9.誓い
用語です
皐月賞
3歳馬しか出走できないクラシックレースにおける最初のGI。
「最も速い馬が勝つ」と言われており、他のレースである「菊花賞」や「日本ダービー」よりもスピードが重視される傾向にある。
ターフに着いた俺たちは、早速走れる準備を整え、騎手の林を鞍上に乗せた。
「どうですか、重くないですか?」
騎手は俺に優しく問いかける。
「ああ、問題ないさ。それより早く走りたいな」
「それは失礼しました。ではどうぞ」
俺は勢いよく走り出した。初めて本物の騎手を乗せて感じたのが、圧倒的な走りやすさだった。
姿勢や騎乗方法はもちろんのこと、手綱の握り方や指示の出し方まで全てが完璧だった。特に感心したのは、コーナリングの上手さだ。
普通、競走馬及び人間がコーナーを曲がる時、減速するのがセオリーだ。減速しなければ、勢いを落とせず、中途半端なコーナリングとなり、大回りをする羽目になる。だが、林の辞書には、減速をするという文字はなかった。
林は、コーナーを曲がるその前に、加速しながら外を回る。その後、一気に内を駆け抜ける。これをすることによって、「減速」の逆、「加速」というアドバンテージを取ることができる。これが林を「天才騎手」と呼ばせる理由か、と感心した。
「ここで1800。皐月賞なら最終直線です。ここで後続を切りますよ!」
「了解だ!」
俺は最後の力を振り絞り、スパートをかけた。風を切って、前の馬をごぼう抜きしていく。普段、先頭では味わえない、素晴らしい体験だった。
(やはりこの馬、只者ではないですね。僕の作戦を、数秒で理解するだけでなく、それを実行するだけのスタミナもある。三冠をとるんじゃあないか?)
「よっしゃぁ!」
初めて2000mをレース形式で走り抜けた。疲労も少し感じるが、前回の1600よりも全然体が軽かった。俺は改めて騎手に感謝をした。
「いえいえ、こちからこそ貴重な経験をさせて頂きました。ありがとうございます」
「おいおい、めちゃくちゃ速ぇじゃねえか!これなら俺なんか居なくとも大丈夫そうだな」
レースが終わった俺の周りに、おじさん2人が駆けてきた。2人とも表現が難しい程の満面の笑みだ。俺は嬉しい気持ちを抑え、2人に言った。
「ま、問題ないさ。これなら日々の調教も簡単に乗り越えられるからな。それに俺は、レースに勝たなきゃいけない理由がある」
「ん?それはなんだ?」
調教師が上げた口角を戻し聞いてきた。
「俺が走る理由はな、おっちゃんを楽にする事なんだ。俺が手に入れた賞金は、殆どがおっちゃんの手元に行くだろ。その賞金で、俺の可能性を信じてくれたおっちゃんに、その目は間違いないって、伝えたいんだ。そして、おっちゃんの借金を……」
そこまで言ったところで、おっちゃんは俺を静止させた。
「さてと、暗い話はお終いだ。俺はそろそろ帰るから、あとは任せたぞ。俺はお前の腕にかけたんだからな。剛ちゃん」
調教師は何かを察し、無言で頷いた。
「じゃ、俺はこれで失礼するからよ。じゃあな」
そういうとおっちゃんは俺たちに背を向けたまま、戦場を去った。その頬に涙が垂れていたのを、俺は見逃さなかった。その涙が嬉し涙なのか、悲し涙なのか、悔し涙なのか。それは分からなかった。
だけど、その涙が俺の気持ちをより強いものにしたことに違いはなかった。心の中で、今はもう見えないおっちゃんに、こう叫んだ。
「俺は絶対負けないからな! 頂点を取るまで!」
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