エピソード2:父・豪三郎との再会
病院を退院し、私は自宅へと戻った。
「お嬢、おかえりなさいまし!」
玄関で出迎えてくれたのは、組員たち。彼らは皆、私を見るなり深々と頭を下げ、その顔には安堵の色が浮かんでいる。
「ええ、ただいま戻りましたわ」
私は、前世で培った悪役令嬢としての気品を纏い、優雅に頷いてみせた。
組員たちは「さすがはお嬢!」と感嘆の声を上げ、私を家の中へと招き入れる。
広々とした日本家屋。どこか懐かしいような、それでいて新鮮な感覚。
前世の豪華絢爛な貴族の館とはまた違う、質実剛健な趣がある。
「レイナ! 無事に戻ったか!」
奥から聞こえてきたのは、地響きのような低い声。
そして、現れたのは――“鬼のような形相”をした大男。
身長は二メートル近くあろうかという巨躯。
顔には無数の傷跡が刻まれ、鋭い眼光は獲物を狙う猛禽類のようだ。
その男こそ、桐生院組の組長であり、私の父――桐生院豪三郎だった。
「お、お父様……」
私は思わず、後ずさりそうになった。
前世の父は、温厚で優しい貴族だった。
こんな、見るからに「ヤクザの組長」といった風貌の父は、私の記憶にはない。
しかし、豪三郎は私の姿を見るなり、その鬼のような形相を一変させた。
「お嬢ぉ……心配したぞ! 生きててくれてほんまに嬉しいわい!」
そう叫ぶと、豪三郎は私に向かって駆け寄ってきた。その巨体で抱きしめられ、私は息ができない。まるで巨大な熊に抱きしめられたかのような圧迫感に、私の肺は悲鳴を上げた。
「は、離してくださいますわ! 息ができませんこと!」
反射的に、高飛車な口調で突き放してしまう。前世の悪役令嬢としての癖が、まだ抜けていないらしい。しかし、豪三郎は私の言葉に傷ついた様子もなく、むしろ大袈裟に号泣し始めた。
「すまんすまん! 娘に嫌われたら親父は生きていけん……! わしは、わしは、お前が目覚めてくれて、本当に、本当に嬉しいんや……!」
その言葉に、私は戸惑いを隠せない。前世の父は、私に愛情を注いでくれていたが、それはあくまで「貴族の娘」として、社交界での私の振る舞いを評価するような、どこか計算された愛情だった。こんなにも、無償の愛情を全身で受け止めるのは、初めての体験だった。豪三郎の大きな手が、私の頭を優しく撫でる。その温かさに、私の胸に温かいものが込み上げてくるのを感じた。
「……お父様」
私は、生まれて初めて、心からそう呼んだ気がした。その声は、自分でも驚くほど震えていた。
豪三郎は、私の頭を撫でながら、優しい声で語りかけた。
「レイナ、お前はわしの宝や。お前が元気でいてくれるだけで、わしは何もいらん。これからは、もっと自分のことを大切にするんやぞ」
その言葉が、私の心に深く染み渡る。前世では、常に完璧であることを求められ、自分の感情を押し殺して生きてきた。しかし、この父は、私の全てを受け入れてくれる。
「はい……お父様。わたくし、もう大丈夫ですわ。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
私は、素直に謝罪した。すると、豪三郎はさらに大粒の涙を流し、私を抱きしめ直した。
「ええんや、ええんや……。お前が無事で、それだけで十分や」
その温かい腕の中で、私は、この人生は、きっと、前世とは違う。そう、確信した瞬間だった。
豪三郎は、私を抱きしめたまま、組員たちに目を向けた。
「お前らも、レイナの顔を見て安心したやろ! 今日は祝杯や! 盛大に宴を開くぞ!」
組員たちは一斉に「へい!」と声を上げ、活気に満ちた声が家中に響き渡った。
私は、豪三郎の腕の中で、その賑やかな声を聞きながら、静かに目を閉じた。
この温かさ。この安心感。
前世では決して味わうことのできなかった、家族の温もり。
私は、この新しい人生で、この温もりを、決して手放さないと誓った。
そして、この家族と、この街を守るために、私は何ができるだろうか。
私の心の中で、新たな決意が芽生え始めていた。
「お父様……わたくし、この家で、この街で、もっと色々なことを知りたいですわ」
私の言葉に、豪三郎は目を丸くした。
「おお、そうか! なんでもわしに聞くんや! この街のことなら、わしが一番詳しいんやからな!」
豪三郎は、嬉しそうに笑った。
その笑顔は、鬼のような形相とは裏腹に、とても優しかった。
私は、この新しい人生で、この父と共に、この街で生きていく。
そう、強く心に誓った。