第73話 【常立ト豊野(弐)】
2038年8月30日...放課後。
横浜市立天ヶ原中学校...その校舎裏の庭には、1人の女子生徒とそれを囲む5人の生徒がいた。
見た感じ、平和...というわけではなさそうだ。
1人の女子生徒はただ突っ立っているだけ...対する5人の生徒は彼女を威嚇するように睨む...。
これが......イジメか...。
僕...常立一重は、その現場を木陰に上手く隠れながら観察していた。
「...じゃあ二千花、始めましょうか。」
「...」
5人の生徒のうちの1人の女...愛原唯が、囲まれている女子生徒...豊野二千花にそう話しかける...。
が、豊野は何も反応しない...。
愛原はそれが気に入らなかったのか、
「返事は──?」
と言いながら拳を振り上げる。
すると豊野は小さく、
「はい...」
と返す。
愛原はそれを聞くと、ゆっくり拳を下ろす。
まあ、流石にそうか...。
過度な暴力は振るわない......なぜなら、痕が残るからだ。
その痕は後に、イジメの証拠となってしまう...。
だから、イジメをする立場として...過度な暴力を避けるのは常識として知っておかなければならない。
自身がイジメをする立場...加害者であり続けるために......。
きっと、彼女も...愛原もそれを理解した上でイジメをしているのだ。
拳を下ろした愛原はため息をつくと、豊野の身体に触れようとする......が、
「......チッ...雨...。」
愛原はそう言い、手を引く。
その時、僕の頭にも一滴の雨が落ちる。
雨か......この場合、イジメはどうなるのか.........続行だろうか?
僕はそんなことを考えながら、愛原の言葉に聞き耳を立てる。
「...まあ、いいわ。今日は見逃してあげる......ただ、明日も今日と同じ時間にここに来ること...いい?」
「はい...」
愛原たち5人は、雨の音にかき消されてしまうほど小さい豊野の返事を聞くと、彼女を残してその場をゆっくりと去ってゆく。
慣れているな...。
僕はそう感じた。
暴力を振るわない...とか、目立たないように現場を離れる...とか、全体的にイジメし慣れている。
4月からずっとこうなのかもしれない...。
今日見ただけではまだ確証を持てないが、おそらく愛原たちの手口には隙がないのだ。
教師たちは何も気づいていない......いや、豊野の異変には気がついているのかもしれない。
でも、このイジメには気がつけない...。
豊野が自ら相談すれば、何かが動くかもしれない...。
だが、その何かが動いてこのイジメを撲滅できるとは到底考えられない。
せいぜいできて、一時的なイジメの抑止くらいだろう...。
それが効かなくなった時、あの5人は...豊野を......。
僕の脳内で最悪の場面が映し出される...。
これだけは避けなければ......そう思った。
とその時、ずっと突っ立っていた豊野も動き出す。
彼女を叩きつけるように、雨が激しく降っている。
...彼女がいなくなって少ししたら、僕もここを去ろう。
幸い、木の下であまり雨は通らない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
2038年8月30日...夜。
帰宅してシャワーを浴び、夕食も済ませた僕はテレビに接続された据え置きゲーム機を起動する。
そしてそこから、例のゲームを開く。
それが完了すると、テレビ画面にある街が映し出される。
目の前には、1人の男プレイヤー...。
「残念、一分遅れだ。」
彼はいたずらっぽくそう言う。
「悪かったな...こっちはこっちで色々と忙しかったんだ。」
「例の、イジメの件...ってやつ?」
「そうだ......それで、今日は何で呼んだんだ?超緊急...って書いてあったけど...。」
「ああ、そうだった...。......ここで話すのは流石にまずいな...。裏部屋に行こう。」
「おお...そうか。」
そこまで話すと、彼は歩き出す...。
「なあKaito...もしかして、五種の越格についてか?」
僕は彼...//策士-Kaito//にそう囁く。
「ここでは話せない...と言っただろう?裏部屋まで我慢してくれ。」
しかし、彼はそれだけ返して歩くスピードを上げてしまう。
裏部屋......それは、このゲームで存在していると同時に存在していない部屋のこと。
この部屋の中はゲーム内であると同時にゲーム外でもある。
この部屋はKaitoが最初に発見した。
そして現在、この部屋に侵入できるのは僕と彼だけ......だから、僕らはそこでゲーム内での活動を決定する。
僕がギルドの経営を諦めてから3週間...僕は彼が裏部屋に侵入する瞬間を目撃した。
その時、僕は確信したのだ、彼ならできる...と。
こうして僕らは五種の越格の獲得という共通目標に向けて1週間、活動をしてきた。
たった1週間...でも、僕らにはそれで十分だった......たぶん。
Kaitoは街の路地の行き止まりに着くと、
「インビジブル」
と唱える。
すると、僕らを囲むようにドームが形成される。
それを確認すると彼は、何もない壁をただ見つめる。
少しして、その何もない壁に緑色の文字が打たれ始める。
街中での魔法使用......街のオブジェクトの改変による裏部屋への侵入......そう、彼はハッカーだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
裏部屋に入ると、Kaitoはこちらに振り向く。
「五種の越格...『廃神』の獲得条件が判明した。」
「そうか...。」
「もっと驚けよ」
「マジカヨスゲー」
「棒読みって...」
「それで、その獲得条件って何なんだ?」
「おお、いきなり興味示し始めたな...。まあ、いいや。五種の越格のひとつ『廃神』の獲得条件、それは...」
僕はそれっぽく唾を飲み込む。
「全ダンジョン制覇だ...。」
「...」
「だから反応しろって‼︎」
「いや、疑問に思ってさ...。僕、全ダンジョン制覇したつもりだったんだけど...。」
「え...?」
「え...?」
裏部屋に沈黙が走る...。
Kaitoは少し考え込むと、
「だったら、裏ダンジョンの存在を疑わなければならないな...。」
とため息混じりに呟く。
「僕が取りこぼしている可能性は考慮しなくていいのか?」
「もちろん、それも調べる......けど、この1週間で君はそんな取りこぼしをするようなやつじゃないと考えている。」
「ふーん...」
僕は少し照れる...。
この1週間で彼からこれだけの信頼を得られたのが単純に嬉しかったのだ。
彼は
「それじゃあ、何か分かったら、またメールを送るから...その時は、またここに来てくれ。」
と言い残して、裏部屋から出て行く。
明日にはメール来そうだな......。
僕はこの1週間での彼の成果を思い出しながら、そう考える。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
2038年8月31日...放課後。
僕は、例の校舎裏に行く。
今日は正面から、堂々と...。
するとそこには、愛原を含む5人の生徒が1人の女子生徒...豊野二千花にイジメをしている光景が広がっていた。
昨日、愛原が言っていた通りだ...。
今日のイジメの内容は...裸体の撮影......か。
昨日の帰り道でずっと考えていた...。
きっと、今の愛原たちは豊野に暴力を振るわない...。
それでも、豊野が愛原たちの指示に従い続ける理由それは...
「記憶に恐怖を植え付けたか...」
今の豊野に外傷は見られない......ただ、イジメが始まった頃は違かったのかもしれない...。
彼女の記憶の中には...その頃の恐怖が鮮やかに残り続けているのかもしれない...。
僕は彼から...豊野重流からの頼みでここに来た。
正直、豊野二千花には興味がない。
僕はただ淡々と、事を進めるだけだ。
それでも、少しは彼女に同情してしまう。
6人全員の視線が僕に集まる。
「教師たちをここに呼んだ...。これがバレたくなければ、ここから去れ。」
僕は何の感情もこめず、そう述べる。
もちろん、教師を呼んだというのは嘘だ。
それは愛原たちも気づいているはず...。
愛原たちにとっての1番の問題は、このイジメが僕に見つかったこと...。
彼女たちにとって最善の策は、僕を潰すことだ。
でも、ただの中学生である彼女たちにはそれをする力も覚悟もない。
そう...彼女たちにできるのは、ただ僕の言葉に従うことだけだ...。
愛原たち5人がいなくなった校舎裏に残ったのは、僕と服を脱がされた豊野二千花だけだった...。
僕は彼女をただ、見つめる。
正直、こんな場所からさっさと離れたい...。
そもそも、こんなイジメに関与したくなかった......豊野二千花とは無関係でいたかった......。
これ以上は、あいつと...豊野重流と関わりたくない...!
「契約をしよう...。僕らが中学に在学している間、僕は君をイジメに遭わせない...。ただしその代わり、君の親にこのイジメのことを話さないこと。いいな?」
僕は頭に思いついたことをそのまま口に出す。
すると彼女は、キョトンとした顔になり、しばらくの間固まってしまう。
まあ、そうなるのも無理はない。
きっと彼女は、この契約の狙いがわからないのだろう...。
僕にとってこの契約を結ぶことのメリット、それは...豊野重流との接触を減らせることだ。
もし、彼女が...豊野二千花がこのイジメについて彼に話したら、僕は彼ともうひとつの関係を作ることになる。
僕はこのイジメの撲滅以降、彼とはなるべく関わらないつもりだ......。
そのために、この契約は僕にとって必要不可欠...。
でも、そんなこと彼女に言えるわけがないため、彼女にはしっかり悩んでもらう...。
「わかった...」
何分か経ち、ようやく彼女がそう言う。
僕はそれを聞くと、
「これで、契約成立だな......それじゃあ、僕はここで...」
と言いながらその場を去ろうとする。
すると、彼女が
「あのっ...‼︎今日は......ありがとうございました!」
と今まで聞いた中で一番の声量で、言う。
僕はそれに対して、それっぽく返す。
「敬語は使わなくてもいいぞ.........同級生だからな。」
「えっ...⁉︎」
「え...?」
どうやら僕は、彼女に認識すらされていなかったらしい...。
まあ、転入からまだ3日しか経っていないから仕方ない......のか?
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