黄金のバッチと吾妻輔の秘密
意識は戻っていなかった。
白い包帯に繋がれた管にバイタルの高い音が胸に痛みを覚えさせた。
冬里六花はICUの部屋の窓から吾妻輔を見つめ知らずに落ちていた涙に唇を噛みしめていた。
伊丹葵も涙を拭いながら
「輔」
と小さく呟いた。
真守はそっと六花にハンカチを渡し
「大丈夫だ」
絶対に
と淡く笑みを浮かべた。
そして葵を見ると
「葵くんも輔君が気付いた時に笑みを見せてあげないとな」
と告げた。
ずっと昔に同じような場面の中で自分は泣くだけだった。
ただその時にあそこにいた人は二度と戻ることはなかった。
どうか。
どうか。
「輔君は戻ってこい」
そう祈るしかできなかった。
六花はハンカチで涙を拭くと
「私、輔君をこんな目に合わせた犯人を捕まえます」
と告げた。
「今はそれしか出来ないから」
真守は凛と立つ六花に息を飲み込んだ。
六花は微笑み
「輔くんは絶対に大丈夫」
と告げた。
葵は泣きながら笑むと
「ああ、そうだな」
俺も協力する
と言うと輔を見て
「頑張れ、俺達…お前をこんな目に合わせた奴を捕まえるからな」
と告げた。
真守は静かに笑むと
「六花ちゃんも葵くんも強いな」
本当に
と涙を落し
「俺も手伝う」
と告げた。
「ただ悲劇を受け止めるだけじゃなくて…立ち向かう」
養父の時も…そうできていれば
六花はそれに真守の手を握りしめて
「勝負はこれからです」
真実を突き止めれば良いと思います
「だからまだまだこれからです」
と告げた。
真守は六花を抱き締めると
「六花ちゃんは…昔から強かったな」
と呟いた。
葵は2人を抱き締め
「マンションチームの底力見せてやろうじゃん」
と告げた。
七月は3人を見つめ
「六月は六花を本当に素晴らしい子に育ててくれた」
と呟いた。
そして隣に立っていた見禰を見ると
「これが六月に俺が一生頭の上がらない理由だな」
と告げた。
見禰は笑むと
「そうですね」
ですが貴方の血があったからこそ六花ちゃんはあんな風に強く育ったとも思いますよ
と告げた。
七月は3人に
「補君が気付いたら教えるから」
行ってきなさい
と告げた。
3人は頷くと足を踏み出した。
犯人と真実を突き止めるために。
推理小説研究者の探偵模倣
吾妻補の父親・吾妻利雄が姿を見せたのはそれから数時間後の夜半であった。
七月は驚いて静かに頭を下げた。
「良く、来てくださいました」
この度はこんなことになってしまって申し訳ありません
吾妻利雄は大資産家であり政治家でもあった。
彼は首を振ると
「いや、補がのびのびと明るく暮らしていたのは秘書から聞いています」
感謝しています
と言い目を細めて補を見つめた。
補の母親は鈴木由美子という女性で吾妻利雄の妻である吾妻由利子の妹であった。
由利子は妊娠しにくい体質で結婚して数年子宝に恵まれなかった。
2人は子供を諦め妹の由美子に利雄との子供を作ってもらう事を頼んだのである。
が、由美子が補を身籠って程無く由利子が子供を身籠ったのである。
それが利雄の後継ぎである利紀である。
由美子はそれを知ると身を引くように補を妊娠したまま姿を消し彼女が病気でこの世を去った後に補が芸能界デビューをし、利雄と由利子は初めて行方を知ったのである。
由利子は自分が頼んだこともあり、妹の子供という事もあり、認知して引き取ることを望んだのだがそれを吾妻家の親類縁者は良しと思わなかった。
認知すれば後継争いの種になるという事である。
代わりに養子縁組という形で『あくまで鈴木由利子の妹の子供の面倒を見るという形で吾妻利雄と血縁関係がない』という事にしたのである。
補は母親の姉夫婦に迷惑をかけるという事で結局のところ2人に頼ることはせずに芸能界で1人荒波に揉まれながら生きてきたのである。
利雄や由利子からすればそう言うところも妹の由美子に似ていて胸を痛めていたのである。
利雄は特に己の子供である。
何もしてやれない分だけ歯がゆい気持ちがないわけではなかった。
利雄は暫く補の様子を見つめ執事の羽柴宗光が
「利雄さま」
内閣総理大臣の須賀原さまとの会談がございます
「秘書の松宮が待っております」
と声を掛けるまで沈黙を守っていた。
七月は利雄に
「吾妻さま」
補君の様子は執事の羽柴様の方に連絡いたしますので
と告げた。
利雄は息を吐き出し
「…冬里さん、補をよろしくお願いします」
と頭を下げると踵を返した。
彼の胸元には黄金のバッチが輝いており、利雄はそれを一瞥して
「重いものだな」
というと足を進めかけた。
その時、ちょうど六花と真守と葵が姿を見せた。
六花は吾妻利雄を見ると一瞬目を見開き小さく頭を下げた。
真守と葵も同時に頭を下げた。
利雄は3人を見ると笑みを浮かべて会釈すると立ち去った。
六花は七月に歩み寄ると
「今の人は?」
と聞いた。
七月はそれに
「輔君の後見人だ」
吾妻利雄氏だ
と告げた。
そして、見禰君雄を見ると
「悪いが羽柴氏とのやり取りを頼む」
と告げた。
見禰君雄は頷くと
「ああ、そこは安心してくれ」
それよりも吾妻くんの意識が早く戻ってほしいな
と告げた。
七月はそれに小さく頷き3人に目を向けると
「それで何か分ったのか?」
と聞いた。
それに葵が小さく首を振った。
「補が見つかった現場には近付けなくて」
六花は頷いて
「警察が規制線張っていて…本郷さんもいなかったから」
と告げた。
七月は静かに笑むと
「だがこれで諦めないんだろ?」
と告げた。
六花も葵も真守も頷いた。
六花は七月に
「伯父さん、輔君の伯父さんはどんな人?」
と聞いた。
七月は彼女を不思議そうに見ると
「何故?」
と聞き返した。
六花は胸を指差して
「バッチ…金色のバッチしていたから」
どこの会社のバッチかなぁと思って
と告げた。
それに葵と真守は顔を見合わせた。
一瞬だったので見過ごしていたのだ。
七月は何か思い当たったように
「ああ、あれか」
と言い
「あれは会社のバッチじゃなくて日本の中でも政財界の特別な家の当主がつけている特殊なバッチだな」
と告げた。
「日本政財界ドン紳士同盟の紋章みたいなものだ」
日本でも50名くらいしか持っていないな
「早々見かけないと思うけどね」
見禰は軽く頭を抑えながら
「その説明の仕方」
と心の中で突っ込んだ。
六花は目を見開くと
「そうなんだ」
と小さく呟いた。
そう、真守の養父である田中真先刑事局長が死んだときに胸につけられていたバッチと同じバッチだったのだ。
真守もそれに目を見開いて驚いて
「まさか…」
と呟いた。
六花は冷静に
「伯父さん、私たち」
色々関係者に聞いてきたことを整理するので
「レストラン使ってもいい?」
と聞いた。
七月は頷くと
「ああ、連絡をしておく」
と告げた。
六花は葵と真守を見た。
真守も気持ちを切り替えると
「そうだな、今は補君を襲った犯人を見つけることが先決だからな」
というと
「車でマンションへいったん戻ろう」
と告げた。
六花も葵も真守も補を見て
「「「絶対に犯人を見つけるから」」」
と心で呟いてマンションへと戻った。
レストランは営業をしていないが入れる状態であった。
3人はレストランのマンション住居用スペースに入ると真守が大きめのメモパッドを置いた。
真守は2人を見ると
「取り敢えずこれに書き込みながら考えて行こう」
と告げた。
病院を出て唐沢マネージャーと合流し話を聞いて回った。
補が見つかった現場には行けなかったが唐沢真司は詳しく話してくれたのである。
彼が言うには
「昨日も東京渋谷中央スタジオで撮影だったんだけど」
補君の出で無い撮影が始まった時に驚いて直ぐに慌てて何処かへ走って行ったんだ
「それから少しして出になっても戻らなくて補君はそういうところはキッチリしているので探しに出掛けたら撮影所の第二倉庫で撮影道具の下敷きになっていて」
と話しであった。
唐沢真司は現在、事務所と警察と病院を行き来していて補の回復を待っている状態であった。
何故、あの時に一緒に行かなかったのかを後悔していたのである。
六花と葵と真守はその彼から当日スタジオに来ていた人たちの一覧を貰って話を聞いて回ったのである。
六花は椅子に座りながらメモパッドを取り出すと
「最初に聞いたのは前にあった星野さんですね」
彼女は補君が慌てて部屋から出た時に撮りだったのでカメラにも映っていて
「出て行ったこと自体知らなかったって言ってましたね」
と告げた。
葵が頷きながら
「そうそう、でも彼女が言ってた話が気になったけど」
あれ
と告げた。
真守は「ああ、噂の話だろ」と告げた。
唐沢真司からリストを貰って最初に聞きに行ったのが星野彩夏であった。
彼女は以前に猫事件を六花たちが解決したことがあり家の中に招き入れると
「はい、私はちょうど撮りの時だったので補君がいなくなったのも知らなくて」
と告げた。
「撮影は私がやっている水神礼子が竹中元太さんの演じている土蜘蛛新を封印するところだったので撮影スタッフと私と竹中さんは現場にいました」
ただ
「竹中元太さんについては良くない噂を聞いていたので一瞬ですけど彼が…と思ってしまったんです」
噂と言うのは竹中元太が女性ファンから金を巻き上げているという話であった。
彼女は更に
「輔君と同じように撮り待ちだったのは坂倉瑞奈さんと浜田眞一さんと神崎美里さんと相庭クルミさんですね」
と告げた。
六花たちは星野彩夏の話を聞き終えると坂倉瑞奈、浜田眞一、神崎美里、そして、竹中元太の順で話を聞いて回ったのである。
坂倉瑞奈は撮り待ちだったがメイクアーティストに整えてもらっており、浜田眞一は監督の隣で一緒に画面を見ており、神崎美里もマネージャーと共に休んでいたがその姿は他のスタッフが確認していたのである。
つまり、全員にアリバイがあったのだ。
それを一通り真守が出したメモパッドに書き込み3人は溜息を零した。
葵は肩を竦めると
「もしかしたら外部犯じゃないのか?」
通り魔的な
と告げた。
六花は首を振ると
「間違いなく犯人はこの中にいます」
それに気になることがあるので
「それが繋がればきっと犯人は分かります」
と告げた。
真守はメモパッドの一覧を見ながら
「犯人がこの中にいる理由は?」
と聞いた。
その時、扉が開き
「そうだな、その理由を聞かせてもらいたいな」
と本郷沙介が姿を見せた。
時間で言えば午前3時である。
六花も葵も流石の真守も驚いて一瞬腰を浮かした。
本郷は困ったように
「おいおい、こっちは冬里さんから話を貰って駆けつけたんだ」
そこまで驚かれてはな
と苦笑を零した。
葵はへたりながら
「夜中じゃん」
こえーって
と告げた。
本郷は手にしていたパソコンを置きながら
「せっかく色々準備してきたんだが」
余計なお世話だったか?
と告げた。
六花は首を振ると
「ありがとうございます」
撮影現場の映像ですよね?
と告げた。
本郷は「ほぉ」と声を零すと
「流石、よくわかっている」
と答えた。
「それで理由を聞いてもいいかな?」
警察としても殺人未遂として動いているから助言は助かる
六花は頷くと葵と真守が見つめる中で唇を開いた。
「先ず場所です」
そう告げた。
「東京渋谷中央スタジオの見取り図を貰ってみたんですけど」
この第二倉庫は表通りから見えなくて撮影スタジオと表通りに面している第一倉庫との間にある小さな倉庫なんです
「普通、通りすがりの思い付きの人が偶々そこに現れた輔君を機材で襲うかどうかって話です」
本郷は頷いて
「その通りだな」
と言い、手帳を出しながら
「それに彼は驚いたように駆け出してスタジオを出たとマネージャーは話している」
そこもだろ?
と告げた。
六花は頷いた。
「はい」
犯人はこのスタジオを熟知していて
そう言いかけて僅かに目を見開いた。
一瞬沈黙を広げると本郷も葵も真守も六花に顔を向けた。
本郷は彼女に
「冬里さん」
と声を掛けた。
六花は慌てて
「あ、いえ」
あの
「それとその時点で呼び出しが掛かってはダメだと補君が思うような人物だと思います」
と告げた。
本郷は「そうだな」と答え
「警察の方でも全員の周辺を調べてはみた」
と告げた。
「補君への怨恨とかトラブルとかだがそう言うのは今のところないようだ」
ただ出演者の方では色々あったが
葵がそれに
「竹中元太がファンから金を巻き上げているとか」
と告げた。
本郷は頷いて
「ああ、坂倉瑞奈の移籍問題とか神崎美里の離婚前提の別居とかな」
だがやはり一番は竹中元太のファントラブルだな
「吾妻くんと年齢が近い分だけファン層が重なっていて彼にその話が耳に入っていてな」
2人が話しているのを聞いたスタッフがいたそうだ
「勿論、公には話していないが」
と告げた。
「しかし彼は撮影中だったからな」
真守は腕を組んで
「ですね」
と告げた。
本郷はパソコンを立ち上げて
「その時の映像だ」
是非見て欲しい
と告げた。
それに六花も葵も真守も画面に集中した。
撮影用カメラの映像であった。
シーン情報の書かれたカチンコが画面に映り『スタート』と声が響いた。
薄暗い部屋の中で背を向けて星野彩夏…ドラマでは水神礼子が窓際に立っているシーンからであった。
彼女は窓の外を見つめ
「私の」
と言いかけた。
その時、扉が開くと竹中元太が駆けこんできた。
瞬間に監督が
「カーット」
と叫び
「竹中くん、早い」
それ早すぎるから
と注意した。
「もうちょっとじっくり待って入ってきて」
遅すぎるかなぁぐらいで良いから
流石に誰もが苦笑を零していた。
竹中元太は直ぐに
「すみません」
と言い星野彩夏に
「次はゆっくりするから」
ごめん
と走るように奥へと引っ込んだ。
監督は暫く彩夏の様子を見て息を吐き出し
「星野さんいけるかな?もう一度テンションかけて頑張って」
と告げた。
彩夏は深呼吸して
「はい」
少し待ってください
と答えると窓際に移動して少しして一、二度深呼吸すると
「大丈夫です」
と告げた。
監督は頷き
「じゃあ、みんな準備いいか?」
と呼びかけた。
それに全員が頷いた。
それから、カチンコが前に出た。
監督は一息ついて
「スタート!」
と声を掛けた。
彩夏は先と同じように窓を向いて立っており
「私の力…水龍の神の力」
そして
「土蜘蛛新は土の力」
鳳正敏は鳳凰で火の力
「だとすれば風の神は」
と呟いた。
…。
…。
少しの間の後に扉が開き手を彩夏に伸ばして
「来たー!」
と叫んだ。
が、それに監督が
「カーット」
と叫んだ。
「竹中くん、今度は遅すぎ」
竹中元太は頭を下げると
「すみません」
というと
「次は少し早い目に入ります」
と踵を返した。
瞬間に、六花は
「すみません、止めてください」
と告げた。
真守が直ぐに再生を止めた。
「何か分ったのか?」
本郷も葵も六花を見た。
六花は頷いて
「恐らく、次はちゃんと入りますよ」
と告げた。
…。
…。
葵はそれに
「いや、リテイク2だからそれはそうしないとな」
と呟いた。
「その成功するしないじゃなくて」
六花は笑むと
「恐らく一回目はわざとです」
と告げた。
本郷と真守は顔を見合わせた。
六花は考えながら
「ここからは私の想像ですが監督さんや撮影スタッフの癖とかをあらかじめ知っていて一度目は失敗して奥へ引っ込み皆のテンションが整うまでの時間と次自分が飛び込むまでの時間を利用して犯行に及ぶことはできます」
と告げた。
「彼は撮影に参加していますけど殆ど参加していません」
本郷は腕を組むと
「確かに」
最初飛び込んで下がった後から次に姿を見せるまで10分程の時間がある
「撮影のために後ろに下がっていると思い込んでいたから気付かなかったが」
人の視線の中に彼が現れているのはほんの数瞬だ
と呟いた。
六花は頷いて
「それから彼が二度目に飛び込んで手を伸ばしているところをもう一度再生して止めてください」
と告げた。
真守が頷いて再生し、そして、止めた。
六花は真守に
「この彼の手のところアップにしてもらえますか?」
と告げた。
真守は画面を触ってアップにした。
それを見た本郷は目を見開くと
「まさか」
と呟き
「悪いが、その前の飛び込んだところを頼む」
と告げた。
真守は頷いて再生し、アップにした。
葵も目を見開くと
「一度目は普通なのに二度目の小指の爪の間に赤い筋が入ってるし欠けてるように見える」
と告げた。
六花は「もしかしたら爪が欠けてはがれ掛けたのかも」と言い
「現場に血の跡とか爪の欠片が落ちていたとかありませんでしたか?」
と告げた。
本郷は頷くと
「来てくれ」
と告げた。
全員が立ち上がると本郷の車に乗って移動した。
本郷は運転をしながら
「俺は初動には参加していなくてな」
途中参加だ
「だから最初の現状の鑑識は仲間がしている」
と告げた。
六花も葵も真守も頷いた。
本郷は警視庁の科捜研へ六花たちを連れて行くと指紋照合などをしている面々に声を掛けた。
「忙しいところ悪いな」
遺留品で見つかった指紋や血痕、皮膚片などを教えてもらいたい
それに1人の女性が書類を手に
「これ」
指紋は全部撮影関係者
「吾妻輔が血を流して倒れていたから血痕は彼のモノ」
ただ…気になるのはあったわね
と告げた。
「倒れていたライトのヘッドのプラグの差込口のところに爪のような皮膚片が付いていたわ」
六花は一瞬目を見開いた。
「?」
本郷は目を細めると
「そうか」
そのDNAと明日持ってくる髪のDNAを照合してもらいたい
と告げた。
彼女は本郷を見ると
「わかったわ」
明日って今日でしょ?
と時計を見て告げた。
「何時だと思ってるの?」
真守は六花と葵を見た。
時計の針は午前4時だ。
完徹である。
本郷も時計を見ると
「…確かに」
と言い六花たちを見ると
「一旦、帰って休んだ方が良いな」
俺もつい時間を忘れていた
と告げた。
「明日、現場に連れて行く」
真守は頷いて
「それでお願いします」
と答えた。
六花も葵も頷いてマンションへ本郷に送ってもらうとそのまま傾れ込むように自室へと戻りベッドに倒れ込んだ。
六花はベッドに身体を横たえながら
「補君、目を覚ましてね」
でも…何か見落としてる…気が…
と呟き眠りに落ちた。
外では太陽が静かに登り周囲がちょうど白み始めていたのである。
東京の街は午前7時を迎えると一気に騒がしくなる。
会社へ行く人。
買い物へ向かう人。
観光客も少なくない。
六花が目を覚ましたのは8時で欠伸を零して服を着替えると顔を洗って鏡に向かって
「何か気になるけど…現場へ行けばわかるかも」
絶対に掴まえる
とカッと目を見開いた。
傍から見たら正に覚醒と言った感じである。
大学の講義もあるが今は優先すべきことがあるとレストランのマンション住人用のスペースに姿を見せると真守が既に座って食事をしていた。
「おはよう」
六花は笑顔で
「おはようございます」
と答え、用意されていた朝食を取りに行き同じように姿を見せた葵に
「おはようございます」
と声を掛けた。
葵は半分目を閉じつつ
「おはようって…元気じゃん」
俺まだ眠い
と欠伸を零しながら朝食を厨房から受け取ってテーブルの上に置いた。
六花は朝食を口に運びながら
「それで本郷さんは」
と聞いた。
それに真守が
「ああ、先に竹中元太のところへ行って髪の毛の提出を頼むそうだ」
その後だから
「午後3時ごろかな」
六花ちゃんは眠いと思うけど講義に出た方がいい
と告げた。
六花は目を見開くと
「え」
と声を零した。
葵もパクパクとサラダを食べながら
「まあ、動画もあるし倒れていた照明についていた爪とDNAが一致したら逮捕だろうし」
と告げた。
「俺も今日は講義があるから行くし」
一緒に行ったらいいじゃん
六花は頷くと
「…わかりました」
と答え、朝食を終えるとその足で葵と共に大学へと向かった。
六花には気になることがあったのだ。
昨日の動画を見た時点では竹中元太は業と一度目に早く入り撮り直しの間の時間を利用して犯行に及んだと思っていた。
彼にはそれだけの理由があり、補と話をしているのをスタッフが聞いていたという証言もあるのだ。
だが。
だが。
六花は大学の講義室で現代文学の講義を聞きながら
「…ヘッドのプラグの差込口に爪片っていうのがおかしい気がする」
と呟いていた。
もしかしたら自分は読み違いをしているのかもしれない。
六花が4コマの講義を終えて大学の門へ行くと葵が待っており、本郷と真守も車で待っていた。
六花と葵が乗り込むと本郷は
「髪の毛のDNAの提出を依頼したら自白した」
と告げた。
「冬里さんの言っていた通りにファンから金を巻き上げていたことを吾妻くんに指摘されて公にされたらと口を封じようと撮影のリテイクの間を狙って襲ったそうだ」
流石だな
六花はそれに
「それが、私勘違いをしていたかもしれないです」
と告げた。
それに本郷は思わずブレーキをかけて
「は?」
と声を零した。
葵も真守も六花を見た。
本郷は咳払いをして
「取り敢えず話を聞きたいのでマンションへ行くか」
とマンションへと戻った。
本郷は住居人用のスペースの椅子に座り
「竹中も自白しているし」
状況的にも可笑しくはないが
と告げた。
六花は椅子に座って
「あの、金を巻き上げたっていうのはどんな感じでですか?」
手渡しとか色々あると思うんです
と告げた。
本郷は手帳を出すと
「ああ、それが巧妙で活動資金が必要でとか理由を書いた手紙をこっそり渡して振り込ませていたそうだ」
これだけ振り込んだらデートするとか
「まあ、なんだある種のホストクラブ的な感じだな」
だが彼女たちが振り込んでも連絡が全くないっていうので騒ぎ始めているのが噂になって流れていたという事だ
と告げた。
「通帳は彼の部屋から見つかったが残金は殆どなかった」
六花は悩みつつ
「それで手紙は手書きですか?」
それから彼がその通帳から下ろしている映像見つかりましたか?
と聞いた。
本郷は驚きながら
「いや、これから裏付け捜査に入るが」
手紙はプリントされていたみたいだな
と告げた。
六花は息を吸い込み
「本郷さん、当日…彼が1人でスタジオに訪れたんでしょうか?」
と聞いた。
葵がそれに
「補も一緒だけど、そりゃぁマネージャーついてるだろ?」
と告げた。
瞬間に、真守も本郷も目を見開いて六花を見た。
真守は息を吸い込み
「まさか、六花ちゃん」
と告げた。
本郷は肩を竦めると
「いや、だが理由がないだろ」
と告げた。
六花は顔を顰めながら
「でも、もし」
その金の巻き上げを竹中元太のマネージャーが彼の名前を語ってしていたら?
「補君が彼と話をしてそれを知って何かを言ったとしたら?」
だって竹中元太自身が金を使うならそんな証拠が残るような手紙を送って振込なんてするより
「肩を抱いて金頂戴で良いんじゃないかと思うんです」
と告げた。
葵は「言い方はあれだけど、確かに」と呟いた。
六花は驚く三人を見て
「私、竹中元太が最初に突然飛び出したのはマネージャーと補君がスタジオを出て行くのを見て驚いたからなんじゃないかと」
もし補君にライトや機材を倒して襲うだけなら
「プラグを支えるところに爪が挟まるってないと思うんです」
脚部分を持って普通は倒すんじゃないかと
「ただ倒れていくライトを止めようと手を伸ばしたのならそう言う状況はあるかと」
と告げた。
本郷は息を吐き出して椅子に凭れた。
が、立ち上がると
「わかった」
と言い
「取り敢えず、現場に連れて行こう」
それから俺はマネージャーにも連絡を入れるか
と告げた。
六花たちは頷いて本郷の車で東京渋谷中央スタジオへと向かった。
スタジオには規制線が張られ当時のままであった。
12畳くらいの空間の床に白いテープが人型に貼られている。
そこには血の跡があり割れたライトの欠片などもあった。
戸口は3カ所あり一つは第一倉庫と繋がっており一つはスタジオの真裏で一つは廊下になっている。
六花はそれらを見つめ廊下の出口の近くにキラリと光るものを見ると
「ガラスの欠片」
と呟き、警察に連れられてやってきた竹中元太のマネージャーである30代くらいの森田純一を見た。
森田純一は怪訝そうに
「まさか竹中元太が女から金を巻き上げて注意されて吾妻輔を殺そうとするなんて」
でも俺には関係ありませんから
と告げた。
六花は純一を見て
「あの当日その靴で来られたんですか?」
と聞いた。
純一はそれに
「いや」
と答えた。
六花は彼に
「当日の靴…見せてもらえませんか?」
恐らく補君にライトをぶつけた時に貴方砕けたガラスを踏んでいると思うんです
と告げた。
純一は驚いて
「え?」
ま、まさか
「ライトのガラス…」
と呟くと僅かに蒼褪めた。
六花は出入り口のところに指をさすと
「ここに砕けたガラスの破片があるので踏んだのに気付かず移動したと思います」
と告げた。
本郷は息を吐き出すと
「無実なら提出願います」
と告げた。
瞬間に踵を返すと純一は慌てて逃げ出したのである。
が、刑事が取り押さえた。
森田純一の自宅からガラスの欠片が挟まった靴が見つかり、銀行の防犯カメラから彼が竹中元太名義の通帳から現金を下ろしている姿が見つかったのである。
元々、森田純一は子役デビューをしてアイドルになるつもりだったのだが女性問題があり一時失脚し、もう一度やり直したいという彼の反省と社会復帰のために竹中元太のマネージャーとしてやり直しの最中だったのである。
本当に反省して3年マネージャーとして頑張ればもう一度ドラマのオーディションを受けさせるつもりはあったのである。
だが、純一の中では自分が手に入れられなかったアイドルの地位についた竹中元太と吾妻輔が羨ましく映り、今回の事件へと発展したという事であった。
竹中元太は森田純一が捕まった事を聞くと
「俺がデビューして直ぐの時に右も左も分からない時に…本当に色々先輩として教えてくれていたんです」
失敗も色々フォローしてもらって
「それに俺もあの場から逃げてしまったし…あそこで救急を呼べば…良かったのに」
と泣きながら告白したのである。
六花と葵と真守は補の様子を見に病院に来た時に本郷から報告を受けた。
「森田純一は複雑な顔をしていたな」
2人を嫌いなわけではないが嫉妬が彼を狂わせてしまったんだろう
六花は頷いて
「…誰もが囚われてしまう気持ちですね」
誰かを羨んでしまう気持ち
と告げた。
その時、補の眼が開くと小さく指先を動かした。
七月はそれを見ると
「補君」
と名を呼び、全員がガラス越しに補を見た。
六花も葵も真守も小さく指を動かす補に笑みを浮かべ、肩を抱き合いながら思わず涙を流した。
補の生還であった。
真守は心から喜ぶ一方で輔の後見人である吾妻利雄の事が気になっていたのである。
父親が死んだ後につけられたというバッチ…それを持っていたからである。
まさか。
いや、そんなことはないはずだ。
真守の中で2つの気持ちが揺れ動いてもいたのである。
梅雨の季節へと移り変わりつつある雲が雨を連れて広がり始めていたのである。