いまどきネット応募じゃなくて電話応募とか
本当は漫画にしたかったが根気がなかったのでプロットに色をつけて投稿してみた。
「はい、お電話ありがとうございます。ハミングバード相談事務所です」
電話に出た相手の第一声を聞いて、私は絶句した。
「あのもしもし?ハミングバード相談事務所ですが」
私の沈黙が長かったからか、相手は丁寧にもゆっくりと言い直してくれた。
言い直すまでもなく彼の声は明瞭で少しも聞き取りづらいところなどないし、私は何度も番号を確かめてから電話したのでそこに繋がるのは少しもおかしなことではない。
「もしもし?」
電話越しに相手が少し不信がりだしたので私は大きく息を吐き呼吸を整えてから口を開いた。
「めっちゃ声が好み!!」
違う、間違えた。
こんな突拍子もないせりふを言うつもりはなかった。まぎれもない本音だがさすがに唐突すぎる。
「っつ、失礼しました。アルバイトに応募させていただこうと思いお電話しました。村西さやかと申します。」
「え?ああ、バイトへ応募の方ですか」
相手は少し戸惑ったようだがなんとか理解してくれた。私だったらこんな第一声の応募者は門前払いするだろう。
おっと、勘違いしてもらっては困る。
本来の私は冷静そのもの、むしろ落ち着きすぎているとさえ評される人間だ。実際今だって電話の横には募集広告がのった雑誌と面接時間を記入できるようにとメモ用紙、ボールペンも二本。それだけでなく、ちゃんと話せるようにセリフ集まで書いたノートを広げて電話しているのだ。
(そのノートの一番最初には「お忙しいところ申し訳御座いません。私「バイトでドン」の募集を見てお電話しております村西さやかというものですが…」と細かく書いてある)
しかし、こともあろうに第一印象を決定付ける応募電話の第一声でやらかしてしまった。
「ご応募ありがとうございます。失礼ですが学生さんですか?ご年齢を伺ってもよろしいですか?」
電話の相手は私のぶざまな様子を緊張していると好意的にとってくれたらしく、すこし笑みを含んだ声で本当ならば私から伝えなければいけない事項を尋ねてくれた。
しかしやめてほしい。
そんな優しい声をださないでほしい。
しかし声は続く。
「バイトのご経験は…」
我慢の限界だ。
「すみません。ちょっと『某は戦わねばならぬのだ!』とか言ってみてくれませんか?」
「…は?」
いやだってホント、この人もう滅茶苦茶「かっこいい声」だ。なにその魅惑の王子様ボイス?!声だけで惚れそうだ。いやむしろ声しかいらない。容姿を見て幻滅なんてしたくない。容姿は妄想するから声だけあててくれ。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫です!至って正常です。でもあなたの声は異常に素敵ですね。いやほんと「僕は新世界の神になる」って言ってみ…」
「すみません、ちょっとお電話代わりますね、お待ちください」
はっと、我にかえった時には優雅なメヌエットト長調が流れていた。
まずい。やらかした…。
しかしここまで好みど真ん中な声にお目にかかれる(いや見てはいないが)なんてきっと二度とない。
たしかに私は人よりも少しだけ「声」に対して執着心があるといえなくはない。声優も聞けば大概わかるし、好きなアナウンサーの声はチェックしているし、人の顔を覚えるより声で覚えているタイプの人間だ。だから断言する。
この声は運命だ。
「お電話代わりました」
保留音が途切れ事務的な口調の女性が電話に出た。
「あ、ええと。」
私は急速に冷えてきた頭で懸命にセリフを読み上げる。
「お忙しいところ申し訳ございません。私、雑誌のバイト募集広告を見てお電話さしあげました、村西さやかと申します」
すると電話越しに女性が何か驚いたような様子であったが私は先刻の失態を返上しようと必死だったので気にしている余裕はない。
「御社でアルバイトをさせていただきたいのですが、面接などの詳細を伺ってもよろしいでしょうか?」
だんだん本来の調子が戻ってきて、私は少女にしては少し低めの、でも落ち着いた印象を持たれる声色で続けた。
「私は現在都立日比野高校に在籍しておりますが、先月自己推薦で大学が決まりましたので、4月からは早穂田大学の法学部に進学する予定です。アルバイトは郵便局で新年の年賀状仕分けを2年ほど経験しましたが、接客経験はありません。」
「…ずいぶん優秀なんですね」
電話越しの女性が事務的ながら少し驚いた様子である。
確かにそれなりに名の知れた進学校なので私もわざわざ名前を出したのだ。反応があって少しうれしい。
「テストでいい点をとるのが得意なんです。趣味でもあります」
そう謙虚に、いや自虐的に答えると
「…いいご趣味ですね」
と応えてくれた。
もしかしたらこの女性とは話が合うかもしれない。
履歴書送付についてと面接の日時を決め電話を切る。なかなか好感触。
これで最初のアレさえなかったらと悔やまれるが、まあ今更どうすることもできないし、それよりも面接の時にまたあの声が聞けるかもしれないと思うとちょっと乙女心が騒ぐのだった。
「はい、ではお待ちしております。失礼いたします」
そう、事務的な女性の声色で電話を終えると、彼は軽く嘆息する。
面接時間等をメモした用紙を手に立ち上がると、階下で嫌な音がした。
数分後事務所のドアが乱暴に開く。
「誰かいる?!あ 秋くん!今一人か…まあいいやちょっときてー!」
少しかすれ気味の声をした30代後半の女性が、ドアから顔を半分だけ出して叫んでいる。美人というほどでもないが、顔の造作のハッキリした気の強そうな女性だ。
「義姉さん、また車庫入れ失敗したんですか?」