第72話 【常立ト豊野(壱)】
2038年8月31日。
その日、僕と彼女は出会った...。
横浜市立天ヶ原中学校...その校舎裏で...。
そしてそれは、最悪の出会いだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
2038年8月14日。
「...学校?」
僕...常立一重は段ボールを開封しながらそう聞き返す。
「ああ、そうだ。やっぱり、教育は受けといた方がいいと思うし...。それに、今から手続きをすれば夏休み明け初日から通えるだろう?」
そう言ったのは、豊野重流......という、パッと見目立たない黒髪の男だった。
僕の親が殺され、彼が僕の法律上の親となってから数日...。
僕らは今、僕の新しい住まいであるマンションの一室で、引越しの整理を行っている。
エアコンのついていないこの夏の部屋は、まるでサウナのように暑い。
...サウナ入ったことないけど...。
「一応私も法律上とはいえ、君の親だから...。子に教育を受けさせる義務はあるわけで...。」
彼はまだ話し続けている。
「わかりました。あなたの好きにしてください。」
僕は彼の言葉を無理矢理に切るように、そう言う。
「常立君...それって......。」
「転校の手続きも...期間も...そして、転入する中学校も全部あなたが決めていいですよ...ってことです。」
「本当に、それでいいのかい?」
「はい。僕には、特にこだわりとかないので...。全てあなたに任せます。」
「そうか...。」
僕らは沈黙する...。
そんな中でも僕は作業する手を止めない。
しばらくして、彼が再び喋り出す。
「そういえば常立君、私を呼ぶ時は『あなた』なんだね...。」
「何か変ですか?」
「いや、一応親だから...『父さん』まではいかなくとも、『重流さん』って呼んでくれると嬉しいかなって...。いや、もちろん常立君の好きな呼び方で呼んで良いんだけどね...。」
その時、僕の頭の中である人にまつわる記憶が再生される...。
僕は思わず、作業している手を止めてしまう。
何秒経ったか...いや、何分経ったのかわからない。
「すみません......。まだ、慣れてなくて...。」
僕はそう、小さく言葉に出す。
彼はそれを聞くと、慌てたように
「ごめん!全然そういうつもりはなかったんだけど、気にさわっちゃったかな...?」
と言う。
気まずい空気が流れる。
正直僕は、彼とこれからやっていける気がしない...。
僕は一体、どうすれば......。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
2038年8月29日...朝。
僕は教室と廊下を区切る壁に背を預けながら、静かな廊下を見つめる。
この学校...天ヶ原中学校は比較的、新しい中学校だ。
そもそも、天ヶ原という地域自体が新しい。
今年で13周年...僕と同い年の地域だ。
とその時、
「...雨」
外で雨が降り出す。
「折りたたみ...持ってたっけな...。」
僕にとってはこの学校でのこれからの生活より、その方が心配だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
教壇の中心に立って、自己紹介を始める。
「常立一重...13歳。以前までは東京の中学校に通ってました。趣味は......強いて言うならば、ゲームです。」
クラス内にいる人間は全員、僕を見ている。
気の抜けた声で淡々と自己紹介をする僕を...。
自己紹介が終わっても、教室内は静まり返っている。
そんな中、担任の男教師は半ば強引に進めようとする。
「よ...よし!みんな、一重と仲良くするように!じゃあ、一重はあの1番奥の席に座ってくれ。」
彼はそう言いながら、窓側一番後ろの席を指差す。
僕は言われた通りに、荷物を持って席に向かう。
僕が席につくと、担任は出欠を取り始めた。
僕はクラス全体を見渡す。
髪を染めてそうな生徒もいなければ、過度に制服を着崩している生徒もいない...。
全体的に、穏やかそうなクラスだ。
ただ、一つを除いて。
「常立。」
「はい。」
僕の名前が呼ばれる。
そして次に...
「豊野。」
と担任が呼ぶ。
すると、僕の目の前から
「はい...。」
という声が聞こえてくる。
そうか、彼女が...。
僕の目の前の席には、常に机に突っ伏している茶髪ショートカットの女子生徒...豊野二千花がいた...。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
2038年8月28日。
豊野重流が家を訪ねてきた。
僕は彼を部屋に通すと、ソファに座って
「それで、今日は何の用ですか?」
と聞く。
ここでの引っ越し作業を終えてから今日で1週間。
明日から僕の転校先の中学校での生活が始まる。
そんな日にアポ無しで来るなんて、彼にしては珍しい......のか?
正直、まだ僕は彼を知り尽くしているわけではない。
知り尽くしても、何も変わらないから...。
「常立君、今日私は君にあることを頼みにここへ来た。」
「あること...?」
彼の珍しく真面目な雰囲気に僕は思わず押されてしまう。
あることを頼みに......一体、なんのことだ?
大人である彼が、子供である僕に......。
「常立君、君が明日から通う学校はどこか覚えているか?」
「横浜市立天ヶ原中学校...ですよね?それがどうかしたんですか...?」
僕は脳内で多くの「?」を浮かべながら、そう聞く。
「その学校には、私の実の娘...豊野二千花が通っているんだ......。」
「...」
僕の脳内である返答案が浮かぶ...。
「だからどうした?」...と。
まさか、彼は僕に実の娘と兄妹のように接してくれ...なんて言わないだろうな?
彼があくまで、僕の法律上の親であることを、彼はもう忘れてしまったのだろうか...。
「ちょっと、僕とあなたはあくまで法律上の──」
「そして、彼女は今、クラス内での悪質なイジメの対象となっている。」
「──⁉︎」
僕は硬直する。
彼と...豊野重流と目が合う...。
よく見ると、彼の目はわずかに青みがかっていた。
その青には、何か深い闇のようなものを感じた。
僕の知らない遥か深みまで...。
「そこで君には、そのイジメの撲滅を行ってもらいたいんだが......できるか?」
彼は今までにないほど暗く低い声で、そう聞いてくる。
僕に与えられた選択肢は、あってないようなものだった...。
「もちろん......ですがひとつ、僕から聞きたいことがあります。」
「わかった、言ってみなさい。」
「なぜ、あなたは実の娘のために動こうとしない...?」
僕は彼の言葉に少しだけ逆らうように、そう問う。
「なるほど...じゃあそのことについては、君が見事イジメを撲滅できたら教える...。これでどうだ?」
僕は少し考え込む。
彼の行動の目的が僕にはさっぱりわからない...でも、僕が達成すべき目的は明確だ。
「わかりました。では、豊野二千花は...僕が助けます。」
僕はそう、きっぱりという。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
2038年8月30日...放課後。
電車の時間まで暇になった僕は、スマホでとあるゲームアプリを開こうとする。
すると、
「常立君...だよね?ちょっといい...?」
と誰かが僕に話しかけてくる。
声のする方を振り向くと、そこには1人の女子生徒がいた。
明るい茶髪のその女子生徒は確か...
「愛原唯さん......だっけ?」
「えっ...そう!すごい...覚えてくれてるんだ...‼︎」
彼女はそのように、オーバーリアクションを取る。
ああ...これ、陽キャだ......。
できるだけ避けたいけど...今は無理そうだ......。
「常立君、もしよかったら学校の案内しよっか?」
電車が来るまで後5分...どうする...。
しかたない、少しだけ付き合ってやるか...。
もしかしたら、イジメについての情報を何か握っているかもしれない...。
「わかった...行こう。」
「よしっ!じゃあ、着いてきて‼︎」
こうして、僕と愛原による学校巡りが始まった...。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
校舎の2階の長い廊下の突き当たり...そこにある理科室の扉前で僕らは立ち止まる。
「ここは理科室。この教室のパスワードだけ、生徒たちに知られてるの。」
「パスワード...?」
「そう。この学校内のすべての教室はパスワードでロックをかけるのよ。」
なるほど...確かに、普通の鍵は落としてしまう可能性があるが、パスワードなら落とす心配はないな。
「これで大体全部...かな?どう...?楽しめた?」
「まあ...少しは...。」
「それなら、良かった!じゃあ、ここら辺で別れようか...。」
彼女はそう言うと、どこかへと走っていってしまう。
その時、僕は彼女から何かを感じたため、彼女の後をつけることにする。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
彼女を追い、たどり着いたのは校舎の裏庭だった。
裏庭は、何本かの木で囲われており、中からも外からも何も見えない構造になっている...。
イジメには最適の空間...だな。
僕はまず、環境の情報整理を行う。
そして次は...「誰がイジメの主犯なのか」...だ。
僕は木陰に上手く隠れながら、その瞬間を待ち続けた。




