敵襲と出会い
…私の予想は大体あたっていたらしい。
とある町の商店街と最近出来たスーパーは折り合いが悪いらしく、頻繁にいさかいがあったらしい。しかし、なんということかスーパーの店長の息子と商店街会長の娘がかけおちしてしまいその行方をお互い聞き出そうとしているとか。
「お互い聞き出すってどうういうことですか?」
「会長の娘の小春ちゃんが急にいなくなっちまったんだ。だからスーパーの店長がどら息子と一緒にどっかに匿ってるんじゃねえかって話になってな」
「向こうはこっちが匿ってるんじゃないかって言ってきやがって!」
八百屋おてんととなんだか不気味なタコみたいな着ぐるみがそう答える。
着ぐるみはどうやら商店街のゆるきゃららしい。
「小春ううううぅ!きっと今頃あのどら息子に監禁されてるんだあああ」
ゆるきゃらがタコの足をゆさゆさしながら怒りくるっている。どうやらこのタコが商店街会長らしい。声の感じからして60代のようだ。
こんな不毛な江戸時代のロミジュリみたいな連中にかまっている暇はないので、とりあえずさっさと誤解を解かねばならない。
「あの…私はそのスーパーとはまったく関係がない人間なので、失礼します」
「まてまてまて、その怪しげなケースはなんだ?」
「違うというなら中身を見せてちょうだい」
迫る商店街の人々。
しかしこれは警察に見られたらやばい代物らしいし、きっとあまり見せたりしないほうが…
とか考えてるうちにトングをカチカチさせていたおそらくパン屋さんらしい女性のトングが閃き、カチンと金属音を響かせアタッシュケースが開かれた。
「うわっ何を勝手に!」
アタッシュケースの中には人形が入っていた。
人形といっても精巧なビスクドールとかではなく、幼稚園とかで先生が手にはめて人形劇で使うみたいなパペットだ。茶色いおかっぱ頭に赤いリボン、赤いワンピースを着ている。柔らかな布が張られたアタッシュケースの中に埋もれるように寝かされている。
「お人形だわ…」
魚屋の鯛帽子さんがつぶやいたその時
ばしゃっ と水風船がはじけるような音とともに私のすぐ横にいたゼ○シイ持ったおじいさんの顔面が蛍光ピンクに染まった。
「敵襲!敵襲!!」
「あけぼの書店がやられた!!」
「散れ散れ!!逃げるぞ!!」
唐突に商店街の面々が動き出した。
てか何?!ペイント弾?!敵襲?!
なんだかわからないがとにかくこの場から離れよう。
アタッシュケースをひっつかみ、拉致されたのでどっちが駅だかはわからないがとにかく…
びゅっと耳元をなにかがかすめていった。
「え…なんで私も標的にされてるの?!」
どう見ても私は一般人なのに!
「ハアハア嬢ちゃん、わしらと一緒に走り出したからじゃないかねぇゼエゼエ」
すぐ横を併走していたタコの着ぐるみを着た商店街会長が苦しそうに言ってくる。走り出したばかりなのにこの息切れ。どう考えてもサバゲーに不向きな格好をしているからだと思うが、商店街の面々はみな自分の職業をやや主張していたのできっとまあなにかそういうもんなのだろう。
「巻き添えもいいとこだ…」
そうこうしているうちに商店街メンバーは追っ手を巻くために散り散りになっていく。しかし何人いるか知らないが敵は私とタコの会長をターゲットに選んだらしく、しつこく背後からペイント弾が降ってきた。
「なんで!一緒の方向に!くるんですか会長さん!」
「ゼハゼハだ、だって一人になるのが不安だし!君の走るスピードとわしのスピードが同じ位だったからつい…」
「失礼な!タコの着ぐるみと一緒にしないでほしいです!てかこんな場所で勝手にサバゲーしてペント弾使っていいんですか?」
そんなこと気にしている場合ではないのだが、つい気になってしまう。
「ハアハアここはスーパーアオン店長の私有地らしい…周りに何もないので普段は来ることもないとかハアッハッ。ペイント弾は天然着色料で数十分で色が消える特殊インクを使っ…」
と、草に足をとられたのかタコが…いやタコの着ぐるみを着た会長がすこっろぶ。
「あわわっ!お嬢ちゃん!ワシの事は」
「はい!わかってます、会長の死は無駄にしません!では!!」
「待って待ってーそんな事言わずに助けてー!」
「そんなこと!できません!」
当たり前のように見捨てようとしたら、なんと盾にされそうになった。まじか、なんてろくでもない大人!
なんてことを言ってる間にも容赦ないペイント弾が迫ってくる。こんなことならレインコート着てくるべきだった!特殊インクだから消えるとか言ってたけど本当なのかと。目の前で「うわああああ」とか言ってタコが蛍光ピンクに染まっていく。
と、突然タコ会長とは別の絶叫が響き、それとともにペイント弾が止んだ。
前方の草むらから迷彩服の上にエプロンをつけた男性が転がり出てきながら「とってえええ!取ってくれええ!」と叫んでいる。
「お?スーパーアオンの惣菜売り場担当じゃないか。」
ペイント弾が当たってしまったら退場らしく、逃げることなくタコ会長は着ぐるみを脱ぎながらエプロン迷彩服を見に行った。
と、その後ろからふらりと20代くらいの軽装の男性が現れ、無言で近寄ってきた。
「え」
そしてそのまま私の腕を取り、ずんずんどこかに引きずるように連れて行かれてしまう。今日は私の意志とは関係なく連れ回される日なんだとどこかあきらめに似たものを感じながら、とりあえず「だれですか何ですかどこにいくんですかああああ…」と力なく呟いてみる。
しばらく進んだところで男性が足を止めた。そして無言で私のアタッシュケースを見つめている。20代前半くらいだろうか、もっと若いかもしれない。気配が希薄で特徴のない顔をしている。グレーのパーカーに色褪せたデニム、小さめのボディバッグ。高くも低くもない身長。
「あ、え?もしかしてあなたが蜂鳥千秋さんですか?」
駅で待ち合わせだったのに私がいないから探しに来てくれたのだろうか?
「…」
しかし蜂鳥さんと思わしき人物は口を開かない。
ふと、そういえばこの人があの電話の声の人なのではと思い出しとたん
『…あけてええええ あけてえええ ここから出してええええ』
どこからかくぐもった幼女の声が聞こえる。
「え?え?」
きょろきょろあたりを見回すが幼女は見当たらない。
『…鞄を鞄をあけてえええ』
「へ?!」
私は思わず自分が持っているアタッシュケースを見た。
いやいや、この中にはお人形がいるだけだ。
「そんな まさか」
蜂鳥さん(仮)を見るが彼は無言、無表情。
じっとアタッシュケースを見つめている。
とにかくとりあえず確認しなければとケースを開くとそこにはやはり先程見たお人形が収まっている。赤いワンピースの女の子のパペット。
『やっと開けてくれたわね!』
が喋った。
いや、喋ってはいない。口は動いていない。動揺し頭がまっしろになる。
そんな私を尻目に、蜂鳥さん(仮)がおもむろに人形に手を伸ばし、あたりまえのように左手に装着した。