62.朝日杯セントライト記念
「はぁ、はぁ、まさかこれ程シンジさんが強くなっていたなんて……!」
俺からかなり遅れて、アースガルドはゴールした。その差は10馬身ほどだったろうか。とてつもない大差だったことは確実だった。
「シンジさん……これは、凄いですよ!凄すぎます!この調子なら菊花賞なんて楽勝じゃないですか!」
林が俺の頭をバシバシ叩きながら言った。少し鬱陶しかったが、俺はスルーして喜んだ。林の喜びようも納得する、えげつない速さだったからな。
「うん...これは俺が見てきたどのシンジをも圧倒するスピードだ……まさに「伝説級」と言っても差し支えない」
調教師もそう俺を称えた。長年馬を見てきた調教師が言うのだから間違いない。
「よぉーし、じゃあまずは、セントライト記念をチャチャッと勝っちゃいますか!」
「「おう!」」
俺たち3人は拳を合わせた。全てはレースの勝利の為に。
――
「 さぁ、今年もこの季節がやって来ました。トライアルレース、朝日杯セントライト記念。菊花賞出場への切符を賭けて、若き優駿たちが走ります。ここで、出馬表を確認してみましょう」
番 馬名 騎手
1サカガミアトム 13.9倍(5人気)栄
2ニホンスターマン 8.1倍(3人気)赤鬼
3アースガルド6.8倍(2人気)葛林
4シンジスカイブルー1.4倍(1人気)林
5ファストトラベル12.5倍(4人気)川口
6キボクラ60.6倍(9人気)芝家
7レッドドラゲナイ130.9倍(11人気)野澤
8ケンタヨミテロ215.3倍(12人気)竜島
9セトウチナルト26.5倍(6人気)御手洗
10ハオウノイチゲキ34.8倍(7人気)バッハ
11ピースフルバスター98.8倍(10人気)小林
12ブルーノート47.6倍(8人気)マーズ
「野村さん、これを見る限りだと、シンジスカイブルー1強のように見えるのですが……」
「ええ、その認識であっていますよ。唯一対抗出来そうだと思うのは、2、3番人気の2頭、アースガルドとニホンスターマンでしょう。アースガルドは夏の条件戦などを勝ち上がり、見事OP馬となった期待の新星です。ニホンスターマンはダービー6着とプリンシパルS勝利の実績があります。彼らが唯一、シンジに土をつけられる可能性がある馬です。まぁ、今回は素直にシンジの勝ちでしょう」
「いえいえ、まだ分かりませんよ!……おや、そろそろ出走時間のようです。各馬順番に、ゲートへ入ろうとしている所です。」
――
「ふぅ、いくらGIIと言えども、やっぱり観客は多いなぁ。」
俺は観客席を見渡しながら言った。そう、今日は待ちに待ったセントライト記念の日だ。あの日から今日まで、凄まじいスピードで時間が進んでいった。それだけ、レースに出たい気持ちが強かったのだろう。まぁ、今回は楽勝だな。リュウオーは天皇賞路線に行ったし、パケットは神戸新聞杯の出走となっている。正直言って、相手がいない。
「シンジさん、今回はかるーく行きましょう。ラストとコーナーだけ本気で走って、後は普通に流す。このダメージが菊へいかないよう、ゆったりと」
「そりゃいいや。レースは賢くサボらないとな。乗ったぜ」
林は小さく微笑んだ。そして、俺達は周りの馬と同じように、ゲートに入った。
「さぁ、各馬ゲート収まりました。もうすぐ、菊へと続く1戦が始まります」
スターターが台に立ち、旗を振る。それと同時に、重厚感のあるファンファーレが流れ始めた。この瞬間は、いついかなる時でも緊張してしまう。
ファンファーレが鳴り終わった。俺は閉ざされたゲートを睨む。スタートダッシュを完璧に行うため、その一点に意識を集中させていた。
「ゲートが開きました!」
ガゴンという大きな音を立て、ゲートが開いた。俺は一目散に飛び出す。いつもの様に、大逃げを打つためだ。
「さぁシンジは今日も逃げる!早くも2番手ニホンスターマンから4馬身ほどのリードを取りました。その後ろをアースガルドが追走。かなり縦長の展開となりました」
よし、いいぞ。第1コーナーへと入る前から、かなりのリードを取れた。この調子なら、楽勝だ。
第1、第2コーナーを過ぎてからも、その展開は変わらない。後ろの足音はかなり遠くから聞こえているし、スタミナが減っている気配も、身体に要らない力が入っている感じもしない。実践でも、スプリングスターさんとの特訓が活きている。
「さぁ、第2コーナーも過ぎて、向正面に入ってきます。以前状況は変わらず。一体どの馬が先に仕掛けるのか」
向正面に差し掛かる。ここは最後の追いに入る前の休憩地点。観客のスタンドからは遠いものの、落ち着いて歓声を聞けるいい所だ。だが、今日はあいにく外回り。これだけ離れてちゃ、声なんか聞こえねぇ。俺はレースに集中し直し、前を向いた。
「先頭シンジスカイブルー、第3コーナーを過ぎしました。ここから最終コーナーへと向かっていきます。既に後方の馬は仕掛け始めています。そして……ついに2番人気アースガルドが仕掛けました!2番手ニホンスターマンを追い越し、シンジスカイブルーへどんどん近づいていきます。ここから追いつくことはできるのか!」
「シンジさん!このコーナーが勝負どころですよ!ここを決められれば、圧勝は確実です!」
「へへ、わかってらぁ!」
カーブの曲線が目に入る。俺はゆっくりと息を入れ、加速の準備をした。
「今だ!」
俺は自分の身体を内によじらせ、半ば無理やりにインコースを取った。そして、最短距離を通りながら、俺は脚をフル回転させる。
「出ました!シンジお得意のイン攻め!これが出たこいつはもう止められない!後続を更に引き離して行くー!」
加速した脚を保ちながら、俺は最後の直線へと向かう。いつもならキツい直線も、2号の力があれば――
「行くよ、1号!」
楽勝だ!
「シンジスカイブルー、加速!ここからどれだけ差を伸ばせるか!、後続の馬はもはや2着争い!シンジの独走だ!」
俺の脚は、自分でも信じられないスピードで回転していた。いつもなら、走っている途中に少しづつ減速していくはずだ。だが、この力は落ちない。逆に、「加速し続ける」
「シンジスカイブルー!全く脚色が衰えません!中山の坂もなんのその!速すぎる!この馬に勝てるやつが、どこにいるのだろうか!」
後ろからはもう何も聞こえない。ただ、スタンドからの声援が、頭の中で響くだけだった。
「強すぎる!この夏を乗り越えて、更に力を増した!最強!シンジスカイブルー!菊花賞の第1候補だ!」
俺は持ったまま、ゴールの先へとたどり着いた。
「圧勝!シンジスカイブルー!後続を12馬身離しての大圧勝!化け物だ!葦毛の怪物再臨!菊花賞が楽しみです!」
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