68.覚醒の兆し、見えた?
ウマ娘に合わせ、本格競馬小説、復活!
次の日、俺はまた朝早く起きた。絶対に負けられない戦いが、待っているから。練習あるのみだ。
「シンジさーん、行きましょー!」
林の明るい声が響き渡る。この光景も、もはや懐かしい。
「おっし、行こうぜー!」
俺たちは駆け足でターフへと向かった。
初めは今までのブランクを克服するために、軽めの調教を行った。やはりタイムは落ちている。が、それはものの数日で元のタイムへと戻った。なんせ、1週間やらなかっただけだからな。それぐらいの休み、海外遠征の帰りなんかでは普通にある。だが……
「くっそー! タイムがあがんねー!」
そう、レイワカエサルに勝つためには、今のままでは駄目なのだ。あの強者、アカガミリュウオーさえ倒し、GI8勝をあげた化け物に勝つためには。
「もしかしたらシンジの肉体は、強化され尽くしちまったのかもな……」
調教師が困り顔で言った。おいおい、そりゃあねぇぜ。
「それじゃあ……俺はレイワカエサルに勝てねぇって事かよ!? 」
「それだけは絶対に回避しないといけない…… シンジ! 何か思いつかないか!? 全てが未知数なお前の事は、お前自身が1番わかってるだろうからな!」
調教師は必死の表情で俺に迫る。そんな方法あるのなら、とっくにやってるよ。でも、それを見つけなきゃカエサルには勝てないもんな……
「あ、あいつなら何か知ってるかもしれない!」
そうだ、思いついた。あいつなら……
「おお! 何か思いついたのか!」
調教師はニカッと顔を晴らして俺を見つめる。そうそう、この顔が見たかったのよ! 俺は得意げになってこう言った。
「唯一俺を負かした『コガネスターロード』! あいつに聞けばいいんだ!調教師! 何とかしてあいつに会わせてくれ!」
「お、おう! 任せろ!」
調教師は笑顔のまま、建物へと向かって走っていった。ふふ、こりゃあ楽しくなりそうだ!
 
――
「ふん……この俺に何のようだ。貴重な時間を縫ってるんだ。くだらんことだったら、タダじゃおかないぞ」
俺の目の前で、金色のたてがみをたなびかせる馬――コガネスターロードがそう言った。調教師が使える全てのツテを使って、何とか数十分だけ、合同調教としてセッティングしてくれたのだ。ありがたい。さて、せっかく会えたのだから、聞ける事、盗める事は全て吸収してやるぞ。
「……次の有馬記念。俺は絶対『レイワカエサル』に勝たなきゃいけない。でもこのままでは……多分勝てないだろう。だから! あの菊花賞でお前が見せたあの走り、あれを教えて欲しいんだ! 頼む……俺に……力をくれ!」
  
俺は全身全霊でコガネに頼み込む。お前の力が必要なんだ。
「……」
コガネは黙ったままだ。そんな……ダメだったか……
「……ふん。協力してやる」
「!?」
コガネは少し笑いながらそう言った。やった、やったぞ! もうダメかと思ったけど……これなら……勝てるかもしれない! カエサルに! 救えるかもしれない!おっちゃんを!
「ついてこい。 レースの時間だ」
「おう!」
俺たちはターフへ向かって歩き出した。
――
「ふん……3戦3勝……完璧な勝利だな」
「はぁ……はぁ……く、くそ……全然追いつけねぇ……」
コガネの脚は、更に異次元な存在へとなっていた。全く勝てない。勝てる希望すら見えない。未勝利の馬がGI馬に挑むかのような、圧倒的な力の差を、俺は感じた。
「肉体的な能力では、お前の方が上だろう。だが、俺はお前に勝てる。何故だと思う?」
「……技術?」
「違う」
「……思い?」
「似てるけど違う。簡単だよ、お前が勝てない理由は」
くっそ、わかんねぇ。どうしてフィジカルで勝ってて、スキルでも差があまりないのに負けんだよ。どういう事だ? 俺がそんな事を思っていると、コガネはフッと笑ってこう言った。
「俺とお前の違いは『もう1人の自分』を活かせているかどうかだろうな」
「もう1人の俺……」
それって、2号の事だよな。
「もう1人の自分……それは俺たちの『野生』的な部分を司る。『馬』としての本能と言っても過言じゃない。俺たち『人間』の頭脳と信念、それに馬の本能が合わさることで、初めて俺たち転生馬は『競走馬』として普通の状態となる。その『本能』の部分が、お前は欠けているんだ。力を出し切れず走っていると言っても過言じゃない」
コガネの説明は、どこかで聞いた事のあるものだった。……菊花賞の時か! 俺がコガネに負けた時、あいつは罵声を浴びながらも、俺の弱い所を教えてくれた。もう既に、答えは得ていたのだ。悲しみに押し流され、忘れていただけで……
「その力を出し切るためには……もう1人の自分と対話をし、分かりあって『1つになる』事が不可欠。多分、今のお前は『自分』と『もう1人の自分』の2人の意識があるはずだ。その意識が統合され、1つとなる――それがお前の『完成系』だ」
コガネは気迫のこもった声でそう説明してくれた。2号と対話する……今までも、十分話してきたつもりだったが……まだ足りないのか?
「確かに難しい事だ。だが、俺はお前ならやれると信じている。菊花賞の時も言ったが、お前は俺が見てきた中で1番強い。有馬、一泡吹かせてやろうぜ」
コガネは熱い、男の目で言った。その目は俺やリュウオーが時折見せる『勝負師の目』と同じだった。
「ああ、絶対勝とうぜ」
俺たちは蹄を互いに合わせ、勝利を誓った。
「でも、なんでお前は有馬でぶつかる俺に、こんな親切に教えてくれたんだ? 本来、ライバルに知恵を与えるのは自殺行為だろう?」
俺は今まで疑問に思っていた事を聞いてみた。コガネに聞く方法は難しいと思っていたのも、この疑問があったからだ。
「俺はどうしても、レイワカエサルに勝ちたかったんだ。いや、俺が勝たなくてもいい。俺と同じ『転生馬』がレイワカエサルを討つ――それだけを目的に、走ってきた」
『自分と同じ転生馬が勝つ』だと? なんで、そんな事が理由になるのだろう。レイワカエサルと俺たちに、どんな因果関係があるのだろう? そもそも、レイワカエサルとは何なのだろう? 俺の中に、多くの疑問符が浮かんできた。多分コガネは、何か、俺たちに関する重要な情報を握っているに違いない。
俺は、自分自身について知りたくなって質問した。
「どうして転生馬がレイワカエサルに勝って欲しいんだ?」
コガネは一瞬動きを止め、こっちはじっと見た。やばいこと聞いちゃったかな。そんな事思ったのもつかの間、コガネは少し目を歪ませ、いつもの鼻笑いをした。
「そうか……お前はまだ知らないんだったな。いいぜ、教えてやるよ」
コガネは神妙な面持ちで語った。
「レイワカエサルはな、俺らを競走馬に転生させた張本人なんだよ」
 




