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倒叙ミステリ―の考察

4月29日に徳島の実家に戻り、六花は久しぶりに使い慣れたベッド眠ると翌朝早くに目を覚ました。


考えれば東京に出て3か月。

実感としてそんなに経っているとは思えなかった。


六花はベッドから降り立ちカーテンを引いて窓を開けると

「3か月経ったんだよね」

家に帰るとそんな感覚がぬけちゃうな

と呟き服を着替えると部屋を出て階段を下りた。


台所では父親の六月と葵が朝食の準備をしており六花は顔を洗うと

「おはよう、お父さんに葵さん」

と呼びかけ

「補君と真守さんは?」

と聞いた。


葵は笑って

「寝てるー」

と答えた。

「けど、もうそろそろ起きてくるだろ」


言った瞬間に六花の後ろから声が響いた。

「おはようございます」

真守が挨拶をして六花は慌てて中に入るのに合わせて真守とその後ろにいた補が姿を見せた。


冬里家の朝食はご飯と味噌汁と焼き魚で典型的な和食スタイルであった。

マンションのレストランはスクランブルエッグや茹で卵などとトーストと洋食系で真守も葵も補も黙々と食事をしながら

「こういうところも兄弟でも対照的なんだ」

と考えていた。


六月は六花を見ると

「六花、今日は花桜梨の墓参りをしなさい」

これから早々帰ってこれないから母さんにはちゃんと挨拶をすること

と告げた。


六花は頷くと

「はい」

と答えた。


葵と補はそれに

「じゃあ、俺らも」

と告げた。


真守は六月に

「あ、俺は養父の墓参りをしたいと思います」

と告げた。


六月は頷くと

「この近くか?」

と聞いた。


真守は頷くと

「バスで移動できる範囲なので問題ないです」

と答えた。


六月は「そうか」と考え

「じゃあ、3人は車で送ってついでに田中君の方も送ろう」

と告げた。

「この辺りはバスと言っても本数が少ないからな」


真守は「ありがとうございます」と答えた。


葵は手を上げると

「じゃあ、俺も墓参り付き合う」

その後で遊ぼうぜ

と告げた。


六花も「ですね」と答えた。

補も異論はなかった。


結局、食事を終えると六月の運転で最初に冬里家の墓に行き、その後、田中家の墓へと向かった。


田中家の墓は徳島の中でもかずら橋で有名な大歩危小歩危の区域にあり景観は綺麗だが不便な場所であった。


そして、六花と六月と葵と補と真守の5人が墓地の管理人に挨拶をして3段ほど上がって右へ曲がった先に行きかけた時に1人の男性がすれ違うように通り過ぎた。


六花は僅かに匂う線香の香りに

「…甘いにおいがする」

と振り返り、反対に振り返った男性と目を合わせた。


男性は笑みを深めると会釈して背を向けた。

「真守…とその彼女か」


美しく澄んだ川の流れに一筋の赤い帯が筆で引くように流れていく。

動かなくなった肢体はその人物の死を教えていた。


ずっと。

ずっと。

脳裏に焼き付いた光景である。


男の名前は大蔵剛造と言い政財界では知られた人物である。

彼は笑みを深めると

「真先…今年もあの子はお前の墓にやってきたようだ」

だがまだ誰も辿り着いていない

「痕跡が消える前に誰かが辿り着けばお前の負けだ」

誰も辿り着かなかったら…お前の勝ちだ

と呟くと足を進め墓地を後にした。


六花は暫く彼の背中を見つめていたものの六月に呼ばれると踵を返して駆け出し田中家の墓の前に立った。


そこには綺麗な花束が飾られ先ほどの甘い香りの線香が紫煙を空へとゆらりと立ち昇らせていた。


それを前に真守は花を捧げて

「俺は養父が好きだった」

だが養父は殺されたんだ

「犯人はまだ見つかっていない」

と告げた。


全員が驚いて真守を見つめた。


真守は彼らを見て

「力を貸してほしい」

と告げた。


それに六花も補も葵も大きく頷いた。

補は笑顔で

「マンションチームだからね」

と告げた。

六花も頷いて

「はい!」

と答えた。


空には青が広がり紫煙がふわりと消え去っていた。


推理小説研究者の探偵模倣 倒叙ミステリ―の考察


田畑時生は浅い呼吸を繰り返して目の前の惨状を見つめていた。

今夜からもう悩むことなく眠ることが出来る。

そう思ったのである。


足元の崖の遥か下には金沢聡子という女性が血を流して倒れている。

『ここで彼女は自殺』したことになるのだ。


妻に別れを言わせるために書かせた謝罪の手紙。

俺が遺書風に書かせた。

それを靴の下に挟んでおいた。


完璧である。


時生は踵を返すと後ろに茂る木々を掻き分けるように進み一目散に自らのアトリエへと急いだ。


アトリエと現場は車を使っても片道40分ほどかかる。

往復で約一時間半だ。

だがそれは蛇行した山越えの道だからである。


時生は来るときにも利用したロッククライミング用の綱に手際よくフックを掛けるとスイスイと岩肌を登った。


大学の頃に友人とやっていたサークルでの賜物である。

時生は切り立った崖を登りきると綱を回収して全てを袋に入れて止めていた車のトランクに押し込むと急いで乗り込みアクセルを踏み込んだ。


車の時計は午前9時50分。

あと10分ほどで取引先の岡崎大夢というギャラリーの営業マンから電話が入ってくる。


昨夜、彼に『明日の朝10時には仕上げるがそれまでは電話をしてこないでくれ』と言っておいたのだ。

それに出れなければアリバイがないことになる。


時間はギリギリ。

時生は自身のアトリエの駐車場に手荒に止めると急いで中へと入り、ちょうど鳴り響いた電話の音に息を整えながら

「時間ピッタシだな」

とわざとらしく告げた。


彼が時間に正確なことを知っていて指定したのだ。


時生は受話器を取ると

「もしもし、今ちょうど絵を描き終えたところだ」

と告げた。


電話口の向こうから騒がしい声と共に岡崎大夢は

「そうですか、良かったです」

というと

「私ももうすぐ着きますので、見させていただきます」

と告げた。


時生は「え」と驚いたものの

「あ、ああ」

分かった

と答えた。


絵は明け方には仕上げておいたのだ。

まさか来るとは思っていなかったので驚いたが問題はない。


1時間前には頼んでおいたデリバリーの応対にも出た。

なので、9時と10時にいたというアリバイは完璧である。


時生は自信満々に少しして聞こえた車の音に笑みを浮かべた。

平常心である。


岡崎大夢は一人ではなかった。

時生は彼と共に入ってきた3人の青年たちに目を向けた。


大夢はアトリエのエントランス兼応接の間に入ると

「いやーすみませんね」

同級の親友が東京から帰ってきていて

「序でに連れてきてしまって」

と告げた。


最初に挨拶をしたのは長身の青年であった。

「初めまして、岡崎の親友で田中真守と言います」

今日は急にお邪魔して申し訳ありません


真守は会釈して告げた。

続いて挨拶したのは隣に立っていた如何にもチャラそうな青年であった。

「あ、初めまして」

いや~画家かぁ

「凄いっすね」

伊丹葵です


やはり口調も軽かった。


最後の一人は知っていた。

時生は驚いた顔で

「あ、れ?」

もしかして吾妻輔…

と呟いた。

それに青年が笑顔で

「あ、はい」

突然すみません

「真守さんが友達に会うというのに付き合ってしまって」

吾妻補と言います

とぺこりと頭を下げた。


瞬間に扉が開き

「すみません、ちょっと気になった事があって」

と綺麗というよりは愛らしい感じの少女が飛び込んできた。


時生は彼女に目を向けて岡崎大夢に視線で

「この子も?」

と言外に問いかけた。


それに少女は笑顔で

「あ、私は冬里六花と言います」

あの何か急用でもあったんですか?

と告げた。


時生は驚いて六花を見つめてドキリと胸を鳴らした。


何故?そんなことを言ったのだ?

まさか。

いやいや、何も知らないはずだ。

分かるはずがない。


時生はそう心で突っ込み

「え?いや」

今まで絵を描いていたので

と笑顔で答えた。


六花は少し悩みながら

「そうなんですね」

と言うとむ~んと顔を顰めた。


時生はどきどきしながら

「絵を…描き上げた絵を…どうぞ」

と話を逸らせるように5人を案内するようにアトリエへと足を進めた。


変なことに気付かれたら折角考えたアリバイトリックがばれてしまうのだ。


時生は考えを切り換えたように

「絵を見るの楽しみ」

と付いてくる六花を見ると安堵の息を吐き出しながら足を進めた。


エントランスの左側にあるアトリエは広々としており窓からは初夏の日差しが射し込んでいる。


時生は中へ入ると布をかけていた絵の前に立ち

「岡崎さん、こちらなんですが」

と布を丁寧にとった。


透明度の高い湖に枝垂れるように木々が掛かる姿が描かれていた。

湖の中の木々や緑も描かれ美しいながらも不思議な感覚の絵であった。


大夢は笑むと

「美しい出来ですね」

さすが田畑先生です

と告げた。


葵もまた

「すっげぇ綺麗」

やっぱりプロの人は違うじゃん

と告げた。


真守も頷き、補も

「本当に凄い」

と告げた。


時生は先程のドキリとさせた六花を横目で見て

「お嬢さんは」

と告げた。


六花は笑顔で

「凄く綺麗です」

とほやぁと告げた。

が、ふと絵を示した時生の手を見ると

「あれ?」

と呟いた。


時生は「ん?」と彼女を凝視した。


六花は時生を見ると

「いいえ」

と首を振り

「自然が好きなんですね」

とにっこりと告げた。


時生は目を見開くと

「え?」

あ、まあ

と答えた。


一々何なんだこの子は?と時生は考えながら息を吸い込んで吐き出した。


葵はそれに周囲を見回して

「だよなぁ」

自然の絵が多いよな

と感慨深げにつぶやいた


六花は頷いて

「そうですね」

と告げた。

「山登りとか好きなんじゃないんですか?」


時生はこわばりそうな笑顔を懸命に堪えながら

「あ、ああ。そうだね」

と告げた。

が、心臓は意味なくバクバクしている。


時生は自身を落ち着かせるために

「そうだ、良ければお茶でも入れよう」

とエントランスに彼らを連れて行くとソファに座るように勧めて台所へと向かった。


ポットの電源を入れて戻り

「湯が湧くまで待っていてくれ」

と告げた。


それに全員が頷いた。

暫くしてポットが保温に代わるとお茶を入れて六花や真守、葵や輔に岡崎大夢にコーヒーを入れて出した。


その時、パトカーの音が響き手前で止まった。


インターフォンが鳴り、時生は写った画面を見て

「はい、田畑ですが」

と告げた。


それにインターフォン越しに警察手帳を見せながら

「俺は徳島県警の三井修一と申します」

金沢聡子さんの遺体が山中で発見されまして

「少しお話を」

と告げた。


それに時生はわざとらしく驚きつつ

「は、はい」

と戸を開けて三井修一ともう一人徳島県警の小坂慶太を招き入れた。

「金沢さんが亡くなるなんて」

それで何か俺に?


三井修一は手帳を出しながら

「ええ、彼女は亡くなった場所の近くの駅でお茶を買っているんです」

9時ごろに店員が覚えていて

「そこから現場まで徒歩で30分ほどかかるんですが」

9時半ごろ田畑さんはどちらにおられました?

と聞いた。


時生は「え?何故?」と聞いた。


三井はそれに

「彼女が田畑さんと不倫関係にあったのは業界では有名ですよね?」

一応関係者には全員聞いています

と告げた。


時生は腕を組むと

「遺書も靴も用意したのに何故自殺扱いになっていないんだ?」

と考えた。


普通は自殺で終わりの筈である。

あれほどはっきりとした遺書在り自殺はないはずである。


三井は目を細めて

「何か思い当たることでも?」

と聞いた。


時生は慌てて

「え、いえ」

私はここで絵を描いていました

「9時にサンドイッチのデリバリーが来ましたし、10時には彼らから電話があって直ぐに来て絵を見てもらっていたので」

と答えた。


それに小坂慶太は三井に

「ここから現場まで車でも片道40分以上はかかるので…やはり」

と囁きかけた。


聞きながら時生は「そうそう」と心の中で呟いた。

アリバイは完璧なのだ。


その時、背後から声が響いた。

「あの、その遺体発見場所は何処ですか?」

六花はソファから立ち上がって聞いた。


三井は六花を見ると

「あ、君は」

と告げた。


六花も真守も葵も補も「「「「あ」」」」と声を零した。


葵が指をさすと

「飛行機事件の時の」

と告げた。


三井は目を瞬かせながら

「いや、あの時は世話に」

と言い

「何故ここに?」

と聞いた。


それに岡崎大夢が

「田中、お前の知り合いか?」

と聞いた。


真守は頷きつつ

「実は来るときの飛行機で事件があってそこで」

と告げた。


岡崎大夢は立ち上がると

「あの、今日この後に色々案内する予定で…序でに付き合って貰ったんです」

と告げた。


三井は「なるほど」と言い六花を見ると足を進めて地図を広げ

「彼女はここの崖下で発見された」

と告げた。

「遺書と靴はあったんだが」


六花は頷いて

「駅での買い物に何か引っかかりがあったんですね」

と告げた。


時生はそれを聞きギョッとした。


三井は頷いて

「彼女は二本のお茶を買っているんだ」

と告げた。


六花は地図を見ながら

「このアトリエは何処ですか?」

と聞いた。


三井は指をさして

「ここだ」

と答えた。


時生は激しく響く心臓の音に

「聡子の奴…何でこんな時にお茶を」

と心で詰った。

「だが、俺の計画は完璧だ」

そう思って自分を落ち着かせた。


車でも40分は掛かる道なのだ。


六花は時生を見ると

「田畑さんはロッククライミングされますよね?」

と聞いた。


それに時生は驚いて

「え!?」

と足を一歩引いた。

「な、何故?」


六花は少し考えながら

「その、袖と爪に白い粉がついているので」

と指をさした。


時生は袖を見ると目を見開いた。

「あ、いや…これは絵を描くときのチョークだよ」

とこわばった笑みを浮かべた。


岡崎大夢は真守を見た。

真守は少し考えて

「彼女は…探偵…なんだ」

と告げた。


時生はそれを耳にぎょっと2人を見た。

何でそんな奴を連れてくるんだ!と思わず心で突っ込んだ。


六花はう~んと唸りながら

「でも、車の取っ手にも同じ粉が付いていましたし」

それに

「実は田畑さんの車のボンネットが熱かったのでどこかに出掛けられていたのかと思ったんです」

絵の飾り方も几帳面なのに車は凄く荒く止められていたし

「それで気になっていたんです」

と告げた。


三井は小坂慶太に

「鑑識を呼んで車を調べてくれ」

と言い

「田畑時生さん、少し署でお話を聞いても」

と告げた。


時生はがっくりと肩を落とすと

「考えに考え抜いたトリックが…」

と座り込んだ。


金沢聡子の見つかった現場からアトリエに抜ける崖にはロッククライミング用のチョークの手形とロープ止めの穴が残っていた。


田畑時生は愛人だった金沢聡子が妻と別れなければ全てを公にすると脅してきたことで今回の事を決意したという事であった。


田畑時生が警察に連行されるのを見送り大慌てでギャラリーへ戻る岡崎大夢に六花たちは付き合い声を揃えて

「「「「すみません」」」」

と謝った。


岡崎大夢は息を吐き出すと

「いや、実は田畑先生はどこか完璧主義なところがあって営業の多くは担当を結構外されているんだ」

俺も2回外されていて

「怖く付き合ってもらったから…俺のせいでもある」

気にしないでくれ

と答えた。


ただ、と全員が心の中で思ったことは

「六花の言葉に異常なほど反応していたので何かあるとは思っていた」

という事であった。


六花は走る車の窓から外を見ると

「あれほど顔に出る人だったからきっと奥さんにもバレバレだったのかも」

隠すために罪を犯して

「きっとまた隠すために罪を犯すことになる」

と心で呟いた。

「こんな罪を犯す前に全てを明らかにして謝罪した方がずっと救われていたのに」


…もし、岡崎さんが電話だけで済ませていたら…

「私たちが行かなかったら」

…金沢聡子さんがお茶を2本買わなかったら…


「イレギュラーが重なったことを田畑さんから見たら…どんな風に感じられていたのかしら」

彼の表情からしか想像できないけれど

「小説で言えば倒叙ミステリ―になるのね」


…ただ一つ言えることはパーフェクトクライムなんて実際には無いわ…

「だから田中さんのお父さんの死の謎もきっと抉じ開ける鍵があるはず」


真守もまた

「小さな違和感から…犯人に繋がるモノがある」

養父の死の謎もそうなのかもしれない

と心で呟いていた。


4人は冬里家に戻り六花は自室でパソコンを開けると

『倒叙ミステリ―の考察』

と打ち込んで指先を動かし続けた。


翌日は真守の養父の亡くなった場所に訪れ、5月2日の朝の便で補は一足先に東京へと戻ったのである。


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