48.帰還、葦毛の雄王
失踪してしまってました。
待ってくれていた人達、申し訳ございませんでした。
「遂に来たか、この北海道を離れる日が……」
あれから、大きな出来事は起こらなかった。スプリングスターさんとの特訓以外、何もやることがなかったため、ずっと芝でゴロゴロしていた。もちろん、牧場見学者へのファンサービスは欠かさない。あくまで、俺が“元人間”だとバレない程度にだけどな。
例の出来事から、俺の担当はまったく別の厩務員になった。駆は自分の夢を叶えるために奔走している。俺といるときでも、難しそうな本を読んだり、ネットでいろんな事を検索したりなど、勉強している時が増えた。あいつは本気で夢を目指している―それは耀さんにもしっかり伝わっていたようだ。多少寂しくなったが、俺はあいつの夢を応援してやりたい。だから、しょうがなかった。
そんなこんなで時は過ぎ、遂に放牧最終日になった。これからまた長い時間乗り物に揺られ、再びあの場所に帰る。日の光を受け、光を放ちながら燃え続ける、あの決戦の地へ。俺はワクワクしていた。だが、それよりも先にお世話になった人々に感謝をしに行かなければ……
「いや〜シンジくん、歳を取ると1日が早くてね。つい昨日君が来たみたいだよ」
「はは……」
おいおい大丈夫かよ、耀さん。調教師もたまにはこっちに来ればいいのに……
「どうだった、ここ日高ホースパークは。君が十分に休むことが出来たのなら幸いだが……」
「ええ、そりゃあもう!ここでの体験は僕にとって最高の天国でしたよ。スプリングスターさんにも会えましたし、非常に大きな影響を与えてくれたと思います!」
それを聞いて、耀さんはまるで子供のように笑った。歳によって白く変わった髪―刻まれたシワ―それらを考えても、若々しい印象を持っている。
「なになに、いいってことよ!それによ、こっちもお前に感謝せんと行けないんだぜ」
「?」
はて、俺は何か耀さん達にしてあげられた事はあっただろうか……俺がそんな事を考えていると、耀さんは事務所の奥に手招きをした。
「あ、もしかして」
彼の手招きによって現れたのは、見覚えのある男だった。だが、その顔は俺の知っている時から幾分か変わっていた。そう、決意を固めた顔へと。
「お久しぶりッス、シンジさん!俺ッスよ、夢野駆です!」
「おーん……お前、でっかくなったなぁ……」
彼が変わったのは顔だけではない、体もでっかくなっていた。少し痩せ気味だった身体には筋肉がつき、タンクトップがはち切れんばかりに伸びている。あくまで無駄な脂肪はついていない。
「そうか、お前……本気の夢を見つけられたんだな。よかった」
気がつくと、俺は無意識のうちに言葉を出していた。あの時で、彼が覚悟を決めていたのは知っていた。だが、まさかここまでとは……いい意味で裏切られたね。だからこそ、称賛の声が漏れた。正真正銘、本心のね。
「ええ!もしシンジさんがピンチになったり、傷つきそうになった時は、俺が必ずそっちへ行きます!それまで、たっくさん勉強して、ぜったい試験に受かってみせます。そうして、俺はシンジさんと並んで、同じ舞台で戦うんです!仲間―戦友として!」
その言葉に、嘘偽りなんてなかった。俺は深く息を吸い込み、こう高らかに宣言した。
「ああ!俺は何時でも待ってるぜ。例え何年かかろうと、俺はお前が来るまで“最強”として立ち続ける!だから、心配すんな!」
俺達は再びニッと笑い、拳を重ね合った。そう、この瞬間、彼の新しい物語が幕を開けた。
今までの生活ではなく、本気の“夢”を賭けての挑戦。それはまだまだ始まったばかり。だが、彼の心の中にある“熱き思いの胎動”は止まることを知らない。彼が前を見続ける限り、永遠に。
――
「さてと、一通り準備は出来たな。」
俺は馬運車の中で耀さんの声を聞いた。そう、もうすぐ俺はここを旅立つ。しょうがねぇな、出会いがあれば、必ず別れの時は来ちまうんだぜ。
「しっかし、寂しくなるねぇ」
この特徴的な穏やかな声は!目をそちらへ移すと、やはりあの方、スプリングスターさんがいた。
「こいつがどうしてもって聞かなくてな。飛び入り参加だ。」
耀さんが笑いながら答えた。こんな嬉しいサプライズはねぇぜ!
「シンジくん、君があそこで勝ってしまった以上、君は勝ち続けなければならない。君は、僕みたいになる器じゃない。もっと伝説を―星を手にするオトコだ!だから、頑張れ!負けるな!」
「「「負けるな!シンジスカイブルー!」」」
俺を世話してくれた奴らだけじゃねぇ。牧場メンバー総出で、俺のために集まってくれたんだ……まずいね、こういうのは涙腺に……
だけど、ここまで応援されちゃ、期待に応えるしかねぇよな!俺は決意を込めてこう言った。
「ああ、任せとけ!俺は、俺達は、誰にも止めらんねぇぞぉぉぉぉ!」
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