エピソード4:街を守る極道たち
タツヤとの邂逅以来、私は桐生院組の日常に、より深く触れるようになった。
組の事務所には、朝から晩まで、様々な人々が出入りしている。商店街の店主、近所の住民、時には子供たちまでが、組員たちに気軽に話しかけているのだ。彼らは、組員たちを恐れるどころか、むしろ信頼し、頼りにしているように見えた。
ある日の午後、タツヤが私に言った。
「お嬢、もしよろしければ、街のパトロールに同行なさいませんか? 組の者たちが、日頃どのように街と関わっているのか、見ていただくのも良いかと」
パトロール? 極道が? 私の頭の中には、前世のゲームで見たような、荒々しい抗争の場面が浮かんだ。しかし、タツヤの真剣な顔を見て、私は首を傾げた。
「ええ。桐生院組は、この街の商店街を守るのが役目ですから。組長が常々仰っているように、『義理と人情』を重んじ、困っている人がいれば手を差し伸べる。それが、桐生院組の流儀です」
タツヤの言葉に、私は興味を覚えた。前世の貴族社会では、貴族は民衆から搾取する側であり、守るという意識は希薄だった。しかし、この桐生院組は、商店街の店主からは多少恐れられつつも、頼りになる存在なのだという。私は、この新しい世界での「極道」という存在に、ますます惹かれていった。
「ぜひ、同行させてくださいまし。わたくし、この街の皆様と、もっと交流を深めたいのですわ」
私の言葉に、タツヤは嬉しそうに頷いた。
商店街は、活気に満ちていた。八百屋の威勢のいい声、魚屋の新鮮な魚を勧める声、駄菓子屋から漏れる子供たちの笑い声。色とりどりの商品が並び、香ばしい匂いが漂う。タツヤが歩くと、店主たちは皆、彼に挨拶をする。
「若頭、いつもご苦労様です!」
「五十嵐さん、この前の件は本当に助かりました!」
タツヤは、彼らの言葉に律儀に頭を下げ、笑顔で応じていた。その姿は、まるで商店街の顔役のようだ。
そして、私の姿を見ると、皆、驚いたように目を丸くし、すぐに深々と頭を下げる。
「お嬢、元気そうで何よりだよ。この前は心配したよ」
駄菓子屋のおばあちゃんが、優しい笑顔で私に話しかけてきた。その手には、私に差し出すための、小さな飴玉が握られている。
「ありがとうございます、おばあ様。もうすっかり元気になりましたわ」
私は、差し出された飴玉を受け取り、優雅に微笑んだ。すると、おばあちゃんはさらに顔を綻ばせた。
「いつもありがとうございます、お嬢様」
八百屋の若主人が、私に頭を下げる。彼の店先には、瑞々しい野菜が山と積まれている。
「いえ、わたくしは何も……」
私は、彼らの言葉に、どう返していいか分からず、ただ微笑むことしかできなかった。前世では、感謝されることなど、ほとんどなかったからだ。
「極道にも、こういう平和的な一面があるのですね……」
私は思わず、呟いた。私の隣を歩くタツヤに、素直な感想を漏らした。
「ええ。俺たちは、この街で生きていくために、この街を守るんですから。それに、組長は、この街を家族のように思っていますからね」
タツヤは、私の言葉に少し照れたように笑った。その言葉に、私は胸の奥に温かい光が灯るのを感じた。
前世の貴族社会では、貴族は民衆から搾取する側であり、守るという意識は希薄だった。しかし、この桐生院組は、地域に根ざし、街を守るという役割を担っている。それは、前世の私には想像もできなかったことだ。
「この街の人々は、皆様を心から信頼しているのですね。わたくし、感動いたしましたわ」
私の言葉に、タツヤは少し照れながらも、嬉しそうに頷いた。
「お嬢にそう言っていただけると、俺たちも報われます」
彼の言葉に、私は胸が熱くなった。
ここでなら、悪役ではない道を歩めるかもしれない。そんな希望が、確信へと変わっていく。
私は、この街と、この人たちを守りたい。そう、強く願った。
パトロールの途中、路地裏で不良グループがたむろしているのを見かけた。彼らは、商店街の店先にゴミを散らかし、大声で騒いでいる。
「おい、お前ら! ここで何してるんだ!」
タツヤが、低い声で不良グループに声をかけた。不良たちは、タツヤの姿を見ると、一瞬にして顔色を変えた。
「ひっ! 五十嵐の兄貴!」
彼らは、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
「ふん。まったく、最近の若いもんは……」
タツヤは、呆れたように呟いた。
「タツヤさん、今の不良たちは……?」
私が尋ねると、タツヤは苦笑した。
「ああ、あいつらは、この辺りでちょこちょこ悪さをする連中です。でも、桐生院組の顔を見れば、大人しくなりますよ」
その言葉に、私は驚いた。暴力で支配するのではなく、信頼と威厳で街を守っているのだ。
「なるほど……これが、極道の流儀、ですのね」
私は、深く頷いた。
この街は、桐生院組によって守られている。
そして、私もまた、この街を守る一員になりたい。
私は、新たな決意を胸に、タツヤと共に商店街を歩き続けた。
夕暮れ時、商店街の明かりが灯り始める。
温かい光が、街全体を包み込む。
私は、この街の温かさを、心から愛おしいと感じた。
前世では、決して味わうことのできなかった、この温かさ。
私は、この温かさを守るために、何ができるだろうか。
私の心の中で、新たな目標が明確になっていく。
私は、この街の、そしてこの人々の、守護者になりたい。
そう、強く願った。