表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光と影 ~咆哮の丘~  作者: 著作:音羽 裕(Yutaka Otowa)/キャラクター原案:みやこ 潤(Jun Miyako)
1/2

本編


光と影 ~咆哮の丘~


キャラクター原案:みやこ 潤(Jun Miyako)

著作:音羽 裕(Yutaka Otowa)



「きゃああっ!」


ズザザザザザザッ!


「おーい、大丈夫かー?」

 とある丘のふもとから中腹へと伸びる、びっしりと苔がむした急斜面。その道のりを、互いの足取りを確かめながら歩み続ける三人の冒険者達がいた。しかし、自然はそんな彼らにも決して容赦などしないもの。その内の一人が、苔でびっしりと覆われた岩場に足を滑らせ、無力な棒切れの様に斜面を転がり落ちていったのである。

「いっったぁ……」

 斜面を落ちていったのは、真紅の鎧に身を固めた黒髪の少女だった。

 ほんの少し斜面を滑り落ちただけで済んだのだが、少女は顔を歪めたまま、まだうずくまっている。腰の辺りまで伸ばしたストレートヘアーが乱れて顔に覆い被さり、その隙間からダークブラウンの大きな瞳が見え隠れしていた。

「大丈夫か、飛鳥アスカ

「う、うん……なんとかね……」

 全身の痛みにうずくまる少女、飛鳥の前を歩いて……と言うよりは、まるで宙を舞う様に飛び跳ねていた一人が、斜面の上を伝いながら彼女の元へと舞い降りた。

 この奇怪な旅の共、名はインダスと言う。顔つきからすれば四十そこそこの男性。しかし、身長、体つきは五,六歳の子供とそう大差はない。そんな小柄な体格ながら、ボサボサの黒髪に緑色のターバンを巻き付け、鼻の下にはふさふさした髭をたくわえている姿。それはどう見ても普通の人間とは思えない。

 そう、彼は人間ではない……魔導士の手によって生み出された存在、魔人なのである。ひょんな理由から飛鳥に拾われ、旅のお供として飛鳥達と旅歩いて早一年半。底抜けに明るく、飄々とした性格も相まってか、飛鳥ともすっかり意気投合している。

「大丈夫、膝擦りむいただけだからさ……って、ちょっと!」

 首をもたげながらはにかむ様にインダスに返した飛鳥だったが、目の先へと伸びる道の向こうに視線を移した途端、それまで何事もなかったかの様にすくっと立ち上がり、先程転げ落ちたばかりの斜面を何のためらいもなくズカズカと登っていった。


大和ヤマト、あんたねぇ……自分の姉がケガしてうずくまってるっていうのに、待ってくれるくらい気の利いた事できないわけ?」

「なんだ、歩けるんじゃないか……だったら、いらない心配なんかする必要なかったな」

 荒っぽい声を投げながら飛鳥が呼び止めたのは、彼女とほぼ同い年に見える少年だった。

 彼は飛鳥の双子の弟で、名を大和と言う。彼女と同じ青光りする程の黒髪で、風が吹く度に長い前髪が鋭いダークブラウンの瞳を覆い隠す。深い紫色の衣に、青みがかった藤色のマント。やや細い左腕には、ルビー、アメジスト、サファイアをいくつもも散りばめた銀のブレスレットがしっとりとした光を放っている。

 憤慨しながら渋々後をついてくる飛鳥に目もくれず、大和は岩の割れ目から突き出す背の高い野草を掻き分けながら歩みを進めた。

 季節は既に春も半ばで、草木も徐々に力強さを増し、蒼き天に向かってその葉、枝を伸ばし続ける頃。その並々ならぬ生命力を受け取りながら足取りを進める一行の行く先は、このラムリアの丘の頂上、森に紛れてひっそりとその所在を示す「ラムリア遺跡」である。

 辺境の山岳地帯に位置するその遺跡は、かつては考古学者達が競う様に挙って足を踏み入れたものだが、人の命を奪う魔物が増えた今となっては滅多に人が立ち入る事もなくなっている。そこへ向かう一行の狙いはというと、遺跡の深淵に眠る古代の石版を入手する事なのである。

 もともとこの一行は、魔術研究・監理組織「アースポリス」に雇われた、古代魔術を発掘するためのスペシャリスト。流転の先で発見した石版、古文書、宝石などを持ち帰っては、報酬を受け取るという仕事をこなしている。多少危険が伴う仕事でも、持ち前の行動力……と言うよりは無鉄砲さで解決してしまう彼ら。今回の仕事こそ、まさに打ってつけである事にほぼ間違いはない。

「それより……ポインターはどうした?」

 気分を損ねたまま後をついて来る飛鳥に、冷淡な口調で大和は問いかけた。

 ポインターとは、道行く旅人に方角を指し示すのによく用いられる石の事である。あらかじめ特殊な魔術が施された真紅の宝石に、使用者が目的地の方角を覚え込ませる。すると、その宝石が宙へと浮き上がり、常にその方角を示し続ける。魔術に疎い冒険者達にも扱いやすいため、あちらこちらで何かと重宝されている代物である。

「ポインター……? ああ、あの赤い石ね。それならちゃんとここに……」

 軽い口調でそう言いながら飛鳥は、首から垂れ下がる細い銀のチェーンを無造作に手繰り寄せた……が。

「あれっ?」

 手荒にチェーンを手繰り寄せながら、飛鳥は食い入る様にそれを見つめ、ただ目を丸くした……そう、飛鳥が目にしたのは、既に一本のネックチェーンと化したペンダントだったのである。

 彼女は肌身離さずポインターを持ち歩くために、その真紅の宝石を銀細工にはめ込んだ物をペンダントとしていつも首に掛けていた。しかし、その肝心の宝石が銀細工ごと外れて跡形もなくなっていたのである。

「アハハ……ひょっとしたら、さっき坂を落っこちた時に、どこかへなくなっちゃったのかもね……ハハッ」

 まさに言い訳無用、八方塞がりという状況である。引きつった笑い声を上げながら飛鳥は口を開いたが、その後が続かない。やがて、その軽快な足取りとは対照的に、ギクシャクした態度のままずっと黙りこくってしまった。


 ザッザッザッザッ……


「大和……ねえ! ちょっと待ってってば!」



「……ん? なんや、あれ?」

「灯り……? 人でも住んでるのかな?」

 鮮明なオレンジから、ダークブルーへと移り変わっていく夕闇。それに包まれながら鮮やかに沈んでいく森林を、当て所なくさまよい続けて早三時間。飛鳥達の足にも、次第に疲労が重くまとわりつく頃である。そんな折りにインダスが目にしたのは、闇に溶け込む木の葉の隙間から見える一筋の灯りだった。

「ともかく、様子だけでも見てくるか」

 道さえもはっきりとうかがえない山中で、ぽつんと野宿もあり得る現在の状況。もはやなりふりなど構っていられるはずもない。大和を筆頭に、一行はその灯りの射す方へと向かっていった。



「ほう……そりゃ災難だったな」

「そうなんですよ、ホントに……」

「災難なんかじゃない、全部お前の不注意だろ?」

 まるで人ごとの様に事の経緯を語る飛鳥を、大和は突き放す様に冷たくあしらった。

 薄明かりに誘われた一行が辿り着いたのは、細い滝のほとりに建つ一軒の山小屋。見たところ外装は割と真新しいが、雨風にあおられた板張りの屋根の隙間からは、名もない雑草が力強く茎を伸ばしている。

「ともかく、君たちもあの遺跡に足を踏み入れるつもりなのかい?」

 と、青色の細いパイプをくわえながらしゃがれた声で語る老人が、彼らを招き入れた張本人である。

 彼は名をフォルケンと言った。見たところでは齢七十といったところだろうが、長身かつがっしりとした体格で、老いぼれた雰囲気など微塵も感じさせない。そして短く切り揃えた白髪の下には、細く鋭い眼が静かな光を湛えていた。

「君たち、アースポリスの使いか何かだろう?」

「え? なんで分かったんですか?」

 湯気が立ちのぼるホットミルクをすすりながら、怪訝そうに飛鳥は問いかけた。

「新手の遺跡荒らしかとも思ったが、君たちはまるで風貌が違う。遺跡荒らし達はまず第一に服装がみすぼらしいし、それに身の毛がよだつくらい貪欲な目つきをしているからな」

 そんな具合にしてフォルケンは、飛鳥達に自らの身の上をぽつぽつと話し始めた。

「私もアースポリスの下で飯を食ってる人間だ。お互い気楽に話し合おうじゃないか」

「悪いが、俺は組織の下なんかで動いてるつもりはない。勘違いしないでくれ」

 マントの裾に付いた砂を手で払いながら、物静かに大和は呟いた。

「ちょっと、話に水ささないでよ!」

「なぁに、私も昔はそんなものだったよ。とかく何かに縛り付けられるのが大嫌いでね……」

 そう言いながらフォルケンは、タバコの燃えカスをパイプからパラパラと落とした。

「それよりな、爺さん。あんたは一体こんな辺鄙なとこで何しとるん? 趣味で住んどるんなら、相当の物好きやろけどな」

 独特の訛りが残る口調で、インダスが口を開いた。

「私は昔から、ここラムリアの丘に築き上げられた民族文化について研究を続けている。実地調査のためにここに移り住んでから、もう3年ぐらい経つかな」

 しきりに首を回しながら、フォルケンは呟く様に言った。

「だがな……君たち。できるなら、あの遺跡に足を踏み入れない事をお奨めするよ」

「どうしてですか?」

「なぜだかは見当がつかないが、ちょうど一年程前から、遺跡の奥に凶暴なビーストが湧いて出てきてな……最後に私が遺跡に入ったのも、もうかれこれ半年も前だ。他にも冒険者達がちょくちょく入り込んでるらしいが、無事に出てきたのかどうかは皆目分からん」

 フォルケンの言葉を最後に一同はしばらくの間、沈黙を保った。

「武術のたしなみがあったとしても……厳しいのか?」

「そうだな……相当の使い手ならば話は別だが、それでも五分五分と言ったところだな。私ももう少し若かったなら槍を握って突き進めない事もないのだろうが、それも昔ならばの話だ。最近は手のリウマチに振り回されて、すっかり自信もなくなってしまったよ」

 ため息をつきながらフォルケンは、戸口に立てかけてある槍に未練の漂った瞳を向けた。

 研ぎ澄まされた切っ先に、柄の部分には二匹の蛇を象った石飾りが巻き付いた、六尺程もあろうかという長い槍。ホコリやくすみなどこれといって見つからず、どうやら今もこまめに手入れされている様である。

「ねえ、フォルケンさん。もしもチャンスが訪れたんなら……もう一度遺跡に入ってみようって思わない?」

「確かに調査を進めたいのはやまやまだが、どうやら最深部にはビーストが群れを成しているようだ。このまま彼らがこの地を去っていくか息絶えるのを待つしかないが、それもいつになるやら……」

「だったら、私達と一緒に行きませんか? 私達がそのビースト達を蹴散らしていけば、フォルケンさんも遺跡の調査を進められるし、私達も仕事にとりかかれる。まさに一石二鳥だと思わない?」

 と言いながら飛鳥は、周りに同意を求める様に順番に顔を見て回った。

「確かに、腕に自信はなくとも、頭数さえ揃えばどうにかなるかもしれないな」

「あれ? 珍しく飲み込み早いじゃない」

「……悪いか?」

 不機嫌そうに呟きながら、大和は窓の方へわざとらしく顔を逸らした。そんな姿を飛鳥はクスクス笑いながら見つめていた。

「一度踏み込んだら命の保証はできん。それでもいいのか?」

 元から細い眼を更にきつく尖らせ、フォルケンは問いかけた。ほんの一つの判断が生死を分けるかも知れないのだと言う事を、瞳で語っている様なものである。

「フフ……そんな事が怖かったら、この旅なんてとっくに辞めてます」

 乱れた前髪を整えながら、さらりと飛鳥は返答して見せた。その一言が、フォルケンの心に決断を促した。

「ならば迷う必要はないな。『善は急げ』だ……おーい、ロット!」

「なに? じいちゃん」

 フォルケンの呼び声からほとんど間をおかずして、奥の扉から一人の少年がその姿を現した。

 年の頃は十五、六程であろうか。光が通り抜けそうな程透き通ったブロンドの髪を、バックで三つ編みにしたヘアスタイル。それは腰の上辺りまで長く伸びている。ぱっちりとして大きなグリーンの瞳が特徴的だが、やや角張った顎のラインと口元はフォルケンに似ている。

「私の孫のロットだ。今はまだ槍使いの修行中でな……私がしっかり基礎を叩き込んでる最中だよ」

「ロットです、どうぞよろしくお願いします」

 フォルケンの紹介が終わるのに合わせて、ロットはペコリと頭を下げた。

「総勢五人……フフッ、これなら心強いね」

 軽い口調で飛鳥は、各々の顔を順番に見て回った。フォルケンとロットに至っては既に瞳に光が灯っているし、インダスもまんざらでもなさそうな素振り。唯一、顔を背けたまま一人空を見上げる大和だが、飛鳥は彼もフォルケン達と行動を共にする事に賛成していると感じていた。それは理屈ではなく、ほとんど直感に近い物であるのだが。

「決まりね。それじゃ、明日の朝にでも!」



 次の朝、飛鳥達にフォルケン、それにロットを加えた一行は、日が昇り始める頃に遺跡の敷地内へと踏み込んでいった。

 石造りの分厚い城壁を突っ切る様に続くトンネルを、慎重な足取りで突き進む一行。内側の壁には苔が隙間なく生え、時には水が天上から滴り落ちる。

「なんで昔の人って、山の上にこんな大きな建物を造ったんだろうね」

「さあな……俺の知った事じゃない」

「別にあんたなんかに聞いてないけど?」

 相も変わらず愛想のかけらもない大和に、飛鳥はあきれ顔で返した。何をいっても無駄だと言う事は、飛鳥自身が一番よく知っているのだが。

「ここはだな……かつて密教信者達が、塔を造るために住み着いた地だと伝承に残っている場所だ。神の住まう天へ辿り着くための塔をな」

 そう語りながらフォルケンはふと立ち止まり、内壁にこびりついた苔をブラシで取り去った。

「彼らは我々の想像を絶する程、高度な魔術を保有していたと言い伝えられている。その片鱗がこれだ」

 ぬめりを持った苔の下からは、青色の象形文字がくっきりとうかがう事ができた。

「……土の刻印か」

「三百年以上経った今でも、刻印は決して風化する事はない。彼らの魔術の高さを如実に示しているな」

 岩石の硬度を高めるために施される「土の刻印」。それがびっしりとトンネルの内壁を覆い尽くしているのである。荒廃した遺跡内でもトンネルが朽ちずに保たれている事も、その刻印が残っているおかげなのである。

 ブラシで優しくなぞる様に、刻印を読みながら歩き続けるフォルケン。しかし……

「じいちゃん、危ないっ!」


 カンッ!


 甲高いロットの一声と、乾いた衝撃音が歪みながらトンネルを抜けていった。

「チィッ……こんな近くにまでお出ましか!」

 毒づいた口調で声を放つフォルケンの目の前には、薄茶色の毛に覆われたビーストの姿。細身でしなやかな体格に、飢えた山猫にも似た冷たく鋭いグリーンの瞳。高く振りかざした前脚には鋭い爪が光っている。

 フォルケンは速やかに後に退くと、ロットから双蛇の飾りのついた槍を受け取り、ビーストの喉元に向けて静かに構えた。ビーストの方もさすがにその威圧感を感じてか、そこから一歩たりとも動こうとはしない。

「みんな、じっとしてて!」

 ビーストの動きが止まったのを見計らい、飛鳥は開口一番、勢いよく腰の刀を抜き、間髪入れずに懐へと飛び込んだ。


 キインッ!


「ち……ちょっと!」

 続いて上がったのが、狼狽しきってうわずった飛鳥の声だった。

 一撃で決めようと飛鳥が振り下ろした一太刀だったが、研ぎ澄まされたビーストの長い爪の間に刀身が挟まってしまい、外れなくなってしまったのである。

 暴れようとするビーストの動きを制しようと飛鳥は咄嗟に、刀を握ったままビーストの腕ごと壁際に押し付けた。しかし、そこから先がどうすることもできない。刀を手放して逃げようとしたところで、その隙にビーストの反撃を受けるだけである。

「全く……後先考えず動くなって言ってるだろ」


 パァン!


 壁に押し付けられたビーストの身体が、ほんの一瞬ビクンと動いた。

 ビーストの動きを牽制するため、大和がすぐさま衝撃波を放ったのである。右手を振りかざしながら、大和はビーストと飛鳥、双方をキツく睨み付けた。

「よしっ、ワシも加勢するで!」

「待て、インダス」

「なんでや? 大和」

 後に続いて魔術で支援をしようとするインダスを、大和はすぐさま止めた。

「あの状態では、あの化け物の動きを極力制するだけで精一杯だ。一撃で倒せなくもないが、それでは飛鳥も一緒に巻き込むかも知れない……」

 飛鳥は刀を握り締めたまま、まだビーストとせめぎ合いを続けている。どうにもならないのか……と、インダスは諦めに近い様子で頭を垂れた。

「ならば、私達に任せてくれないか?」

 しかし、その力強い声にインダスは頭を上げ、大和は振り向いた。

 その声の主、フォルケンは槍を携え、意気揚々と構えていた。その面もちはさすがに歴戦の強者と言うにふさわしいものである。その隣には、フォルケンに比べればやや短めの槍を持ち、ピンと張りつめた表情を浮かべているロット。こちらはさすがに緊張を隠せない様子である。

「私がどうにかビーストの気をこちらに逸らす。そして、そのうちにロットが奴の息の根を止める。それでいいだろう?」

「……他にこれといっていい方法は見当たらないか」

「ちょっと……どうでもいいから早いとこ片付けちゃってよ」

 フォルケンと大和の会話を遮って、飛鳥がうめき混じりの声を上げた。大和の支援もあるものの、たった一人でビーストの動きを制する事は彼女にとって相当の負担である。

「分かった、二人とも、頼む!」

 なりふりなど構っていられないとばかりに、大和は力強く叫んだ。と同時に、フォルケンはビーストの前に躍り出ると、槍を真っ直ぐに構えたまま右へ左へとトリッキーな動きを始めた。

「グ……グゥ……」

 その動きが気に障るのか、ビーストはフォルケンの槍の先をしきりに見つめ、刀が挟まっていない左前脚を振りかざし、何度も振り下ろそうとする仕草を見せた。その度にフォルケンはその爪を矛先で払い、更に挑発する様に動きを繰り返す。ビーストは次第に冷静さを失い、やがてその視点が一点に定まった。

「今だっ! ロット!」

「はいっ!」

 フォルケンの一声と共に、続いてロットが槍を持ったまま、ビーストの真横から一気に突っ込んだ。

 ビーストの眼中には、既にフォルケンの姿しか浮かんではいない。まんまとその死角に入り込んだロットは、三つ編みの金髪をなびかせながら槍を大きく突きだした。


 ズンッ!


「……ふぅっ」

 開放感に満ちた飛鳥のため息が、静かにトンネルを駆け抜けていった。

 飛鳥の眼差しの先には、既に力を無くして倒れ込んでいるビースト。その脇腹には、ロットの槍が深々と突き刺さっていた。



「どうにか……ならないワケ?」

 疲れ果てたかすれ声で、飛鳥は小さく呟いた。

 湿っぽいトンネルを抜け出し、内部の廃墟をうろつき始めた一行。

 人が足を踏み入れた形跡などほとんど感じられず、背丈ほどもある草木がびっしりと根を張っている。一見すれば植物達の楽園にも見えるだろう。しかしそこもまた、ビーストの巣窟と化していた。

 草木の間をぬって、四方八方から飛びかかって来るビーストを斬っては捨て、斬っては捨ての繰り返し。さすがの飛鳥もこれには参ってきていた。

「それなりに覚悟はしとったけど、まさかこれ程とはなぁ」

「僕たちがここへ移り住んだ時は、ビーストなんて影も形もなかったはずなのに……」

 グレーに染まる崩れ落ちた石造りの建物の間には、ビーストに命を奪われたものらしき白骨がいくつも散らばっている。その無惨な光景を横目で見ながら、ロットはしきりに眼を細めた。

「この一年の間に、ビーストの数は軒並み増えた様だな。はっきりした原因は未だ掴めないが……」

 久々に振るった槍を左手に携えたまま、フォルケンは低い声で呟いた。遺跡の内部へと踏み込んでから心休まる時間などあるはずもなく、ロットに持たせていた愛用の槍もずっと自らの手に携えたままである。

「ともかく、この図面が正しいなら、中央に見えるあれが中核の『教会』だな」

 そう言いながらフォルケンは、視線の向こう側にそびえる建造物を眺めた。

 遺跡のほぼ中央に位置する、ドーム型に形作られたグレーの建物。その周りに密集して固まっている、民家とおぼしき小さな建造物が軒並み朽ちているにもかかわらず、それだけは何一つ崩れ去る事なく原形を留めている。

「とりあえず、入ってみようか?」

「ここまで来ておいて、今さら何もせずに退くわけにもいかないだろう?」

 畏れを含んだ口調で問いかける飛鳥に対して、ぶっきらぼうに大和は答えを返した。

 そこにいる誰もが、どうにも言い表し様のない不安感を感じていた。それは拭い去る事のできない事実である。しかし、その不安感に真っ向から立ち向かい、打ち勝ちながらここまで歩いて来られたのもまた事実。ロットやインダスに至るまで、怖じ気づいている素振りなど全く見せる様子はなかった。

「行こうか」

 落ち着き払った大和の一声に合わせ、一行は草をかき分けながら更に深層へと突き進んだ。



「なんだろ? これ」

 湿りきった石の廊下を、ひたすら壁づたいに歩き続ける一行。その時ふと、左手の壁の天井に張り巡らされた四角いパイプに気付いた飛鳥が声を上げた。

「うむ、あれは水道管だな」

「水道管?」

「山頂から湧き出る清流を通して、至る所にまんべんなく行き渡らせるための物だよ。どうやら今も通っているようだな」

 フォルケンの言う通り、水道管からは時折ピチャッ、ピチャッと水が滴り落ちている。

「ねえ、もしかしてこれを辿っていったら、なにか面白い物が見つかるんじゃないかな?」

 飛鳥は前髪を掻き上げながら、その水道管の筋をじっと目で追っていった。

 古びてはいるが強固な水道管は、左側の壁と天井の角にその身を収め、廊下の奥へ奥へと真っ直ぐ伸びている。その果てからは、金色の僅かな光が柔らかく射し込んでいるのが見えていた。そうとなれば、飛鳥の取るべき行動はたった一つである。

「おーい! 待ってや、飛鳥!」

 一人だけ先を突っ走る飛鳥を追いかけながら、インダスは軽やかに宙を舞って突き進んでいった。

「いいんですか? 追いかけなくて」

「……いつもの事だ」

 まばたきをしながら怪訝そうに問い詰めるロットに、味気ない声で大和はぽつりと答えた。




 飛鳥の足取りにようやく追いついた大和達は、ほぼ時を同じくしてその光の源まで辿り着いた。

 崩れ落ちた石の扉の向こう側からは、目映いばかりの閃光がこぼれだしている。間髪入れず、真っ先に飛鳥がその扉の中へ飛び込んでいった。

「これは……?」

 まず飛鳥の目に入ったのは、縦に幾筋も削り模様が入った岩石の柱。それが扉から円形の部屋のちょうど中央まで、両脇に何本も立ち並んでいる。

 飛鳥はその柱の道に誘われるまま、ゆっくりと足を進めていった。やがて彼女の瞳が捉えたのは、真紅の布が覆い被さった丸い祭壇だった。

「宝石と、石版が三つ……か。今の今までよく残ってたな」

 そう呟く大和の正面には、祭壇の中央で不規則に回転しながら浮き上がるスカイブルーの宝石。その大きさは人の拳ほどもあり、時折グリーンやパープルに色を変えるなど、七色の顔を見せている。その周りには、様々な刻印を組み合わせた様な文字で埋め尽くされた三枚の石版が、七色の宝石を守る様に取り囲んでいる。

「フフ……まあ、ここまで無事に入り込めるのも、せいぜい私達ぐらいって事じゃない?」

 手袋についたほこりをはたき落としながら、得意げに飛鳥は大和に向かって語ってみせた。

 気性の荒いビーストと相まみえながらこの場所へ辿り着くまでに、飛鳥は朽ち果てた白骨をいくつも目にしてきた。そのほとんどが、目的を果たせぬままビーストの爪に倒れた冒険者達なのであろう。だからこそ、無事に目的の場所まで辿り着いた喜びもひとしおなのである。

 飛鳥を追いかけてきたインダスと、さらにフォルケンとロットが加わり、一同は祭壇の前にして輪を成した。フォルケンは石版に刻み込まれた文字を一つ一つ指で確認しながら、しきりに目を細めては何かを手持ちの紙に書き殴っている。残った四人は全てが終わるまで、時が過ぎ行くのを待つ事になった。

「うーん……なんかなぁ」

「ん? どうしたの、インダス?」

 先程からしきりに首を捻り続けるインダスの横顔を、飛鳥は奇妙な顔つきで見つめた。しかし、インダスは一向にその仕草を止めようとはしない。

「この宝石な……なんか、さっきから妙なニオイがしとるんやけどなぁ」

「そうかな? 別になんにも変わりないと思うけど……」

 飛鳥は祭壇の中央へ身を乗り出し、静かに宙を踊る宝石をまじまじと見つめた。

 宝石は様々な表情を絶えず見せ続けながら、ただひたすら回り続けるのみ。両方の瞳に直接訴えかけるその光を素直に受けながら、飛鳥が更に顔を近づけた、その一瞬の出来事だった。


 シュアアアン!


「きゃあっ!」



「な……何が起こったん?」

 数秒の後、まず口を開いたのはインダスだった。

「……また余計な手間を」

 うつむき加減の姿勢のまま、口ごもる様に大和は呟いた。

 常に鋭さを失う事のない大和の瞳は、事の一部始終を全て収めていた。不用心に宝石に顔を近づけた飛鳥の身体を紺碧の光が飲み込み、そして宝石の中へと引きずり込んでしまったのである。それは、ほんのまばたき一回程の間に起こった出来事だった。

「なあ、大和。ど、どうすりゃあ……」

「どうもこうも、あいつが自力で脱出するのを待つしかない。それだけだ」

 不意に出くわした異常事態に、インダスはただ取り乱すばかり。しかし大和は落ち着き払った口調のまま、吐き捨てる様にそう言い放った。

「どうやら僕たちも、のんびりしてる暇はなさそうですよ。大和さん」

 穏やかながらも張りのあるロットの声が、一行に再び緊張を呼び込んだ。

 先程一行が入り込んできた祭壇へ続く柱の道を、何体ものビースト達が肩を震わせながらじりじりと向かいつつあったのである。ロットに続き、石版に釘付けになっていたフォルケンもまた、双蛇の槍に手を掛けている。

「一人欠けてるが、やるしかないな」

 大和の一声と共に、四人は一斉にビーストに向かい構えをとった。



「何やってんだい? お嬢ちゃん」

 野太く低いその声に、飛鳥は無心のままふと振り向いた。

「あなたは……それより、ここは?」

 呼び声の主より先に、飛鳥は辺りの景色を真っ先に見回した。

 まず飛鳥の目に飛び込んだのは、石を組んでドーム状に形作られたグレーの建造物。その周りは背の低い広葉樹で囲まれ、傍目から見れば礼拝堂の様にもうかがえる。そしてその更に周辺を取り囲むのが、円形に石を固めて建てられた小さな民家。それがいくつも密集し、一つ一つの集落を作りあげている。

 その素朴な景色の数々が、飛鳥の脳裏に焼き付いた記憶とふと重なった。

「ここって、ラムリア……だよね」

「ハッハッ、なに寝ぼけてんだい?」

 飛鳥の目は続いて、その太い声の主へと移った。

 傍目から見れば四十そこそこの男性。ブラウンの髪を短く切り揃え、更にバックを刈り込んだ涼しげなヘアースタイル。剣などでは到底突き破れないほど厚いブロンズの鎧甲冑で身を覆い、腕には黒光りする鋼の籠手。そして、そんなものものしい武具に負ける事のない程に、鍛え抜かれ引き締まった身体。どこからどう見ても剣士に間違いはない。

「へぇー、珍しいな……女剣士なんて。ひょっとしたらお嬢ちゃんも『碧き魔石』を探しにきたのかい?」

「私は……確か……」

 既にその魔石を目にしている、そんな思いが飛鳥の中を駆け回っていた。しかし、記憶が定まらない。それ以前に、何故自分がこの場所に立っているのかすらはっきりとしないのである。

 それに第一、草が背丈ほど伸びるまで荒廃していたラムリアの遺跡が何故、全く破壊された形跡もないまま飛鳥の目の前に今、存在するのかが飛鳥にとっては悩みの種であった。

「ともかく、ここから先へ進んでいくんなら、獣人達の奇襲には気いつけなよ。あいつら、一体どこに潜り込んでるんだか見当がつきゃしない」

 と言いながら男は、左の腰に提げていた大剣の柄を掴み、ゆったりとした仕草で引き抜いた。

 陽光を受けてギラリと光るその刃先の向こうには、石造りの小さな街並みが、そよ吹く風を受けてざわめく木々に紛れている。そして、その静かな街並みへと、剣を振りかざしながら突撃を試みる数人の兵士達の姿が、飛鳥と男の目にはっきりと浮かんでいた。

「そうだ、なんならお嬢ちゃん。もし良かったら、俺と一緒に行かねえか?」

 なにやら照れくさそうに、男は飛鳥の表情をうかがいながら問いかけた。

「お仲間は……いないんですか?」

「獣人達の手にかかって、みんな殺されちまったよ。まっ、俺だけ貧乏くじを引かなかったってとこか」

 男は目を尖らせ、目前に広がる街並みに再び目を向けた。その先には、日の光を背に受けている教会らしき建造物が、どっしりと構えてその存在を知らしめている。

「さーてと。弔い合戦だぁ!」

 咆哮の如く高らかに叫びながら、剣を振りかざし駆けていく男の背を、飛鳥はまだ全ての納得がいかないままに追いかけていった。



(ひょっとして私、過去のラムリアに迷い込んでるんじゃ……?)

 飛鳥の心の内にそんな淡い確信が芽生え始めたのは、男と共に歩き始めてから一時間も経たない頃だった。

 飛鳥がはっきりと覚えているのは、祭壇上の宝石をまじまじと覗き込んだところまで。その前に、ラムリアの遺跡を大和達と共に歩いた事も彼女は鮮明に記憶しているのである。

 その景色と、飛鳥が今現在歩いている景色が酷似している事が、飛鳥にそう思わせる大きなきっかけとなった。壁に描かれた土の刻印、天井に張り付く様に伸びる角形の水道管。ただ一つだけ明らかである大きな違いは、全てが真新しく、生き生きとしている事。既に廃墟と化したラムリアの記憶には、このみずみずしい生命力など全く存在しなかったのである。

 奥へ奥へと突き進む度、飛鳥の確信はより深まっていった。

「よしっ、あったぞ!」

 回廊の一番奥へと突き当たったところで、男が感嘆の声を上げた。

「森のど真ん中でくたばっちまった仲間達も、これでどうにか報われるってもんよ」

 男の目の先には、真紅の布で飾り立てられた円形の祭壇。その中央では、拳ほどの大きさに削られたスカイブルーの宝石がゆらりゆらりと浮かんでいる。それは澄み渡った晴天の空よりも青く、そして深い色彩に満ちている。

「やっぱり……」

 飛鳥のおぼろげな確信は、やがて確固たる意志へと変わった。

「教えてよ! 私はなんでここにいるの? 大和達はどこに……」

 宝石の前に勢いよく躍り出ると、飛鳥はそれに向かって声が張り裂けんばかりに叫び続けた。それが彼女の内に巡る疑問を晴らす唯一の方法だったのである。しかし……


 パァァン!


「大丈夫か、お嬢ちゃん?」

 落雷を間近に聞く様な程の乾いた爆発音と共に、飛鳥の身体は床へと崩れた。男は慌てて剣を収めると、顔を歪めたまま身動きすらしない飛鳥の元へと駆け寄った。

「我らが神聖なる碧の魔石に、汚れた息を吹きかけるでないわ! サル共め!」

 激しい怒りに満ちたその甲高い声に、男と飛鳥は揃って振り向いた。

 その目線の先、スカイブルーの魔石の前に立っていたのは、鋭い牙を持つ豹の姿をした一人の獣人の姿だった。白いすじ雲を思わせる様な、すすけた感じすらうかがわせない純白の毛色。背丈は飛鳥と同程度ではあるが、研ぎ澄まされた鋭い爪を持っている。そして、腕や胴などに巻き付けられた真紅の布。それは何者も近寄りがたい高貴な雰囲気をにじませている。

「汚らわしいのはどっちだ、ケダモノめ! 貴様らに殺された同胞の痛み、今ここで晴らさせてもらうぜ!」

 そう強く叫びながら男は再び剣を抜き、獣人の首に切っ先を向けたまま一気に駆け出した。

 彼の瞳の中には、既に憎悪の灯火しか存在してはいない。獣人はそれを見抜いていたのか、揺らめく刃先を見つめたまま微動だにしない。そして、獣人は大きく息を吸い込むと、アンバーの様なイエローの瞳を大きく見開いた。


 ウォォォォォン!


 それは、天と地の狭間を突き抜けんばかりの力強さを持った咆哮だった。

 獣人が雄叫びをあげると共に、堅い石で覆われた床は瞬く間にめくれ上がり、らせんを描きながら小さな嵐へと変貌した。咆哮はそれに飽きたらず、凄まじい振動となって空気を伝わっていく。

「ぐっ、ぐぅ……」

「ううっ……」

 身体全体をかき回される感覚にさいなまれたまま、剣を落としてうずくまる男と共に飛鳥は意識を失った。



「コホッ……うーん」

 どれだけの時が経ったのか見当もつかなくなった頃、飛鳥はようやく意識を取り戻した。

 何より先に飛鳥はまず、チクチクした痛みの残る両腕をまじまじと見つめた。しかし、あれほど石混じりの嵐を受けたにもかかわらず、腕どころか全身どこを見ても傷一つ見当たらないのである。唯一腕に残っていた痛みも、傷がないと分かった途端に消えてなくなってしまった。

「ここは……」

 続いて飛鳥が目にしたのは、自らの身の回りを覆っている紺碧の壁だった。よくよく見てみればそれは壁だけではなく、床や天井に至るまで、透き通ったブルーのガラス板の様なもので覆われている。まるで空の片隅に閉じこめられている様だと、飛鳥は直感的に感じた。

「どうだい? 埋められた真実を、その目で収めた気分は?」


 スパーン!


「うっ……!」

 姿なき声が聞こえた刹那、飛鳥の頭上から一筋の電撃が降り注いだ。四肢の先まで伝わる衝撃。それに抵抗する間もなく、飛鳥は力無く床に膝をついた。

「あなたは……」

 右手を冷たい床の上に置き、身をよじらせる様にして飛鳥は立ち上がった。宙をくらくらと漂う視線は、やがて凍りつく様に一点へと定まった。

 飛鳥の前に姿を現したのは、碧の魔石の前で咆哮を放った獣人だった。つやつやした純白の体毛は青い光を受け、むらのあるライトブルーに染まっている。

「我が名はラルス・ディ・ラムリア。ラムリアの正当なる王位継承者……だった」

 困惑する飛鳥の前に立ちはだかったまま、ラルスと名乗るその獣人はぽつりと口を開いた。

 獣人とはいえさすがは王族らしく、トーンの低い張りのある声は気品すら感じさせるほど。しかし、その言動にはどこか生気が感じられない。

「ここは……どこなの?」

「他でもない、『碧の魔石』の中だよ。その証拠に、君は魔石が残した『記憶』を目にしてるはずだ」

 淡々とした口調で続けながら、静かにラルスは歩みを進める。それに怯えたのか、飛鳥は後ずさりしながら刀の柄を握り締めた。

「世界が魔術を要に隆盛を極めた頃、僕らの歴史は幕を開けたんだ。獣の血を引く武族の里『ラムリア』……僕は王の息子としてそこに生まれ、獣人としての誇りを教えられ育った」

「じゃあなんで、あなたは今この魔石の中に?」

 ぐしゃぐしゃになった後ろ髪を手櫛ですきながら、飛鳥は問いかけた。

「さっきも言っただろう? 君はもう、それを目にしてるんだ。僕が全てのプライドを込めて放った『最後の咆哮』を」

「……過去のラムリアの景色。あれは、あなたが見せた幻覚だったの?」

「幻覚なんかじゃない! あれが真実だ!」

 牙と共に感情をむき出しにして叫ぶラルスに、飛鳥は肩をビクリと震わせた。

「もう二百年ぐらい前の事だったか……このラムリアの丘を、醜い人間達が踏みならしていったのは。奴らの狙いはただ一つ、碧の魔石を奪い取る事だったんだ。奴らは僕の仲間達を次々と殺し、ついには根絶やしにしようと企んだ」

 拳をぎゅっと握り締め、ラルスはイエローの瞳を見開きながら飛鳥に向けた。

「だから僕が、何もかも消し去ってやったんだ。僕が自分の肉体を滅ぼす変わりに、この地は平穏を手に入れた」

「肉体は滅んでも、あなたは意識を魔石の中に込めて生き延びたってわけね」

「僕が守らなければ、魔石はいつか人の手によって奪われる。強欲で、残忍で、わきまえを知らない、醜き人間の手に……」

 ラルスと視線を合わせた飛鳥の身体がほんの一瞬、石の様に硬直した。生気を失っていたラルスの瞳が尖り、信じられないほどの激しさを増したからである。

「君も、奴らと同じなのかい?」


 ブゥン!


 空間が唸る様な音が響き渡り、ラルスの左腕を漆黒の霧が包み隠した。霧はうねりながら何度も渦を巻き、やがて弾け飛ぶ様に散っていった。そしてその後に残ったのは、柄から剣先に至るまで全て黒く塗りつぶされた一本の大剣。それはしっかりとラルスの左腕に握られていた。

 剣先を飛鳥の喉元に向け、大きく構えるラルス。体格は飛鳥とさほど変わらないものの、飛鳥の目には威圧感だけでラルスの方が遙かに大きく映っている。たまらず飛鳥は刀を勢いよく抜き、刃をラルスの方に向けながら引き気味に構えた。

「私は……」

 そう言いかけたまま、飛鳥は気まずそうに口を閉ざした。

 顔の表情だけなら、『私は違う』と叫んでいる様にもうかがえる。しかし、飛鳥の口からその言葉が飛び出す事はなかった。

「やっぱりやるしか……なさそうね」



 ゴオウッ!


 インダスの手から、人の顔の大きさほどの火球が一直線にビーストの胸部に撃ち込まれた。もんどり打って倒れるビースト。しかしその後ろには、また新たなビーストが立ちはだかっていた。

「こりゃあ、いつまで経ってもキリないで!」

「ハアッ……ハァッ」

 どれだけの時が経ったのか、大和達には既に見当がつかなくなっていた。

 肩を揺さぶらせながら列を成すビーストの群れは一向に途切れる事なく、血に飢えた眼差しを大和達に向ける。それどころか、既に倒したはずのビーストもまた、目の輝きを取り戻して立ち上がってくるのである。出口の見えない迷宮に閉じこめられた様な現状を打破できないまま、フォルケンとロットは槍を振りかざし、インダスと大和はひたすら火球を撃ち続けた。

「どうしたん? 大和」

 休む間もなく火球を撃ち込み続けていたインダスが、手を止めて怪訝そうに問いかけた。 フォルケンやロットが必死でビーストに立ち向かう中、大和はただ一人、じっと魔石を見つめたまま動こうとはしなかった。

 魔石は先程となんら変わることなく、絶えず表情を変えながらギラギラと輝いている。スカイブルーからショッキングピンク、そしてライトグリーンへと、その移り変わりは絶える事がない。

「もしかしたら……」

 その色彩をじっと見据えていた大和は、ふと何かを思い立った様に手を振り上げ、そして一言ぽつりと呟いた。


 シュウン!


 その瞬間、大和の掌から鋭い空気の刃が放たれた。それは魔石の表面を削ぎ落とす様に宙を突き進み、一瞬にして跡形もなく消え去った。

「やはりな」

 依然として厳しい目つきを崩さないまま、大和は空気の刃が消えた辺りに目を留めていた。その先には、赤みがかったオレンジ色のもやが宙を漂っている。やがてそれは一つの塊となり、一匹の妖魔の姿へと形を変えた。

 遠くから見れば人の姿によく似ている。背には四枚の羽根を持ち、細身のしなやかな肢体。バーミリオンの頭髪の下からは、真紅の鋭い瞳が覗いている。そして、身体全体を覆うオレンジ色の炎。その姿をした一体の妖魔は、闘志を剥き出しにしたまま大和の方に向かって歩き始めた。

「ビーストがこの地に現れ始めたのも、全てこいつの仕業さ。こいつがこの宝石にとり憑いて、遺跡に立ちこめる憎悪の念と融合していたんだ。このビースト達も恐らく、憎悪の念にとり憑かれた冒険者達……だろうな」

 そう言いながら大和は、長い衣の袖を一気にまくり上げた。妖魔が纏っている揺らめく憎悪の炎の輝きが、大和の左腕にある銀のブレスレットに反射していた。

「三人とも……俺に少しだけ時間をくれないか?」

「分かっとる分かっとる! 頼むでぇ、大和!」

 ビーストに立ち向かう三人に背を向けたまま静かに問う大和の声に、インダスは弾けんばかりの声色で威勢よく答え返した。

 既に大和に頼る以外、現状を好転させる手段がない事はインダスも十分承知していた。それに、普段は何事にも無関心で、努めてクールに振る舞う大和が、ここ一番で大きな信頼をおける事も既に理解している。自らのすべき事は、大和のバックを守る事だとインダスは確信を持った。

「大気の精霊よ……開かれた空をなぞりて舞い、風と共に鋭利なる旋律を!」


 バシュン! バシュン!


 落ち着きと力強さが同居する大和の一声と共に、数個の衝撃波が妖魔の身体めがけて直線を描き、その漆黒の肌へと食い込んだ。それにもかかわらず、妖魔はなんのダメージも受けた様子もなく、朱に染まった髪をなびかせている。

「グゥゥッ……ガァァッ!」

 有無言わさず手出しをしてきた大和に逆上してか、妖魔は天を睨んだまま奇声を発した。


 ゴオオオッ!


 今度は妖魔が先程のお返しとばかりに、紅色の炎の渦を巻き起こし、大和の身体を一瞬にして包み込んだ。

 考える間もなく大和は咄嗟に水の障壁を張って身を守ったが、身体の至る所に熱感を覚え、慌てて飛び退いた。

「やはり、一筋縄ではいかないか」

 衣服の焦げる匂いを感じながら、大和はしきりに辺りの様子をうかがった。

 窮地に立たされた時にも、常に平静さを保ち続ける事、それが彼のスタイルである。妖魔と睨み合うこの時も単なる時間稼ぎではなく、常に付け入る隙を狙っているのである。

 目をギラつかせる妖魔の身辺、床、壁、そして天井に至るまで、大和の視点は動きを止める事はない。そしてその瞳が天井の片隅に向いたところで、ふと動きは止まった。

「よしっ!」

 大和の視点は天井の隅、角形の水道管に定められていた。一抹の迷いも見せる事なく、大和は右腕を大きく挙げ、水道管へ衝撃波を一発、力を込めて撃ち込んだ。


 ガラガラガラ……

 

 ザアアアアッ!


 それは、ほんの一瞬の間に起こった出来事だった。

 大和の一撃と共に水道管は亀裂が入り、間をおく事なくぱっくりと割れ、そこからおびただしい量の水が一気に噴き出したのである。その流れはまるで鉄砲水の様に勢いをつけ、妖魔に向かって横殴りにぶつかっていった。

「グゥッ……」

 頭を振りながらうめき声を上げる妖魔を横目に見ながら、自らの形勢逆転を確認する様に大和は安堵の表情を浮かべた。そして、右手を自らの胸元におき、水の流れる様を見つめながら更に詠唱を続けた。

「暗き天より注ぎし白銀の光よ……その負なる力を以て、憎しみに燃ゆる者を眠りへと誘うべし!」

 ギイイン! バキバキバキッ!

 大和の声が途切れると同時に、空間の隙間から白銀の光が生まれ、滝の様な大量の水を浴びて喘ぐ妖魔を瞬く間に包んだ。そして、その水の流れは床の部分から天井に向かって凍りつき、やがて一本の氷の柱と化した。

 天井へと突き上げる氷の中に閉じこめられる格好となった妖魔の姿は、数十秒の後には小さな炎の玉へとその姿を変え、それも間をおかずして消え去っていく。憎悪に満ちた炎が、大和の力によってついえた瞬間だった。

「おっしゃあ! ようやった、大和!」

 ようやく手の空いたインダスが、振り向きざまにいち早く賞賛の声を上げた。

 妖魔が消滅したのとほぼ同時に、インダス達をビーストの群れも、全てが朽ち果てる様に白骨へと回帰した。夢破れて息絶えた冒険者達の、あまりにも哀れなる末路である。

 まずインダスが、続いて槍を収めたフォルケンとロットも揃って大和の元へと駆け寄った。

「大丈夫ですか? 大和さん」

「ああ、腕が少しヒリヒリするくらいだ。それより……」

 火傷を負った右腕を押さえながら壁により掛かる大和を気遣う様に、ロットは声をかけた。しかし、大和の瞳はそちらではなく、時折瞬く宝石の方へと向けられている。

「まだ……終わってはいない」

 そう呟く大和の瞳には、ブルーの宝石の表面に映し出されている、獣人と少女が互いに刃を交えている姿がはっきりと見えていた。



「はあっ!」


 キィン!


 飛鳥の鋭い一太刀が、ラルスの胴を目掛けて放たれた。しかしラルスはそれを、漆黒の剣でいとも簡単に受け止める。互いに全く決定的なダメージを与えられないまま、既にかなりの時間が経過していた。

「フフッ……」

 狂気に近いとも言えるほど尖った眼差しを飛鳥に突き付けながら、ラルスは笑みを浮かべた。もともと豹に近い顔立ちもあってか、鋭利な瞳、それだけで飛鳥を威圧するに十分なほどである。

「君の中に情けの心がある限り、この憎しみの力に打ち勝つ事はできないのさ」

 平坦な口調でそう語りながら、ラルスは剣を大きく振りかざし、疲労の見え始めた飛鳥に向かって叩きつけた。


 ガキィン!


「くうっ!」

 剣はどうにか峰で受け流したものの、飛鳥は苦悶に満ちた声を上げた。

 ラルスと剣を交える内に、飛鳥は何度も自分の身体が吹き飛ばされそうになるのを感じていた。ラルスの力は飛び抜けて強くはないのだが、漆黒の剣自体が発する憎悪の念がそうさせるのである。飛鳥の体中からは汗がにじみ出し、肩を大きく上下させる仕草からも、飛鳥の苦戦は目に見えていた。

「……憎むべきものに、それと同じだけの憎しみをぶつけたとしても……なんにも変わりっこないよ。そんなの、お互いを理解しようともしないで、ただ遠ざけようとしてるだけじゃない」

 四尺近くもある長い刀を脇から上段へと構えると、飛鳥は目を見開きながら語り始めた。

「私は……私なりの考えを持って生きてる。でも、時には誰かとぶつかり合ったり、道を踏み外す事だってあるよ。それはどうやったって避けられない事……でも、お互いがただ憎しみをぶつけ合ってるだけじゃ、いつまで経っても距離は縮まらない。そんなのって……悲しいじゃない」

「甘い事を言うな! 人間達が、一体僕たちの何を理解しようとした!」

 激情をあらわにした声で叫びながら、ラルスは再び飛鳥に向かって剣を振り下ろした。飛鳥は後ろに身体を引く間もないまま、咄嗟に刀でラルスの太刀を防ぐ体制に入った。手に凄まじい衝撃が走るのを予感し、飛鳥が力一杯柄を握り締めた、その時だった。


 ガシャァァン!


「ウ……ウソだろ!」

 先に声を上げたのはラルスの方だった。その手には、折れて柄だけになった漆黒の剣が握られている。

 彼が渾身の力を込めて振り下ろした大剣は、刃の根元の部分から砕け、さらには刃先に至るまでガラスの様に粉々になっていた。魔石にとり憑いていた妖魔の力が消滅したため、憎悪の象徴である漆黒の剣が弱まってしまったのである。

 頼みの綱を失い、細かく息を吐きながら呆然と立ち尽くすラルスを、飛鳥は刀を構えたままじっと見つめていた。

「本当の事を伝えたかったんだよね、きっと」

 優しく、そして柔らかい口調でそう言いながら、飛鳥は刀をすぐさま鞘へと収めた。

「私に真実を見せてくれたのも、そう言う事なんでしょ? でも、その感情がどこかで狂ってきて……こんな事になっちゃったんだよね」

 かたくなに口をつぐんだまま、ラルスは何の言葉も返そうとはしなかった。飛鳥の言葉に全く無関心だったのではなく、彼自身の感情が激しい葛藤を起こしていたからである。

「本当は私も、あなたにこんな事を言う権利なんてないのかも知れない……ううん、きっとあるはずない。あなた達の過去に触れようともせず、ただ魔石を手に入れるためにここへ来ただけ……でも、これだけは知っておいて欲しい。あなた達の埋められた歴史を、生涯をかけて解き明かそうとしている人々もいるんだって事、それだけは分かって欲しい」

 ラルスの瞳を見つめながら、飛鳥は張りのある声でひたすら語り続けた。それに対して耳を傾けているラルスだが、依然として一言も言葉を発しようとはしなかった。

 決して区別する事のできない様々な感情が胸中を飛び交う中、ラルスは自分なりの答えを見つけ出そうとしていたのである。そしてその思いは、一つの方向へと固まった。

「…………」

 それを口に出さないまま、ラルスは両腕を天井へ向けて高く突き上げた。その途端に、飛鳥の身体はゆっくりと宙へと浮き上がり、すぐそばに現れた白い光の射し込む空間の穴へと吸い込まれていった。

 飛鳥はそれに対して微塵も抵抗する事なく、身を任せる様に穴へと身体を潜り込ませた。その様をイエローの目で見据えながらラルスは一つ、こくりとうなずいた。



「……か? 大丈夫か、飛鳥?」

「う……うん」

 次第に近づいてくる高らかな声に、飛鳥は意識を取り戻した。

 飛鳥が目を覚ましたのは、魔石が捧げてある祭壇の前、ちょうど飛鳥が光に飲み込まれた場所だった。

 飛鳥はゆっくりと身体を起こすと、僅かに痛みの残る頭を押さえながら頭上を見上げた。そこには、張りのある表情ながらも、幾らか安心感の満ちた顔つきをしている大和の姿があった。続いて飛鳥の目に止まったのは、折り重なって倒れるビーストの白骨。全ては終わったのだと飛鳥はようやく確信を持っち、再び大和の方へ顔を向けた。

「あれ? 大和、あんた服……焦げてない?」

 口元を緩ませながらそう言ったのが、飛鳥にとっての第一声だった。

「ん……どうしたの?」

 その言葉にカチンときたのか、何も言わず背を向ける大和。真相を何も知らない飛鳥は、ただ困惑するばかりだった。

「まあ……色々あったけど、取りあえずこれで一件落着ってとこやな。さてと、仕事仕事……」

 そう呟きながらインダスは、祭壇の側へとふわりと飛び、静かなブルーの光を放っている魔石に触れようとした。しかし、

「待って!」

 火がついた様に立ち上がると、飛鳥は不用意に魔石を取ろうとするインダスをとがめた。

「そっとしておいてあげようよ。私達に、これを手にする資格なんてないんだから」

 伏し目がちに飛鳥は呟くと、祭壇の上を静かに回る魔石に背を向け、一歩、また一歩と歩みだした。いつもなら興味を惹かれるものには真っ先に飛びつくはずの飛鳥の行動に、インダス、そして大和達に至るまでがその様を呆然と見送っていた。

 そして飛鳥が、回廊へと続く出口に差し掛かろうとした頃……

「待ってくれ!」

 甲高く、そしてつやのあるその声に、飛鳥は反射的に振り向いた。

「ラルス……?」

 目を大きく見開きながら、飛鳥は上擦った口調で呟いた。

 そこには、純白の毛をなびかせたラルスの姿があるわけではなく、光をたたえる魔石のみが回っているだけだった。しかし、ラルスの声は明確に飛鳥へと届いている。飛鳥はその視線を、落ち着きを取り戻したスカイブルーの魔石へと重ねた。

「僕がここでこの魔石を守り抜いたとしても……何も変わりはしない、そうだろう?」

 ラルスの声は飛鳥と渡り合った時とは違う、不思議な安定感と質感に満ちていた。いつしか心の奥底に沈み込んでいた、忘れてはならない温かな感触に気付いたからである。

「君達が、僕らの歩んできた道のりを全て明かして……そして僕らの知恵を、文化を、力を、生きるために活かしてくれるなら、僕は君達の力になるよ」

 ラルスの声が聞こえた刹那、魔石は回転を早めながら一閃の光を放ち、祭壇の上から飛び出した。魔石はそのまま放物線を描きながら空中を舞い、還るべき場所を見つけたかの様に飛鳥の手の中に収まった。

「……ありがとう、ラルス」

 静かに光を放つ魔石を優しく手で包み込みながら、飛鳥はそれに呼びかける様に呟いた。



「こりゃ凄い……百年、いや、二百年かかっても読み切れるかどうか……」

 所は変わって魔術首都ルネ。人の波は絶えることなく、華やいだこの街の中央に位置するアースポリス本部の一角には、高名な学者達が集う研究室が存在する。その部屋に持ち込まれた碧の魔石を眺めながら、学者達は口々に感嘆の声を上げた。

 その扉の向こう側、研究者達が行き来する渡り廊下では、既にポリスから報酬を受け取った飛鳥達三人が、一仕事を片付けた開放感と共に意気揚々と歩いている最中だった。

「あれ……ロット?」

 渡りからロビーの方向へと向かおうとしていた飛鳥は、そう呟きながらふと立ち止まってしきりに目をこらした。

 飛鳥の目線の先にあるロビーの黒いソファーに、見覚えのある姿を見つけたからである。緑色の胴着の上に黒のレザーアーマーを纏い、そして何より目立つのが、男ながら長く伸ばしたブロンドの三つ編み。まさしく、ラムリアの丘のロットである。

 飛鳥は有無言わさず、廊下の突き当たりにあるロビーへと駆けていった。

「どうしたの? こんな所まで」

「ああ、お久しぶりです、飛鳥さん」

 足を踏み鳴らしながら駆け寄ってくる飛鳥に、ロットは手を軽く振りながら応えた。

「帰ってきたんですよ、両親の元にね。ラムリアにビーストが現れなくなってからじいちゃんも一人で調査に入る様になったし、僕がボディーガードをする必要もなくなったんです。僕は僕なりに、アースポリスで槍の腕を磨こうと思って」

 と、穏やかな口調でロットは語り続けた。そのグリーンの瞳にあふれている輝きこそ、彼自身の強い意志の象徴である。それはまさに、ラムリアの真実を解き明かす事に生涯を捧げるフォルケンに通じるところだろう。

「フォルケンさんが、学者さんが……解き明かしていくんだね、埋められた歴史を」

「そうですね……じいちゃんにも、まだまだ大事な仕事が残ってる。よぼよぼに老いてな

んか、到底いられないでしょうね」

 軽快に弾んだ口調で、二人は延々と会話を続けていた。とそこへ、後をゆっくりと歩きながらついてきた大和とインダスが、ようやく飛鳥の元へと到着した。

「これで……よかったのかな?」

 ロットとの会話に水が入って数秒の後、突然何を思い立ったのか、飛鳥は口ごもる様にそう呟いた。

「さあな」

 終始うつむき加減のまま、サバサバした口調で大和は返した。

「ラムリアの真の歴史を知った人々が、一体どの様な答えを出すのか……それはずっと未来の話だ。俺達がその顛末を知る事は……ないだろうな」

「うん。でも、闇に埋められた歴史をそのまま葬ってしまうよりは、ずっとよかったんじゃないかな?」

「いいか悪いか、そんな事は関係ない。全ては俺達、人間次第だ」

「そう……ね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ