表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

暗号解読ミステリーの考察

『祭りの夜に』という映画を見にきてください!

 冬里六花は吾妻輔に言われて約束した映画を見にきていた。

 

 文京駅と連絡している総合商業施設の一角にあるシネマイン文京である。

 

 彼女はエントランスホールで推理小説を読みながらもう一人の参加者を待っていた。

 隣には田中真守が座ってパソコンを触っており、待ち人はいま懸命にこの映画館へと走っている。

 

 所謂、六花と真守は待ちぼうけという事であった。

 

 真守はチラリと六花を見ると

「東京都庁24時間以内に開放せよ……って東京都庁に爆弾が仕掛けられていて主人公が代議士と一緒に閉じ込められて爆弾解除の暗号を解いていくっていうサスペンスミステリーだよね? 映画化してた気がするけど」

 と告げた。

 

 六花は頷くと

「はい! 読んでるとドキドキするんですよね」

 と言い

「映画だとその迫力が倍増してました!」

 と笑顔で答えた。

 そして

「小説を先に読んで回答前に暗号考えるのが楽しかったです。映画ではそうはいきませんので」

 と言い

「暗号ってどこか犯人と駆け引きしているような気がするんですよね。何故この暗号を選んだのか、何故この解き方なのか、暗号を解くだけでなくて、その向こうの作者の思惑を解くのも楽しみの一つですから」

 と告げた。


 真守は目を瞬かせながら

「なるほど」

 と答えた。

 

 ミステリーの話になると六花ちゃんは饒舌だな、と真守は思わず苦笑を零した。


 六花は隣に座る田中真守を見ると

「あ、そうだ。今日はすみません。お付き合いさせてしまって……葵さんも二度目だと思うので」

 と告げた。

 

 真守は笑むと

「いや、輔君から貰ったチケットだし映画は嫌いじゃないよ」

 と答えた。

 

 周囲では恐らくカップルだろう数人の男女が肩を寄せ合いチケットをとっている。

 

 何処か甘い空気に六花は

「皆さん、カップルに見える。いや、カップルなのかもしれない!」

 と思いつつ、カッと目を見開くと

「でもでも私たちカップルじゃないですけど!」

 と思わず心で突っ込んだ。

 

 真守は不思議そうに

「どうしたの? 六花ちゃん?」

 とカッと目を見開いた彼女に聞いた。

 

 六花は慌てて

「いえ、いえいえ。なにもないです」

 と答えた。

 

 その時、エレベータから肩で息をしながら伊丹葵が姿を見せ

「悪い、待たせたな。まだ、始まってないよな」

 と告げた。


 それに真守は笑って

「ああ、大丈夫だ」

 と言い立ち上がるとチケットを渡して

「じゃあ、行こうか」

 と六花と葵に言って歩き出した。

 

 『祭りの夜に』という映画は夏祭りの夜に出会った2人が周囲や様々な反対で一度は離れ離れになるものの大人になって同じ夏祭りの夜に花火が輝く中で出会って結ばれるという王道恋愛ストーリーであった。

 

 吾妻輔はその主人公で坂巻周と言う役をやっていたのである。

 

 六花はパカーンと口を開けて見つめ

「輔くん凄い」

 と思わず小声で呟いた。

 

 真守は映画の中で輝く彼に

「そうだね、やっぱり彼は天性の俳優だな」

 と小声で呟いた。

 

 泣いたり。

 笑ったり。

 

 葵も頷いて

「本当に演技に見えないくらい自然だよな」

 と答えた。

 

 ストーリーは進み、祭りの夜に枝垂れるように降る花火が輝く中で2人が再会するシーンが画面に映し出された。

 

 その瞬間であった。

 事件が勃発したのである。

 

 『この会場は占拠した。死にたくなければ今から出す暗号を解いて爆弾のパネルに入れろ』

 

 六花はカッと目を見開き

「『祭りの夜に』が『東京都庁24時間以内に開放せよ』に変わった!」

 と思わず叫んだ。

 

 いや、違うだろ。

 と伊丹葵は冷静に心の中で突っ込んだ。

 

 田中真守と意外なほど冷静に

「確かに違うな。補君が泣く」

 と心で突っ込んだ。

 

 周囲の人々はざわめき立ち上がってシネマイン文京のスタッフを呼びに行きかける人もいたが、扉が閉まったまま開かなかったのである。

 

 つまり……閉じ込められたのである。

 

 スクリーンには先ほどの花火を見ている主役の男性と女性が手を繋いでいる場面が真っ二つに裂かれて写っており、中央にSF祭と言う文字とカウントダウンをする時計と下にイラストがあった。


 イラストは中心から黒い小さな点々の集合と赤い点が3重の同心円を描いているもので六花は

「まるで花火の尺玉の断面図の様だわ」

 と何処か冷静に考えていた。

 

 周囲では泣き崩れる人々や叫びながら戸を叩き続ける人など騒然としている。

 

 葵も流石に真守を見ると

「真守さん、これってマジヤバって感じですね」

 と話しかけた。

 

 真守は息を吐き出し

「そうだな、恐らく死ぬか生きるか……だろうと思うけど」

 と呟いた。

 そして立ち上がると

「取り敢えず爆弾を探すしかないだろ」

 と告げた。

 

 葵は頷いて

「そうっすね」

 と答えた。

 

 真守は六花を一瞥したものの彼女が必死で画面を見つめているので

「……暗号解読は彼女に任せるか」

 と呟くと

「俺は前から座席の下を見ていく」

 と告げた。

 

 葵は頷くと

「じゃあ、俺は奥から」

 と後ろへと走って行った。

 

 真守は前の台に立つと

「皆さん、落ち着いてください!」

 と呼びかけて

「今から座席の下に爆弾がないかを調べていきます」

 と告げた。

 

 それに人々はハッと彼を見ると静寂を取り戻した。

 

 葵は手を上げると

「じゃあ、ここから見ていきます!」

 と告げた。

 

 真守は頷くと

「では、俺はこちらから」

 と手を上げて告げて座っている人たちに声をかけながら下を見始めた。

 

 六花も自分の席の下を見て

「……ない」

 と呟き、隣の真守と葵の席の下も見たがなかった。

 

 人々も落ち着き出すとそれぞれの席の下を見た。


 そして、1Eの座席の人物ががばっと立ち上がると

「下、私の……席の下にある~~~」

 と泣きながら指をさして告げた。

 

 そこにはタイマーがカウントダウンしている爆弾が置かれていたのである。

 全員が反対側の端に寄り、真守と葵は爆弾の置かれている場所に立ち六花を見た。

 

 六花は画面を見つめつつ真守と葵の元へ行くと爆弾を見た。

 上にはタイマー。

 下には俗に言うプッシュ型のキーボードがあった。

 

 葵はそれを見ると

「このガラケーのボタンみたいなのを押して暗号の答えをいれろってことだよな」

 と告げた。

 

 真守は腕を組み

「だろうね」

 と答えた。

 

 葵は顔を上げてスクリーンを見ると

「問題はあの画面から暗号解読か」

 と呟いた。

「う~ん、タイマーはここのと一緒だから関係ないとしてイラストだよな」

 

 それに六花は頷いて

「花火の尺玉の中身だと思います」

 と告げた。

 

 葵はハッとすると

「じゃあ、尺玉とか」

 と告げた。

「ほら、文字数が5文字じゃん」

 

 確かに空白の文字盤は5文字だ。

 

 六花は「それは違うかも」と言いつつ

「失敗しても爆発しないですよね?」

 と聞いた。

 

 それに関して真守は

「いや、そこは分からない」

 と答えた。

 

 それには全員が固唾を飲み込んだ。

 失敗して爆弾が爆発したら自分たちがどうなるか分かっているからである。

 

 水を打ったような静寂が広がった。

 

 六花は腕を組んで考えた。

 画面を見て

「暗号には必ず出題者の意図がある」

 と呟いた。

 

 目を細め

「SF祭……あのイラスト……写真の半割り」

 と呟いた。

 

 時間は止まることなく進んでいく。

 

 六花は真守を見ると

「この映画のタイトルは祭りの夜に……だから祭……そして……SF……」

 8月6日の祭りの夜に再会して花火を見ているシーン

 と呟いた。

 

 葵は首を振ると

「いやいや、出題はあの絵じゃないのか? 尺玉の構造の絵」

 と告げた。

 

 六花は頷いて

「それもあると思います」

 と言い

「でも、シーンを残していることにも意味があると思うんです。このシーンにも花火が写ってる」

 と呟き、ハッとすると

「もしかしたら」

 と息を飲み込んだ。

 

 タイマーの時間は1分を切っていた。

 どちらにしても60秒後には時間切れなのだ。

 

 真守は息を吐き出すと

「答え、解った方おられますか?」

 と呼びかけた。

 が、全員それどころではない。

 

 全員が首を振った。

 

 真守はふうと息を吐き出すと

「六花ちゃん、全員解けてないから思いついたのでいいよ。どちらにしてもあと45秒でタイムアウトだ」

 と告げた。

 

 六花は息を吸い込み

「じゃあ、死んだらごめんなさい。私も死にますから!」

 とカッと目を見開きボタンを押した。

 

 全員が『それを今言われても』と同時に突っ込んだ。

 

 六花は慎重に固唾を飲み込んで

 『やなぎやえ』

 と打ち込んだ。

 

 人の名前である。

 

 葵は驚いて

「誰?」

 と聞いた。

 

 六花は首を振ると

「知りません」

 と答えた。

 

 だが、パネルにそれを打ち込むとタイマーが消え去り画面も電灯も全てが消え去った。

 同時に館内の電灯も消え去ったのである。

 

 静寂が広がり誰も声を出すことをしなかった。

 

 暫くして扉が開くと警察と救急隊員が飛び込んできたのである。

 映画館の警備員が警察に連絡を入れていたのである。

 ただ自動ドアの電源が壊されていたので復旧に手間取っていたという事であった。

 

 六花も葵も真守も事情聴取を受けた後に解放されて帰宅の途についた。

 とんでもない映画鑑賞であった。

 

 補はそれを知って撮影後慌ててマンションに戻るとレストランで夕食を食べていた3人に

「ごめんね、俺が贈ったチケットで」

 と告げた。

 しかしそれに真守も葵も六花も

「「「輔君のせいじゃない」」」

 と告げた。

 

 葵は更に

「まあ、祭りの夜にが……東京都庁24時間以内に開放せよに変わったって感じだな」

 と苦笑を零した。

「六花ちゃんが暗号を解読したから良かったけど……けどさ? なんで『やなぎやえ』?」

 

 六花はそれに

「イラストが花火の構造だったんですけど、あの構造は八重芯の構造だったんです。そして二つに割れていたシーンに映っていた花火は種類で言うと柳……文字数は5文字だから『やなぎやえ』かなぁと」

 と告げた。

 そして

「SF祭のSFはサイエンスフィクションと言う意味ではなく花火の規格でも使われているセーフティーファイヤーワークスのSFだと思ったんです。つまり花火です」

 と告げた。

 

 葵は腕を組むと

「しだれ八重でも行けそうな気がするけど」

 と告げた。

 

 六花はそれに

「名称は柳なんです。枝垂れるように落ちるので枝垂れ柳ともいうんです」

 と答えた。

「ただ……これで終わりじゃないと思います」

 

 それに真守も葵も補も彼女を見た。

 

 その時、彼らの背後から

「そうだな」

 と声が響いた。

 

 声に全員が顔を向けた。

 そこにレストランの中でもマンション専用スペースの戸を開けて一人の男性が姿を見せた。

 

 六花は目を見開くと

「本郷さん」

 と名を呼んだ。

 

 警視庁捜査一課の刑事である本郷沙介は笑むと

「実は先のシネマイン文京の爆発物事件で爆発物の暗号を解除したのが君たちだと聞いてやってきた」

 と告げた。

「しかし、先の事件で終わりでないと良く気付いたというか……流石と言うか……」

 

 それに真守は

「それは」

 と聞いた。

 

 葵は目を見開くと

「ってことはまた暗号が!?」

 と聞いた。

 

 補は「ええ!?」と声を零した。

 

 本郷は戸を閉めて

「……爆発物処理班が君の止めた爆発物を調べたら中身は花火だった」

 と告げた。

「精々側にいた君たちが軽症のやけどを負う程度の火薬の量だったそうだ」

 

 4人全員が顔を見合わせた。

 

 本郷は六花を見ると

「それで君は何故あれで終わりでない気がしたんだ?」

 と聞いた。

 

 六花は顔を顰めながら

「SFの意味は解りましたが……SF祭の祭りの意味がなかった気がして、だから暗号を作った人の意図がまだ本当には見えていないからです」

 と告げた。

「やなぎやえと言う言葉の意味もですし、どうしてあのシーンを二つに割ったのかも……最終の答えが『やなぎやえ』ならSFだけであのシーンの上にイラストを置けばいいだけです」


 ……それこそあの補君とヒロインさんのところにドーンと……

 

 葵は目を閉じて

「六花ちゃん……ドーンは可愛そうだと思う」

 と腕を組んで告げた。

 

 六花はハッとすると

「あ……いえ、その……上にシーンの写真で下にイラストでも良いかと思ったんです」

 としどろもどろと告げた。

 

 補は慌てて

「あ、俺は気にしてないからね。六花ちゃん」

 と答えた。

 

 本郷は咳払いをすると

「なるほどな」

 と答えた。

 

 六花は頷いて

「はい、あの暗号にはまだ何か意味があると思うんです」

 と答えた。

 

 本郷はそれに

「それは何だと今思っているかだけ聞いて良いか?」

 と聞いた。

 

 六花はじっと本郷を見ると

「情報が少なすぎて……分かりません」

 と聞いた。

 

 本郷は目を細めて

「……なるほど」

 と聞いた。

 

 六花はう~んと唸りつつ

「本郷さんがあれで終わりでないと思ったのは爆弾ではなく花火だったからですか?  他にも何か情報を持っていてそうじゃないのかと思われているんじゃないのですか?  それがないと空想の絵空事しか私には言えません」

 と告げた。

 

 本郷は苦笑を零すと

「確かにな」

 と答え

「わかった、情報と交換だ」

 と言い

「柳八重と言うのは去年の6月に自殺した文京区の女性職員の名前だ」

 と告げた。

 

 その意味。

 4人は顔を見合わせた。

 

 静寂が室内に広がり暫くの沈黙の後に本郷は

「今のところ俺が分かっているのはそれだけだ。もちろんこの女性のことも調べていくことになる」

 と告げた。

 

 六花は視線を下げて考えると

「先ず一つは別れた主人公たちが祭りの夜に手を繋いで花火を見ているシーンを態々二つに割ったという事は引き裂かれた男女を意味しているのかもしれません。つまり彼女の死によって引き裂かれた相手が今回の事件に関係している可能性があるかもしれません」

 と言い

「あと爆弾を仕掛けた座席にも意味があると思います」

 と告げた。

「一番気にかかっている祭と言う字ですが、私は彼女が亡くなったのが例えば4月3日だったら理解できた気がします」

 

 本郷は一瞬目を細めて

「それは……映画の祭りの日付けが8月6日でその日を割ったら4月3日か」

 と呟いた。

 

 六花は頷いた。

「でも6月なので違うかと」

 

 本郷はふっと笑うと

「いや、為になる話を聞いた。そう言う事なら有り得るかもしれんな」

 と呟き

「引き裂かれた男女……柳八重と付き合っていた男がいるかを先ずは調べて彼女の自殺の遠因をさらに調べる必要があるな」

 と告げた。

「助言ありがとう。また何か分ったら知らせてくれ」

 そう言うと手を上げて立ち去った。

 

 六花も葵も真守も補も立ち上がると頭を下げた。

 が、六花は

「本郷さんは何を思いついたのかしら」

 と首を傾げた。

 

 それに葵は

「教えていけー! って感じだよな」

 と笑いながら3人に告げた。

 

 補は苦笑しつつ

「まあ、何か分ったから解決するんじゃないんですか?」

 と答えた。

 

 真守は冷静に

「そうだな、次に会った時に聞くか」

 と告げた。

 

 全員が頷いて食事を再開しながら葵が

「そう言えば、来週は入学式だったよな。六花ちゃんと補君は勿論参加すると思うけど初登校大丈夫か?」

 と聞いた。

 

 六花は「あ」と言うと

「お父さんに言わないと! 4月1日の入学式にお父さん来てくれるって言ってるから多分前日から泊まるんじゃないかと思ってます」

 と告げた。

「その事も伯父さんに言わないと」

 

 やることが他に沢山あった事を思い出した六花であった。

 

 補はそれに

「俺は両親来ないから葵さんを道連れにしようかな」

 と笑った。

 

 六花はそれに

「私も行くので一緒は嫌ですか?」

 と聞いた。

 

 補はパァと笑顔になると

「いい? そうだと気分的に助かる」

 と告げた。

 

 葵は肩を竦めると

「指名が掛かったのに横取りされた~」

 と告げた。

 

 真守は苦笑しつつ

「じゃあ、俺と一緒に行くか」

 と告げた。

 

 葵は笑むと

「指名料いただきます」

 と揉み手をした。

 

 真守はふっと笑うと

「十分パソコン設定で払っていると思うが」

 と答えた。

 

 六花は食事を終えると部屋に戻り父親に電話を入れた。

 

 六月は携帯の着信に作業の手を止めると

「もしもし、六花。入学式のことか?」

 と告げた。

 

 六花は頷き

「うん、お父さん何時から東京来る? 私、伯父さんに布団借りておこうと思って」

 と告げた。

 

 それに六月は笑むと

「ああ、入学式の前日に行こうと思っている。それから宿泊は七月のところで話はついている。心配しなくて大丈夫だ」

 と告げた。

「もう一か月半近く経つんだな……どんな生活をしているか見に行くから部屋は綺麗にしておくんだぞ」

 

 六花は頷いて

「大丈夫だよ」

 と答え、笑顔で

「楽しみにしてる」

 と告げた。

 

 六月も「俺もだ」と

「体に気を付けて無理はしないようにな」

 と告げた。

 

 六花は笑顔で

「はーい」

 と答えて切った。

 

 そして窓の外を見て、いつの間にか梅と入れ替わるように少しずつ花をつけ始めた桜の気配に息を吐き出した。

 

 空は晴れ渡り青く澄み切っていた。

 

 父親の六月は入学式の前日の午後に到着し、夜に七月と共に食事会に参加した。

 七月の厳命で真守と葵と補も参加しての食事会であった。

 

 近くの中華料理店で円卓を挟んで補と葵は緊張していた。

 補はちょうど正面に座っている六月を見て

「……六花ちゃんと冬里さんを見ていたから予感はしていたけど……美形だった」

 と隣に座る葵にこそりと呟いた。

 

 葵はそれに

「ただ性格は正反対っぽいな」

 と答えた。

 

 七月はどこか飄々としているが、六月はきっちり真面目と言う感じだ。

 

 真守は2人を横に

「見た目は似ているけど確かに性格は対照的だな」

 と無言で突っ込んでいた。

 

 六花は立ち上がると

「あ、お父さん。私の隣に座っているのが田中真守さん、その隣が吾妻輔さんで隣が伊丹葵さんです」

 と紹介した。

 

 六月は笑むと3人を見て

「六花が色々お世話になっております。これからも世話になると思うので宜しくお願いします」

 と頭を下げた。

 

 それに真守は笑むと

「いえ、俺達の方が六花ちゃんにはお世話になっています。それに六花ちゃんが来てくれて良かったと思っています。こちらこそよろしくお願いします」

 と頭を下げた。

 

 葵も慌てて

「ホント、ホント……お世話になってます!」

 と頭を下げた。

 

 補もまた

「はい、俺も同期なので凄くほっとしてます」

 と頭を下げて応えた。

 

 六月は笑みを深めてチラリと七月を見た。

 七月はそれにフッと笑った。

 

 アイコンタクトである。

 

 六花は椅子に座り

「凄く良い人ばかりでしょ。お父さん」

 と告げた。

 

 六月は優しく六花の頭を撫でると

「ああ、そうだな」

 と答えた。

 

 その後、歓談をしながら夕食会をして終わると、六月は七月の家に六花や真守、葵や補はそれぞれの部屋へと戻った。

 

 幸いにも翌日の4月1日は晴天で桜は薄紅の花を爛漫に咲かせていた。

 入学式が終わるとカリキュラムの説明やWebを利用した課題の提出方法などの説明を含めたオリエンテーリングがあり、六花と補はそれに出席して正午と共に帰宅の途についた。

 

 式に参加した保護者は式が終わると帰宅と言う流れなので、六月と七月は一足先に七月の自宅に戻っていたのである。

 

 六花と補は東都大学の門のところで待ち合わせをして合流すると互いに大きく息を吐き出した。

 

 六花は長い息を吐き出したあと

「疲れたー」

 と呟いた。

 

 補も笑いながら

「本当に疲れたね。それに単位を取るためだけどどれを取るか決めないとね」

 と告げた。

 

 六花は頷いて

「ですね。単位取得の為でもやっぱり身に付きそうなのを選ばないと」

 と答えた。

 

 2人は住宅街を歩いてマンションへと戻り六花は七月の自宅へと立ち寄った。

 父親の六月がいるからである。

 

 補はその前で分かれてマンションの自室へと戻る予定であったが、一階のレストラン前で葵に掴まるとマンションの住人用のスペースへと連れて行かれた。

 

 中では真守もパソコンで仕事をしつつ

「お帰り、疲れたんじゃないのか?」

 と告げた。

 

 補は頷いて

「かなり」

 と答えて

「そうそう、色々聞いておこうかなぁと思っていたので良かったです」

 と告げた。

 

 葵は胸を張ると

「よしよし、先輩だからな。何でも聞け」

 と告げた。

 

 補はテーブルに渡されたオリエンテーションの紙を置くと

「講義選択の仕方と……後、昼休みどうします?」

 と聞いた。

 

 真守と葵は顔を見合わせると

「「ここに戻って食べてるな」」

 と告げた。

 

 徒歩10分ほどだ。

 食べて戻っても問題はない距離だったのである。

 

 補は笑顔で

「じゃあ俺もそうします」

 と答えた。

 

 その頃、六花は六月と七月に紙を見せながら

「葵さんと真守さんに1、2年は単位を稼いだ方が良いと言われたから出来るだけ講義を取ろうと思って」

 と告げた。

 

 六月も七月も身に覚えがあるので

「「それが良いな」」

 とシンクロして答えた。

 

 その日の夜は3人で食事をして翌日は七月が六月を連れて東京を案内して4月3日に六月は帰宅の途についた。

 

 六花は大学へ行く前に六月と会い

「私のことは大丈夫だからお父さんは身体に気を付けてね。GWと夏休みには帰るから」

 と告げた。

 

 六月は六花の頭を撫でながら

「わかった楽しみにしている。六花、ちゃんと勉強してお前の進みたい道を見つけるんだぞ。それから田中くんや伊丹くんや吾妻くんに感謝して仲良くな。一応、七月のことも頼むな」

 と告げた。

 

 七月は肩を竦めて

「六月」

 と名を呼んだ。

 

 六花は笑顔で

「伯父さんもみんなも凄く良い人だから感謝して仲良くしていくから」

 と告げた。

 

 六月は笑みを深めて

「じゃあ、行きなさい。講義に遅れるぞ」

 と送り出した。

 

 六花は「はい、行ってきます」と手を振り、待っている真守たちの元へと走って行った。

 

 六月はそれを見送り七月を見ると

「六花を頼む」

 と言い

「俺は昨日言ってた都庁の展望室に寄ってから帰ることにする」

 と時計を見て

「まだ時間があるからな」

 と告げた。

 

 七月はそれに

「じゃあ、俺も」

 と告げた。

 が、六月は首を振ると

「顔を見られたくない」

 と言うと荷物を手に立ち去った。

 

 寂しいのだ。

 七月は苦笑しつつ手を振り、六月を見送った。

 

 同じ頃、本郷は警視庁捜査一課の会議室で集められた情報をまとめながら

「まさか」

 と呟いた。

 

 集まっていたシネマイン文京爆破未遂事件の担当5名も互いに顔を見合わせていた。

 

 柳八重という文京区の職員の女性の周辺について調べていたのである。

 同時に文京区の区役所に現在4名ほどの一課の人間を警戒に当たらせていた。

 

 それは六花が割り出した『4月3日』と言う日付けが気になったからである。

 

 パネルには柳八重の人間関係図が映し出されていた。

 彼女は文京区の区職員で経理を担当していたのだが去年の6月に自殺をしている。

 

 彼女の部屋の浴室で手首を切って死んでいるのが見つかったのである。

 

 彼女の上司である田中牧夫は自分が彼女の経理ミスを叱ったのが原因だとかなり反省はしていた。

 だが、同じ職場の相田美佐子という職員から聞くと

「確かに注意はしていましたけど全然」

 と肩を竦めて応えていた。

 

 他の職員で神田博人という男性社員も頷きながら

「ですね、確か当日の夕方に彼女が伝票の入れ忘れがあって『ちゃんと残してないかを注意するように』って言ってただけですから」

 と答えていた。

 

 その時の彼女は頭を下げて

「申し訳ありません」

 と言っていたという話である。

 

 他の数人にも話を聞いたがその中の1人岬礼子と言う職員が言うには

「私もしたことがあって同じでした」

 穏便にことを収めるために言われたんじゃないんですか? 

 と言い、少し悩みながら

「本当は柳さん、恋人と何かあってじゃないんですか? 相手は都庁の人で『違う』とか言っていたし」

 と呟き

「なんか恋人と中央と新宿の話をしたときに分かったって……生活の水準とかあり方とか? もしかしてそういうモノで悩んでいたのかも」

 と告げたのである。

 

 本郷は腕を組み

「穏便にことを収めるにしても……傍から見ていれば分かることだからな」

 恋人は都庁の人間で違う……それに中央と新宿の話をしている時に分かった……か」

 と呟き目を細めた。

 

 その時、文京区区役所の金の流れを調べていた浜名津晴夫が戻ったが肩を竦めた。

「伝票とデータに不備はありませんでした」

 

 本郷はそれに

「そうか」

 と呟いた。

 

 全員が彼を取り囲んだ。

 

 本郷は更に

「それで区役所の方は?」

 異変とかはないか? 

 と聞いた。

 

 浜名津はそれに

「いえ、それらしい動きは何も」

 上の人間は入都式に出ていたので静かでした

 と返した。

 

 本郷は「そうか、彼女と俺の考えすぎか」と言いかけてハッとすると

「まて、そうか……今日は入都式だったな」

 と呟いた。

「確か都庁一棟5階の大会議室だったはずだが」

 

 それに浜名津は頷いた。

「ええ」

 

 本郷は六花の言葉を思い出した。

 『爆弾を仕掛けた座席にも意味があると思います』

 

 爆弾があった場所は1Eだ。

 Eは前から数えれば5番目の席だ。

 

 まさか。

 まさか、である。

 

 本郷は蒼ざめると10時2分を示す時計を見て

「入都式は10時からもう始まっているか」

 と呟いた。

 

 そして、全員に

「もしかしたら区役所ではなく」

 今日の入都式に爆弾を仕掛けたかもしれん

 と告げた。

 

 全員が目を見開いた。

 

 本郷は足を踏み出しながら

「そうすれば日付けも場所も合致する」

 本当の狙いは入都式だったのかも

 と呟いた。

 

 本郷が都庁へ向かいかけた時に都庁では大きな騒ぎが起きていた。

 配電盤が破壊され扉とエレベータが全てストップしたのである。

 

 同時に入都式のパネルには暗号が映し出されていたのである。

 東京の地図がバックに描かれ空白にはバツ印が付けられて

 『16 24 32 130 41 164 仲間外れよ、同じ目に合わせてやる』

 『もし全てを30分以内に解明してパネルに入れれば爆破だけは回避される』

 24と41には丸印がされ、パネルには6文字入れられるようになっていたのである。

 

 異変は都庁の展望室で寂しさを紛らわすために景色を見ていた六月や周囲の人々にも伝わった。

 

 エレベータの表示が消え去り止ったのである。

 六月はその前に立ち

「……一体何が」

 と呟いた。

 

 周囲の人々も騒めき顔を見合わせていた。

 その時、全館放送が入ったのである。

 『都庁へお越しの皆様。残念ながら都庁から出ていただくことが出来なくなりました』

 『30分以内に人殺しが罪を認めて死ねば開放する。だが、認めなければここは崩壊することになります』

 

 六月は目を見開くと息を飲み込んだ。

「……花桜梨……」

 

 妻が亡くなってから一人で娘の六花を育ててきた。

 だが。

 もし、ここで自分が死ぬことになったら……。

 

 泣きながら叫ぶ人や慌てて階段を降りようとする人などが大騒ぎとなっていた。

 六月は息を吐き出すと窓際に寄り目を細めて東京の町を見下ろした。

 

 あの日。

 妻の花桜梨が亡くなる時に言った言葉。

 『六月さん、ごめんなさい……優しい貴方に甘えて……』

 ……六花をお願いするわ……

 『私の代わりに六花が貴方の安らぎになるように……貴方の子供でいられますように……』

 

 ……ずっと、ずっと、ずっと……

 

 六月は携帯を手にすると

「花桜梨すまない」

 俺が死ねば六花は親のない人間になる

「だから」

 本当のことを言っておかなければ

 と呟いた。

 

 六花は講義を聞きながらブーンブーンと言う音に目を向けてそっと鞄から携帯を出して目を見開いた。

「……真守さんからだ」

 

 六花はそっと鞄などを持って講義室を出ると廊下で携帯に出た。

「もしもし」

 

 真守は車を運転しながら東都大学の門に姿を見せると

「六花ちゃん」

 講義中に悪い

「実は東京都庁で爆破事件があって建物全体が人質に取られている」

 と告げた。

「七月さんが六月さんがそこにいると」

 

 六花は蒼ざめるとするすると座り込んだ。

「お、とうさんが」

 

 その時、補が駆け寄ってきたのである。

「六花ちゃん!」

 俺、いま葵さんから連絡を受けて

「外で真守さんが待ってるから……急ごう」

 

 六花を立たせると懸命に手を握って走り出した。

 

 六月は窓から外を見つめ苦い笑みを浮かべていた。

 さきほど七月に『六花に本当のことを言ってくれ』と告げたのだ。

 

 だが、返答は至極単純なものだった。

 『六花の父親はお前一人だ。花桜梨さんの夫もお前一人だ……ずっとな……お前は俺達を信じて待ってろ』

 

 六月は東京の町を真っ直ぐ見つめ

「信じる……か」

 七月

 と笑みを浮かべた。

 

 六花は真守と葵と補と共に都庁へと向かった。

 現場は騒然としており既に警察が周辺の野次馬整理に乗り出していた。

 

 真守は本郷に連絡を入れて車を少し離れた駐車場に突っ込むと警察の陣営に六花たちを連れて行った。

 

 警官に一瞬足止めされたが待っていた本郷から手引きを受けて捜査本部用車へと入った。

 そこでは都庁で警備についていた警察官から転送されてきた映像が流れていた。

 

 本郷は話し合っている面々に六花たちを合わせると

「彼女がシネマイン文京で暗号を解いた探偵だ」

 と言い

「今日のことも予測していた」

 と告げた。

 

 それに浜名津は「おお」と声を零すと

「今回も暗号ですから」

 助言を貰えるかもしれませんね

 と告げた。

 

 本郷は頷くと六花たちに

「状況はつかめていると思うが」

 先の映画館の暗号のもう一つの答えがこれだ

 と言い

「柳八重については恋人が都庁に勤めていて中央か新宿にいるらしい」

 経理部の上司の田中牧夫が彼女の死んだ日に伝票で叱ったのが原因かもしれないと言っていたが

「周囲の話ではそれほどきつく怒っていたというわけではないらしい」

 それよりも恋人と何かが違うという話で揉めていたという話もある

「金の流れについて区役所の方では伝票とデータには不備がなかったらしい」

 

 六花は頷き

「絶対に解きます」

 それに犯人はきっとその会場にいると思います

 と告げた。

 

 本郷は目を細め

「かなり気合が入っているな」

 と呟いた。

 それに真守が

「都庁の展望台に彼女の父親が」

 と小さな声で告げた。

 

 本郷は「なるほど」と答え

「俺も犯人は会場にいると思っている」

 と言い

「区職員に聞けば柳八重は都庁でIT関連の仕事をしている男性と付き合っていたという話だ」

 それに事件の日に映像機器のメンテナンスに企業から人が来たらしいが会社は知らないと答えていた

「防犯カメラでその人間が写っている調べればわかるだろう」

 と告げた。

 

 葵は腕を組むと

「なるほどなー、映画にあんな映像を割り込ませたりするのは得意だったって訳だ」

 と呟いた。

 

 六花は彼らの話を聞きながら壇上に映し出された暗号が写る画面を見つめていた。

 

 解かなければ。

 あと15分ほどで解かなければ。

 

「お父さんを助けなきゃ」

 母が死んでからずっとずっと1人で育ててくれたのだ。

 

 六花は唇を噛みしめると

「絶対に助けるからね、お父さん」

 と呟いた。

 

 画面には東京の地図がバックに描かれ空白にはバツ印が付けられて

 『16 24 32 130 41 164 仲間外れよ、同じ目に合わせてやる』

 『もし全てを30分以内に解明してパネルに入れれば爆破だけは回避される』

 24と41には丸印がされ、パネルには6文字入れられるようになっていたのである。

 

 暗号は犯人からのメッセージなのだ。

 それを読み解くことは犯人を読み解くことなのだ。

 

 犯人の心を。

 犯人の本当の目的を。

 読み解くことになるのだ。

 

 六花は見つめながら

「東京の地図に数字」

 それに

「24と41には丸印で空白にはバツ印」

 と言い

「映画館で柳八重と言う経理部の女性の名前だった」

 上司は伝票の入力で自分が怒った事が原因と言い

「恋人が犯人として中央、新宿、何か違う」

 空白にはバツ印

 と呟いた。

 

 きっと。

 全てが何か繋がっている。

 

 犯人が……柳八重の恋人が伝えたいこと。

 6文字の何か。

 

 後ろで立ちながら葵が時計を気にしながら

「けど、俺達は文京で遭遇して……六花ちゃんのお父さんは千代田で同じ事件に遭遇するって」

 とぼやいた。

 

 それに六花はハッとすると

「そうなんだわ」

 と言い振り返り

「私たち文京区の映画館で遭遇したことが重要だったんだわ」

 と告げた。

 

 本郷も真守も補も葵も、他の刑事たちも六花を見た。

 

 六花はカッと目を見開き「そう考えたら」と言うと画面を見つめた。

「そう言えば何かの小説で同じような暗号を見たわ」

 きっとそれだわ

 

 誰もが彼女を見守っていた。

 

 本郷は静寂が広がる捜査本部用車の中で時計を見つめた。

「あと5分ほどか」

 

 時は止まらず進んでいく。

 六月は六花たちのいる地上より遥か上の展望室で東京を見つめていた。

「……六花……どうなっても俺はお前の父だ」

 お前を愛しているよ

 

 六花はカッと見開き立ち上がると

「答え解りました」

 と告げた。

「上司の名前の『たなかまきお』です」

 それから

「文京区の経理データと伝票を調べるだけでなく」

 中央と新宿の伝票と突き合わせながら変なところがないか調べてください

 

 本郷は驚いて

「あ、ああ」

 分かった

 と答え、中にいる警察官に無線を飛ばすと

「パネルの答えはひらがなで『たなかまきお』だ」

 去年自殺した柳八重の上司だ

「一応彼のことも確保しておいてくれ」

 理由は犯人から狙われているので保護と言う形だ

 と告げた。

「それからこれから中央区と新宿区と文京区の区役所の伝票と経理データの照合を行っていくとも会場で報告しておいてくれ」

 犯人が変なことを考えると困るからな

 

 警察官は頷くとタイマーを刻む爆弾の元へ行くと慎重に『たなかまきお』と入れた。

 同時に他の警察官が文京区区役所の経理部長の田中牧夫を保護した。

 

 タイマーは止まり誰もが息を吐き出した。

 そして警察官が壇上で本郷が告げたことを伝えたのである。

 

 瞬間に田中牧夫は蒼褪めると

「な、何故その必要が」

 と呟いた。

 

 同じことを六花に補が聞いていたのである。

「六花ちゃんは暗号解けたんだよね?」

 何て書かれていたの? 

 

 六花は捜査本部用車から出て指示を受けて建物内に突入していく機動隊を見つめながら共に出てきた真守や葵、本郷に

「あの暗号の数字は東京の区を示していたんです」

 しかも

「都心と副都心です」

 つまり

「16は千代田区、24は中央区、32は港区で東京都心」

 130は渋谷区、41は新宿区、164は豊島区で副都心

「実は文京区はこれらの間に位置しているんですけどどちらにも入っていないんです」

 と告げた。

 

 本郷は腕を組むと

「確かにそう言われたらそうだな」

 と言い、ハッとすると

「そうか、それで名前をローマ字に直して考えたら港区のMと豊島区Tが仲間外れか」

 MTで彼女の関係者の頭文字で考えれば田中牧夫か

 と告げた。

 

 六花は頷いた。

 

 真守はそれに

「その上で空白……つまり文京は罰バツで中央と新宿はマルという事は違いがあるという事か」

 と告げた。

 

 六花は「はい」と答え

「恐らく恋人の住んでいるのが中央と新宿ではなく経理の上での中央、新宿、文京で違うと話していたんではないかと思ったんです」

 と告げた。

「だとすれば、原因がない彼女が死ぬ理由はなかったのだし」

 彼女の自殺自体も調べ直してほしいと思ってこの事件を起こしたんだと思います

「映画で再会して結ばれる2人を割いたのは恐らく殺されて引き裂かれた自分たちの姿も描いたのだと思います」

 

 ……田中牧夫の不正を彼女の死の真相を明らかにしてほしいという叫びがあったんだと思います……

「田中牧夫が言った言葉だけを捉えるのではなく」

 真実を追求してほしいという事だと思います

 

 本郷は息を吸い込み吐き出すと

「手を抜いている訳ではないんだが……な」

 と言い

「だが、これで調べ直して真実が出れば言い訳もできないか」

 と告げた。

 

 六花は首を振ると

「今の時点では私はどちらが真実かわかりません」

 と言い、解放されていく人々の中に六月を見つけると駆け出した。

「お父さん!」

 

 六月は声の方を見ると走って六花を抱き締めた。

「六花」

 心配をかけてすまなかった

 

 六花は泣きながら

「ううん」

 お父さんが無事で良かった

「もし……もし……お父さんに何かあったら私……犯人が恋人を失ったせいでも許せなかった」

 絶対に許せなかった

 と告げた。

 

 六月は笑むと

「六花、一つだけ言っておく」

 良いか

「許せなくても恨み続けてはダメだ」

 お前という素晴らしい花が

「俺と花桜梨が愛したお前と言う愛しい花が枯れてしまうからな」

 と告げた。

「恨みや憎しみだけを抱いて生きていくより」

 幸せに誰かを愛して生きて行って欲しい

「それが俺の望みだ」

 

 六花は泣きながら小さく頷いた。

「お父さんのこと大好き」

 

 2人を一瞥して一人の男が横を通り抜けて警察の陣営へと向かって歩いて行った。

 

 真守と葵と補は2人の様子を見て笑みを浮かべていた。

 六月はその後真守の車で羽田へ行き、4人の見送りを受けて徳島へと帰宅した。

 

 数日後、本郷がマンションのレストランの住人用スペースへと姿を見せた。

 六花たちが夕食を食べている時であった。

 

 本郷は笑むと

「実は解放された人たちの中に犯人がいてその足で自首してきた」

 と言い

「君の言っていた通りに中央区と新宿区と文京区の伝票を調べて分かったんだが同じ豊見商会と言う仕入先だったんだが文京区だけ他の二つよりも単価が1.5倍高くて数百万の金が上乗せされていた」

 それを豊見の方に問い詰めたら

「経理部長の田中牧夫が単価と合計を空白にして伝票を渡すように言っていたそうだ」

 そして過剰分を折半して田中牧夫に渡していたと

 と告げた。

「田中牧夫についてはそれを問い詰め柳八重の件も聞くと彼女が恋人の話からそれに気付いて問い詰めてきたので口封じをしたと自白した」

 もちろん再捜査して証拠を固めるつもりだ

 

 六花は頷いて

「やっぱり最初の暗号の時から全て伝えていた」

 と言い

「暗号の向こうに……出題者の心があったんですね」

 と告げた。

 

 補は笑って

「でも僕にはその心が全く分からなかった」

 難しかったよ

 と告げた。

 

 葵も頷いて

「それな」

 と答えた。

 

 本郷は笑って

「だが100万分の1でも届いたから悲惨な事件にならなかったって事が俺には救いだった」

 ありがとう

 と言い

「じゃあ、この借りはまた」

 と立ち去った。

 

 4人は夕飯を食べるとそれぞれの部屋へと戻った。

 六花は机に座ると窓を見つめてその向こうの夜の闇を見た。

「犯人の心を捕まえることが出来て良かった」

 お父さんが無事で

 

 六花は机に向かうとパソコンを立ち上げて指先を動かした。

 『暗号解読ミステリーに関する考察』

 そうタイトルを付けて打ち始めた。

 

 夜は深々と降り昼間騒がしかった東京も今は一時の穏やかさを広げていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ