面接と事務所の愉快な仲間達
面接をしてくれたのは会社の代表だという蜂鳥茜さん。
女性にしては少しハスキーな声だが電話の声ではない。
おそらく30代後半から40代前半くらいの年齢でぱっと見派手な印象なのだが、だからといって「凄い美人」というわけでもない顔立ち。大きめの口にくっきりした口紅。ゆるくウェーブした髪は渋栗色。
事務所内には彼女以外にもうひとり人間がいたが、90歳くらいの田中茂蔵さんというらしい男性(近所に住んでいて定年退職して暇だから小遣い稼ぎに働いてるらしい)しかいない。茂蔵さんとは軽く挨拶をしたのだが、やはり電話の声の主ではなかった。
(ちょっと呂律がまわっていないがなかなか渋くてそれでいて可愛らしい声だった)
面接とは名ばかりだったらしく、すぐにいつから来られるかなどの話になった。
また、とりあえず面接の日は高校の制服を着ていったのだが
「次からはもっとラフでいいからね。そう、三日間携帯電話の通じない陸の孤島のゲリラ戦に参戦できるような格好だと望ましいわ」
と仰ったのでそれはどういう意味ですかと質問したのだがにっこり黙殺された。
私はもしかしたら仕事内容を見誤っていたかもしれない。
『高校生以上(卒業見込可)初心者歓迎・簡単な事務所雑用』
『週3日~OK・時間帯要相談』
たしかにぼんやりとした書き方だが、普通に考えて掃除や買出しや簡単な入力作業を想像するだろう。というかそのつもりだった。事務所内を見回してもゲリラ戦を企画してそうな雰囲気はない。
教室くらいの広さの部屋にキャビネットがいくつかあり、机椅子やコピー機。いわゆるオフィスっぽい感じだ。
「面接に来てもらってすぐでわるんだけど、今から少し時間ある?」
「あ、はい大丈夫です」
不安なのでいまさらやっぱりちょっと止めときますとか小心者の私に言えるわけもなく(それに声の主にも会っていない)応じると、どこかに電話をしはじめた。
「実はある場所まで届けてもらいたいものがあって」
よかった、どうやら普通のおつかいのようだ。
数分後、事務所にアタッシュケースを持った男性が入ってきた。
異様に見た目がいい。
なんかやたらキラッキラしてる。
あまりくわしくないのでよくわからないが、芸能人ですっていわれたらそうかあって思う。
おそらく20代後半から30代前半くらいだろうか、細身のスーツをモデルのように着こなしている。
「これは私の夫、この人もうちの事務所で働いてるから」
「はじめまして、蜂鳥夏樹です。これからよろしく」
社長に紹介された男性はにこりと微笑みながら挨拶してくれる。
美声。
これは結構いい線いっている。
渋すぎず幼すぎず、聞き取りやすくすっきりと響く。
ただ…
「ちょっと甘さがくどい…」
「え?」
やばい、口に出ていた。
「っつ、なんでもありません。村西さやかです。よろしくお願いします」
あわててごまかし頭をさげる。
…電話の声ではないと思う。
確かに似ている気はするし電話越しなのではっきりと断言はできないが、私の魂がシャウトしていないのでおそらく違う。
「ウチの事務所はほぼ家族経営だから苗字がみんな同じで呼びにくいでしょう?良かったら私のことは茜さんとか社長とかボスでいいからね」
ボス…なんかかっこいいが日常で使い慣れていないので「わかりました社長」と答えたらなんか残念そうな顔をされた。
「僕も好きに呼んでくれていいよ。茜との共通の友人にはカオダケとかロクデナシとかヒモとか呼ばれてるよ」
それただの悪口。
「はあ…では夏樹さんと呼ばせていただきます」
その流れで田中茂蔵さんも「わしのことはシゲでもハゲでもボケでも好きに呼んでな」と言われたので「わかりました田中さん」と答えておいた。
「さて、届けてもらいたいのはこのケースなんだけど、場所がちょっと遠いの」
そう言って社長は夏樹さんから受けとったアタッシュケースを机に置いた。40cm×30cm×15cmくらいの丈夫そうなケースだ。
「ここで君とおなじくバイトしているうちの弟がコレを忘れて行っちゃってね。本当なら僕が持っていくはずだったんだけど、ちょっとこれから妻を車で送っていくことになってしまって」
初日に申し訳ないと夏樹さんがキラキラした笑顔で言った。
「ちなみに茂蔵さんはこの建物とご自宅を往復する以外になるとまったく道がわからなくなって、すでに警察のブラックリストに入っているのでお願いできないのよ」
茂蔵さんが「えへへ ボケ老人だもん」とか後ろで言ってる。
「場所はどのあたりでしょうか?あと、お届けする方に会ったことがないので…」
そういうと、行き先の駅名を告げられた。まったく聞き覚えがない。
とりあえずスマホで乗り換え案内検索をしてみると、意外にも1時間ちょっとの場所のようだ。
「秋君…夏樹の弟で蜂鳥千秋っていうんだけど、村西さんのことを履歴書の写真で見てるから行けば向こうがわかると思うわ。秋君はそうね」
社長がうーんと考え夏樹さんを指差しながら
「秋君は夏樹の顔のパーツを微妙に劣化させて軽く数人で踏み潰してからきれいにアイロンをかけてもう一度天日干ししたアジの干物みたいな感じよ」
「え 最後に人間からアジの干物になっちゃってません?」
とりあえず兄弟そろってキラキラではないらしい。
ひどい言われようだが。
「千秋は器用貧乏でいろいろできるからすごく頼れるよ。僕は容姿に全フリだから仕事のことを聞かれてもまったくわからないからね」
夏樹さんはあいかわらずキラキラした笑顔でのたまう。
どうやら自分の長所は見た目だけだとてらいなく言える人種のようだ。会ったことはないけどその千秋さんにすでに同情を禁じえない。
「こちらの職場ではその弟さん以外に働いていらっしゃる方はいるんですか?」
「いいえ、わが社は私と夫、茂蔵さん以外にはバイトの秋くんとあなたで全員よ」
「こじんまりしたアットホームさがうりなんだ」
それを聞いて私は受け取ったアタッシュケースを握る手に力をこめる。
これは…ついにあの声に会える!!
一瞬電話に出た女性がいないような気もしたが、わざわざ聞くほどでもないので黙っておく。
「ちなみにこのケースには何が入っているんですか?」
何の気なしに質問してみたのだが、なぜか社長も夏樹さんも笑顔で言葉を濁すばかりだ。
「とくになんてことないものだよ」
「え ええ。そんなに重くないでしょ?」
「ただ、万が一警察に職務質問されそうになったら全力で逃げて」