39.勝利の余韻
よかったー!
何とか投稿出来ました!
「慎二ぃぃぃぃ!よくやったぁぁぁぁ!」
声の方向には、警備員の制止を振り切ってコースに入ってくるおっちゃんがいた。俺の前に着いた途端、急に涙を流し始めた。
「俺は……お前の馬主で……本当によかった!夢を……シンジストライプ以来の夢を見せてくれて……本当にありがとう……!」
声が歪んでいる。いつも明るいおっちゃんの涙を見るのは、これで何回目だろう。数える程しか無いはずだ。おっちゃんの顔を見て、俺も歓喜の涙を流す。
「ああ、俺こそ次世代の」
「葦毛の雄王だ!」
その宣言を聞いたおっちゃんの顔は、それはそれは素晴らしい笑顔だった。それは、万人の笑顔花咲く競馬場の中でも、ひときわ光を放っていた。
「さ、行ってこい!お前らはみんなの英雄なんだからな!」
その言葉を聞いて、俺は再び走り出す。観客に向けて林が手を突き出す。それを見て、さらに声援が湧き上がる。俺の心の中で、闘志の火柱が燃え上がるのを感じた。
「さ、このレイを着るんだ」
ウィニングランを1周終え、俺と調教師、それから林とおっちゃんがお立ち台に上がる。そこで俺は体に優勝レイをかけてもらった。
優勝レイを手にするのは、これが初めてではない。ましてはG1のレイもかけた事もある。だが、今回の心の炎は全然違う。喜びが段違いだ。それは、ただ日本ダービーに勝ったからとか、ただ賞金を手にしたからでは無い。
林の最年少ダービー勝利をプレゼント出来たこと
アカガミリュウオーに勝てたこと
みんなの期待に応えられたこと
シンジストライプと同じレースを勝てたこと
過去の因縁に―決着を着けられたこと
様々な出来事が絡まりあって、かけがえのない経験になる。それを俺は改めて実感した。
「さ、写真取りますよー。はい、チーズ!」
カメラマンに、俺は最高の笑顔を返してやった。光が俺達を包み込んだ。
「ああ―やっぱり、シンジスカイブルー、お前は我の、かけがえのないライバルであり、唯一並ぶ者であり、我の唯一の―戦友だ」
アカガミリュウオーは勝利に沸く彼らに聞こえない程度の声で、そう呟いた。
「ふふ、リュウオーでもそんなこと言うんだな。こんなの初めてだな」
葛城が微笑を浮かべる。それにリュウオーは恥ずかしそうな顔で必死に弁明をした。彼の顔が赤くなったのは、生前からこのような経験をしたことがなかったからだ。それを今、初めて行った。その事実と、普段の自分とのギャップが彼を赤くした。だが、彼に決して不快感は無い。むしろ晴れ晴れとした気分だった。彼だけではない。この東京競馬場全てが、清々しい雰囲気を醸し出していた。
「野村さん、大変いいレースになりました!シンジスカイブルーが、永遠のライバルアカガミリュウオーをハナ差で競り落としました!これで父親シンジストライプから続く、親子ダービー制覇!そして騎手の林勇は最年少ダービー制覇!更にはシンジストライプの持つダービーレコード、2:18:3を超える、2:17:4を記録しました!これは、歴史に残る大レースです!シンジスカイブルー!林!アカガミリュウオー!葛城!本当に、おめでとうございます!」
「翔太―俺達はとんでもないものを見ていたんだな……」
「ああ、本当に、いいレースだった。こんなレースを見れて、俺は本当の幸せ者だ……」
若者2人組は、いつものテンションを超え、1周回って静かになっていた。周りにも、歓喜をあげる者、ただ祝福する者、状況整理をしている者、涙を流す者など様々だった。彼らも、そんな特異な雰囲気の構成員の1人だった。だが、やはりそれら全ての気持ちに重苦しいものはなく、全てが清々しい想いだった。
「林騎手!最年少でのダービー制覇、そして親子ダービー制覇の立役者!何かコメントをお願いします!」
インタビュアーが林にマイクを向ける。大丈夫、こいつは読生の奴じゃねえな。
「ええっと……なんだろうな……G1勝利は2度目なんだけど……」
林はいつものポーカーフェイスを崩し、言葉に詰まっていた。周りの人から見たら、少し珍しいな、ぐらいにしか感じないかもしれない。だが、隣にいたから見えた震える背中が、彼の気持ちを物語っていた。
「とりあえず……シンジさん、お疲れ様!俺を乗せてくれて、サンキューな!」
普段見られない林の軽く、だが熱意の籠った発言に、再び場内が湧き上がる。ここで彼らはようやく分かった。「林はただ言葉に詰まったんじゃない、喜びで心が抑えられなかったんだな」と。
インタビューが一段落したので、話の上手いおっちゃんと調教師に後を任せて俺達は勝負の地を後にした。
さぁ、帰ろう。みんなが待つあの場所へ。
今回もご閲覧ありがとうございます。
この作品が面白いと感じたら、評価ブックマーク等よろしくお願いします。




