわけじゃないとしてくれ」


 薬屋はそう頼むしかなかった。

 ラスコールを売ることはできない。しかし、かといって、少女を見殺しにもできない。

 苦肉の策として薬屋がひらめいたのは、ひとりごととして情報を口にすることくらいだった。

 あらかた、薬屋がすべての情報を口にした時、小男は深く息を吐きだした。


「そうか。ラスコール様を売ったか」


 すらり、と音がした。


***


 ラスコールは自室の窓辺で、花瓶に生けられた一輪の小さな花を眺めていた。

 太陽の光に照らされたその一輪の淡い色の花は、王都ハーケンではなかなか手に入れることのできない希少な一輪だ。ビステという五頭の一人はからもらった希少な一輪だ。

 しかし、その花が実をなして生じる種子には猛烈な薬効とも毒性ともいえるものが含まれている。か弱い花の様相をしているが、その実、過激な存在。そういう見かけと中身の落差がラスコールからしてみれば魅力的な植物に思えた。


「きれいな花だねぇ」


 しみじみと、深く言い終わったとき、自室の戸が叩かれる。

 どうぞ、と声をかけるよりも先に、すっとどこからか一人の小男が入り込んできた。戸は開いていない。


「薬屋が情報を漏らしました」

「あぁ、そう」

「ひとりごと、という体で話始めたので、危険かと思い」

「殺したんでしょ。業者とあとあの少女も。君、仕事が早いね。ビステよりも早くて良い」

「ラスコール様。元よりそのつもりかと」

「まさか。優秀な人間は何人も必要だよ。私の計画にはね」


 ラスコールは、優しく微笑んだ。

 小男は壁と壁の隅、影に潜むように一歩、足を退いた。


「ただ、裏切るならねぇ。しかしね、君、この花を見てよ」


 小男に一輪の淡い花を指さして、ラスコールは言葉を続ける。


「こんなにかわいらしいんだ。この花を見るたびに、あの哀れな薬屋を、薬を思い出すのは、嫌じゃないか。それと」


 まだ言葉を続けようとするラスコールに対して小男は一礼をし、音もなく部屋から消えた。

 おそらくは、他に頼みをしていた事を果たしてくれるはずだ。


「影のような男だねぇ、ほんと」


 ラスコールは、花瓶の花を摘んで取り出すと、しげしげと眺めた。


「ほんと、ひとりごとの多い奴だったなぁ」


 ふわりと窓から一輪の花が落ちていく。

 あまりにも呆気なく、王都ハーケンの王城の窓から、落ちていった。

 ハーケン国の

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他の人も感想につけてるのは重複して書きません。 筆を折って引退推奨です。面白くないですよ。 というか、それで感想をうけてタイトル変えるのがほんまにダサいよ。タイトルに誇りあればそのままにするじゃん。そ…
有名作品のタイトルを使って全く違う作品を書くのは感心しません。最低限、タイトルの文字を変えるとかすればまだマシ。しかも話は面白くないです。
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