49.再会
遅い時間の投稿すいません!
「ふふ、約3ヶ月ぶりかぁ。俺は、帰ってきたぞ!ここ、美浦トレーニングセンターに!」
馬運車で揺られる事約1日。優しく光る光の筋が旅の終わりを知らせた。車の扉が開くと、俺は一目散に飛び出た。
「おかえり、シンジ!」
帰ってきて早々、調教師、林、パケットからの歓迎をもらった。そういや、コイツラと会うのも3ヶ月ぶりか。そう思うと、長かったな。
「北海道はどうでしたか、シンジさん。きっちり休むことが出来ましたか?それと、お土産は……」
おいおい……それが久しぶりに会って言う言葉かよ。でも、元気そうでよかった。それによ、これってそんなに悪いことでもないんだぜ。「長い間会ってなくても、いつも通りに会話でいる」これは本当に信頼しあえている仲間にしかできない言葉だ。だから俺は咎めることもなく、ただ「おう」とだけ返答した。
「お疲れ様な、シンジ。父ちゃんから話は聞いたよ。まさかあのスプリングスターから技能を習得するとはな。ホントに恐れ入ったよ……」
林と少しばかり会話した後、調教師が俺に話しかけてきた。その顔はやはりいつもの驚き混じりの顔だった。
「なに、スプリングスターさんが俺に親身になって教えてくれていたからですよ。それだけじゃない。耀さんと剛さん、それからおっちゃん。皆さんの協力者が無けりゃ、入手なんて出来ませんでしたから。本当に感謝してます。なんなら、今から見せましょうか?」
俺がそう言うと、調教師は目を輝かせてこちらを凝視した。やはり親子なだけあって、耀さんに似ている。特に目のハイライトなんてそっくりだ。喜びを抑えきれないのか、調教師は凄まじい勢いで俺の馬房へと走っていった。
「やれやれ、やっぱり“親子”なんだなぁ」
俺がそう感服していると、隣からキラリと光る視線を感じた。あ、まさか……
「シンジさん!やはりあなたは天才だ!こうしちゃいられねぇ!俺もさっさと着替えてくるぞー!」
やっぱりな。あの爽やかなイケメンが、俺の技術の事になるといつもこうだ。これ、ファンが見たらどう思うんだろう。
――
「シンジさん、今回はあなたに全てお任せします。この走りで、あなたの学んできた事を俺に教えて下さい!」
スタートのほんの数秒前、鞍上の林が話しかけてきた。俺の新たな走りを早く味わいたいのか、小刻みに震えている。その振動は鞍を通して俺まで伝わってきた。
「ああ、見せてやるぜ。俺の“真価”をよォ!」
それを聞いた林の顔は満足げだった。まぁ、少しだけニヤケが混ざっていたが。
林が体制を整えた事を確認して、俺は走り出した。序・中盤に変化は無い。これはいつも通り、平常心で走るだけだ。それは林も分かっていたのか、ただただいつもの調子で機乗をしていた。ふふ、もう少し待っとれよ。
中盤も過ぎて終盤に差し掛かろうかという時、俺はふと穏やかな風を感じた。いや、風自体は走っていれば感じる。だが、なんか普通の……いつもの風じゃ無いんだ。夏の暑さを吹き飛ばすような涼しげで、優しい風――
俺はようやく思い出した。これは俺がいつも感じていた風だ。熱い勝負・レースを行っている勇者を奮い立たせる、光の風。俺はそれが懐かしくてたまらなくなった。それだけじゃない。芝の匂い、チップを蹴飛ばす感覚、ダートの砂煙。この場を構成する全てが俺を引き立たせる。
「そうだ!この感覚だ!」
俺の身に熱き灯火が再燃した。気づけばもう残り200m。俺はスプリングスターさんが教えてくれた事を思い出す。
大きく息を吸い込む。血の循環を身体全体に感じる。あくまで力を入れるのは脚だけ。その他の筋肉はゆとりを持たせる。その分の力を、脚に集めるんだ。そして、その脚を前へと―
「進めるッ!」
勢いよく踏み込んだ脚はコースに食い込んだ。その後は簡単だ。精一杯の力でその地面を蹴飛ばす。
瞬間、辺りに木片が四方八方に飛び散った。一歩、また一歩と前進していく。勢いは留まることを知らない。余計な筋肉硬直がなくなったおかげで、脚の回転数というのは更に上昇していた。
「そこにプラスして―直線の不死鳥!」
力の集約と直線の不死鳥、この2つが組み合わさる事によって、驚異的な爆発力を産んだ。速度・加速力ともに過去最高を超え、一瞬のうちにゴールした。
「すごい……これがシンジさんの新たな力か……」
俺から降りた林は唖然とした表情を浮かべていた。まるで化け物でも見たかのような顔に、思わず笑みがこぼれる。どうだみたかよ。
「ふ〜む。話には聞いていたが、まさかこれ程とは……まったく、ホントにお前は……」
調教師は感心を通り越して、驚くような顔でこちらに苦笑いを向けていた。俺は普段見れない滑稽な姿を堪能していたが、すぐに気づいたようでいつものキリッとした顔に直していた。
「さてと、次にお前が向かうのは菊花賞だな。京都3000m、これは今までのレースとはわけが違う。もしもお前と同じくG12勝馬アカガミリュウオー・長距離に適正が見られるナイトオルフェンズ・日本ダービー3着の好走を見せたスーパーパケット。コイツラがくるならば、はっきり言って今までで一番厳しい冠になるだろうな。とりあえずパケットの馬主さんとは菊花賞の方向で、ナイトの馬主さんは京都大賞典の方向で進めているが……」
「後はあいつ次第ですか」
クラシックレース最後の冠、菊花賞の厳しさは俺がよく分かっている。3つの坂を有する京都競馬場、そして何より3000mという距離の壁。何頭もの二冠馬がこの1つを逃して苦渋を舐め続けてきた。そう―言うならば、「三冠を拒む最後の砦」。
「ま、俺達はいつもと変わらずやりまくるだけさ。明日から、またよろしくな!」
調教師が笑いながら俺に手を差し伸べた。俺はそれに笑顔を浮かべながら蹄を当てた。
「よっし!それじゃ各自解散!シンジはカモフラージュのため厩務員と一緒にいけよー。」
「了解!」
俺達は調教師の指示で自分たちの住処へと帰っていった。
――
「ん?俺の馬房の前に誰かいるぞ?」
俺はよーく目を凝らしてその馬を凝視する。体は小さいが独特の威圧感があり、非常に引き締まった体をしている。如何にもステイヤーといったような体だ。何より目を引いたのはその漆黒の馬体。光をも飲み込むようなその毛色は、まるで深夜の闇のようだった。俺はその馬に接近を開始した。
「待ってたよ、シンジくん」
俺の雰囲気を察したのか、体をくるりと回転させて俺の方を向いた。俺はそこでようやくその馬の正体に気づいた。
「おお、久しぶりだな!ナイトオルフェンズ!」
俺がそう呼ぶと、ナイトはへへんと鼻を鳴らした。それにしても驚いたな。前から仕上がっていた馬体が、更に完成度を上げるなんて……こっちの方が恐ろしいんじゃないか?
「僕、久しぶりに勝てたよ!札幌記念、G2の舞台でね!」
俺はそれを聞いた時、無性に嬉しくなった。俺のあの声は決して無駄じゃなかった。今回の勝利によってそれを再確認できたのが、本当に嬉しかった。それに―
「よし、後は京都大賞典とアルゼンチン共和国杯だね。そこさえ勝てれば……」
「有馬の舞台で戦えるってわけか」
そう、俺はこいつと有馬で戦いたい。今までの努力の集大成同士で、戦い合いたい。ナイトだけじゃない。今まで出会ったみんなと、最高峰の舞台で競い合いたい。その気持ちが何よりも大きかった。
「僕は……君と早く戦いたい。でも、それはまだ叶わない夢だ。俺がもっと力をつけて、シンジくんの隣に並んだ時に初めて、戦う資格が生まれるんだ。だから、僕は頑張るよ!」
はは、強くなったなぁ。もう、心配する必要もないな。
「じゃ、僕は戻るよ。じゃあね〜」
「おう!また会おうぜ!」
過ぎ去っていく漆黒の馬体。随分と逞しくなった体を見ながら、俺は再び闘志をたぎらせていた。まずは菊花賞!そこで三冠馬になってみせるぜ!
「あ、お土産!入り口に置いてきちゃったー!」
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