42.耀と流星
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「っっっ、すっずしぃぃー!ここは最後の楽園か!」
俺はその冷涼さに圧倒された。近年世界を悩ませている地球温暖化、それをここは全く感じさせなかった。馬運車の中の暑苦しさが嘘のようである。
「ここが、日高ホースパーク……か」
おっちゃんとこの晴空牧場とは比べ物にならないほど大きい。競馬界を牛耳る、「エクリプスグループ」が運営する育成牧場である「エクリプススタークラブ」にも匹敵するほど、ここは大きかった。ついてきてくれた厩務員の指示通り、俺は奥へと進んだ。
「やぁやぁ、よーぉく来てくれたねぇ!」
入り口のゲートを抜けた所にいたのは、痩せこけた老人だった。背は高かったが、特別ガタイがいいわけでもない。ん……この顔、どこかで見覚えが……?
「ささ、遠いところからご苦労だったねぇ。あとはうちのものに任せて、厩務員の君は帰ってもいいよぉ」
老人は優しい口調で厩務員を帰らせた。そして、俺に向かってきれいな笑みを浮かべた。
「はじめましてシンジくん!私の名前は東海耀。君の調教師をやっている、東海剛の父、といえばわかるかな?」
「え?」
不意に声が出てしまった。その理由は2つ。まず、今日から俺を預かってくれるのはあの調教師の父だということ。そしてもう一つは……
「もしかして、東海耀ってあのシンジストライプの……」
俺がそう言うと、さらに笑顔の輝きを上げて答えた。
「おう!かの伝説の名馬、シンジストライプを管理していた調教師、東海耀様だぜ!」
やっぱりか―。でも、そんな名調教師が、なぜこんな北海道で牧場をやっているんだ?てか、なんで俺が喋ってるのに驚かないんだ。あ!やべ。俺喋っちゃった。
「ははは、あのバカ息子から話は全部聞いてるよ!君がシンジの子供であること。君が皐月と日本ダービーを制した二冠馬であること。そして―君が喋れることも」
俺の動揺を悟られたのか、耀さんは俺にこういった。
「なに、悪いようにはしないよ。私はね、君の活躍に心が踊っているんだよ。それを止めることなどしない。ぜひとも、君にはストライプができなかった三冠……これを達成してもらいたい!そのためにも、ここでゆっっっくり休んでいくんだ。さ、こっちが君の部屋さ。ついておいで」
そう言って、耀さんは歩き始めた。それにつられて俺も後を追う。俺は頭の整理が追いついてなかった。色々、質問したい。でも、今日はまずこの環境になれよう。そう徹しよう。
「ま、ここが馬房だな。ちょぉぉっと狭いかもしれないけど、一日の殆どは芝生で過ごせるから、甘く見てくれや。夜には戻ることになってるが……君の気分次第では、一日中いることを許可しよう。それを可能にするのが……彼だ!」
その言葉と共に耀さんが振り向く。俺も同時に後ろを見た。そこにいたのは、林と同じくらいの歳の若い青年だった。体格はガッチリしていて、初々しさが感じられる。
「俺が夢野駆ッス!ここ日高ホースパーク創業以来のスタッフで、東海さんの次に歴が長いッス!シンジスカイブルーさんの事は全部聞きました!今日からよろしくおねがいします!」
元気だ。うん、凄まじく元気だ。こいつなら、俺を故意にはめることなんてしないだろう。そんな感じがする。
「こいつが今日から君の担当の夢野だ。ま、めちゃくちゃいいやつだと思ってくれたらいい。なんかあったらこいつになんでも言ってくれ。大抵の事は教えてくれるだろうよ」
2人は似たような笑顔で俺の方を見る。そういえば俺の自己紹介をしていなかったな。自己紹介こそ、社会人にとってのスタンダード。
「俺の名前は青空慎二改めシンジスカイブルーです。気軽にシンジって読んでください」
「さてと、まぁある程度の説明はできたことだし、早速待望のご住居の方に行ってみますか!」
「待ってました!」
俺はワクワクしながら向かった。美しい芝生、美味しい空気。これはトレセンでは味わえない。芝生は荒れてるし、空気はピリ付いてるし……そんなつかの間の休息、楽しみじゃないわけ無いだろう。
「さ、着いたぞ。ここが今日から君のマイホームだ」
俺のその期待はいい意味で裏切られた。まさに革命!その言葉こそ相応しい。芝生はフカフカで、涼しい風が抜けて……みんな暖かな顔をしている。ここは素晴らしい!
「じゃ、私はもう行くから。後のことは夢野にでも聞くといい」
「あっ、ちょっと」
俺が呼び止める間もなく、耀さんはどこかに消えてしまった。せっかく色々聞こうと思ったのに……さてと、せっかくだからのんびりでもしようか。そんなことを思っていた俺の目に、衝撃的な姿が飛び込んできた。
「あ、あれって」
そいつは俺の隣のブロックにいた。煌めくような葦毛。美しい肉体美。そして何より、頭の星型の流星。あの時から姿は多少変わっていたものの、俺はすぐに彼の正体に気づいた。
「あ、あいつは……俺の……始まりの……」
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