8.登場!永遠の相棒!
用語でございます
坂路
文字通り坂道のこと。パワーやスタミナ、スピードなど全体的に能力を上げることができる
寒さに震えること数分、剛さんが事務室から出てきた。俺とおっちゃんはようやく安堵した。
「ごめんごめん、ちょっと騎手との交渉に手間取ってね。後90分くらいしたら騎手が来ると思うから、先にこの美穂トレセンを案内しよう。着いてきて」
そういうと調教師は敷地内の奥へと進んで行った。俺たちは足取り軽く着いて言った。
「ここが坂路調教コース! 全長1200m、高低差18mの超巨大コースだ!」
「うぉー! スゲー!」
「ここが馬場だ。芝、ダート、ウッドチップetc……」
「こんなんうちにはないぞ!」
「ここが厩舎。君は西地区だな」
「うちと比べ物にならないほど綺麗だな」
「それを言うなや」
驚きの連続だった。ここにある全てが今までに見た事が無いものだ。これらを初めて見た時、正直俺は少し困惑と悲しみの気持ちがあった。おっちゃんや厩務員と共に過ごしたあの牧場はもうない。そう思うと、少しホームシック気味になった。
だが、それはすぐに希望へと変わった。これから始まる新しい生活、新しいライバルを想像すると、胸が熱くなる。競走馬になってからというもの、こんな経験ばっかりだ。俺はとてつもなく嬉しい。だって、今を本気で生きれているんだからな!
「ん、電話か……あ、わかった。すぐ行く」
「どったの剛ちゃん」
「お待ちかねの騎手の到着ですよ」
調教師の言葉を聞いて、俺は舞い上がった。どんな騎手なのか?もしかしたらG1勝利数第1位の稲尾一志か?それともシンジストライプの元主戦騎手の馬原勉か?俺達は騎手の待つ場へ向かった。
「あ、僕の名前は林勇って言います。今後ともよろしく」
見ない顔だな。それが第一印象だった。俺はほぼ毎日競馬を見ていたが、こんな騎手見たことがない。時代が流れた影響なのか?もしかして俺が古いのか?
もう一度騎手を見てみる。かなり華奢で、身長が小さい。パッと見中学生とも見て取れる。また、かなり端正な顔立ちをしている。かなり人気が出そうだが、俺が知らないということはやはり、仔馬時代にデビューした騎手だということか。
「こちら、昨年デビューしたばかりの初々しさと、天才的な騎乗が売りの林勇さんです」
「よしてくださいよ東海さん」
彼の表情は俺に強い印象を与えた。普通、五十くらいのおっさん(見た目は完全に20代)に褒められたら、少し照れた顔をするか、謙遜の表情を見せる。
だが、彼は顔色を全く変えなかった。頬ひとつも、鼻ひとつも赤らめ無かった。ポーカーフェイスというのにも程がある。若者でここまで堂々としているのは中々に珍しい。そのポーカーフェイスが俺に火をつけた。何とかしてこいつを脅かしたい。そう思って、俺は今まで閉ざしていた口を開けた。
「俺は青空慎二。元35歳のニートで、現在は転生して馬やってる。よろしくな」
「…なるほど、科学がどうとか幽霊がどうとかよく言いますけど、実際に体験するのは初めてですね。だが、人並みの知能を持っているとなると、それは大きな武器になる。先程映像を見させていただきました。こんなにいい馬に乗せていただき、ありがたい」
一同驚愕ッ!とてつもない対応力ッ!おっさん2人は彼に対しての敗北感ッ!自分よりも若いものが自分を超える精神力を持っていたことによる圧倒的な敗北感ッ!
一方の俺! 先輩の面目丸潰れッ!今まで馬には1度も負ける気はしなかった。だが、馬になって初めての敗北を味わったのは、同じ馬ではなく人間ッ!圧倒的驚愕ッ!
おっと、いけない。少し取り乱してしまったな。とりあえず会話を返さないと。
「そ、それじゃあ調教にでも行こうか。乗り心地とかも確かめて欲しいしな」
「そうしましょうか。行きましょうお二人方」
ここでおっさん2人はようやく正気を取り戻した。あいつ、ただもんじゃねぇ。彼らの心にはそう深く刻まれた。
彼らが過ぎ去った後には、桜の花弁が舞踊っていた。まるで、雄王の門出を祝うかのように。
まるで、生命の灯火を燃やす、猛き者達のように。
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PS これから追い込みに入りますので(何がとは言えませんが)、更新が不定期になる場合がございます。なるべく更新したいとは思いますが、日にちによっては出来ないかもしれません。申し訳ございません。