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第3話 その3 ワトソンはかせと3人のガリデブ

翌日、ホームズが友人の待つフラットへ帰り着いたのは昼すぎであった。ワトソンはちょうどランチを食べ終えたところであり、彼は帰宅した友に向かって「きみのぶんはないからね。ぼくがぜんぶ食べてしまった」と鼻を鳴らしてみせた。すぐさまハドソン夫人によって並べられるテーブルセット。がっくりと肩を落とした友人に男は多少の同情を覚えた。

「いそがしい朝だったよ」コートをハンガーにかけて、足をぶらぶらさせている友の向かいに座る。かじったサンドイッチにはキュウリとハムが挟んであった。「昨日不動産屋から聞いた情報をもとにスコットランド・ヤードへ行ってきた。気になることがあって、われらの友人レストレードに捜査資料を見せてもらったんだ。予想は大当たり、この不可解な出来事の裏には凶悪な犯罪者が絡んでいる。殺し屋エバンズ。こいつはやっかいだぞ」

「エバンズ?」

「本名なジェームズ・ウィンター、別名殺し屋エバンズ。シカゴ生まれで、あっちでは少なくとも三人の男を撃ったことがわかっている。ロンドンに来てからはしばらくおとなしくしていたが、六年前の一月ウォータールー通りのナイトクラブで再び男を撃った。殺されたのはロジャー・プレスコット。シカゴでは贋金造りの名手としてちょっとした有名人だった男さ。エバンズはふた月ほど前に釈放されて、今はヤードの監視下に置かれている。現在はおとなしくしているようだが、とはいえカッとなるとなにをやらかすかわからない危険な男だよ」ホームズはここで言葉を切った。眉間に深くしわを寄せ、人さし指を唇まで持ってくる。ワトソン。呼ばれた彼がきゅっとこぶしを作った。「正直迷っている。今回のこれはきみがぼくにもたらしてくれた事件だ、連れて行きたいのはやまやまだが、きみを危険な目に遭わせるわけにはいかない」

「ううん、危険ならぼくも行かなくちゃ。シャーロック・ホームズ。きみはぼくがいないとね、とってもだめだめなんだから」

男がはっとした顔で目の前にいる友人を見る。強い煌めきを帯びたターコイズと視線が合う。ホームズの相棒はときおりこういった顔をする。まぶしいほど、まっすぐな眼で彼を射貫いてみせるのだ。

見つめあっていたのは数秒。結局のところ、折れたのはホームズのほうだった。

肩をすくめて「しかたない」と言う。友人は得意げだった。

「ぼくの約束を守れるかい?」

「うむ」

「危険だと判断したらすぐに逃げたり隠れたりできるかい?」

「まかせたまえ!」

差し出されたやわらかな手のひらを握った。引き寄せて抱きしめれば、力をいささか入れすぎたので、きゅうっとワトソンの喉が鳴った。


ホームズとワトソンがネイサン・ガリデブの興味深い城にたどり着いたのは、ちょうど教会が四時の鐘を鳴らしたところであった。間一髪のところで帰宅しようとしていた管理人のサンダース夫人へ声をかけると、彼女はためらうことなくふたりをなかに迎えいれてくれた。ホームズは丁寧な礼とともに、帰るときは必ず戸締まりをたしかめることを彼女に約束した。

夫人の目出し帽が張り出し窓の横を通りすぎると、いよいよこの玄関ホールにいるのはホームズとワトソン、たったふたりだけになった。屋敷の一階は住居よりも事務所代わりとして借用している人間が多い。夕方ともなればひともまばらだ。その証拠に目当ての部屋にはいるまで彼らは誰とも会うことはなかった。

傾きかけた陽のもと、くだんの薄暗い室内へと静かに脚を踏みいれる。化石の棚に心引かれるワトソンをうながして、男は友とひとつだけ飛び出ていた戸棚の後ろにしゃがみこんだ。ワトソンは見えぬ景色に残念そうな顔をしていたものの、家を出るときの約束どおりなにか不満をもらすようなことはしなかった。彼はむぎゅっとホームズの腕と身体の間におさまっている。

「エバンズはネイサン・ガリデブをこの部屋から追い出したかった。最初はこの標本類のなかになにかとてつもなく貴重なものがあるのかと思ったが、不動産屋の台帳を見てすぐに考えを訂正したよ。理由はガリデブ氏より前、この部屋を借りていた人物にある。ロジャー・プレスコット。エバンズに殺された元仕事仲間だ」

「忘れものを取りに来るということ?」

「まさしく。だがぼくらにはどれが忘れものかがわからない。ゆえにこうして待っているのさ。取りに来たのが靴下ならば別にいいけれど、爆弾だったらちょっと困るだろう?」

「うむ。これはがまんくらべになりそうだぞ」

ワトソンが両手を持ち上げてぱちんと自身の頬を叩いた。眠ってしまわないように。彼はみなまで言わなかったがおそらくそんな意味なのだろう。だが、それにしては勢いをつけすぎてしまったようだ。友人はヒリヒリ痺れたままの手のひらを、しばらくのあいだ悲しげに見つめていた。


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