年末年始特別短編 アル中パウダー事案
テントの中はみんな寝静まっていた。
それもそうだ。
今日は大晦日…アルメリアでは歳末祭が行われていた。
この国では18歳になったと同時に成人扱いされる。
それは日本も変わらないが、日本では20歳を超えないと飲酒はできない。
しかしアルメリアでは18歳で飲酒は可能になる。
祭りの最中、この間18歳になったティナにニコルはお酒を飲んでヘロヘロになってしまい、瑠香と忍で担いで帰ってきたのだから瑠香はお酒を飲む余裕などなかった。
ストッパーになってくれるはずのウルムですら、べろべろになって酔っ払ってしまい、千鳥足ならぬ千鳥飛びをしてどこかに飛んで行こうとしてしまう。
「忍ぅ飲んでる!?
ねぇ今日は歳末祭だよ…飲み倒れるよー!」
「ティナ飲み過ぎだってぇー!!
瑠香は飲んでないからダメだよぉ!」
「ティナとウルムは飲み過ぎだって!
忍と瑠香はもっと飲めェ…ふへへへ」
「お父さんはもっと飲みますよぉ
3人は飲み過ぎなんだよねぇ
瑠香は潰れないねぇ…偉いねぇ
くぷぷぷ」
「酔っ払いだらけだべ?
祭りのせいでダメになってんなぁ
仕方がないんだけど」
酔っ払い達を連れて、街を出て草原地帯へと歩き出しあらかじめ張っていたテントへと連れ帰る。
魔法で作られたテントには各自の部屋を設けていたため、無理やり酔っ払いを部屋に押し込み、まだ飲めるとほざく忍を無理やり部屋に押し込んで1人リビングのソファに座ってため息をつく。
「一息つくかなぁ
そういえばあれがあったなぁ」
アルメリアで取れるレモンらしい柑橘類を半月状に切って、持っていたスレンレスマグの淵を擦りつける。
これまた持ち込んだ魔法のスパイスを小皿に取り出しマグの淵を擦り付けた。
無心になって密かな楽しみを実行しようとした。
ふと実家でスパイスを作っていた瞬間、父親と兄に訝しげにみられたことを思い出す。
『瑠香ぁ、そった粉作ってさ
身体ば壊れるべ?」
『親父の言った通り…アル中パウダー作ってさ
後で兄ちゃんにも分けてけろ」
「修だけずるいぞ!
父さんにも分けてけろ」
「自分で作んなよ」
「「いけずぅ」」
急に思い出た父と兄のむすっとした顔。
2人は元気にしているのかと不意に考えた。
粉を作るときに鼻歌を歌ってしまったがために、気がついてやってきた時の顔が今では懐かしさすら覚えていた。
「あの時、父さんと兄ちゃんがすごい顔してたなぁ」
近くの小川で組んでいた水を桶に汲み、その中にいくつか缶チューハイを入れておいた。
そのうちの一つであるハイボール缶に手を伸ばす。
アルメリア人にとって酒はラム酒やワインに近いものが主流で缶チューハイなどは刺激的で目を輝かせ、何度も飲みたいとねだっていたために自分のとっておきは隠していた。
プルタブを引きマグにハイボールを注ぐ。
「てってってー
てぇてって、てー
てってってー
てぇてって、てー…でんっででん、ででんデデンデデン」
年の瀬だと言うのに瑠香の心は晴れず、みんなが気持ちよさそうに眠ることだけが幸せだと思って一口また一口と飲み進める。
アテなどいらない。
みんなの幸せな寝顔こそ格別なものだと胸の内に留めておく。
「おいしいかもー!!」
「「「「1人で飲むなんてずるい!
それよこし………ぐへぇ!」」」」
酔っ払い達が目と覚ましたと思った瞬間に、全員が顔をしかめて逃げ惑う。
気配に気がついた瑠香が小皿に残る、ハッピースパイスこと手作りアル中パウダーにふぅっと息を吹きかけて全体攻撃をしたのだ。
テントの外に出て悲鳴を上げる酔っ払い達を、鼻で笑っていたが堪らず瑠香も外に出ていく。
「ぶえっふ、えっぶぁ!!
状況アル中パウダぁぁぁ
目が。鼻ガァいたぁい!」
自爆とはこのこと。
歳末祭で更けて行く夜に、5人の悲鳴が響き渡る。
もちろん誰も助けてはくれない。




