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夢の下積み

作者: 仁羽 孝彦

俺、鏑木(かぶらぎ)は同じサークルのメンバと一緒に居酒屋で飲んでいた。飲み会の参加者は村田と泉と氷川(ひかわ)と俺の4人。全員大学四年生だ。俺たちの所属するサークルは資格試験を目指すサークルで、俺たち4人は国家資格の取得を目指して頑張る同志。4人揃って将来の夢について語ることもしばしばあった。まぁもっとも……。


「テメェ!会計士の何が偉いってんだ!どうせ金だろ!金が儲かるから選んだってだけだろ!正義もへったくれもねえ!この守銭奴が!」

「はぁ?自称正義をふりかざしておきながら危ない方々の弁護も引き受ける頭がいいだけの弁護士さんにだけは言われたくないんですけどぉ?正義を語るんだったら、その辺の身内の方々にまず正義を説いてみては〜?」


村田と泉は酒が入ると犬猿の仲になり、結構面倒くさくなる。

 村田は弁護士を目指していてなぜだか公認会計士を目の(かたき)にしており、泉は公認会計士を目指していてなぜだか弁護士を目の敵にしている。理由は分からん。山よりも深く、海よりも険しい理由があるのだろう。

 ……。しまった。酔って逆のことを言ってしまった。


「おいおい2人ともいい加減にしろって。2人ともまだ試験も通ってないんだから」


俺はコップに入れられたビールをちびちびと飲みながら2人を宥める。


「くっ。鏑木先生に言われると言い返せねえ」

「さすが会計士試験も司法試験もダブルで合格をもらった奴の言葉重みは違う」


俺はこの中で唯一資格試験に突破している。それも会計士試験と司法試験の両方。会計士試験は一年生の時に取得し、弁護士試験は予備試験を二年生の時に、司法試験を三年生のときに合格した。ただ、それぞれ資格を正式に受け取るためには何年かの実務経験が必要になるから、まだ資格は持っていない。


「いやいや。先生と呼ばれるのはまだ何年も先だよ」


ちなみに先ほどから一切会話に入ってこない氷川は絵文字にするとさっきからずっとこんな顔をしてテーブルでぽややんとしてる。


(゜∀。)アヒャ


いや、マジでこんな顔……。


「鏑木はさぁ、卒業したらどっちで研修を受けんの?会計士?弁護士?」


会計士の場合2年以上の業務補助と3年以上の実務補修を監査法人とかで受ける必要がある。弁護士の場合、司法修習を行政が指定した裁判所で受ける必要がある。どちらも同時にってわけにはいかないから、どちらかを選ぶ必要があるのだけれども……。


「そうだね……。この間戸部先生が声をかけてくれてね、こっちの事務所はいつでも入れそうだから、先に司法修習の方を済ませようかなって思う」


戸部先生は公認会計士で、俺たちのサークルの先輩。先輩と言っても大先輩で今年で六十七歳になる人だ。こう言葉にしてみると、うちのサークルは相当長い歴史を持ってるなと改めて実感する。


「それってつまり最終的には会計士になるってことだよな?な!!!?」

「馬鹿野郎!最初に司法修習受けるんだから弁護士になるに決まってる!すぐに弁護士稼業にはまって会計士のことなんか忘れちまうさ!」


また二人で言い合いが始まった。この二人、飲みの場だといつも隙見て言い合ってるな。相性がいいんだか悪いんだか……。


「そうだなぁ……。医学部行って医師免許取るのも悪くなさそうだなぁ……。いや、冗談だから、そんな顔するなって」


村田も泉もまるで絶望と驚愕(きょうがく)とあと何か信じられないものでもみるかのような表情をまぜこぜにしながら、顔を真っ青にさせて俺の顔を(のぞ)いていた。


「こいつなら……。とりかねん。というか医学部受験にまず突破しかねん……」

「てか、三大資格全部取る気かよ……」


いや、だから冗談だって言うとるのに。

 ちなみに氷川はまだこんな顔をしている。


(゜∀。)アヒャ


いや、マジで。


「くぅ……。なんで俺らの同期にこんな奴がいるんだ……」

「近くにいるだけで自信が無くしてしまう……」

「いやいや。俺でも受かるんだから、二人だってちゃんと受かるよ」

「ふざけんじゃねえ!会計士試験を大学一年生で取っちまうやつと同じにするんじゃねえ!!!」

「しかもすぐに弁護士資格に乗り換えて一年もしないうちに予備試(よびし)受かるようなやつの何が「俺でも」だ!喧嘩売ってんのか?ああ!!!?」


フォローしたつもりだったけれども、かえって怒らせてしまったらしい。

 仕方ないじゃん。受かっちゃったんだから。

 居酒屋でのドタバタは二人の酔いが回って潰れる寸前になるまで続けられた。会計を済ませ、店を出ると、村田も泉も支え合うように肩を組んで、フラフラとしていた。


「じゃあ、俺らは二軒目行くわ〜〜〜」

「おめ〜ら、気をつけろよ〜〜〜?帰り道にゲロゲロゲ〜〜〜すんなよ〜〜〜?」


いや、お前らの方が気をつけろよ。

 二人はそのまま夜の街へと千鳥足で消えていった。


「村田も泉も来月短答試験だろ……?あんなんで大丈夫か……?」


二人が消えていった先をついつい冷ややかな目で見てしまった。


「まあいいや。俺たちも帰ろうぜ」


まだその場に残っていた氷川に声をかける。氷川は返事をするでもなく、頷くでもなく、黙って俺の後ろについてきた。


(゜∀。)アヒャ


こんな顔をしながら。


「おまえ、今日一日何も喋んなかったな。つまんなかったか?」


ぽややんとした様子の氷川は何も答えない。その様子に思わずため息を吐いてしまう。こいつはこいつでよく分からんやつだ。まあ、いつものことだけども。


「そういえば噂で聞いたけどよ。大学院行くって本当か?何かの国試(こくし)受けないの?」


氷川のやつは一年生の頃から一緒にサークルに属していたが、将来の夢も語らない奴で、結局会計士になるのか弁護士になるのかそれ以外の道も考えているのか分からないやつだった。成績が良く、勉強とかも時々教えてもらっているので、俺たちの輪の中に入っているが、そうでなかったらこの関係も続かなかった気がする。

 氷川から返事はなかった。まあ、どうせかえってこないと思ってダメ元で聞いたんだ。期待はしていない。相変わらずこいつの顔は、


(゜∀。)アヒャ


こんなんだし。いや、マジで。

 溜息を吐き、氷川に背を向けて先に進む。


「米国公認会計士受けるつもりなんだよね。そのためにアメリカの大学院で会計士のコースに留学するつもり」


 突然口を開くものだから思わず後ろを振り返ってしまった。今日初めてこいつの声を聞いた気がする。うん、記憶が正しければ、こいつ会った時から一度も喋ってないはずだ。


「発展途上国の中小企業の経営のお手伝いをしたいんだ。でも、先立つものが何もないとお荷物にしかならないでしょ?だから、米国公認会計士の資格を取って、アメリカ向けの取引のお手伝いをしようかなって。国際方面の法律の需要はどこの国にもあるだろうから、それならお荷物にならないかなって。まあ、試験は簡単そうなんだけど、その後競争が激しいみたいだからさ、色々と揉まれて干されて潰されないかなって心配なんだけど、うまくそこを乗り切って、10年くらい修行を積んで、日本に帰ってきて、海外に支部を持つような企業とか団体に入って、アフリカか……、まあ治安面で心配だからインドとか東南アジアのどっかの国になるかもだけど、そういった国に暮らして、現地の人々の暮らしについて学んで、そういった下積みをやってからその国に会計事務所を立ち上げようかなって思う。色々と実務期間を積まなきゃいけないから、早くても四十代後半がやっとかもしれないけどね」


喋っている内容があまりにもカッコよくて、感動してしまった。


「おまえ、結構色々と考えてたんだな」

「みんなも同じだよ。一生懸命考えて悩んでイラついてそれでも夢を捨てられなくてがむしゃらになって勉強したり将来のこと考えたりしてるの伝わる。みんな真剣に考えてるから僕たち一緒にいられるんだよ」


きっと俺たちの中で一番凄くて、一番カッコいいのは氷川なんだと気づいた。俺は一生こいつには勝てない気がする。


(゜∀。)アヒャ


まあ、この顔で話されるものだから、色々と台無しになっている気もするんだけど……。いや、マジでこんな顔だから。

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