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#ゆあさのうわさ

作者: マーシャ

『はーい、ってなわけで、今日はそろそろ配信おしまいです。また明日ねー、おやすみー』


 マイクとカメラの電源を切り、湯浅はゲーミングチェアにもたれ掛かって腕を思いきり伸ばした。

 喋り疲れて喉が乾き、冷蔵庫からビールを1本取り出す。カシュ、と小気味いい音を楽しみ、一気に喉を潤した。


「はぁー、今日はリスナー少なかったな…」


 湯浅はゲーム配信者である。

 ゲーム配信者とは、自身がゲームをプレイしている様子をネットで配信している人々の総称だ。

 湯浅は〖ゆあさ〗という名前で活動を行っており、そこそこの人気を誇っている。と言うのも、湯浅は他のゲーム配信者と比較して容姿が整っているため、女性ファンも多かった。容姿と反して奥手で自尊心が低いキャラが親しみやすく、ゲーム配信者界隈では有名人であった。

 しかし、ゲーム配信だけで生活費を賄えるはずがなく、湯浅はフリーランスでWebデザインの仕事も行っていた。


「なんか面白いことないかねー。俺もゲーム配信だけで飯が食えればなぁ」


 ブツブツと独り言を呟いては、小さくため息を吐く湯浅。ベッドに体を預けるとスマホを手に取り、配信後のルーティンであるエゴサーチを行い始めた。

 SNSに載せられた感想を見ながらうとうとし、湯浅はそのまま眠りについた。

 翌日、夕方から長時間の配信を終えた湯浅は、再びベッドの上でエゴサーチを行っていた。肯定的な意見がほとんどであるが、今日はつまらなかった、などと書かれることもある。湯浅は生真面目な性格をしていたため、自分に対する意見は漏らさないよう注意して読んでいた。そんな湯浅の目に、あるハッシュタグが飛び込んできた。


#ゆあさのうわさ


 ハッシュタグを押してみると、呟きは1つしかない。


【ゆあさはWebデザイナーらしい】


 間違っていない情報であるが、ゲーム配信中にそのことを話したことは一度たりともない。

 その呟きを書いているアイコンもハンドルネームも、見覚えはなかった。

 知り合いが、俺の情報を漏らしているのか?それとも取引先の会社の人が、たまたま配信を見たのか?

 色々な考えが頭に浮かぶが、答えは見つからなかった。

 その日を境に、SNSに【#ゆあさのうわさ】が頻繁に出てくるようになった。書いている主は全て、バラバラの人物である。


【ゆあさは長野県出身らしい】

【ゆあさは一人っ子らしい】

【ゆあさはうどんが好きらしい】


 書かれた内容からして、湯浅の友人が悪戯をしているのだと思った。湯浅の友人であれば知っている情報ばかりだからである。

 込み入った個人情報を書かれるのは嫌であるが、この程度ならば犯人捜しはしなくていいだろうと高を括っていた。

 しかし数日後、湯浅は新たに書かれた【#ゆあさのうわさ】を見て、体が固まってしまった。


【ゆあさは今朝、食べようとした焼きそばパンを床に落としたらしい】


 その文章を見たとき、湯浅は背筋に冷や水をかけられたかのような感覚がした。次に、額に脂汗が滲んだ。

 どうして自分しか知り得ない情報が書かれているのだろう。

 耳元に心臓があるのかと勘違いしそうになるほど、鼓動がうるさい。

 湯浅は急いで業者に連絡をし、部屋の中に盗聴器や監視カメラの類がないか調べてもらった。しかし、そのような物は何一つとして見つからなかった。

 もしかして、適当なことを書いたのがたまたま当たったのか?

 そう思わないと、一人で部屋に居られなかった。

 湯浅はパソコンを立ち上げ、配信を始めた。誰かにこのことを聞いて欲しくてたまらなくなり、リスナー達に話すことにしたのだ。

 

『…ってことがあって。ははは、怖いっすよね。今でも心臓のバクバクが止まらなくて』


 リスナー達にあった出来事を話すと、少しだけ肩が軽くなった気がした。リスナーの人々は湯浅を励まし、笑い話にしてくれようとしていた。

 しかし、一人のリスナーからのコメントで湯浅は再び震えることになる。


『え、なになに…ゆあさ!SNSに新しい#ゆあさのうわさ書かれてるよ…え、ほんとに?え?』


 湯浅は慌ててスマホでSNSを確認した。


【ゆあさは西高校の卒業生らしい】

【ゆあさは猫が好きらしい】

【ゆあさの初恋は小学3年生らしい】

【ゆあさの歯磨き粉は新発売のやつらしい】

【ゆあさは今日、桃を貰ったらしい】


『何これ…』


 喉の奥が締め付けられるような感覚がして、湯浅はカヒュ、と声ともとれない音を出した。

 しばらくスマホの画面を見つめていたが、配信中だったことを思い出して慌てて言葉を絞り出す。


『えー…これ、知り合いが悪戯で書き込んでるのかも。1つを除いて、全部合ってる。俺、今日桃なんて貰ってないし…』


 ピンポーン。

 その瞬間、部屋のチャイムが鳴らされた。

 湯浅の肩が大袈裟なほど跳ね上がり、途端に心臓が暴れだす。

 

『…ちょっと見てくるわ。繋いでおくね』


 湯浅は配信を繋げたまま、インターフォンのモニターを確認した。そこには、隣の部屋に住む老婆が立っていた。

 湯浅が玄関を開けると、老婆はにっこりと微笑んだ。


「湯浅さん、こんにちは。突然ごめんなさいねぇ」

「いえ…」

「これねぇ、息子がたくさん送ってくれて。一人だと食べきれないから、湯浅さんにお裾分け」

「あ、ありがとうございます」

「夜だけど、今から煮ようと思うの。いい匂いがするのよ。上手くできたら、また持ってくるわね」


 老婆は小さな紙袋を湯浅に渡した。

 その紙袋の中を見て、湯浅はついに心臓を握りしめられたかのような痛みを感じた。

 紙袋の中には、数個の桃が入っていた。

 その日、どうやって配信を切ったかは覚えていない。リスナーに桃を見せて笑い話にしようとしたが、リスナー達は不安そうなコメントばかり書き込んできたことだけは覚えている。そして、気付いたら湯浅はベッドの上に横たわっていた。

 スマホがずっと振動しており、SNSの通知が何十件、何百件と来ている。

 体が重くて、SNSを開く気にもなれない。

 もしまた、新しい【#ゆあさのうわさ】が書かれていたらと思うと、怖くて見たくなかった。

 体が変に重くて、頭痛もする。なんだか気持ち悪い。もうこのまま寝てしまおう。

 そう思いながら、湯浅はボーッと部屋の壁を見つめていた。

 あれ、なんか部屋の中、白くないか?それに熱いような…。















 私は、ゆあさというゲーム配信者の配信を見るのが好きだった。ゆあさは格好いいのに自分に自信がなくて、そのギャップにときめき、そこからずっとファンである。

 ある日、ゆあさは配信中に最近あった不思議な現象について語りだした。SNSに【#ゆあさのうわさ】なるものが投稿されており、それが事実ばかりで気持ち悪いというような内容であった。

 興味本位で私も検索してみたが、個人情報からちょっとしたことまで、50件ほど【#ゆあさのうわさ】が書き込まれていた。その書き込みをしているアイコンは全て別のもので、なんだか気味が悪かった。だが、ゆあさはそれらの投稿は事実だと言っていたので、ファンからすると知らない情報ばかりで嬉しかった。


『えー…これ、知り合いが悪戯で書き込んでるのかも。1つを除いて、全部合ってる。俺、今日桃なんて貰ってないし…』


 ゆあさが困り顔を見せた瞬間、ゆあさの家のインターフォンが鳴った音がした。

 席を外して数分後、表情のないゆあさがもどってきて、カメラに向かって桃を見せた。


『どうしよう。#ゆあさのうわさって、未来予知みたいな感じもあるかな?ははっ、オカルト板とかに貼る?』


 ゆあさは無理矢理笑顔を作っていたが、信じられないほどひきつっていた。

 私はゆあさに励ましのコメントを送ったが、ゆあさはそのまま配信を終了してしまった。

 私はゆあさのことがとても心配になった。他のリスナーもそうだと思う。だって、ゆあさは明らかに怪異に巻き込まれているのだから。

 私は、ゆあさのSNSにメッセージを送ることにした。そのとき、新たな【#ゆあさのうわさ】が投稿されているのを目にした。


【ゆあさは風呂で頭から洗うらしい】

【ゆあさは猫派らしい】

【ゆあさはピンク色のシャツがお気に入りるしい】

【ゆあさは今から、燃えて死ぬらしい】


 1つの投稿を見た瞬間、私は全身の毛穴が開いたような感覚に陥った。

 震える手で、ゆあさのSNSにメッセージを送る。

 その投稿は瞬く間にゆあさファンに広がり、ファンの多くはゆあさのSNSにメッセージを送った。


【ゆあさくん、逃げて】

【ゆあさ火に気をつけて!!】

【逃げて】

【逃げて】

【逃げて!】

【死なないで】

【逃げて!!!!!!!!!!!!】


 翌日、あるニュースが取り上げられた。


『昨夜未明、東京都足立区でマンションの一部から火が出ていると、付近の住民から119番通報がありました。消防車が出動し、火はおよそ1時間半後に消し止められましたが、焼け跡からこのマンションに住む湯浅宗一さんが遺体となって発見されました。湯浅さんは出火元となった部屋の隣室に住んでおり、逃げ遅れたものと見られています。警察と消防は、詳しい出火原因を調べています』

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[良い点] はじめは筒井康隆の「一般人を有名人に仕立てて記事にする『業界総意』」の乗りかと思いましたが、全然違って、過去から現在、現在から『未来のうわさ』という新しい切り口に流れたのが見事で、すっかり…
[良い点] 世にも奇妙な物語のような雰囲気のバッドエンドなホラー 結局理由がわからないところが良かったです
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