お初お目見えに
うまく城下町を超えてお城に潜入したようです奥様。
さてこの先どうなるかな?
『気配がないぞ!』
『探せ…徹底的に探せ!』
『匂いもなくなってるぞ…死んだんじゃないか!?』
城の北東進地点まで差し掛かった頃、この国の城主の近衛兵達が慌てて気配を消した瑠香達を探しにかかる。
大勢の兵達を察知した瑠香はやり過ごすべく、じっと水路の窪みに体を隠した。
頭上には格子状の蓋が被さっているが無理に叩けば、脱出はできるが音が立つと踏み止まっていた。
(全体の数…うーん、60人弱いるね
どうやって出て行こうかなぁ?)
(もう少しばかり様子を…なぁ瑠香
この水なんだが、さっきより暖かいぞ
まるで湯船に張ったぬるま湯くらいだ)
(それ、私も思ったよ
もしかして…魔法で温めた?)
(奇抜な生き物がいると思えばおかしな話じゃない
この城の主か、部下は妖術が使えるみたいだな)
流れる水はキンッと冷たく時間が経てば2人の命を奪いかねない水温であったはずだ。
しかし今の2人の体を透過する水は、人にとって心地の良いぬるま湯の様な水温。
忍は呑気に妖術が使えると感心したが瑠香は違っていた。
温水とは言え泳いで時間が経てば、体温は下がるのが当たり前と彼女は多くの教官から教わった。
しかし目の前にある水は、まるで自分たちを擁護するかの様な感覚にすら陥っている。
(忍さん…まずいよ
私たちもう、相手の親玉に位置も何もかもバレてる)
(だろうな
だがここで慌てるな…兵隊あり共を呼び戻しかねない
敵はもう通り過ぎた、出るなら今が妥当だぞ)
水路の出口を覆う鉄格子を音を立てぬようにゆっくりと押し上げ、周りの様子を伺う。
瑠香のいる場所は目指していた北東進方向に当たる場所なのだろう。
水に濡れないようにジップロックで覆っていた方位磁石が北東を示している。
さらに、水路潜入前に6時の方向に見つけていた、大きな時計台のようなものを、瑠香のいる地点から見て3時の方向に確認できる。
「敵の脅威なし…脱出」
慎重に鉄格子を開けて、2人は身を乗り出した。
敵の脅威は有るにはあるがだいぶと遠くに兵隊達が進んだおかげで今現在のみは安心できる。
今だけ、安心できる。
「ねぇ忍さん…私たちの服が、乾ききってるんやが?」
「…そんな事はどうでもいい!
瑠香、四時の方向を見てみろ」
「…ん?
誰かに似てる人が立ってる
しかも大勢の部下みたいな人を連れて」
「あー、なぁ俺の記憶違いじゃなければあの顔つきは」
「「財前誠…じゃね?
ってか似すぎてきもちわる!」」
もう何が何かわからないと2人揃って言いたくて堪らない。
敵の大将首が、幹部を引き連れて城下町を見下ろそうとするのはわかる。
確かにまだわかる。
だが、その風貌や背丈に加えて言い知れない何か。
特に顔の特徴はまさに財前誠そのもの。
瑠香にとっては父親、忍にとっては義理とは言え孫息子になる。
気持ち悪いよね。
今すぐ回れ右して水路の方に入ろうかと思ったが近くに敵兵がいる以上進むしか道無しの状況であった。
『我は魔神にしてアルメリア皇国の王
百数十年ぶりに現れた挑戦者よ聞こえているか!
そなた達が我らの城に入ってきた事は察知していたが
そのスキルと言い隠密性に関心を覚えた
一度でいい顔を見せてくれないか?』
「どうやらばれてしまったみたいだな?
相手はなんと言っているか分からん
だがここからなら俺は狙撃可能だ
どうする…?」
「いや、ここであの人に向かって撃ったらダメ
きっと彼…この国の王様的な人だ」
「殺せば戦争待ったなしか…それはいかんな」
作戦を練っているような顔をしている二人。
だが、この2人はろくな考えを持ってはいない。
今の2人の頭にあるのは正面突破。
それどころか昭和の抗争を彷彿とさせるような登場を画策している。
これは瑠香が父親や兄、ひいては第一空挺団の家訓のような教えが起因していて言われた通りのことを実行しようとしか言えない。
「忍さん、奴さんがどうなるか分からないけど
いっちょ行ってみる?」
「もちろんだ…向こうから出てきてんだ
口上垂れて馬鹿騒ぎしようじゃねぇか!
いいねぇ兵隊ヤクザらしくなってきゃぁがった!」
瑠香達がいるこの場所。
地下水路から通って入ってきたためにどんな場所なのか。
そしてこの場所はそもそも城の何なのかを分かってはいない。
だがほんの数秒で瑠香の頭にある地図にはこの場所が城の真ん中に位置する綺麗な花の咲く庭園であり、この国の王が何より大切にしているのだと察知した。
高台を見ればすでにこの国の王の部下達は様々な場所に散っているのを現認した。
もうバレてるならと2人は庭園の真ん中へ歩きあたりを観察した。
それに応じるように庭園の入り口から騎士らしい男が小馬鹿にするような仕草を見せて鼻で笑らう。
それでもやる事はただ一つ。
「お庭を汚すのは流石に良くないね」
「そう思うかい?
俺もそう思ったんだよ
えらく綺麗な場所だし、余程の思いがあると見た…
まあでかい城だ
屋根の上伝って親玉の所に行く前に、目の前にいる幹部らしい人間に喧嘩売っとこうぜ?」
騎士らしき格好をした男を見て、忍は右足を一歩引きながら肩幅に広げて腰を落とし、左手で手のひらを前に出し右手は腰に据える。
そのままスゥッと息を吸い込み、ほんの少しの殺気と血の気を垣間見せて城の庭園を見渡せるバルコニーにいるであろう魔神を睨み声を荒げた!
「おいでなすってぇ!
あっしは大日本帝国陸軍、第一挺進聯隊所属の陸軍軍曹。
姓は神前で名は忍と申しやす。
ひ孫娘の財前瑠香と共に、ケジメェ付けさせてもらいやす!
いざ尋常に勝負…勝負にてございやす!」
(あー…
訓練前に仁⚪︎なきシリーズ見せるんじゃなかった)
何を言っているのかさっぱり分からないが何やら喧嘩言葉を振られたと察した幹部らしき人間の男。
だがその表情は2人の姿を滑稽とばかりに下に見下しつつ嘲笑っている。
まぁ分かったとばかりに、軽く片手で剣を構えたが瞬間に両膝からガクンっと音を立てるように倒れ込み何度か痙攣して見せた。
剣を構えた瞬間に瑠香の構えた小銃から青い稲光が弾かれ、一瞬の事に対応ができなかったのだろう。
「雷弾…久しぶりに使った」
「修正なし…と言いたいが眉間に当たってないぞ?
も少し丁寧な狙撃を練習した方がいいね
後は躊躇するな…って先輩風吹かしておくよ」
「無茶言わないでよ
それにあの人、剣に何か帯びていたんだ
振り下ろされたら私達死んでたよ?
庭が丸こげくらいなってたんじゃない?」
雷弾の威力が強くなった事に忍は関心を覚える。
この力…瑠香が発現できる特異体質。
正式的な名称はないが、陸自の隊員達は見たままの通りに雷撃と呼んでいてる。
ほとんどの技は非殺傷性であり、彼女の周囲を取り巻く隊員たちにとっては恵みの様な物。
人ならざる力をうまく使ってくれていると忍は喜んでいたが、敵も何かを察知したのだろう黙っているはずがないのだ。
『ロイル隊長がやられた!
兵達は隊長を防護しつつ敵を撃滅せよ!
とつげぇき!』
『ルベルト副隊長…敵がいません』
『いや、まだどこかにいる
このまま警戒しながら城内に戻るぞ!
敵は強大だ』
兵隊上がり見せちゃいけませんでしたな。
やっちゃいましたよ瑠香さん。
まだまだ向こうの国の言葉がわからないようです。
まぁ舐められたらやり返すか、その前に排除するか。
今後の2人の動向をよろしくお願いします。