library days
むかし投稿していた小説の再掲です。改題してます。
「先輩。」
「ん、どうした?美波。」
「何故、こちらにいらっしゃるのでしょう?」
「何故って…美波で遊ぶため?」
「忙しいんで、他をあたってください!」
「だって、美波が1番おもしろいから。」
つい、一カ月前まで 眺めているだけだった人がこうして あたりまえのように 話しかけてくる。
───何故だ、何がどうしてこうなった。
***
私、岡本美波には、好きな人がいる。
“好きな人”というよりも、“気になる人”と言った方が正しいのかもしれない。
高校に入学して 一ケ月ほどたったある日。
その人を見つけた。
特に理由はなくて ただ 何となく目を引いて、気づいたら、 廊下ですれちがったときとか、体育で走っている姿なんかを目で追っていた。
“もっと、あの人のことを知りたい”っていう気持ちはあったけど、どうすればいいかなんて わからなくて。
ひとつわかったことは
2年の先輩だということ。
それ以外は何にもわからなくて。
───ただ、見ているだけで満足だったんだ。
***
ある日の放課後。
誰もいない図書室の中 、私は趣味である読書をしていた。
カチコチと時計の音だけが聴こえてくる静かな空間。
──バタンっ!
驚いて音のした方を見てみると、若干息があがっている男の人の姿。
(え……先輩?)
そこには、いつも眺めていた先輩の姿。
いつも遠くで眺めているだけだったけど、間違いなく、先輩だ。
よほど 急いでいたのだろう。
まだ、息が上がっていてこちらに気づいていない。
だが、少しすると それもなくなり顔を上げた。
パチッと目が合った。
「お、悪い。人がいたんだな。」
先輩は、そう 私に向って謝った。
まぁ、無理もない。
私も図書室を利用し始めて間もないが
その間、私以外の利用者を見たことがないのだから。
「いえ、大丈夫です。」
私はひとことそう言うと再び本に向きあった。
ずっと見てきた人がすぐそこにいるといっても、私は彼のことを学年以外全然知らないし、彼にいたっては私の存在すら知らなかったであろう。
それにあいにく憧れの先輩と距離を詰められるようなコミュニケーション能力は身につけていなかった。
じろじろ見て怪しまれないよう、続きを読もうと思ったのに先輩は私の隣に座って本を覗き込んでくる。
「あの……何か?」
「いや、随分と難しい本を読んでるんだな。」
「そうでもないと思いますけど。」
私が今読んでいたのは歴史を元にしたファンタジー小説だ。
実際の歴史上の人物が登場するとはいえ、あくまでも小説のため娯楽要素が強い。
しかし何故か貸し出し厳禁のシールがはられているため、私は毎日ここに来て読んでいるのだ。
読書好きといっても速読が出来るわけではないので、読むペースは他の人と何ら変わらない。
そんなことを思っていると先輩は、
「そんなことないって…コレ、歴史ものだろ?それにこの時代のことをある程度理解しとかないと何がなんだかわからなくなるし…。
俺も一回 読んでみたことあるけどさ、十分でギブだったぜ?」
「先輩は、歴史 苦手なんですね。」
「そうじゃないだろ!??
こんなん学校の授業で習わないし、第一マニアックすぎなんだよ、コレ!!!」
私は先輩の言うことがおかしくて、失礼だとは思ったけれど、笑ってしまった。
そんな私を見て、先輩は何を思ったのか。
私に向かって優しく微笑んだ。
いや、そんな気がしただけだ。
だって───ほら。
先輩はもうこちらを見ていない──のではなく、意地悪気な笑顔を浮かべて、
「そーゆーあんたは歴史だけは得意なんだろ?岡本美波さん?」
「………えっ?」
何故、先輩は私の名前を知っているのだろう。それに歴史が好きなことだって。
私が一方的に先輩を見ていただけで、先輩は私のことを知らないはずだ。
───まさか、私の視線に先輩が気づいていた?
いや、それはない。
だって、見ていたといっても、クラスどころか学年が違うのだから、常に見ているわけではないのだ。
あくまで見かけたときだけ。
ストーカーまがいのことは断じてしていない。断じて。
そんなことをグルグルと考えていたのが、顔に出ていたのだろう。
先輩はこらえきれなくなったようすで
「ははっ。クールそうなのに考えてることは全部顔に出るんだな。」
と言った。
私はちょっとムッとして
「それは先輩の勝手な印象でしょう?人は見かけで判断してはいけないんですよ。それより、何で先輩が私のこと知ってたのか気になります。」
とこたえた。
すると、ますます先輩は笑い出した。
「ヤベェ。ほんっとおもしろいな、岡本さん。」
「あの、だから どうして私の名前を…」
「ま、そんなのどーでもいいじゃん。続き、読むんだろ?」
「え、まぁ…。」
何だか先輩に丸めこまれてしまって肝心なことを聞きそびれてしまった。
もやもやしながらも本に意識を向けると、そのうち没頭してしまい、先輩に対して抱いていた疑問も忘れてしまった。
───それからだ。
先輩は毎日のようにやってきて
私に話しかけてくる。
それは、今日あった出来事とか とりとめのないことで、いつからか 先輩は私のことを名前呼びするようになった。
先輩といっしよに過ごす時間はとても安心できるもので。
自分でも気づかぬうちに先輩と過ごす時間を心のどこかで求めていたのかもしれない。
───それが、どんな想いだったのか自分でも気がつかなかった。
そんな なんてことない 平凡な日々を送っていたある日。
休み時間、教室で本を読んでいるとクラスメイトの話し声が聞こえてきた。
普段ならあまり気にしないのだが、そのときは何故だかその会話が気になったのだ。
「見てみて、あの先輩。ちょっとかっこよくない?」
「あのグラウンドの木の影にいる?」
「そうそう!背、高いし、何か雰囲気いーよ!」
「でも、あの先輩って彼女いるんでしょ?」
「え、嘘っ!!」
「演劇部の部長さんいるでしょ?あの人と付き合ってるんだってー。」
「えー、そうなんだ。てか、あれでしょ?
演劇部の部長さんってめっちゃかわいい人じゃなかったっけ?色素薄い感じの。」
「うん、そうそう。お似合いじゃない?」
「確かにー!!それじゃ仕方ないよねぇ。」
クラスメイトの話を聞いて、窓の外を見てみると、そこには見慣れた先輩の姿。
木の影にいて、こちらからはわかりにくいが確かにかっこよくみえる。
キラキラとした王子様のようなタイプのイケメンではない。
物静かで、でも 案外 話しやすくて面白い、そんな人。
さっきの話からして、そこそこの人気はあるのだろうということはわかった。
納得もした、のだが。
(何でだろう……。こんなに、悲しい気持ちになるのは………)
胸の奥が変な感じで、目から涙があふれそうになる。
思わず、くちびるをかみしめて涙をこぼさぬようたえた。
(ダメ、こんなところで泣いちゃ。ダメったらダメ…。)
自分にそう、言い聞かせながら。
───それから、私は図書室に行かなくなった。
否、行けなくなった。
先輩と顔を合わせたくなくて。
しかし、そうも言ってられない。
返却期限がせまった本があったのだ。
別に誰も図書室を利用していないのだから
多少 返却が遅れても 誰にも文句は言われない。
でも、だからと言ってずっと返さないわけにはいかないし、もう読んでしまった本だ。
さっさと返してしまった方がいいだろう。
しかし、先輩とは会いたくない。
あれから、図書室には行っていないが、廊下ですれ違ったり、度々先輩を見かけた。
だが、先輩の顔を正視できないのだ。
胸がドキドキして、でも、泣きそうになるくらい苦しくて。
先輩の顔を見ることができない。
───結局、本は終礼が終わった後 すぐに返しにいくことにした。
それなら、先輩だっていないだろう。
そう油断していたのが悪かったのだろうか。
無事、返却して“さぁ、帰ろう。”と思ったら前には先輩の姿。
思わず、逃げ出そうとしてしまったが、先輩が私の手首をつかんだことによりそれはかなわなくなった。
「…は、離してください。」
やばい。心臓がバクバクいってる。
それがどういう状態なのか 軽くパニックになっている美波には判断がつかない。
あのときから先輩の顔をちゃんと見れなくなっていたのだが、今はまた 違う意味で先輩を見ることが出来ない。
何だか怒っているような……。
「何で、来なくなった?」
「せ、先輩には かんけい、ないでしょう?」
普段の先輩からは想像もできないような低い声。
ただ、低いだけではない。
怒気がこもった、とでもいうのだろうか。
そんな先輩の声に私は震え上がる。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
混乱していてよくわからないが、この状況がよくないということだけはわかる。
「あの、先輩。は、離してください……」
先輩は応えない。
代わりに、図書室にある時計がカチコチと音を紡ぐだけだ。
それが一層この教室の静かさを引き立てた。
勿論、周りには誰もいない。
どうしようかと迷っていると
先輩は私の手を掴む力を少し緩めた。
何故なのかはわからない。
しかし、コレはチャンスだとばかりに先輩の手を振り払い、駆け出した。
「あっ、ちょっと!」
後ろで先輩の声が聞こえたが、気にせず走る。
───こんなときにいうのも何だが、うちの学校は一足制である。
しかも、珍しいことに図書室は校門のすぐそこ。
昇降口をつくるようなスペースがないから一足制なのかと思っていたが、何かあったらすぐ逃げ出せるようにするためだったのかもしれない。
そんなことを考えながら、あまりよくはない運動神経をフルに発揮させ、門を飛び出した。
必死に走って、曲がり角まで来たとき。
ここまで来ればもう大丈夫だろう。
そう思った瞬間に捕まった。
「こーら、美波。人の話は最後まで聞きなさい。」
先輩は息も切れ切れな私とは違い、余裕な表情で私を見下ろしていた。
そこに先ほどのような怒りはない。
先輩から逃げていたはずなのに、何故か先輩の今の声を聞いて、安心してしまった。
───矛盾している。
「まったく。やっと見つけて話を。と思ったのに逃げるんだもんなー、美波。」
「だ、だって それは先輩が…」
「俺が、何?」
「いや、その……」
あれ、自分でもわからない。
何で先輩から逃げていたんだろう。
そうだ。
クラスの女子たちが先輩のことを話していて、何故か先輩の顔を見ることができなくなったからで…。
「ま、いーや。で、何で俺を避けてたわけ?」
「え、えと…だから……。」
私としてはさっき質問された内容と全く同じことを意味する。
自分でも整理がついていないのに、答えられるわけがない。
───しかし、口は勝手に動いていた。
「そ、そんなことよりも先輩。彼女さんはいいんですか?私なんかよりも 彼女さんの方に会いにいったほうがいいのでは?」
言ってしまってから後悔した。
ここで、先輩が「そうだね。」なんて言って私の前から去ってしまったら。
先輩の方から話しかけてきて それはないだろうに、美波の頭の中にはもう それしかなかった。
しかし、先輩から返ってきたのは、
「……はっ?」
気の抜けるような一言。
「え、何で俺 “彼女います設定”になってるわけ?俺、何か言ったっけ?つか、まず 彼女なんかいねーよ?」
「えっ?だって演劇部の部長さんと付き合ってるって…」
「誰から聞いたのか知らねーけど。それ、誤解だから。てか あいつは ただの幼馴染。しかも あいつ、他に彼氏いるから。」
「ええっ?」
ダメだ。混乱している。
つまり、先輩に彼女はいなくて、でも 私が勘違いをしていて、一方的に先輩のことを避けていて、で、今 そんな先輩が私に向かって話をしているわけで…。
「ったく、これから告ろうとしてるってのに、告る側に彼女がいるとかなくね?」
「…………えっ?」
だめだ。
色々わけわかんなくなってきた。
先輩は何を言っているんだ。
しかし、そんな私に先輩は話し始める。
「だーかーらー。って美波ちゃんと聞こえてる?もしもーし?」
「き、聞こえてますよ。」
「よし、なら大丈夫だな。」
いや、大丈夫ではない。
混乱してます、先輩。
しかし、そんな心の声は先輩には届かない。
「俺は、美波が好きなんだ。あいつは関係ない。誤解して 避けてたってことはちょっとは脈アリって考えてもいいんだろ?
……岡本 美波さん。俺はあなたが好きです。付き合ってください。」
何がなんだかわからない。
でも、先輩の一生懸命な優しい声は私に心に響き渡って…。
「み、美波?」
私は自分でも気づかぬうちに泣いていた。
好きだったのだ。先輩のことが。
でも、彼女がいると知って、ショックを受けて。
それでも やっぱり 先輩のことが好きで。
───そして、今。
好きな先輩から告白されている。
しあわせだ。
私が泣いて、戸惑っている 先輩に精一杯笑みを浮かべて
「私も先輩のことが好きです。よろしくお願いします。」
そう言った。
先輩は私が今まで見たことがないとびきりの笑みを浮かべて
「ああ!」
そう一言。
運動部の大きな声がここまできこえてくる。
出会った頃から季節は2つ分通り過ぎた。
互いの体温で温めるかのように、抱きしめあっていた。