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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

死体屋のある日〜パパさんは辛いよ〜

掲載日:2026/08/12

薄暗く、広々とした部屋。中央には人が横になれるだけの大きさをした金属製の台が三つに、両サイドの壁面には、これまた人が横になれば入れそうな大きさの引き出しがいくつも配置された部屋に男は立っていた。


「えー、遺体(お客さん)の身元が分かるものは……」


三つある金属台の内の中央には人の死体……というよりは人の死体ら(・)し(・)き(・)も(・)の(・)が一体、横たわっていた。野生動物かモンスターにでも食われたのか顔の損壊は激しく、末期(まつご)の表情さえ窺い知れない。薄布を払い除けた下、身体的の方もかなり食い荒らされているが、それでもまあ顔に比べればマシだろう。


(僅かに残る皮膚や骨のひしゃげ方からして、バカデカい鈍器で頭をやられたのが死因だろうな、こりゃ)


とはいえ、と男は思う。この街の周辺にそういう武器を振り回すモンスターはいないはず。かといって、この頭骨の具合をみるに、エモノのサイズは人間が持てるような代物ではない。魔力の扱いに長けた者なら筋力増強でどうとでもなるが、そういう野盗や犯罪者の情報も特になかったはずだ。


そうなると一番あり得そうな可能性は、こんなことをできるだけの厄介な魔物か悪党が近辺に流れてきたというところだろう。


「まあ哀れな被害者第一号ってところか……かーっ生前は綺麗だったろうになぁ」


男は軽く嘆いた。顔の大半がえぐれ、潰れた、食い散らかされた死体でも見る者が見れば年頃の、それこそ今目の前にいるお(・)客(・)さ(・)ん(・)のような年頃の女の子より饒舌で喧しく物語ってくれるものなのだ。


残る骨の形状、顔の輪郭、表情を形作るだけの皮膚が残っていないおかげで恨みつらみを感じさせない碧玉の目。何より、長髪。死んだのが旅中なのもあろうが、手入れらしい手入れをされていないというのに艶やかさがある。彼の長年の経験から、こういう髪の持ち主はとてつもない美人と相場が決まっているのだ。


「はあ、はあ……ごめん、なさい」


そんなことを考えていると彼の背後から扉が開く音と、今から空いている死体用の台に並ぼうとしているのかと思えるほどの、半死半生という感じの声が聞こえてきた。男は背後を振り向き、呆れたように声をかける。


「だから言ったろ?俺の仕事を手伝おうなんざ百年早ぇとよ」


開け放たれた扉から差し込む僅かな陽光を背負うのは、みずぼらしい長袖の無地の上着に、長ズボンを身に纏った歳の頃12、3の少女。ただ、服装の貧相さとは正反対にその顔立ちは幼さの中に、あと数年もすればかなりの美人になるとだろうという予感を紛れさせていた。


自分の職場(死体置き場)にはこれ以上無いミスマッチ。表通りのこ洒落たカフェやら服屋やらにでもいる方かよく似合っている。そんな少女に改めて声をかける。


「今のお前さんは吐かなくなったんじゃなくて、吐くものが無くなっただけ。そういうフレッシュな反応ができる内に、先に家へ帰ってろ」


彼女は男の拾い子だった。この死体置き場に並ばなかったのが不思議なくらいの扱いを実親から受けていたところを王立警察に保護され、里子に出されていたの気まぐれに拾ってやったのだ。


男親なりに甘やかしすぎない程度に優しく育ててきた。妻に先立たれてその資質を試す機会はなくなったが、彼には親としての能力が備わっていたらしい。過去のトラウマの完全克服はまだのようだが、ちゃんと反抗期が来てくれるのか心配になるくらいには良い子に育ってくれた。それは男の数少ない誇りだった。


(それが悪かったんだろうなぁ)


だからこそ男は思う。


「いえ、お父さん……を、げほっ、手伝うって、はあ……決めたから」


『お父さんのお仕事を手伝いたい』それがそこら辺の父親がするような仕事だったらただの微笑ましい一幕にもなるだろう。だが、男の仕事はこの通り綺麗なものと出会えることが稀な、名無しの死体専門の取り扱い人だった。


遺体を調べ、可能なら身元を判定し家族などに届け、それが不可能なら然るべき葬り方を同定して各種教団に届ける。それも無理なら葬儀屋に焼くなり埋めるなり任せる。そんな仕事を愛娘にやらせたいと思う親は、血のつながりの有無に関わらず早々いはしまい。


だのに、この愛娘ときたら、そこら辺の子供がそこら辺の父親に向けるような尊敬を彼に向け、これまたそこら辺の子供がするように親の手伝いを申し出だした。そして、何故かそこら辺の子供にないような強い意志でもって彼の再三再四では止まらない拒否も受け入れなかった。


(子に思われるってのは嬉しいがねぇ)


子供、それも血のつながらない子供にこれほどまで慕われるというのは仮にも父親として悪い気はしない。とはいえ、仕事が仕事。なんとか申し出を断りたかったのだが……


「それで、お父さん……私、何を手伝えばいい?」


彼女に強い意志のこもったまっすぐな目を向けられる。死体とばかり接して、すっかり慣れて擦れてしまった男には眩しすぎる目だった。この目を自分のように濁らせるよりは、と多大なショックを与えるのは覚悟の上で実際の仕事場を見せようと思ったのだが……


「逆効果だったかねぇ」


男は大きくため息をついた。



*



「顔の判別はつかないから次は遺品の確認だ。……布をとるから目ぇ背けてろ」


その言葉に少女は小さく首を横に振る。父のようにあろう。そういう想いからの拒否なのだろうが、その当の父からするとしないで欲しい親孝行だった。


「あのなぁ……俺だってはじめはゲェーゲェー吐いて、死体から目背けてってやってたの。なのにお前が我慢できちゃったらカッコつかないの。お父さんに花持たせると思って後ろ向いてなさい」


頭ごなしにやめろと言ってもどうせ聞いてはくれないので、そんなことを言ってみる。嘘も方便……ではなく、この仕事に就き初めの頃の実体験が多分に含まれていた。なので、言ったそばから少し恥ずかしくなってきたのだが、果たしてそこまでした効果は。


「じゃあ、目を背けなかったらお父さんより凄いってこと?」


逆に火をつけてしまったらしい。男はまた一つ大きなため息をついて、


「……後ろ向かなきゃ、今日の晩御飯はピーマンづくしな」


そう脅してみる。効果はテキメンだった。彼女は物凄い勢いで死体から顔を背けてくれた。……こういう子供らしいところがまだまだ沢山残ってるから、職場(こんな所)には来てほしくなかったという思いが余計に募る。


「遺品にゃ、色々な情報が含まれてる」


話しながら、遺体の身体に被せていた薄布を払い除ける。右足は太ももの半ばより下がなく、左足はふくらはぎのあたり食われているが、薄皮一枚でかろうじて脚は繋がっていた。服装は下はミニスカート。上着は、彼が洒落っ気とは縁遠いことに加えてそこここを食われているせいでどういう類の服かはよく分からない。


「本名、出身、職業、信仰、どの街からこちらにこようとしたか……等々、仕事に必要なことから」


とりあえず上着とスカートの、原型をとどめていたいくつかのポケットを適当に探る。まずはスカートの方。左ポケットには何もなかったが、右の方には

なにやら感触があったので取り出してみる


「不要なもんもな」


それはくしゃくしゃになり、ところどころ血で染まった折り紙。元はどんな形をしていたのかは分からないが、おおかた馬車に乗り合わせたか最後に止まった街に住んでいた子供からの親愛のプレゼントというところだろう。


(確かこういうのを供養するって変わったサービスやってる宗教(トコ)あったよなぁ)


とりあえず、死体台とは別に設けられてる、近場の作業机に紙クズと化してしまったそれをそっと置いておく。次は上着だ。


この仕事をしていると、酒場の酔っ払いだのから時折こんなことを言われる。『お前の仕事はいいよなぁ?美人の胸もアソコも触り放題じゃねえか』と。そういう時は一発ぶん殴って相手の酔いを覚ましてやるのが彼の流儀だった。冷たく、血の通わない身体は服越しだろうとゾッとする。平生何気なく感じている命の実感がないのだ。こんなもの、楽しめる奴がいるとすればそれは悪魔ですらあるまい。


「おっ、今日は仕事が楽だな」


「どうしたの?お父さん」


娘の疑問に、右胸のポケットから出てきたものを彼女に見せることで答える。


「ペンダント……?これがどうしたの?」


「今お前が向いてる方の本棚に、『各教団・信徒携帯品図録』って本があんだろ。それの132ページを開いてみろ」


今度の指示には娘も素直に従ってくれたらしい。足跡が遠のいていく。


「えっと……第何版を取ればいいの?」


「なんでもいいが……まあ、最新版にしとけ」


「分かった!……って、あれ?全然、取れない……!?」


ギチギチに詰まった本棚から本を取り出そうと悪戦苦闘する娘の声を背後にしながら男は思った。


(自信満々にページ数を言ったが、最新版でもページって変わってなかったよな?)


これで全然違うページに該当箇所があったらどうしよう。かなり恥ずかしいぞ。そんなことを考えながらも、ポケット以外にも遺品がないか遺体の服をめくったりして確認する。今確認できたペンダントでできるのは大体の出身地方と葬り方の同定だけ。この遺体の具合いなら、それが確定できるだけでも暁光なのだが、死体取扱人としてはまだまだ情報は完全と言えない。


「やっと取れた……えーっと、131……131……あった」


いつの間にやら本を取り終えていた娘が、ページをあっちにいったりこっちにいったりしながら該当箇所を見つけ出す。


「あっ、そっくりな絵」


男はページ数を間違えなかったことに内心安堵のため息を吐いた。父親としての威厳は、なんとか保てたらしい。


「そのペンダントは南方の大領主、イナンの領域とその周辺を根拠地にする『メデュー教団』のまあ、言ってしまえば役職なし平教徒の証だよ」


『メデュー教団』。食の禁忌は特にないが、南方の穀倉地帯に根付いた宗教らしく小麦を神聖視しているという。特段の特徴としては全ての信徒・聖職者がペンダントを持つが、そこに刻まれる紋様や色が階級を示すというもの。


「最近は資金源として観光業に力入れてるみたいでな、土産物として平信徒のものに似たペンダントを売ってるせいでややこしいんだ、これが」


それでも文様が少しシンプルだったり、色こそ似せているがペンダントの材料が安価なものに変えられているおかげで慣れれば簡単に見分けがつくのだが、そこまで細々とした説明をする必要もあるまい。


「ということは、その人は南の方からの旅行者ってこと?」


「あの教団、宣教にあまり力を入れてないし、まあそんなとこだろ」


メデュー教団は根拠地に盤石な基盤を設けているおかげで、別段信者獲得に困るということがない。高位聖職者でもなければ教義はかなり緩く、『入るだけ入ってるだけ』という信徒さえ許容されるおかげで軽い気持ちで入信するものも多いらしい。そんな教団の、しかも平信徒が一人で宣教というの考えにくいだろう。


「あー、ちょうどいいや。本棚の近くの引き出しにこの街の『宗教連合支部』への申請書とギルド、王立警察、都市警察への警告書があるから、それ持ってきてくれ」


念の為、被害者の膣の状況を確かめながら娘に頼み事をする。それらしい傷は無い。これで書かねばならない書類が一つ減ってくれた。


「世の中穴がありゃいいってイカレがいるからなあ」


他に遺品も無いし、改めて遺体身体に薄布をかけ、さらに顔にも布をかけてやる。そうして一つ仕事を終えたという気の緩みから、思わず言葉をこぼす。


「ん?何か言った、お父さん?……はい、これ」


「ああ、ありがとう。……いや、ただの世の中への愚痴だから気にするな」


こぼしたと言ってもかなり小さな声だったおかげで、娘の耳には届かなかったようだ。父親として一安心すると共に自分の迂闊さを呪う。もう既に、娘には見せたく無いものを見せているとはいえ、これ以上嫌なものを知らせる必要があるわけもない。


「あとは『宗教連合支部』に遺体の引き取り申請を出して、ギルドやら警察やらにあぶねーモンが街の周囲を彷徨いてるみたいって警告を出してお仕事終了!どうだ、継ぐ甲斐のないつまらん仕事だろ」


遺体を死体袋に納め、死体安置用の引き出しに納めながら男は言う。死体と向き合うだけで、なにか刺激的な出来事が起きるわけでも無い。その死体とてこの通り酷いもの。しかも、今日のが特別酷いものかといえばそんなこともないというオマケ付き。仕事の大半を見せないようにしていたとはいえ、これで諦めてくれたらいいのだが……


「ううん。そんなことないと思う……だって、お父さんのお仕事なんだから」


どうも上手くいってくれなかったらしい。男はまた大きな、一際大きなため息を吐いた。


「好かれるパパってのは辛いねぇ。ったく」

男……本名タヘル・モル・グゥ。四十代、妻はいたが先立たれてしまった。気の抜けた、やる気の無さそうな勤務態度をしてはいるが、死者への慮りは人一倍。職場に着いていくと聞かない娘のためにわざわざ汚れてもいい服を適当に見繕ってきたりする程度にはわりと子煩悩。


娘…本名アナ・モル・グゥ。年齢十二歳。数年前、タヘルが担当した死体をきっかけに王立警察によって保護をされた元被虐待児。その時の縁でタヘルに拾われ、今では過去の苦しみを完全克服とまでは言わずともかなり回復している。


どうでもいい用語解説


『宗教連合』…この国は他宗教国家であり、国家=王家は国民の道徳心涵養といったある種の教化・教育や社会資本(災害時の救護等々)へ各宗教を利用しているのだが、宗教連合は雑多な宗教組織を緩く連帯させ国家と宗教の連携を簡易にするために設けられた組織。各教団は国の公認を得ることで法的な優遇措置を受けられるが、この公認を得られるか否かは実質宗教連合の承認によって決まる。……が、多少の思想・教義のチェックを受けるだけなので、余程の危険思想でない限り簡単に承認が下りる。各街の支部に届出を出すことでその使者の信仰に見合った葬儀を手配して貰える。


『各教団・信徒携帯品図録』…先述の通りさまざまな宗教に溢れるこの国において、(どの教団も主流派は世俗的なため存外トラブルに発展することは少ないのだが)どこの教団に属しているかの判別はそれなりに重要になってくる。そこで役立つのがその版が刷られた時に承認・公認を受けている各種教団を見分けるためのポイントと推奨される扱い(食事・葬法など)についてイラスト付きで簡単に纏められたこの図録である。現在第108版、定価は日本円にして五万円。魔法技術のおかげでページ数や各ページの厚みの割に全体の厚さや重みはちょっとした学習図鑑レベルに抑えられている。初版は一万円程度だったが内容量の増加具合を思えば大量出血で死人が出るレベルの企業努力が窺える。

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