エピソード3:若頭・五十嵐タツヤとの邂逅
豪三郎との感動的な再会(私にとっては衝撃的な再会だったが)を終え、私は桐生院組の日常に少しずつ慣れていった。
組員たちは皆、私を「お嬢」と呼び、まるで姫君のように扱ってくれる。
前世の悪役令嬢時代も、周囲からは畏敬の念を込めて「リリアーナ様」と呼ばれていたが、彼らのそれは、もっと純粋な、親愛の情が込められているように感じられた。
そんなある日、私は豪三郎から一人の男を紹介された。
「レイナ、こいつがうちの若頭、五十嵐タツヤや」
豪三郎の隣に立つ男は、私と同じくらいの年齢だろうか。
引き締まった体躯に、鋭い眼光。
いかにも「元暴走族の総長」といった風貌で、その強面に私は思わずひるんだ。
「五十嵐タツヤです。お嬢にはいつもご迷惑をおかけしております」
タツヤは深々と頭を下げた。
その丁寧な物腰に、私は拍子抜けする。
「ご迷惑、とは?」
私が問いかけると、タツヤは困ったように眉を下げた。
「いえ、その……お嬢は、ものすごい気品とプライドを兼ね備えたお方だと、組員一同、心から尊敬しております。ですが、時折、その……」
タツヤは言葉を選びながら、ちらりと私を見た。その視線は、まるで私の行動を観察しているかのようだ。
「組員たちの前で、妙に“高笑い”をなさったり、口を開けば『私にふさわしい役割をお与えなさい!』などと、上から目線の発言をなさるものですから……」
私は思わず、顔が熱くなるのを感じた。前世の悪役令嬢としての癖が、まだ抜けていなかったのだ。
「そ、それは……わたくしとしたことが、つい……」
言い訳しようとする私に、タツヤは苦笑した。
「いえ、不思議なもので、お嬢のその言動は、なぜか威圧感が嫌味にならず、むしろカリスマ性として伝わるんです。組員たちは皆、『お嬢、やっぱり器が違う……』と感動し、ますます慕っております」
タツヤの言葉に、私は安堵した。どうやら、私の「悪役令嬢仕草」は、この世界では「お嬢の威厳」として受け入れられているらしい。
「そうですか……それは、何よりですわ」
私は、内心ホッとしながら、胸を撫で下ろした。
タツヤは、豪三郎の代わりに組を切り盛りする苦労人気質で、常に周りの調整とフォローに追われているという。彼の常識人ぶりに、私は親近感を抱いた。
「タツヤさんは、大変ですわね。組長代理として、組を切り盛りなさっているのですから」
私が労いの言葉をかけると、タツヤは少し驚いたような顔をした。
「いえ、とんでもない。これも組長のため、そしてお嬢のためですから」
彼の言葉には、偽りのない忠誠心が込められている。
「それに、お嬢がいてくださるだけで、組の雰囲気も明るくなります。組員たちも、お嬢の笑顔を見るたびに、元気をもらっているようです」
タツヤは、優しい眼差しで私を見つめた。
その言葉に、私の心は温かくなった。前世では、私の笑顔が誰かを喜ばせることなど、一度もなかった。常に、私の笑顔は、誰かを威圧し、恐怖させるためのものだったからだ。
「わたくしが、皆様のお役に立てるのであれば、光栄ですわ」
私は、素直な気持ちでそう答えた。
タツヤは、私の言葉に満足そうに頷いた。
「お嬢は、本当に優しいお方だ。俺たちは、お嬢のためなら、どんなことでもできます」
彼の言葉に、私は胸が熱くなった。
この世界で、私は「悪役」ではない、新たな道を歩めるかもしれない。
そんな希望が、私の胸に芽生え始めていた。
「タツヤさん。わたくし、この組のこと、もっと知りたいですわ。そして、皆様のお役に立ちたい」
私の言葉に、タツヤは目を丸くした。
「お嬢が、ですか?」
「ええ。わたくしは、もう、前世の過ちを繰り返したくありませんの。この新しい人生で、わたくしは、誰かの役に立つ人間になりたいのです」
私の真剣な眼差しに、タツヤはしばらく黙っていたが、やがて、深く頷いた。
「承知いたしました。お嬢の覚悟、しかと受け止めました。俺が、この桐生院組の全てをお嬢にお教えいたします」
タツヤの言葉に、私は胸が高鳴った。
この世界で、私は、新たな自分を見つけることができる。
そう、確信した瞬間だった。
「ありがとうございます、タツヤさん。わたくし、精一杯頑張りますわ!」
私は、満面の笑みでタツヤに礼を言った。
タツヤは、私の笑顔を見て、少し照れたように視線を逸らした。
「お嬢の笑顔は、本当に……太陽のようです」
彼の呟きが、私の耳に届いた。
私は、その言葉に、さらに胸が温かくなるのを感じた。
この世界で、私は、本当に幸せになれるかもしれない。
そんな予感が、私の心を包み込んでいた。