50.Re.Start
毎日投稿?なにそれおいしいの?
(ガチで申し訳ないです。)
ちゅんちゅん
「ふぁぁ……朝か。この感覚も久しぶりだな」
朝、小鳥のさえずりで目を覚ました。ただの目覚めがここまで懐かしく感じるとは思いもしなかった。それだけ、俺はこの美浦トレーニングセンターに対しての想いが強いってことだろうな。そういや、ここに来てからもう1年半か。俺にとってはもっと短く感じられたが、もうこんな経ってたのか。ここまで、いろんな事があったなぁ。
おっちゃんや調教師、林や葛城、パケット、ナイト、そしてリュウオーと会って、初めてのレースで勝ちの喜びを知り、ホープフルで負ける悔しさを知った。そこからのクラシックレースは圧巻だったな。皐月賞はリュウオーと同着の一着。ダービーでようやくハナ差で勝利。そう考えると、俺、頑張ったなぁ。
「三冠馬……か」
過去数頭しか達成していない偉業、それが三冠だ。後にどのような戦績を残そうが、三冠馬達は必ず歴史に名を残す。三冠馬と二冠馬では扱いもまるで違う。これは俺もよく分かっていた。
だから俺は勝たなきゃならない。自分自身の栄光のためにも、おっちゃんのためにも。
おっちゃんの借金は莫大だ。具体的な量は知らないが、クラシックを全て勝ちにいかないといけない時点で、数億円なのは確定だ。だが、俺はこれまでのレースで約3.8億円稼いでいる。だから、次の菊花賞さえ勝てれば完済できる可能性が高い。そうすりゃ、おっちゃんはもう金に困ることはねぇし、そこからの賞金を手にする事もできる。
普通に考えて、話せる馬なんて貴重だ。もし売れば借金返済は言わずもがな、とてつもないお釣りが返ってくる程だろう。だけど、おっちゃんは俺を売らなかった。俺の才に賭けてくれた。もしかしたら、ただの損得感情、俺を走らせたほうが儲かったからかもしれない。だけど、俺は知っている。あの男は、そんな事をするようなやつじゃない。あの少年のような青く輝いた目を信じるなってほうが無理だ。俺の輝かしい第二の人生は、おっちゃんの選択によって生まれたようなもんだ。
だから、負ける訳はいかない。信じてくれたおっちゃんのために。
そのためには力がいる。他をねじ伏せる力が。
――
「そうだ。力を欲しろ。誰にも劣る事なく、誰にも真似できぬ完全の力を」
どこからともなく声がした。後ろを振り向く。誰もいない。右を向く。誰もいない。左を向く。誰もいない。前を向く。誰もいない。まさか、今の声は……自分自身。俺自身が発した声なのか?それしか考えられない。
ドクン
「ぐ、ぐがぁぁぁぁぁ……!」
突如、心臓が痛み始めた。俺は叫び声を抑えられなかった。何かがおかしい。突如謎の声が聞こえたり、心臓が痛くなるなんて。前日にはなんともなかったのに……
「何かが……俺の中から出てこようとしている……?」
俺は心臓の奥底に、痛みとは違う違和感を感じ始めていた。まるで、俺以外の生物が身体には巣食っているような……そんな違和感だった。
「力を受け入れろ。だが、決して飲まれるな。私とお前、相容れぬ魂がここにある。今こそ、1つになる時」
ちくしょう。こいつは何言ってるんだよ。魂?1つ?わけわかんねぇよ。けどよぉ……
「これは俺の身体だ。俺が鍛え抜いてきた、俺自身のものだ。だから、お前なんかに渡すかよ!」
俺は必死に抵抗した。ただ意識を強く持ち、絶対に声の主に負けないと抵抗し続けた。
「ふぅむ、まだ時期尚早だったか。いずれこの痛みがなくなり、会話ができるようになるはずだ。その時まで、しばしの別れだな。もしお前が己の強さを信じ、さらに力をつけるのならば、私は再びお前の前に現れるだろう」
その声が聞こえた後、すぐに心臓の痛みは引いた。ここでようやく、異変は終わったのだと理解した。目がしみた。汗が目に入ったのだろう。俺は自分の身体を見た。一面汗を吹き出して、地面が濡れていた。
「おーい!シンジさーん!何があったんですー!」
聞き覚えのある声が聞こえた。林だ。俺は安堵した。林さえいれば、大抵の場合はなんとかなるからだ。俺が胸をなでおろす中、林は俺の汗ばんだ姿を見て驚愕していた。
「ちょっとシンジさん!この汗はどうしたんです!?明らかに不自然な量ですよ!」
迫真な表情をする林に、俺は今までの事を全て話した。
「なんだって?!そりゃあ大変だ!まず先生を呼んで……それから獣医を呼んで……とりあえず、待っててくださいよ、シンジさん。」
林は目に止まらぬ速さで調教師を呼びにいった。そして、1分もしないうちに調教師と獣医を連れてきた。
――
「ふむ、心臓にも脚にも異常は見つかりません。ですがこの汗を見て信じるなと言う方がおかしい……。とりあえず、今日だけは安静にしておきましょうか」
「だとよ。だから今日の調教はお休みだ。とりあえず、大事がなくてよかった」
全くだ。菊花賞前の時間を1日でも削られるのは惜しいが、何事もないことが1番大事だ。林もようやくため息をついた。それにしても、あの声は何だったんだ?
空は青かった。だが、その青はどこかくすんでいた。
今回もご閲覧ありがとうございました。
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