エピソード5:商店街再開発計画の噂
商店街の人々と触れ合い、この街を守りたいという思いを強くした矢先、新たな波乱の兆しが訪れた。
事務所の奥から、豪三郎の低い唸り声が聞こえてくる。尋常ではない雰囲気に、私は思わず足を止めた。
「組長、どうなされました?」
タツヤが豪三郎に声をかけると、豪三郎は顔を上げ、苦々しい表情で私とタツヤを見た。
「レイナ、タツヤ。実はな……この商店街に、再開発の話が持ち上がっとるんや」
再開発? と聞いて、私の頭に浮かんだのは、前世のゲームで見たような、近代的なビルが立ち並ぶ美しい街並みだった。
「それは、街がより発展するということではございませんの?」
私の言葉に、豪三郎は深くため息をついた。
「そうやない。行政と大企業が組んで、この商店街を立ち退かせようとしとるんや。住民には立ち退き料を払うから、出て行け、と。まるで、この街を金儲けの道具としか見ておらん」
立ち退き。その言葉に、私の胸に冷たいものが走った。あの活気ある商店街が、人々が暮らす場所が、奪われるというのか。
「そんな……! 街の人を苦しめるなんて許せませんわ!」
私は思わず、激昂した。前世の悪役令嬢時代、私は自分の利益のために人々を苦しめてきた。しかし、もう二度と、そんなことはしたくない。
「組としても、断固反対する方針や。だが、具体的にどう対処すべきか、イマイチ手段が見えんのや。相手は行政と大企業。まともにやり合っても、勝ち目はない」
豪三郎は、悔しそうに拳を握りしめた。その顔には、怒りと無念が入り混じっていた。
その時、タツヤが口を開いた。
「組長、一つ情報が入りました。どうやら、この再開発を裏で牛耳っているのは、神宮寺組というライバルの極道組織らしいです」
神宮寺組。その名前に、私は聞き覚えがあった。前世の乙女ゲームで、ヒロインが所属していた財閥の名前だ。まさか、そんな偶然が……。私の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
「神宮寺組……? あの、新興勢力の?」
豪三郎が、険しい顔でタツヤに尋ねる。
「ええ。最近、急速に勢力を拡大している組です。特に、経済界との繋がりが深く、裏社会だけでなく、表社会にも大きな影響力を持っていると聞きます」
タツヤの言葉に、私の胸騒ぎはさらに大きくなった。
「さらに、その若き令嬢・神宮寺アカリが、どうやら商店街の立ち退きを推進している、と」
神宮寺アカリ。その名を聞いた瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。アカリ。前世の乙女ゲームで、私を断罪したヒロインの名前。まさか、そんなはずは……。私の脳裏に、前世の記憶が鮮明に蘇る。あの、輝くような笑顔。そして、私を冷たく見下ろす瞳。
「……アカリ」
私は、無意識のうちに、その名を呟いていた。
「お嬢、何かご存知で?」
タツヤが、私の顔を覗き込む。
「いえ……まさか、そんなはずは……」
私は、動揺を隠しきれない。前世のヒロインが、今世では私の敵として現れるなど、誰が想像できただろうか。
「お嬢、顔色が優れませんが……」
豪三郎が、心配そうに私を見つめる。
「大丈夫ですわ、お父様。ただ、少し驚いただけですわ」
私は、努めて平静を装った。しかし、私の心の中は、嵐のように荒れ狂っていた。
運命の歯車が、再び動き出したような、そんな予感がした。
前世では、私はアカリに敗れ、破滅した。
しかし、今世では、私はもう、あの頃の私ではない。
この街と、この人たちを守るためなら、私はどんな困難にも立ち向かってみせる。
たとえ、それが前世のヒロインであろうとも。
私は、静かに、しかし強く、心に誓った。
「タツヤさん。その神宮寺アカリという人物について、もっと詳しく調べてくださいまし。彼女が本当に、この再開発を推進しているのかどうか」
私の言葉に、タツヤは頷いた。
「承知いたしました。すぐに手配します」
豪三郎は、私の顔をじっと見つめていたが、何も言わなかった。
彼の目には、私の決意が映っていたのだろうか。
私は、窓の外に広がる商店街の明かりを見つめた。
この温かい光を、私は必ず守り抜いてみせる。
それが、私の、新しい人生の使命なのだから。