帰り道
駅まで送ってくれると言う蜂鳥さんと共に事務所を出て、あまり人通りのない道を歩き出す。
早く家にかえって風呂に入るんだ、明日が土曜日でよかった制服クリーニングに出そう。
私はぼろぼろに疲れているのに蜂鳥さんは元気そうだ。
やはり常にこれくらいのハードな仕事なのだろうか。
『さっちゃんのお家は駅から近いの?お家まで送っていこうか?』
「いえ、駅から2.3分なので大丈夫です。それに見知らぬ男性が送ってきたりしたら父親が失神します」
『わお!怖いわああ♪』
今日初めて会ったばかりなのに一日一緒に仕事をしていたせいかすごく気安く会話が続く。
何の違和感もなく幼女声で会話しているが、たまに人とすれ違う時などは黙るところをみると一般的な常識はあるらしい。
しかし…
「蜂取さん」
『なぁに?』
「私と話すの嫌なんですか?」
『は? 今 の今まで会話していた相手に何を言ってるのさっちゃん』
言わんととしていることがわかっているのに、あえてすっとぼける気満々な様子だった。
「声を聞かせてください」
『…い や!』
「最初の電話、蜂取さんだったんですよね?」
『あれは兄貴だってば…』
「嘘です。私の声フェチ度をなめないでください」
『あ…アハ。声フェチねー』
「すっごい好みの声なんです」
『私じゃないってば…』
ジトリと本体をにらむが、本体は意地でも目線を合わせようとしない。
数分無言でいると耐えかねたのか蜂鳥さんは幼女の声で小さく歌いだした。
なんだっけ、あのでっかいダンゴ虫みたいなのが襲ってくるアニメのテーマソング。
少し哀愁漂う、小さな女の子が歌ってる歌。
「…すっごい音はずれてますね、びっくりします」
『もうちょっと言葉を選んでくれてもいいと思うううう』
幼女がしくしく泣き真似をしている。
「最初の電話で一回別の人に電話を変わりましたよね、それも蜂鳥さんですよね?」
『姉さんじゃない?』
「声が全然違いました。…女性に代わったって私言いました?」
蜂鳥さんは幼女の声だけでなくどんな声でも出せる。
地声で電話に出たが私の様子がおかしいので声を変えたのだろう。
『迂闊な事言っちゃったわ…』
心なしか幼女の声が少し低く、落ち着いて聞こえる。
それだけでなぜか心が騒ぐ。
この季節、夜は少しだけ寒いからだろうか。
足元の影がのびる。
あたり前だが幼女の影はなくて、それがなんだか不思議でなんどもチラリチラリと隣を伺う。
低くも高くもないくらいの身長に少し痩せ気味の体型。
やや猫背で俯きがち。
兄である蜂取夏貴氏はとてつもなく整った今時の容姿だったが、彼は特徴のない目鼻だちをしていて印象に残りにくい。
まあ別に見た目なんてどうでもいいのだ。
声が好きだ。
文句無く直球ストライクで好きだ。
たとえ見た目が蛍光ピンクの粘液流動体だったとしてもこの声だったら家で飼える。
『さっちゃん、なんかすごくヒドイこと考えてなぁい?表情が悪代官みたいになってるわよ?』
「そんなことないですよ、スライムの餌について考えてただけですよ」
『どうして?!どうして私の方を見ながらそんな表情でスライムの餌について考えてるの?!』
「地声で喋ってくれたら言います」
『やだー気になるーひどいー』
「あ、もう駅ですありがとうございました」
高校の通学路途中駅なので定期圏内だ。
そう大きな駅でもないので駅の入り口すぐに改札がある。
通勤通学の時間帯からかなりずれているからか利用客もなく閑散としている。
定期をタッチし駅構内に入りもう一度挨拶しようと振り返ると、蜂鳥さんは唇の端を少しだけ上げ微笑んだ。
微笑んだ?!
「え」
「おつかれま、さやかちゃん」
蜂鳥さん本体の口が動き、声が出る。
聞き間違えようの無い完璧な理想の声色。
たった一言だけで心臓をわしづかみにされたようになるこの苦しさ。
よほど私はすさまじい形相をしていたのだろう。
蜂鳥さんは笑いをかみ殺すような表情をした後、右手をひらりと振って改札から離れて行った。
幸いな事にちょうどきた電車の音で、私の激しい歓喜のおたけびは住宅街に響くことなくかき消えた。
「絶対に、絶対に次はボイスレコーダーを持参する…!」
私は強く決意し、ニヤニヤする口元を腕で隠しながら電車に乗り込んだ。
もうすぐ春だ。
空気がほんのり桜色に染まる季節だ。
きっと新しい素敵なことがおこる、そんな夢みたいなことを本気で信じてしまいそうな季節がはじまる。
とりあえず出会い編終了
シリーズをまとめてみた
https://ncode.syosetu.com/s0029h/
2025/01/05
つづき
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