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コージーミステリーの考察

大学の一年目はとにかく多く講義を受けて卒業に必要な単位をとっていくことが大切だと六花は補と共に葵と真守から忠告を受けた。


葵は1年先輩の2回生。

真守は2年先輩の3回生。

六花と補は先人のいう事に従う事にしたのである。


葵は一階のレストランで朝食を取りながら

「だから、手を抜くのは3回生くらいになってからだな」

どうせ卒論とかで忙しくなるし

「1、2回生で取れるだけの単位は取っておいた方がいいぜ」

と告げた。


六花は受ける講義を選びながら

「必須科目の他にも出来るだけ取っておいた方がいいんですね」

と呟いた。


葵は大いに頷くと

「そうそう」

と答えた。


補は腕を組みながら

「うー、撮影との兼ね合いが難しい」

とぼやいた。


そんな三人を横目に真守は

「補君は芸術だからその辺りは考慮してもらえると思うけどね」

一度本部の方で聞いてみた方がいいかもしれないな

と告げた。

「六花ちゃんは葵くんの言う通りに1、2年は単位を出来るだけ取る」

それが最優先

「将来研究するために大学院に行くとして有利になる講義を選別して取っていくといいかもね」


六花は頷くと

「はい!」

と答えた。


そして、受ける講義を選び食事を終えると六花と補は葵と共に大学へと向かった。

真守は3回生で現在は必須と最低限の講義のみに絞っており、残りの時間は卒業研究と仕事に費やしていた。


六花は大学に着くと1限目の基礎学科の講義に出て、休憩時間中に大学の本部の受付にチェックした紙を提出すると2限目の講義に出た。


最初の1週間は基礎学科の講義…所謂必須科目の講義だけで正式な時間割が決まるのはその後であった。


各人、選ぶ講義によって変わってくるので同じ学部だからと言ってずっと顔を合わせると言う訳ではない。


六花は2限目の授業が終わると門のところに行き、既に待っていた吾妻補に

「待たせてごめんね」

と駆け寄った。


補は首を振ると

「そんなことないよ」

それに葵さんまだだしね

と答えた。


現在、1回生は昼までの授業なので帰宅する学生の姿がパラパラと見受けられた。

その中の結構な人数の学生が輔と六花を興味深そうに見て立ち去っていっていたのである。


そこに1人の女子学生が携帯を手に

「こんにちはー、俳優の吾妻輔さんですよね?」

とチラリと六花を見た。


補は綺麗に笑って

「こんにちは」

と答えた。


六花も戸惑いつつも笑みを浮かべて

「こんにちは」

と返した。


学生はさっと2人の前に携帯を向けると

「1枚撮りまーす」

とシャッターを押しかけた。

瞬間に後ろからバッと手を出して

「俺の綺麗な手を撮ってくれてサンキュー」

と葵がにっこり笑って告げた。


「学則で相手の許可なく撮影してSNSで投稿するのは禁止だった筈だよな」

今のは声を掛けただけで許可なしだった気がするけどー


それに女子学生は慌てて携帯を鞄に入れると

「勘違いしないでよね」

邪魔!

と言うと走って立ち去った。


葵は彼女に手を振ると

「馬に蹴られないように気を付けな―」

と告げた。


周囲で見ていた数人の生徒も慌てて携帯を直すと立ち去った。


補は葵を見ると

「すみません」

ありがとうございます

と答えた。

「俺は良いけど…六花ちゃんに迷惑はかけられないから」

ちょっと迂闊でした


六花はそれにほへーと驚きながら

「凄いねー、輔君映画でも演技上手だったから」

本当にアイドルさんだったんだ

と告げた。

「途中で東京都庁24時間以内に開放せよに変わったけど」

そう言ってカッと目を見開いて付け加えた。


葵は苦笑しながら

「いや、もうそれは勘弁してあげて」

補君が泣くから

と肩を落とす補を優しく慰めた。


六花は慌てて

「あ、すみません」

でも映画の補君凄かったです

「かっこよかったし」

と告げた。


それに補は笑顔で

「そう言って貰えて良かった」

と言い

「今度はDVDで最後までノンストップで鑑賞して」

と告げた。


六花は笑顔で

「はい!」

と答えた。


葵は腕を組むと

「やっぱり、補君もめげない性格だった」

流石、メディア世界の荒波を渡っているだけである

と呟いた。


六花は笑顔で足を踏み出すと

「葵さんは午後からも講義があるんですよね?」

それに補君は確か撮影だって言ってた気がします

「急がないと」

とマンションに向かって歩き出した。


それに補も葵も視線を交わすと苦笑しながら足を進めた。

4月も半ばに入り、穏やかな陽気が初夏を知らせる時期であった。


推理小説研究者の探偵模倣 コージーミステリーの考察


六花が好きなミステリー小説の中には児童書として扱われているものもあった。


『終礼から迷探偵シリーズ』と言う放課後の小学校を舞台にしたコージーミステリーもその一つで、小学校で起きる怪事件や盗難事件などを相羽大事という小学校に通っている男の子を中心とした子供達が謎を解き明かしていく小説がある。


児童書と言う位置づけだが計算された暗号やトリックなどが使われていて大人も十分楽しめるものになっている。


六花はその中でも『犬が教えてくれてます』という話が好きで、今日も昼食を終えるとマネージャーが迎えに来て連れ攫われていく補と午後の講義に向かった葵を見送りレストランの住居者専用スペースで仕事をしている真守と向かい合いながらその本を読んでいた。


扉一つ隔てた向こう側では未だにランチタイムの忙しさが続いており、厨房では忙しくシェフが腕を振るっていた。


それが落ち着くのが何時も2時ごろで六花は本を置くと

「真守さん、何か飲みますか?」

と聞いた。


厨房が忙しい時に飲み物を取りに行くのは迷惑だと思いこの時間までは飲み物を取りに行かないようにしているのである。


真守はパソコンから目を離して彼女を見ると

「あ、そうだね」

と答え、立ち上がると

「俺、コーヒーが良いからバリスタで入れてくる」

六花ちゃんは?

と反対に聞いた。


六花は慌てて

「あ、私が声を掛けたので」

私が入れてきます

と答えて立ち上がった。


真守は苦笑すると

「いいよ」

何が良い?

と聞いた。


六花はそれに

「すみません、紅茶で」

と答えた。


真守は笑って

「了解」

と言うと戸を開けてレストランのカウンターに置かれているバリスタでコーヒーを入れて六花には紅茶のティーパックとお湯を入れたカップを持って戻った。


六花は戸を開けたまま真守を待ち、中に入ると礼を言って紅茶を飲みながら再び本に視線を落して集中した。


ノンビリとした午後の一時である。

午後3時には講義を終えた葵も戻り3人で何時ものようにしたいことをしていた。

が、陽が傾きそれが茜に変わった5時半過ぎに勢いよくレストランの一角にある住人用スペースの扉が開けられた。


バーンと擬音が聞こえそうな勢いで扉が開き

「事件!事件!事件!」

と蒼褪めた吾妻補が立っていたのである。


六花と真守は同時に顔を向け

「何があったの?」

「何があったんだ?」

と声を掛けた。


葵はふっと笑うと

「三回同じ言葉を繰り返すとは……事件営業マンめ!やるじゃん」

と突っ込んだ。


それに補は肩で息をしながら前のめりにテーブルに突っ伏すると

「ち、ちが…」

と否定しつつも

「実は、今収録している…マンションの呪いシリーズで共演してる同じプロダクションの宮野多恵子さんって人から相談受けたんだけど」

それがもう怖くて…怖くて

とガクブルと震えた。


六花と真守は冷静にそれを聞き

「「それで事件の内容は?」」

と告げた。


見事なハーモニーである。


葵はチラリと六花と真守を見て

「ある意味似ているのかもしれない」

と心で突っ込み飲みかけのお茶を補に出すと

「取り敢えず飲んで落ち着け」

と告げた。


補は頷くとグぃと飲み干して

「それがシリーズの収録が始まってから彼女の家のインターフォンが鳴るようになってインターフォンのカメラにも写ってなくて見に行くと扉の前に…色々なものが置かれているんだって…酷い時はネズミの死骸とか…」

と固唾を飲み込み

「鳴って即見に行って廊下を左右見てもいないんだって」

と説明した。


後ろからは唐沢真司マネージャーが息を切らせながら駆け込み

「輔くん、足が…速い…」

と息を吐き出して汗を拭った。


真守はマネージャーの唐沢に

「それって本当なんですか?」

と聞いた。


唐沢は頷くと

「ええ、宮野さんのマネージャーさんも流石に気持ち悪いというので引っ越そうかと言う話があって」

ただ半年前に引っ越したばかりで彼女自身も荷物を開けたばかりで原因も分からずまた引っ越しと言うのにも抵抗があるみたいで

と顔を顰めて答えた。


葵は真守と顔を見合わると

「それは流石に気持ち悪いかもしれないな」

と呟いた。

真守も頷いて

「とにかくインターフォンが押され出て行くとモノだけが置いているという時点で事件性があるからな」

と告げた。

「爆発物でないだけいいかもしれないが」

流石にエスカレートすると不味いかもしれないが


補は頷いて

「だよねー」

と告げた。


六花は立ち上がると

「じゃあ、犯人を見つけましょう!」

と告げた。

「犯人、見つけてあげないと可哀想だし」


補は笑むと

「ありがとう、六花ちゃん」

俺も手伝うからお願いする

と両手を合わせた。

「今日の撮りは終わったから明日の昼から付き合ってもらってもいいかな?」


六花は頷いて

「もちろん」

と答えた。


葵も手を上げると

「俺も―」

明日は午後の講義ないし

「アルバイトもないからな」

と告げた。


補と葵は一人だんまりを決め込んでいる真守に視線を向けた。

無言の圧力だ。


真守はチラリと3人を見ると

「4人も必要か?」

と聞いた。


六花はあっさり

「お忙しいなら私たち3人で大丈夫です」

と答えた。

が、それに被さるように

「いやー、ここは手を上げないと駄目じゃん」

と葵が突っ込んだ。


補は慌てて

「あ、いや」

俺は六花ちゃんと葵さんがいれば

と答えた。


真守は息を吐き出すと

「車の送迎ならしてやるか」

と呟いた。


それに3人は顔を見合わせると両手を合わせて喜んだ。


唐沢はその様子を見て

「何だろう…中間管理職の哀愁を田中さんから感じる」

と心で呟いて涙を落した。


翌日、全員が午前中の講義を終えると急いでマンションに戻り昼食を終えると真守の車で撮影現場へと向かった。


新宿にあるスタジオMERという建物であった。

六花と葵は話を聞いた監督から

「じゃあ、中で静かに待っててもらっていいから」

と言われたが同時に

「「いえ!外で!!」」

と見事なシンクロで丁寧でない断りの返事をした。


葵はスタジオの中でも休憩室の椅子に座り

「オカルトホラーの撮影現場には流石に」

補君も苦手なはずなのに流石プロ

とガクブルと震えていた。


六花はそれを聞くとカッと目を見開き

「私もです!」

と答えた。

「オカルトミステリーってあるんですけど…私、それだけは…」

そう言ってクゥッと顔を伏せた。


葵は冷静に六花を見ると

「…なるほど…ミステリー研究者としてガクブルじゃなくてクッと悔やむところなんだな」

と心で正確に解釈した。


そんな2人を横に真守も座りながら

「いやいや、所詮は創作物だから…」

と突っ込み、意外とオカルトホラー系が大丈夫だったのである。


撮影の休憩が入ったのは午後6時で収録スタジオからバラバラと人々が出て来て補が宮野多恵子と彼女のマネージャーを連れて3人の元へと現れた。


多恵子は頭を下げると

「本当にすみません」

でも怖くて

と告げた。


六花は笑むと

「わかります」

でも安心してください

と言うと

「幾つか聞きたい事とお部屋を案内してもらってもいいですか?」

と聞いた。


葵も真守も同時に

「「ホラーオカルトな案件なのに大丈夫なんだ」」

と心で突っ込んだ。


多恵子は頷くと

「はい」

と答え、マネージャーの車でマンションへと彼らを誘導した。


六花たちは真守の車で移動し、高級マンションの6階にある端の部屋に辿り着いた。

六花は周囲を見回しながら

「なるほどー」

と呟き、部屋の前に立つと右側のちょうど角になっている手摺から顔を外へと覗かせて周囲を見た。

「最上階の7階とここの6階と5階は段差になっていて広々としたベランダがあるんですね」

そう告げた。


多恵子は頷いて

「ええ、見晴らしも良いし陽も当たるの気にいっているんです」

と告げた。


六花はフムフムと頷きながら扉の右側にあるインターフォンを見ると

「なるほど」

と呟き

「あの、中を見せてもらってもいいですか?」

と聞いた。


多恵子は笑顔で

「ええ、どうぞ」

と全員を招き入れた。


左側に洗面所やトレイに風呂の水回りがあり、右側に小さな部屋があった。

そして、奥は広々としたLDKでその向こうにベランダがあった。


中は綺麗に整理されており六花はテレビの横に置かれている飾りに目を向けた。

「これ可愛いですね」

そう言って魚の人形を手にした。


葵は顔を近づけると

「魚好きなのか」

と呟いた。


それに多恵子は肩を竦めると

「いえ、それは前に飼っていたタマキチの玩具です」

逃げ出して探したんですけど見つからないまま

と悲し気に告げた。


補は「ああ」と言うと

「そう言えば、俳優名鑑のところに猫好きって書いてたね」

と告げた。


多恵子は頷いて

「はい」

と答えた。


真守は目を細めると六花の後姿を見つめた。

「…なるほど」

そう心で呟いたのである。


六花はそれを手に

「この人形お借りしてもいいですか?」

と告げた。


多恵子は頷いて

「はい」

と答えた。


六花はそれを手に玄関に行くと戸を開けて人形を下に置いた。

そして多恵子に

「次にインターフォンが鳴ったら直ぐに行ってください」

と告げた。


それに多恵子と補と葵は同時に

「「「まさか」」」

と呟いた。


補は考えながら

「その猫だとしても…インターフォンを押すって」

と呟いた。


六花は笑むと

「犬とか猫の知能は一般的に3歳児くらいの知能があると言われているので」

可能性は高いと思います

と告げた。


葵は慌てて

「けど、背丈がさぁ」

と告げた。


それに六花は

「右側に手すりがあってインターフォンも右側なので届くと思います」

と答えた。

そして、カッと目を見開くと

「違ったら、まじオカルトでごめんなさい」

と告げた。


…。

…。


いやいや、ここでそれは名探偵のすることじゃないだろ。と真守は心で突っ込んだ。

しかも、まじオカルトごめんなさいって、と溜息を零した。


ただ六花の表情からかなりの自信があることは理解したので真守は黙って事の成り行きを見守ることにしたのである。


その時、インターフォンが鳴り多恵子は慌てて扉のところへ行くとそっと扉を開いて目を見開いた。

「タマキチ!」


お気に入りの魚の人形とじゃれながら

「にゃぁ」

と三毛猫が鳴いていたのである。


多恵子はそっと抱き上げると

「お帰り…待ってたよ」

と言うと中に入り六花を見た。

「タマキチでした」


六花は笑むと

「ネズミとか聞いた時にもしかしたら仲良しの猫がいるんじゃないかなぁと思いました」

と告げた。

「猫は自分の大切なものを大好きな相手にあげると聞いたので」


六花は多恵子の腕の中で尻尾を振っているタマキチを見て

「良かったね」

ちゃんと捕まえてもらって

と告げた。


外は既に夕闇が広がり始め多恵子のマネージャーは時計を見ると

「あぁ!」

休憩時間過ぎてしまいます!

と叫んだ。


多恵子はタマキチを猫の籠に入れると

「ちゃんと医者に診てもらってから家でまた一緒に暮らそうと思います」

と六花と真守と葵と補に告げた。


補と多恵子は多恵子のマネージャーの車に乗って撮影に行き、六花と葵は真守の運転でマンションへと戻った。


葵は六花に

「もしかしたら六花ちゃん、始めから分かっていたとか?」

と聞いた。


六花は笑むと

「はい、ネズミの~って聞いた時からもしかしたらと思ってました」

だから犯人、見つけてあげないと可哀想だなぁって

「タマキチずっと気付いてくれるの待っていたのかもなので」

と告げた。


葵はハッと六花が最初に言った言葉の意味を今理解し

「そう言う意味だったんだ」

犯人を捕まえないと多恵子さんが可哀想じゃなくて

「犯人の猫を捕まえてあげないと猫が可哀想だって意味だったんだ」

と心で呟いた。


マンションに帰ると夕食を3人で食べてそれぞれの部屋へと戻った。


外はすっかり日が暮れて夜の闇が東京の町を包み込んでいた。

六花は今日読んでいた『終礼から迷探偵シリーズ』を本棚に戻しながら

「コージーミステリーはほっこりするから私は好きなんだけど」

探偵も名でも迷でも良いんだし

と笑みを浮かべ呟いた。


そして、パソコンを立ち上げると指先を動かした。

『コージーミステリーの考察』とゆっくりと打ち始めたのである。


時が経つのは早いもので最初の長期休暇であるGWがもう目の前に迫っていたのである。


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