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葦毛の雄王〜転生の優駿達〜  作者: 大城 時雨
クライマックス 勝利の鼓動
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74.覚悟の一閃

「やるんだね、1号! 遂に……!」


俺の心を読み取った2号が俺に問う。ああ……そうだ!


「勝負は今……ここで決める!」


俺はほんの少しだけ、目を閉じる。今までの日々を思い出すために――




昔の俺は、どうしようもないゴミクズだった。何かひとつに熱中するのは得意だが、それ以外はてんでダメ。そして、快楽にはとことん溺れやすい性格。無計画に馬券を買っては外し、せっかく稼いだ金も酒とタバコとギャンブルに消える……そんなだから、製薬会社が潰れた時、何も出来なかった。ただ、無責任にスプリングスターさんの馬券を買って、人生を委ねる事しか出来なかった。


それが今はどうだ。こんな俺を支えてくれる仲間がいて、コーチがいて、相棒がいて。あの時の俺とは比べ物にならないほど成長した。でも、俺がこんなに成長出来たのも、ひとえにおっちゃんのおかげだ。自分だってお金が無いのに、無理して俺を助けてくれた。俺に道を示してくれた。おっちゃんは俺にとっての光だ。


なら、助けるしか、ねぇよな。


勝ちたい。ただひたすらに。勝ちへの欲求が抑えられない。


俺は、いや、俺たちは、勝つんだ。


「心の標準を……勝ちへの執着だけに合わせて!」


「目の前の勝利をただひたすらに……渇望するんだ!」


俺たちが互いに「勝ち」を思った瞬間、再びあの電流が流れるようなイメージを感じた。これだ、これが正解だ。


「2号! 行くぞ! 俺らの勝ちへの思いを!」


「全ての走りに乗せて、解き放つ!」


俺は、今にも暴れだしそうな、熱せられた心をを解放して叫んだ。


「これが、勝ちを求め続けた優駿だけが繰り出せる奥義……『全身全霊(ビヨンド・ザ・ホライズン)』だぁぁぁぁぁ!」


瞬間、俺の隣にいたはずの2号が、消えた。それと同時に、高揚感のような、闘争心のような感情が、頭の中で一斉に湧き上がる。脚を動かしたくてたまらない。前にいるあいつを抜かさなきゃ気が済まない。そんな感覚にさせられた。


俺は心の行くままに、敵将目掛けて駆け出した。


「なんと! シンジスカイブルーが更に加速してきた! インコーナー加速は終わってしまったが、そこから根性で更に加速した! これならレイワカエサルに届くかもしれない!」


筋肉が張り、脚がうずく。俺を前に連れていけと。俺に勝ちを味わわせろと。この気持ちは、俺の中に入り込んだ2号のものだ。俺1人の『勝ちたい』という思いだけじゃなく、2号の野性的な要素も加わった事で、今までのどんな走法よりも身体が動きやすい。これが俺の『本当の力』……!


「く、くくく! 俺についてくるか! やはりその力は本物だな! ニートだからと侮っていたが……シンジスカイブルー! お前は俺が求めていた『ラスボス』そのものだ! せめてラストランくらい、楽しませてくれよ!」


カエサルは不快に笑いながら言った。何がラスボスだよ。俺にとっては、いや、ここにいるみんなにとってはお前がラスボスじゃ。いいぜ、楽しませてやるよ。その腐った笑顔、ぶっ壊れるほどにな!


「さぁ残す所は最後の直線330mのみ! コガネスターロードは1馬身、シンジスカイブルーは½馬身差!中山特有の短い直線、間に合うかどうか!」


俺は手を緩めず加速し続ける。レイワカエサル、確かにお前は強えよ。負ける可能性も十分にある。でもなぁ、勝てるか勝てないかじゃない。勝つんだよ。俺はお前に、勝つ必要がある。


「残り250mで遂に並んだ! シンジスカイブルーそのまま抜け出すか!」


「な、なんだと……!? なんでお前が、俺の隣にいるんだよ! チートだ、チート! 俺は神様に『最強の競走馬』にしてもらったんだぞ!俺が負けるなんて、ありえない!」


あいつが横で醜くほざく。いい気味だ。


「でもよぉ、神様なんか頼ってるからいけねぇんじゃねぇのか?」


「何を……?」


俺の問いかけに、カエサルは食い気味で乗ってきた。ふふ、引っかかったな。そのままペースを乱して自爆しろ!


「俺は転生してからと言うもの、必死に努力してきた。でも、お前は才能にかまけて一切努力しなかった。そうだろ? それが俺と、いや、俺らとお前の差だよ」


「く、クソ野郎がぁぁぁ! 待てぇぇぇ! シンジスカイブルぅぅぅ!」


「待てと言われて待つやつがいるか! 俺はお前を乗り越えて、先に言ってやる!」


俺は前を向き、レイワカエサルの1歩前へ向かって走る。


「抜けたぁぁぁぁぁ! レイワカエサル、あのダービー以来、古馬になってから初めて直線で前に敵を作りました! 無敗伝説を終わらせるのはこの男、シンジスカイブルーだぁぁぁ!」


来た、遂に来た! 俺はカエサルを置き去りに、ゴールへ向かって一直線に進んでいく。


後は、ゴール板を駆け抜けるだけだ。




(あ、あれ……おかしいな。身体が、重たい……)


異変に気づいたのはラスト200m、1ハロンを残した時だった。明らかに、脚の回転が落ちた。それだけじゃない。さっきまでの闘争本能……野性的な感情が、さっぱりと俺から抜け落ちてしまった。でも、『全身全霊(ビヨンド・ザ・ホライズン)』が切れるには速すぎる……まだ1.5秒くらいしか経ってないだろう!


「い、1号……」


俺の隣で2号の悲しそうな声が聞こえた。まずい、やっぱり切れてしまったんだ。


「おおっとぉぉぉ! シンジスカイブルー、いきなり急減速! それを尻目にレイワカエサル、つけられた差をあっという間に埋めてしまった!」


「そうそう、君にはこれがあったぁ! 時間制限が!」


絶望した俺の顔を見て、ゴミ野郎は意地悪く笑った。


「あー、焦って損したー! よかったよかった!……ふぅ、だいぶ楽しかったよ。でも、俺が負けるのは楽しくない。だから、じゃあね」


あいつは俺を煽るだけ煽り散らして、何事もなかったかのように前方へと消えていった。


「うわぁぁぁぁぁ! シンジスカイブルーが、抜かされてしまったぁぁぁぁ! 葦毛の雄王も、皇帝の脚には届かなかったぁぁぁぁ! 最後の最後も、こいつに持ってかれてしまったぁぁぁ!」


「俺は……負けるのか……?」


心臓の鼓動がとてつもないスピードで鳴り響く。あいつに負けたら、おっちゃんは……おっちゃんは……!


俺は別にどうなってもいい。だが、おっちゃんだけは救わなきゃいけなかった。俺が死のうが、何されようが、おっちゃんだけは……


「結局俺はまた……何も出来なかった……馬生を賭けた目標も、覚悟も、全部台無しだ……」


俺の心は、深い深い闇に落ちた。俺は、無力だ。ごめん、コガネ。おっちゃん。みんな……




「シンジさん! 何諦めてんだよ!」

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