41.そうだ、北海道へ行こう。
よかったいよかったいよかったい
早朝、俺は日差しによって目が覚めた。赤褐色と赤紫が混じったような空が目に入る。物語のはじまりは、いつもこの朝から。俺が変わる日には、いつもこの朝日が近くにあった。俺は来る菊花賞へ向け、希望を心の中で育てていた。
「シンジ喜べ!まこっちゃんからの厚意で、お前に夏休みが与えられることになった!」
あの激闘から一夜、すっかりいつもの調子に戻った調教師から、いきなりこんな事を言われた。俺は腰が抜けてしまった。確かに、夏休みは嬉しい。だけど、せっかく菊花賞への気持ちの準備ができたというのに……こんなのあんまりだぜ。
「なぁ東海さん?俺あんな勝負しちまったから、今もまだ走りたくてたまらねぇんだ。な?走らせてくれねぇか?」
俺は懇願するような声で言った。それを調教師が一喝する。
「ダメだ!」
ビシィ!鋭い言葉と眼光が俺に襲いかかる。これは調教師が稀に見せる、諭しの目だ。
「あのダービーでシンジが得た栄光は、何にも代えがたいものだ。だかな、今のお前の身体を酷使するわけには行かないんだよ。シンジ、お前自身が思うより、今のお前の身体はひどい状態だ。この状態で調教なんて行ったら、お前の全身にヒビが入り、二度と走れない体になってしまう。これじゃシンジストライプの二の舞いだ」
俺はハッとした。みんなが俺にかけてくれる期待、そしてシンジストライプという前例。これら2つの大きな要素がすっかり頭から抜けてしまっていた。反省しなければ……
「そ、そうっすよね。了解しました。そんで、いつから放牧地へ向かうんですか?」
俺は恐る恐る聞いてみた。なぜそのようにして聞かなければいけないかって?答えは簡単だ。こういう状況だと、調教師はほぼ100%の確率で突拍子もないことを言い始める。だからこそこのような態度で聞いたのだ。俺は調教師が口を開ける瞬間を待った。いつもならなんとでもない時間だが、今の俺にとっては異常なほど長く感じた。
「そんなん決まってるだろ。お前の放牧は……」
(頼む……せめて、せめて1週間後くらいにしてくれ……)
「明日からだ!さ、心の準備しとけよー!」
俺は脚から崩れ落ちた。そりゃあねぇって!
――
「さ、出発の準備はできたか?なるべく早い方が休養期間を長くできるからな。できるだけ急いでいくぞ」
そんなこんなであっという間に旅行当日になった。ま、そりゃそうだな。1日だもん、うん、1日。うん、うん……
「シンジさん」
どこからともなく聞き覚えのある声がした。林だった。彼の声で、俺は思想の世界から引きずり出された。
「こちらの事は心配しないでください。東海さんは東海さんで他の馬の調教がありますし、俺は生活費稼ぎのため他の馬に騎乗します。シンジさんのおかげで多くの騎乗依頼が舞い込んできましたからね」
林は少し謙遜しながら言った。そんなこいつをからかう意味も含めて、少し挑発的に言葉を発した。
「なんだよなんだよ〜。天下の最年少ダービージョッキーが謙遜しちゃってさぁ〜。もっと誇っていいんじゃない〜?"ダービー勝てたのは俺のおかげ!馬が誰でも楽勝でした!"ってね!」
「なっ……シンジさんは俺のことをそんなふうに思ってたんですか!?俺はそんな自信家じゃないし、ましてやシンジさんを侮ることなどしませんよ!訂正してください!」
林はやっぱり馬鹿真面目だな。俺は冗談だと言うことを伝え、林の変貌ぶりを調教師と共に笑った。林の白く端麗な顔がみるみるうちに赤く染まっていく。次第に、恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、手で顔を隠した。それを見て、俺たちはさらに大笑いした。
「はははっ!まぁこんな冗談言えるぐらい、俺のメンタルは心配ねぇってことさぁ!んじゃ、ちょっくら北海道満喫してくるから!お土産も持ってくるからの〜」
俺の言葉で、林はようやく手をどけて顔を出した。まだ夏ではないというのに、汗ダラダラ。林がどれだけ恥ずかしかったのかがよくわかった。
「ち……ちっくしょぉー!さっさと行って来やがれー!」
逃げ隠れるようにして、俺は車に乗り込んだ。ここから飛行機を使って、北海道を目指す。へへ、こんなんよ、学生の修学旅行以来だぜ!
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