43.昇る星
よし!タイトルホルダー勝った!
間違いない。あの時――2025年日本ダービーで走っていた、あの馬……
「おっと、僕がどうかした?さっきからこっちを見ているみたいだけど……」
流石に気づいたのか、想像の数倍穏やかな声で俺に話しかけた。俺は意を決して彼の名を尋ねる。
「あの、あなたはもしかして……」
「スプリングスターさんですか?」
「?ああ、そうだよ。僕こそ、スプリングスターさ」
ああ、やっぱりそうだ。俺の原点、出発点、始まりの馬、それこそスプリングスターなのだ。耀さんの事とか、この施設の事とか、聞きたいことはいっぱいあった。だが、そんな事もうどうでも良かった。スプリングスターがここにいるからだ。俺は気持ちを抑えられずに、彼に言葉をぶつけた。
「あ、あの!2025年の日本ダービーの後、スプリングスターさんはどうなったんですか!?そして、なぜあなたがここにいるんですか!?」
語気が強くなる。つい気持ちが入りすぎてしまったみたいだ。言葉も早いし、聞き取れないかな。そんな心配をしていたが、彼は丁寧に答えてくれた。
「うーん、順番に答えようか。俺が日本ダービーに負けた後、最後の1冠である菊花賞を取ることには成功した。だが、そこが僕のピークだったな。それからも天皇賞、大阪杯、宝塚、ジャパンカップ。色々出たけど、やはり彼、レイワカエサルには敵わなかったね。僕は4歳で引退したんだけど、最後のレースとなった有馬記念でもやはり勝てなかった。無念だね」
彼は悲しそうに下をうつむく。俺が心配そうに見ていると、彼は大丈夫と言わんばかりに再び話し始めた。
「僕は決して、勝てないわけではなかった。能力はカエサルに劣っているとも言い難かったし、十分勝機のあるレースなんていくつもあった。けど、あのダービーを負けてから、大切なギアが僕のもとをはなれていってしまった。そのギアというのは、僕の担当調教師であった、東海耀だった」
俺はハッとするとともに、何故ここに耀さんがいるのかを察した。彼は話を続ける。
「耀に深い後悔があったのは知っていた。こんなこと言ったら笑われるかもしれないけどね。僕、人と話せるんだ。馬鹿みたいな話だろう?だけど、本当なんだ」
「え、スプリングスターさんもですか!?実は……僕も……」
俺がそう言うと、彼は本当に驚いたような表情をして、笑いだした。その笑いはどこか純粋で、子供のようだった。
「そうか!君もか!珍しいこともあるもんだなぁ。僕は朝起きたら急に話せるようになってたんだけど、君は?」
彼があまりにもいい顔をするもんだから、俺は俺の出生からこれまでの事まで全てを話した。話の途中、彼の表情は二転三転していた。明らかに、人が転生してきたという感じではなさそうだ。
「へぇ〜、そんなパターンもあるんだぁ。なるほどね、世の中はまだまだ面白いことはいっぱいあるなぁ……」
彼は感慨深そうに頷き、再び話を始めた。
「僕はダービー当日、耀から聞いたんだ。"お前は俺の誇りだ。お前で勝てなかったら、俺は引退する。"ってね。耀はダービーにあまりいい思い出がなかったみたいでね。なんとか僕が!って気持ちで頑張ったんだけどね、駄目だった。次の日、耀はもうトレセンにいなかった。辞表とともに一枚の写真をおいて、どこかに旅立ってしまったんだ」
「僕は、そこから調教が見に入らなくなった。別に、耀の後任が悪かったわけじゃない。ただ、あいつが良すぎただけ。それさえなければ……って今でも思うんだけどね。で、引退した後、種牡馬入りできる牧場の選択肢の1つに、耀が運営するここがあったというわけだ。僕は迷いなくここを選んだね。それが、僕が今ここにいる理由だよ。……長くなってしまったけど、何か質問ある?」
俺は耀さんとスプリングスター、2人の境遇を聞いて、言葉が出なかった。正確には、かける言葉がなかったのだ。俺では背負いきれないほどの痛み、辛さに、言葉が思いつかなかった。そんな俺を心配してくれたのか、彼は声をかけてくれた。
「はは、そんな心配しなくてもいいよ。今僕はそれなりに楽しくやれてるし……」
「で、でも!」
俺が言葉を発しようとした瞬間、彼の目が見開いた。それはいつものような愛らしい眼ではなく、厳しさが込められた力強いものだった。
「シンジくん。過ぎ去りし時は取り戻せない。それよりも、次の日次の日をどう生きるか、それこそが重要なんだ。僕は既に前を向いているよ。種牡馬として、後世に名を残す産駒を世に残すっていう目標を胸にね」
俺は彼に圧倒された。ここまでの悲しみを背負っ手いながら前を向く姿勢。そして何より"彼の瞳の輝き"がどこの誰よりも素晴らしかったからだ。明るく、力強く、生きる活力に満ち溢れているそれは、この世のものとは思えなかった。
「さてと、シンジくん。僕は君に期待している。同じ境遇の仲間として。僕がなし得なかった、日本ダービーを制覇した者として。僕が役に立つかはわからないけど、ぜひ君に協力させてほしい。トレーニングにも付き合うし、僕オリジナルの走法も教えよう。どうかな?」
彼は挑戦的な目でこちらを見つめる。こんなこと言われたら、答える言葉は1つしかないだろう。
「ええ!よろこんで!」
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