偽の聖女と真の聖女
聖女のことを知ろうとした回です。
「今日の任務はおしまい!
いやー、頑張った甲斐があったね」
「ニコルさんの頑張りがすごいからじゃないですか?
こんなに楽しい任務を選んでくれてありがとうございます」
「そんな事ないよぉ
それと、もう敬語で話すのやめようよ
マリウスさんも仲間なんだしさ」
「それ俺っちも賛成!」
ある昼下がり、ウォーレンの営む宿屋の手伝いをしつつ
アラーカム漁港のにて任務を行っていた。
実はアラーカム漁港の漁業組合長だったウォーレン。
瑠香達に頼んだのはアラーカム漁港で1番水揚げされる、イワシを使ったガーリックオイルサーディンの瓶締めをしていた。
「みんなありがとうな!
まかないとか色々準備してるからゆっくり休んでいけ
お疲れ様!」
「「「「「「あざぁっしたぁぁ!!!!」」」」」」
「ひぇ」
瓶詰めがひと段落したところで、瑠香達が考えてきていた創作メニューの提案をして施策を作り好評だったことでウォーレンからの報酬が多めにもらえたのだ。
昼ごはんに持ってきたいたグレートトラウトのフライバーガーと瑠香特製船場汁を和気あいあいと食事をしながら何故かアラーカムだけではなく他港から来た漁師にも振る舞う。
「にしても不思議だな
忍が別件で用事が有るとかで来れなくなるの」
「忍さん、何かあったんですかね」
「ウルムにどうしても行かないといけないところがあるって言って出ていったんだよね
だよねウルム」
「ニコルの言う通り
凄い考えてたから何か思いついたのかも?
瑠香は何も聞いてないの?」
「全く…よもやよもやとしか聞いてない」
後片付けをして創作メニューのレシピをウォーレンに手渡し、カロリ組合へ歩を進める。
漁師達に振る舞った創作メニューの一つで有るガーリックオイルサーディンを使ったピリ辛パスタの余りを忍に渡そうとランチボックスにつめて漁港を出ていった。
海を眺めながらたわいもない世間話に笑い合う。
がその空気が一瞬にして壊れた。
「待たれよ、旅のもの達
そのガーリックオイルサーディンのパスタ…
それを私に渡すのじゃ
さもなくばこの男の命がないぞよ」
「…何やってるのよアリシア
忍も陰でコソコソしてないで、出てきてよ」
「作戦失敗ですなアリシアさん
みんなもすごい白けた目で、見ないであげてよ」
「…もっとみんな、真剣に構えてよ!」
白け切った態度をとったことによりアリシアの眉間には、深い深いシワが掘られ今にも暴れ散らかしそうになる。
とりあえず休憩しようと、近場のカフェに移りアリシアからのなんとも言いづらい威嚇を牽制しながら、ジャンボカラメルプリンに舌鼓を打つ。
そんな姿が気に食わないのか、アリシアの顔はこの世の人間とは思えない形容詞がない表情をして一人一人の顔を凝視しながら威嚇を続ける。
「ぁぁぁぁぁぁぁ」
「伽⚪︎子いんぞ、どうなってんだ?」
「この前瑠香と一緒に見たホラー映画?
っていうのの怨霊だよね?
アリシアおかしくなったね」
「ほっといたら落ち着くからいいんじゃない
アリシアもそう言ってる」
「…っすぅ、ティナもニコルもアリシアさんに対する対応酷くないかい?
お父さん心配だよ
瑠香はプリンを楽しんでるし、ウルムはプリンが美味しかったんだね
本題に切り出すよ?」
忍が今回の任務に参加しなかったのはこの国の聖女伝説についてずっと調べていたのだ。
海星府で1番大きな図書館に赴き、街の中心にある聖女の銅像を隈なく調べた結果。
そしてこの国に来た時にティナやニコルが感じた不信感と忍の感じたジャクソン侯爵に対する疑念が織り混ざった何かの答えを忍なりにまとめていたのだ。
「時にアリシアさん
本当の聖女様は貴方ですよね
街で散策している時に、大名行列を見ていましだが
どうも皆さんの様子がおかしいのです」
その言葉にその場にいた全員がぴくりと肩を振るわせて何かに怯えたようにあたりをキョロキョロと見渡してやめてくれと言いたげに視線を向け始める。
どこか困った顔をするアリシアとまだ終わらないのかとどこか物悲しい顔をするマリウス。
忍の中でぴたりと何かのピースがハマった瞬間だった。
「やはり、そうでしたか
ティナとニコルがクラリス殿とジャクソン侯爵に謁見した時に何かおかしいと思っていたのですよ
ここにいる客人たちの挙動もそうだ
お父さんが思ったのは…どうやらお客が来たみたいだね」
カフェの窓を見た瑠香。
浜から青々とした海の景色から一転して、血の気を帯びた荒駒を巧みに扱い、降りてきたと思えば凛とした佇まいと静かなる強さを体現した女性騎士が2人ほど店内に入ってきた。
客たちは騎士達が作るピリつく空気に気圧されそうになるが、忍から放たれるじっとりと絡みつく殺意に近いものに恐れ慄いているのもまた事実だ。
確実に戦いが始まる
そう予感せざるを得なかった。
「あなた方はこの前、あの事故現場にいた…
私は近衛騎士団の副団長リリア・ノーマン」
「私は近衛騎士団北部方面隊長
ヘレナ・フローレンスと申します」
「おいでなすって…高ぇ所から失礼しやすい
あっしは姓を神前・名を忍と申します
どうぞご贔屓に」
今までに感じたことのない空気が場を包み、生還しようと決めていた瑠香ですら警戒して銃剣を構えようとする始末。
消されるのではないかと不安になったティナが、瑠香の握り拳をニコルと目配せをして止めようと画策する。
睨み合う3人に気圧されてウルムはぎゅっと目を瞑った。
「「それより団長、こんなところで油売ってないで帰ってきてください!!
仕事が溜まってますよ、もう許しません!」」
「ひょぇ!!」
「はぇ??」
全てが狂ってしまった。
忍や瑠香に対して警戒心とも攻撃性とも言える空気を放っていたと思ったがただアリシアに対して怒っていたのだ。
全てが狂ってしまった。
忍の任侠じみた口上が全く意味をなさず、あまりの気の抜けた空気に変な声を出さざるを得なかった。
全てが狂ってしまった。
なんかもう明らかにバトルが始まるんじゃないかと、思える空間が一瞬にしてアリシアの愚行に何も言えなくなってしまったことを。
「臣民の皆様、団長が失礼いたしました
旅のお方…この度は申し訳ありませんでした
ちょっと気の抜けたような顔してこっち見ないでください!」
「リリア副団長、臣民の皆様はわかっていたとしても
この方達、特にニコル様とティナ様以外は免疫がないです
マリウス白騎士副団長殿はわかっていたのだと思いますが」
「アリシア団長みんなに謝ってくだ…
逃げないでくださいね?」
「ちょっとくらいいいじゃん!
外の空気吸わせて…いだだだだだ!!
瑠香さん、痛い痛い痛み!」
カフェの客人達はいつもの光景だったのか、クスクスと笑い合い、終いにはドッと笑い始める。
いつもの光景を見たことのない瑠香や忍はどこか置いてけぼりになっていた。
ティナとニコルは分かっていたのだろう。
何も言わず俯いたまま、肩を振るわせて笑っていたのだ。
「おいこら2人とも分かってて何も言わんかったんかい!」
「…アリシア殿、仕事を抜けて
ほぉ?」
どうにもならないと察したリリアとヘレナがアリシアをドナドナしようとするが、柱や壁にしがみついて引き剥がされている様を見て瑠香は新宿の飲屋街で酔っ払う先輩隊員達の姿を彷彿とした。
「…ぜひよかったら皆さん、近衛騎士団の庁舎へどうぞ
歓迎いたします」
「「「「「「…あっ、はい」」」」」」
会計を済ませて暴れ狂うアリシアを担いで颯爽とリリアは馬に跨り、護衛するかのように周りを警戒するヘレナの後ろをただ肩身の狭い思いをしながら、6人は近衛騎士団の庁舎に向かうのだった。
忍はこの国の聖女伝説を知ろうと翻弄していました。
それ以外の瑠香達は楽しい任務に翻弄していました。
忍の考えた結果はアリシアを迎えにきたリリアとヘレナによって妨害を受けてしまいました。
忍の勘は当たるとも知らずに。
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