人魚はほんとうにヒトと魚の中間の生き物なのか?
人魚。上半身が人で、下半身が魚とされる、幻想上の生物。
ご存じの通り、人魚は世界各地の伝承やおとぎ話、童話、ファンタジーから現代モノに至るまで、さまざまなお話に登場しています。
人魚という呼び名ながら、西洋では海棲哺乳類のジュゴンが人魚のモデルになったと考えられているそうです。この説を聞いたときは「人魚なのに魚類じゃなく哺乳類なの?」と不思議に思ったものです。
まあ、これは言葉の違いもありますか。
日本語では読んで字のごとく「人魚」なので、魚という認識なのでしょう。しかし英語の "mermaid"、古くは "mermayde" という綴りだったそうですが、これは「海の乙女」を意味していて、単語としては魚成分は含まれていなかったりします。
昔は魚か動物かという区分はあいまいだったのもあるでしょう。しかし、分類するとしたらどっちなんでしょうか。
はたして、伝説の人魚の下半分は魚類なのか哺乳類なのか。はたまた、もっと別な種だったりするのでしょうか。
ここでは、人魚の形態についてあれこれ考えてみたいと思います。
※なお、正解なんてのは存在しないので、みなさんのお好きな解釈でよろしいかと。
〇尾ヒレ
魚類と海棲哺乳類の違いの一つに、尾ヒレの向きがあります。尾ヒレの形を見ることで、どちらなのかを判断する材料となりえるでしょう。
ここでは、頭から尾までの方向、つまり背骨が通っている方向を前後、背骨から胸郭や内臓への方向を上下とします。左右はどうなるかと言えば、人間なら背骨から肩にかけての方向、魚なら胸ビレへの方向ということになります。
魚類の場合、尾ヒレは上下方向に伸びていて、泳ぐときは左右に振ります。
ヒラメやカレイはどうなんだとなりますが、あれらは目の位置が片側に偏ってるだけで、背骨と内臓の位置関係を上下とすれば、尾は左右方向に動かしていることになります。ほんとに特殊なのはエイやタツノオトシゴあたりですかね。
一方、イルカやクジラなどの海棲哺乳類では、尾ヒレは横方向に出ていて、泳ぐときは上下に振ります。ちょうど人間がダイビング用の足ヒレを装着したときと同じような動きですね。
人魚を描いた映像作品では、ほとんどがイルカと同じく横方向のヒレとなっています。アニメやCGならともかく、実写で役者の足にスーツを被せるとなると、縦のヒレでは水中で動かせないでしょうしね。
また、人間の場合ではバタフライのように背骨を上下に動かす泳ぎ方はありますが、左右にくねらせる泳ぎ方というのは聞いたことがありません。クロールは上半身を背骨に沿ってねじりますが、横方向にくねるわけじゃないですしね。これは背骨の自由度や、胴体が横に平たい形なのも関係しているでしょう。
人魚が泳ぐ場合も、上半身が人間の形をしているなら上下に動かすほかなく、そうなると自然と下半身も上下に動かさざるを得ません。もし、上半身と下半身で動きが一致していなければ推進効率も悪いですし、絵的にもかなり奇怪な泳ぎ方になりそうです。人魚と聞いて思い浮かべるエレガントさは皆無ですねえ。
泳ぎ方で考えれば、横方向にくねる尾ヒレはありえないと断言していいでしょう。
わたしが知っている範囲では、魚類の尾ヒレとして描いているのは高橋留美子の人魚シリーズくらいでしょうか。このシリーズではあくまで魚という解釈なのか、上半身の背筋に沿って下半身の背びれが続いていて、末端に縦の尾ヒレがあります。
ただ、これもOVAシリーズになると、どうも泳ぎ方がシーンによって曖昧なようで判別つかないです。漫画じゃなくアニメだと動きが必要ですからねえ。アニメーターさんもきっと迷ったんじゃないかな~という気がします。
ちなみに、アンデルセンの故郷デンマークのコペンハーゲンには「人魚姫の像」というものがあるんですが、これは人間のように独立した二本の足がついていて、両足の膝から先がそれぞれ魚の縦ヒレになっています。Wikipediaの記述によりますと、作成者の彫刻家がモデルさんの女性の美しさを損ねたくなくて、ああいう形にしたんだそーですが……。
あの関節構造で、はたしてまともに泳げるんですかね。平泳ぎならなんとか可能かもしれませんが。
〇鱗
鱗の有無も、判別する上で重要になってくるでしょうか。
現生の哺乳類で鱗をもつのはセンザンコウという動物だけのようですね。アルマジロだと甲羅の分類で、鱗という感じではないですし。
一方、魚の中にも鱗のない種類はありますが、だいたいは鱗を持っています。なので、鱗があれば魚類の可能性は高い、と判定してもそう間違ってはいないと思われます。
あるいは、ウナギのように極めて細かい鱗が皮下に隠れている場合もあるかもしれませんが。ぬるぬるしたウナギ系人魚……あまりかわいらしくないよーな気も……。
映像作品では鱗の質感を強調している作品は多くはなさそうです。ディズニーの「リトル・マーメイド(1989)」では鱗がはっきりと描かれてますが、これの実写リメイク版では光沢こそあれど、鱗っぽさはなくなっています。
あとは前述の高橋留美子の人魚シリーズがはっきりと鱗を描いているくらいでしょうか。
そいえば、このシリーズでは人魚は喰ったり喰われたりしてましたっけ。
食えるかどうかという観点だと、キリスト教やユダヤ教あたりでは、海棲生物について鱗とヒレの有無で食っていいかダメかを決めてるんだそうで。(あちらの人がイカやタコがダメだったりするのはこれが理由なんだそうですが、これはまた宗派によっては祈祷の期間だけ可・不可が逆になったりすることもあるそうで、ややこしいですねえ)
そうすると、宗教的には人魚も鱗があったら食べて良くて、なかったら食べちゃダメとゆーことになるんでしょかね。
〇交配
下世話な話ですが、たとえ上半身が女性の姿であっても。交配は下半身の形態に依存しますよね……?
魚類はほとんどが体外受精ということは、つまり、体の外に卵を出してからナニかを振り掛けないといけないわけで。
卵生のためにやたら兄弟姉妹が多かったりすると、絵面としては少々ゲンナリしそうです。
当然ながら、上半身についてるおっぱいも偽物ということになります。男を引き寄せるための、擬態の一種として発達したんでしょかね。
お話の中で合体する描写、あるいはそれをほのめかす描写があるか否かが、哺乳類か魚類かの分かれ目になりそうです。
……あ、いやしかし、人魚姫では王子様に近づくために足を生やしたわけで、それはつまり極論すれば交配目当てとも言えるわけで、判断材料としてはちょっと弱いですかね。
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さて、ここまでは魚類か哺乳類かという観点で述べてきました。
しかしながら、尾ヒレをもつ動物は魚類や哺乳類だけではありません。もう少し、正気度が底をつきそうなくらいまで想像の範囲を広げて、いろんな組み合わせのパターンをアリ/ナシ含めて考えてみましょう。
〇両生類説
「人魚の下半身は魚じゃなく、オタマジャクシだったんだよ!!」
「ナ、ナンダッテー!?」
斬新かもしれません。
カエルの幼生であるところのオタマジャクシは、魚と同じく上下に伸びた尾ヒレを左右に振る系統です。
そういう系統なので、大人になったら尻尾が消えて、代わりに尻尾の付け根の両側から足がニョキっと生えてくるのです。両生類ですから、陸に上がってもおかしくないですね。
……と、するとですよ? 海の魔女が人魚姫に渡した薬は「成長促進剤」だった可能性も浮上してくるのです。
泡となって消えてしまったのは、無理な成長によって細胞組織が崩壊してしまったため、だったりして。王子関係なくなっちゃいますね。
あるいは、オオサンショウウオの人魚姫だとか、人魚姫のお話が途中からロシア民話の『蛙の王女』の話にすり替わってたりとか、いろいろ派生系のお話が作れそう? ……いや、それはお話としてどうなんだろう。ダメな気がしてきた。
〇爬虫類説
上半身が人間で、下半身が爬虫類。
この辺になると、もはや人魚というよりは、もっと広範な半人半獣の括りになってしまいますか。なにせ、古代から半人半獣のイメージというのは非常にポピュラーですから、パターンも豊富です。
ラミアやナーガなどがこれに該当するでしょうか。これらは沼地など、水辺にいるかもしれませんが、水棲と言えるかは微妙なところ。
爬虫類というと恐竜やドラゴンなどもありえるでしょうか。下半身が魚竜のモササウルスとか。
動きではどうでしょう。
ワニは魚と同様に、泳ぐときは尻尾を左右に振ります。ウミヘビなども体を左右にくねらせて泳ぎますし、ヘビが陸上で移動するときも左右にくねらせるので、爬虫類では左右の動きが基本になるんでしょかね。
ただ、爬虫類の尻尾はあんまり尾ヒレという感じはないですね。胴体から尻尾の先端にかけて先細りになっているものが多く、魚の尾ヒレのように末端が広がる形というのはいないみたいです。一部のワニがいくらか縦に細い尻尾をもっているくらいでしょうか。
それらを考えると、人魚=爬虫類説はちょっと微妙かなー、という気がします。
〇甲殻類説
下半身がエビの尻尾。
細かい脚がわさわさと蠢いていて、繁殖期ともなればおびただしい数の小さな卵を下半身でびっしりと抱えます。
……いや、もうそれクリーチャーですよね。いかに上半身が美女であっても、いやむしろ美女だからこそギャップが強烈かもしれません。
泳ぎは速いかも? ただし後退に限ってかもしれませんが。
そして、上半身ではシャコのごとく、衝撃波を発するほどの強烈なパンチを繰り出す人魚姫。最強種になりそうです。
クモ類を甲殻類の遠い親戚だとするならば、アラクネもこの範疇に入るでしょうか。断じて人魚とは認められませんが。
〇頭足類説
頭足類。イカやタコといった軟体生物で、貝の親戚です。
スキュラあたりは上半身が女性で下半身がタコ足として描かれることが多いみたいですね。元ネタであるギリシャ神話だと、タコの足ではなく複数の犬が生えてるらしいですが。
クトゥルー神話系のスプラッタホラー映画「ダゴン」では、両足がそれぞれ太い触手になってるお嬢様が出てきたりします。
まあ、この辺はまだ人間の想像が及ぶ範囲ではあります。というか、神話時代からあるイメージなので、割とありがちなネタなのでしょう。
しかし、ありふれた発想で思考を止めてしまうのも芸がありません。常識に捉われず、もう少し別なパターンを考えてみましょう。
イカって、ヒレが頭についてますよね……?
ならば、イカの頭部が下半身についていてもいいのではあるまいかっ!? きっと、腰の左右についた大きな目玉がチャームポイントになります。
……もはや自分でも何を言っているのかわからなくなってきましたが。ソレを人魚と呼べるのかはわかりませんが、形態としては成立しうるのではないでしょうか。
あるいはひょっとすると、人間の形をしている上半身が、じつはクリオネのバッカルコーンのごとく触手の擬態だったりとか。
うっかり漁師が近づいてくると、上半身がバカッと割れて触手と化し、シュルシュルと伸ばして犠牲者を絡めとって、バリバリと貪る人魚……。紛うことなきホラーですね。物体Xか。
○クラゲ説
腰から下にクラゲの笠があって、そこから触手が伸びている形、なんていうのはどうでしょう? スカートのように笠をゆるやかにふわふわさせて漂っていると、絵的にはけっこう綺麗かもしれません。まあ、触手は強烈な毒を持ってたりするのですが。
人魚のイメージからはズレてしまいますが、これはこれでアリのよーな気も。
〇合成キメラ説
人為的な外科手術、あるいは神がかりや魔法だとかいった自然を超越した手段によって、後天的に異種生物を結合させたもの。
SFであれば、遺伝子操作の結果というパターンもありますかね。
まあ、このパターンだと何でもアリになってしまって、その生物の分類というところではいささか面白みに欠けてしまいそうです。
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そんなこんなで、いろんな生物との混合パターンも想像してきてみましたが、いかがだったでしょうか。
人魚と呼ばれているからといって、人と魚の中間とは限らない。すべてを疑え。というお話でした……?
〔了〕
お読みいただきありがとうございます。