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第3話 その4(完) ワトソンはかせと三人のガリデブ

幸運にもワトソンの懸念は当たらなかった。ジェームズ・ウィンター、通称殺し屋エバンズ。彼はホームズとワトソンが棚の裏に身を潜めてから、一時間も経たぬうちにひっそりとガリデブ宅に侵入をしてきたのである。

それはもうすぐ五時の鐘が鳴ろうという頃合いだった。玄関の扉が開くギイッという軋み音を聞いたホームズは船を漕ぎつつあったワトソンを起こし、口元に人さし指を当てて合図した。相棒が頷いて両手で口をふさぐ。男は節くれた指でやわらかな頬をひと撫でした。

侵入者は部屋に入るなり素早くあたりを見渡して周囲の気配を探った。安全とわかるとコートを脱ぎ捨てて、中央にあるテーブルをガタガタ乱雑に隅へ動かしてゆく。無駄のない動きだ。かつて何度も繰り返してきた行為なのだろう。どこになにがあり、なにをすべきかを頭ではなく身体が覚えているのだ。

相手が身体を屈めたと踏んで、音を立てないよう注意しながらホームズは棚から頭を出す。男は敷いてあった絨毯をめくってわきへと追いやり、持ってきたかなてこで床を剝がし始めた。数秒の格闘ののち、板のすべる音がする。離れているので見えないものの、それがどんな意味を持つのかはすぐにわかった。

ぽっかり開いた四角い穴。用意周到な侵入者がマッチを擦ってロウソクを灯す。小柄な身体が穴に消えるのをホームズは息をひそめて待っていた。

「ワトソン、絶対にここから出てきてはだめだよ」

「うむ」

 ささやき声でのやりとりを交わしたのち、ホームズがそっと棚の隙間から這い出してゆく。身体を起こし、リヴォルバーを構え、即興の奈落へと近付いていった。

ホームズはねこのような静かさで歩いたが、経年劣化による床の軋みには敵わなかった。それがわかったのは穴の降り口まで到着したとき、にわかにアメリカ人の頭がひょこりと出てきたためである。侵入者はそのまま不安げにあたりを見まわして、やがて自身の頭にホームズのリヴォルバーが突きつけられている事実を知った。へへ、と恥ずかしそうなそぶりで笑う。しらじらしい笑顔に男の口端が引きつった。

「やれやれ、あの老人には『シャーロック・ホームズには相談するな』と、ちゃんと釘を刺したつもりだったんだがな。最後の最後で裏切られちまったというわけか」

「光栄だな、エバンズ。ぼくの名を知っているのか」

「こちらこそ。ああ、こういうことになるから気をつけていたのに、まったく融通の利かないじいさんだ。どうしておれがここに来るとわかった? ああいや、ご高説に興味はないからご教授いただかなくていい。結局万事うまく行ったとぬか喜びしていたのはおれだけで、あんたは最初からわかっていたというわけだ。いやはや、実にあざやかな手際。さあて、いったいどうしたもんかな。おれにできることは、まだ……あるだろうな!」

 一瞬のことだった。エバンズは懐へ素早く手をいれ、胸元からリヴォルバーを取り出し一発撃った。甲高い銃声。銃弾はすんでのところでホームズの頬をかすり、背後にあった小瓶を割る。失敗したとわかって相手はすぐさま二発目を構えた。ホームズはひるんだまま、一歩後ろに下がることしかできなかった。


 そのとき、まさに絶体絶命なそのとき。

 その場にいた「もうひとつ」の声が、部屋に大きく響き渡った。


「ホームズ! あぶなぁい!」

「な、棚が、しゃべっ…………」

 シャーロック・ホームズの行動は素早かった。驚いて照準を棚へと変えた男に駆け寄り、リヴォルバーのグリップでその頭をしたたかに撃ちつけた。呻いた身体をすぐさま引きずり出して手錠をかける。二丁の銃はもはやひとりの手の中にあった。床に転がされたエバンズが次に目を開けたとき、冷たいシルバーグレーの眼光が男を射貫いていた。

「おまえ、よかったな。引き金をひく前で。万が一わが親愛なる友人に向かって弾を放ちでもしていたら、おまえは生きてここから出られなかった」

 あんた、棚が親友なのか。

 昏倒させられる男の最後はそんな言葉で締めくくられた。





 今日も今日とてシャーロック・ホームズはひざのうえに友を乗せ、気ままな思案にふけっている。小さな相棒は新聞を広げて同じ記事を何度も何度も音読していた。声に出して、にっこりとして、また一から読み直す。事件解決の翌日はいつもそんなことが起こるのだ。

「『めいたんていシャーロック・ホームズ、ゆくえ知れずになっていたにせ金の機械をみごとに発見! なんと、機械はずうっと地下にあったのである!』だって。すごいねえ。ぼくのホームズはとってもすごいねえ」

「ぜんぶきみのおかげだよ、ワトソン。きみはぼくの命の恩人で、哀れなネイサン・ガリデブの眼を覚まさせた英雄だ。そもそもきみが最初に『プラウ』と言わなければ、ぼくはこの事件を知りもしなかったんだから」

「しょほてきなことだよ、ホームズくん。だからもっとほめてくれるといいさ」

 手のひらがホームズのそれを掴み、自身の頭へと乗せた。撫でられるがままになっている友人を、ホームズはいつまでもいつまでも見つめていたのであった。


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