最終回 それぞれの未来へ
「はぁ……はぁ……待て!」
「!?」
馬運車に向かう通路の途中、低く重苦しい男の声がした。俺は声の方向に目を向ける。そこに居たのは、レイワカエサルの馬主であり、巨悪エクリプスグループの会長、安藤だった。
「お前……何しにここに来た!」
「決まってんだろ……この勝負、なかったことにさせてもらう!」
「な、なんだって……!?」
俺は困惑と怒りの混じった声をあげる。魂の勝負に勝ったのに、それをなしだと?ふざけんな!
「ここにある契約書、実はお前んちのジジイにコピーを取らせなかったんだよ! つまりここでこいつを燃やせば、借金チャラなんて契約は無かったことになる……だから! この勝負はノーカンだ!ノーカン! ノーカン!」
「ふ、ふざけやがって……」
林と俺は憤怒の目で安藤を睨みつける。だが、どうすることも出来ない。くそ、俺が人間だったら……無理にでも突っ込んで突破するのに……! ここで林に突っ込ませる訳にはいかない。彼のキャリアに傷が着く……
「じゃあな! お前の足掻きなんか、無駄だったんだよォ!」
そう言って、ライターに手をつけようとした、その時……
「もうやめろよ、会長」
「誰だ!」
どこかで聞いた、若い命を感じる声。暗闇から現れたのはアカガミリュウオーと、その主戦騎手、葛城だった。
「お前……どうして! リュウオーはエクリプス所属の競走馬のはず……その主戦であるお前が……なんで!」
林の必死の問いかけに、葛城はフッと笑う。それはいつぞやの、俺がマスゴミに嵌められた時のような爽やかさであった。
「お前らがレースしてる時、俺らに熱い気持ちが流れ込んで来たんだ。それでさ、カエサルに負けてた俺らの心によ、火が点った。俺はまた、お前に救われたんだ。だからよ、今度は俺が助ける番ってわけ!」
「葛城……」
後ろで林のすすり泣く音が聞こえる。極度の緊張状態から緩和されたからかな。
「おいお前、こんな事してタダで済むとでも……」
「ああ済むさ。今からお前を、逮捕するからよ!」
「な、何!?」
安藤が驚愕した。
「俺の父ちゃん、警察のすげー人なんだ。そこで、個人的にお前を捜査してたら……出るわ出るわ黒い証拠が! てことで、警察はもう呼んであるし、エクリプスグループの後任も用意してるから……」
「刑務所、行こっか♪」
「く、く、くそぉぉぉぉぉ!」
安藤は悔しさに溢れた悲鳴をあげながら、警官に連れ去られて行った。
「ふぅ、これで一段落!」
葛城は満足そうに笑う。
「すまねぇ……迷惑、かけたな……」
林は申し訳なさそうに言った。それを見た葛城は、再び笑みを浮かべた。
「なに、お前が今まで俺にくれた事に比べりゃあ、ちっぽけなもんだ。感謝、してるんだぜ。それと、リュウオーがシンジに言いたいことがあるってよ」
「お、俺か」
俺は今までずっと黙っていたリュウオーの方に顔を向ける。リュウオーは少し間を空けた後、ゆっくりと話し始めた。
「我は少しだけ、弱い我を産んでしまった。そんな我に炎を灯したのは、紛れもないお前、シンジスカイブルーだ。ライバルとして、友として、最大限の礼を尽くそう。感謝だ」
そう言ってリュウオーは深深と頭を下げた。参ったな……俺はこういうの慣れてないんだ。そんな俺の心理を読み取ったのか、葛城が空白に飛び込んだ。
「さ、これから打ち上げだ! もちろん俺たちも呼んでくれるんだろ?クソ美味いジンジャーエール期待しとるで!」
「我は高級ニンジン」
彼らはそう言い残すと、疾風のように去っていってしまった。俺らは少しぽかんとした表情で、互いに見つめあった。いや、スピード感よ。
「ふふ、あいつらしいや」
林がくすりと笑った。
「ああ、ほんとにな」
目の前では言えなかったけどよ、リュウオー、葛城。お前らの想いがなかったら負けてたかもしれねぇ。
サンキューな。
俺たちのそんな心は、北風に紛れて消えていった。
――
「それじゃあ、シンジの勝利と――」
「関係者一同の益々の発展をお祈りして――」
「かんぱーーーーい!」
おっちゃんと調教師の音頭で、一斉にグラスの乾いた音が鳴り響く。ナイトやリュウオー、パケットを初めとしたこれまでのライバル達と、その調教師や騎手を集めてのどんちゃん騒ぎ! 舞台はここ静岡の青空牧場。競走馬達は取り寄せた最高にんじんで、おじさん達はビールを片手に、これまでの苦労を労いあった。
「俺、ここに呼んでもらって良かったのだろうか……」
コガネが心配そうに呟く。それを聞いて、俺は自然にフォローした。
「いいって事よ! 俺の勝利はお前のお陰でもあるしな! それに、お前だって昔は飲み会、好きだったろ? 今日は無礼講だ! はっちゃけていくぞ!」
「お、おう!」
そこからはもう凄かった。俺ら転生組の人間界話、競走馬組の牧場生活、馬の恋愛事情etc……いろんな話題が、にんじんとともに胃袋へと吸い込まれていった。
――
「シンジ、これからお前はどうするんだ?」
与太話が一段落した頃、コガネが来年の事について話し出した。
「俺は……とりあえず国内の中距離GI狙いかな」
「僕も! シンジくんに勝ちたいからね!」
「俺も当分はそうかな〜」
パケット、ナイトが俺の言葉に同調した。やっぱりまずは国内だよな。
「我は海外も見据えている。海外しか会えない強敵、ライバル――胸が踊るだろう?」
「ほえー、海外か!」
さすが元やり手社長のリュウオー。グローバルな視点だな。
「みんな、多種多様なんだな。俺も、来年はマイルGIに出てみようと思うんだが……」
「お、いいじゃねぇか! 挑戦は大事だぜ!」
「そうだね! 僕だって、みんなにあった時は負けないよー!」
「やるか、ナイト。我も受けて立つぞ!」
「はは、俺も負けてらんねーな!」
若武者たちの声は、おじさん達の声に紛れて、暗い夜空へと消えていった。
――
「ん……朝か」
目に、暁の暖かな光が舞い込んできた。それと同時に、俺は少しの寒さを感じる。そうか、あのまま寝落ちしちゃってたんだな。それはみんな同じらしい。ご丁寧に毛布なんかかけられちゃって、気持ちよく眠っている奴ら多数だ。特に、おじさん組はノックアウト。
「やはり起きているか」
どこからか、リュウオーの声がした。起きてるヤツら、俺だけじゃなかったんだな。
「みんな、やる事は同じだね」
この声はコガネだ。馬は人より早起きと言うからな。疲れていようが、この時間に起きるのは不思議じゃない。
「ま、俺もいるんですけどね」
「同じく俺もー」
「俺もいます」
なんだ、騎手のお前らも起きてたのかよ。人馬一体、ってやつ?ま、話せるのはいいけどよ。
「ふふ……こうして並んで話すのも、いいものだな」
リュウオーは達観したような声で言った。うん、わかるぜ。なんかいいよな。戦友と迎える朝みたいでよ。
「こうしてゆっくりと話せるのも、なかなか無いからな。な、リュウオー」
全くだ、とリュウオーは頷いた。振り返ってみると、走ってばっかだったもんな、俺ら。
「こうして、綺麗な朝焼けを見るのも、また一興、ですね」
林がおぼろげな表情で声をこぼした。その横顔も、美しい。映える男だ。
「この朝焼けも、いつか青空になって、夕焼けが来て、そして夜になる……今回のカエサルのように、俺らが日の目を浴びるのも、わずかかもしれないな」
「そう考えると怖いな……」
コガネの主戦騎手、渡辺が俺の言葉に本音を漏らした。
「でも、夜が来るというとこは、夜明けが来るということ」
林が静かな声で答えた。
「ああ。いくら俺らの時代が、記録が、想いが塗り替えられようと、また塗り返せばいいだけ。俺はこの身が尽きるまで、青空を目指して走り続けてやるぜ!」
「お、シンジさん、今のちょっとかっこよかったんじゃないですか?」
「う、うるせぇな!」
林の言葉に、俺は少しムキになって答える。6人の笑い声が、空高く響いた。
「ま、俺らは走り続けるだけだからよ! そーゆー運命なんだ。いつか来る最後の一瞬まで、走り尽くしてやるぞ!」
「「「「「「おーーー!!!」」」」」」
その声は、美しく、雄大で、そして優しい。そんな空へと突き抜けていった。
葦毛の雄王 完
約2年にも及ぶ長期連載、ここで完結です。学業で失踪しながらも、待ってくださっていた皆様。この小説に少しでも興味を持って、閲覧してくれた皆様。本当に、ありがとうございました!
これでシンジの物語は幕引きです。もし面白いと思ってくださったら、評価ブクマよろしくお願いします!
読者の皆様に、多大なる感謝を込めて。
令和五年三月十日大城時雨




