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葦毛の雄王〜転生の優駿達〜  作者: 大城 時雨
Gray Horse Ranaway
38/79

38.葦毛の雄王

ガンッ


夢のゲートが暖かな風と共に開く。俺は綺麗なスタートダッシュを決めた。あの3頭に前を囲まれては厄介だ。早急に前を取らなくては。


「邪魔だぁ!俺達に前を取らせろォ!」


3頭の中の1頭、アースガルドが前を塞ごうと追いかけてくる。こいつに前を取らせる気は毛頭ない。俺は少しの間追いかけっこに付き合ってやることにした。


「シンジさん、奴の手に乗ってはいけません!シンジさんの相手はあくまでアカガミリュウオー。ここでスタミナを使ったら、奴らの思うつぼです。あの3頭囲みを攻略する手はあります。だから、ここは一旦奴らに先頭をくれてやりましょう」


林の指示を聞いてハッとした。俺は本当のライバルを見失っていたらしい。そうだ、アカガミリュウオーと戦うには、万全の体制を維持しなければいけない。俺はペースを落とし、アースガルドに前を譲った。


「おっ、ありがとさーん!」


いらつく心を抑えながら、前を走る馬から1馬身後ろで待機する。俺の後ろの馬からは約3馬身ほどの差がある。俺達が後ろを引っ張っている感じか。とにかく、今は林の作戦を信じて走るしかない。


「さぁ、いきなり波乱の展開となりました、2028年日本ダービー。大方の予想と裏腹に、アースガルドが先頭を取る展開。これはダービートライアル、青葉賞が思い出されます。今日もあの悪夢が起こってしまうのか。いきなり、観客席からは大ブーイング!これは当たり前でしょう。なぜなら、シンジスカイブルーに賭ける期待は通常では有り得ないからです。親子ダービー制覇、数々の妨害やライバルを追い払って、達成することは出来るのか。今現在、1番手が約200m地点を通過しました。これから最初のコーナーへと入っていきます」


回りを確認しながら走っていく。今回のレースでは、位置取りがとても重要になる。奴らに囲まれ、抜け出せないなんて事になったら、一巻の終わりだ。そのために、左右後ろを少しずつ確認する必要がある。


東京競馬場の1コーナーから向正面半ばにかけてには下り坂がある。ここは重力友達を発動するのにもってこいの場所だ。少し緩やかすぎる所が傷だが、問題はないだろう。俺は体制を前に反らし、力を抜いた。


一方、あの三人衆は馬鹿みたいに坂道で飛ばす。後先考えないその走りは、確かに速かった。あっという間に差を縮め、遂に並ばれた。奇しくも、あの時の再現がここで出来てしまったのである。


「へっ!お前はもうここで終わりだァ!」


「ふふふ、君は愚かだねぇ。この状態になって、無様に負けたヤツを知ってるというのに!」


「前の戦いを振り返らない。それが敗者が一生敗者であり続ける理由だ。可哀想だが、仕方ないな」


奴らの戯言を無視して、向正面へと向かう。後で痛い目見ても、知らねぇぞ。


向正面半ばまでは下り坂が続く。だが、それを過ぎてからは恐ろしい、上り坂が待っている。下手に下り坂で飛ばしすぎると、息が切れて大変だ。それを分かっていた俺はあえて速度を出さなかった。飛ばした奴らがどうなるか、見ものだな。


「1番手アースガルドが向正面に辿り着きました。現在、1番人気シンジスカイブルーは9番アーブルヘイム、10番ヘルヘイムから2馬身差の4番手。今日はどちらかというと、後方からの競馬となりました。それもそのはず、今回のレースは、歴代でも類に見ないほどの超ハイペース。シンジスカイブルーのペースはいつも通りだが、前の3頭が飛ばしているため、シンジスカイブルーは4番手に位置しています。2番人気アカガミリュウオーは10番手。3番人気コガネスターロードは最後方、4番人気スーパーパケットはその前についています」


そのまま順位は変わらず、向正面に到着した。熱気、溢れんばかりの歓声が俺に届く。生涯で、1度しか参加出来ないクラシックレースの中でもナンバーワンの盛り上がりを見せる日本ダービー。全ての3歳馬の頂点が決まる、伝説の1戦。皐月賞でもこの歓声には敵わない。それほどまでに強大で、美しい音色だ。


顔も名前も分からない。そんな人が俺の事を応援してくれている。見ず知らずの人の言葉が、俺に勇気をくれる。ファンの喜ぶ顔が、俺に走る栄養になる。これが、俺の夢見た舞台。多くの人に支えられながら戦う、景色―。


俺はひたすら脚を溜める。勝負を仕掛けるその時まで。


「さあ、向正面の下り坂をすぎ、ここからは一転攻勢、上り坂が待ち受ける!これに各馬どのように対応するのか!」


案の定、アースガルド達のペースが落ちる。だが、あの下り坂で取られたリードも相まって、3番手のヘルヘイムとの差は、既に6馬身差となっていた。これではいくらへばっているといっても、追いつく事が出来ない。だが、ここで焦る馬は所詮二流。仕掛ける時、その時を待てる馬こそ、真の一流だ。俺は焦らず、じっくり後ろから様子を伺う。下り坂で節約したお陰で、坂を登る体力は十分にあったので、ペースを落とさずに走りきる事が出来た。


「きつく苦しい上り坂を過ぎ、これから第3コーナー、4コーナーの下り坂へと入っていきます。ここで仕掛ける馬は……いました!コガネスターロードとスーパーパケットです!以前ならコガネに競り負けていたスーパーパケットでしたが、今日はそんなことは無い!逆に単独で上がっていきます。今日のパケットは、覇気に満ち溢れている!」


重い、芝を蹴り上げる音が聞こえてきた。これはコガネスターロードの音でもなく、リュウオーの音でもない。パケットだ。あいつも、ナイトが負けてからというもの、武者修行に励んでたっけ。


「速い速いスーパーパケット!第3コーナーを曲がり切る前に、6番手へと上がってきました!これは前の5頭に至るか!?」


その音はやがて大きくなり、第3コーナー辺りになると、やけに鮮明に聞こえてくるようになった。さすが、俺のライバルだな。でも、まだだ。まだ仕掛けてはならない。もっと、もっと引き付けて、最終コーナーで一気にぶち抜く!


「さぁ、どんどん距離を詰めていくスーパーパケット!後ろに対抗馬はいないかー?……おおっと!後ろから猛烈な勢いで切り込んでくる赤い影!これは赤龍、アカガミリュウオーです!やはりか!この馬が来ないはずがない!スーパーパケット必死に逃げる!それをリュウオーが必死の追走!」


重い音に紛れ、非常に聞き覚えのあるあの音が聞こえてきた。俺が目標にしてきた、あの音が。


「これは相手が悪かったスーパーパケット!本気になった赤龍は誰にも止められない!後続を置き去りにして、永遠のライバル、シンジスカイブルーの所へ向かうー!」


やはり、としか言いようがない。既に第3コーナーを過ぎ、最終コーナーから約100m手前で、アカガミリュウオーが遂に仕掛けてきた。だが、あまりにもペースが速い。あいつ、腕を上げてきたな。


「遂に捉えたぞシンジスカイブルー!我は、こうやってお前と競えあえて嬉しいぞ!最高の、最高の舞台じゃあないか!」


横を振り向くと、そこには既にリュウオーが並んでいた。紅い衝撃波を纏いながら猛進する彼は、まさに赤龍の名にふさわしい。


「俺は一足先に待っているが、お前が来ないとは思えない。だから、誰もいないあの場所で、」


「待っているからな!シンジスカイブルー!」


そう言い残して、リュウオーは先頭集団へと突っ込んでいった。その目に映るものはただ1つ、勝利のみだった。だが、俺達は忘れていた。あの、卑劣で、下劣な三人衆を。


「さぁアカガミリュウオー抜け出した!このまま先頭集団さえも……抜かせない!抜かせません!いつの間にか壁を作っていたアースガルド、アーブルヘイム、ヘルヘイムの3頭!前、右、左と、完全に包囲された!これをどう切り抜けるのか葛城騎手!」


まただ、またあいつらだ。奴らはリュウオーと、それを追っていた俺を包囲したかったらしい。その策略に、俺達はまんまとハマってしまったわけだ。


「ひゃはははは!これでお前らは死んだも同然!このまま仲良くお散歩タイムと洒落こもうか!?ひゃはははは!」


なんとも汚らしく、人をイラつかせる笑いだろう。俺は必死に抜け出そうと、1度ペースを遅くする。だが、それに合わせて奴らもペースを変えてくる。抜け出しようがない、そう思った。


必死にルートを模索して、気づけば最終コーナー手前。インコーナー重力は使えない。後ろで距離をとることも出来ない。詰んだか―そんな時、観客のブーイングに紛れて、ハリのある、爽やかな声が俺の耳に届いた。


「シンジさん!今こそ、この迷宮から抜け出す時です!初めを、初めを思い出してください!俺達が、初めて栄光を掴み取った、あの時の走りを!」


林はそう言って、外ラチを指さした。俺が、初めて栄光を掴み取った走り……その時、全てを思い出した。俺が、一番最初に習得した、"コーナー加速"を。


その瞬間、一筋の光の道が目の前に現れる。完璧な連携の中で生まれた、ごく僅かな勝利への道―俺はそこに向かって駆け出した。その目に、迷いはなかった。






俺は今まで、いろんな事に失敗してきた。学生時代から、社会人時代まで。俺は、様々な失敗の中から、僅かな光を探し求めていた。だが、どれだけ探しても、見つからない。そんな日々を変えてくれたのは、仲間だ。ぶつかって、傷ついて、泣いて、話して、笑って。そうやって気づいてきた仲間だ。いつでも、何かを変える時には、仲間がそばに居てくれた。


ああ、そうか。そうなんだな。俺が勝つために必要なものは、もう既に持っていたんだ。それが、身近にありすぎて、気づかなかっただけで。…………よし、行こうぜ。おっちゃん、ナイト、パケット、調教師、リュウオー。そして、林。限界の……その先へ!


「これは、ただのコーナー加速じゃねぇ」

「ああ、これが俺達の作り上げた……」






「「大外破断(アウトブレイカー)だぁぁ!」」


加速する、どこまでも速く。先を目指す、誰よりも速く。あの美しい、先頭の景色を―みたい!


「来ました来ました来ましたァー!これこそ、これこそシンジスカイブルー!父シンジストライプ譲りの豪脚飛ばして大外から一気に攻めてきましたァー!これには3頭及びその騎手唖然の表情!遂に先頭に躍り出た!これで、悲願のダービー制覇!親子ダービー制覇が適うのか!」


「邪魔だ!貴様ら!我の相手は貴様らでは無い!先頭をひた走る、シンジスカイブルーだ!」


「よし来たっ!シンジスカイブルーに動揺したかアースガルド、3頭の中に生まれた、大きく開いた間を通って、ライバル待つ戦場へと駆け出していく!その差は縮まって縮まって、僅か½馬身!」


(シンジ、我はお前と戦える事を光栄に思う。それは、お前がシンジストライプ産駒だからとか、1番人気とかじゃない。お前こそが、俺の、唯一のライバルだからだ。だからこそ……)


「俺は負けないッ!シンジスカイブルー!」


後ろで音が鳴り響く。すぐさま、俺はアカガミリュウオーだとわかった。へへ、そう来なくっちゃあな。リュウオー!一緒に、あの空へと向かってこうぜ!どちらかの勝利が決まるまで!


「アカガミリュウオー再加速!シンジスカイブルーも必死に粘っている!だが……遂に並んだ!これはどちらになるのか!これはどちらになるのか!坂道はもう抜け出した!残り200!この直線で全てが決まるぞ!」


脚が、体が悲鳴をあげているのが分かるぜ。調教師は、ここで壊れて欲しくないって言っていたな。へへ、申し訳ねぇな。ここで全力だし切んなきゃ、故障よりももっと悔しい事になる。だから今日だけは、俺のわがままを……許してくれな!


「俺が!先頭の景色を見るんだぁぁぁぁぁぉぁ!」


地面を大きく蹴り込む。最後のとっておき、末脚だ。体が傷ついてもいい、壊れてもいい、もう走れなくてもいい、死んでもいい。だから、ここだけは、耐えてくれ!


「分かりません分かりません!この2頭の体に、何故ここまでの力があるのか!もうスタミナは残っていないはず。だとすれば、気持ちだ!気持ちだけで走り続けている!まさに全身全霊の名が相応しい!この名勝負を下すのは、一体どちらの優駿か!?」


並んで並んで走り続ける。ただ本能にしたがって。心が求めているんだ。勝利を、感動を、奇跡を。だから、負ける訳にはいかないんだ!


「残り100mを通過!未だ並んだまま!」


ここで、決めなきゃ!


「残り50!」


絶対に後悔する!


「残り25!」






「勝者は1人、この」


「おれだぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁ!」


疾風のように空気を切り裂く。俺の体には、勇者の血が流れているんだ!そいつが、負けるわけがねぇ!


「シンジスカイブルー抜け出した!シンジスカイブルー抜け出した!しかしその差は僅か!だが、これはもう届かない!少しのハナが届かない!必死に、必死に粘るシンジスカイブルー!それを必死に追いかけるアカガミリュウオー!この数秒に、全てが詰まっている!」


俺は顔を前に突き出す。ただ、勝ちたい一心で。微かにハナがゴール板に、届いた。誰よりも速く。先に誰もいない、美しい世界へ。





「シンジスカイブルーぅぅぅぅぅ!」


「やった、勝ったんだ……俺が!」





「「うぉぉぉぉぉぉぉ!」」


溢れんばかりの歓声!狂喜乱舞!飛び散る汗と涙!歓喜!まさにその言葉が相応しい!今日だけは、俺も林も大粒の涙を零した。それは、みんな同じだった。現地で見ている者。テレビの前で見ている者。スマホで確認している者。その全てが等しく、葦毛の勝利に涙を零していた。


「シンジ!シンジ!シンジ!シンジ!シンジ!」


「この場内を揺らすシンジコール!勝者を祝福する、大歓声!これは、遂に赤龍を討ち取った事の証明です!決して、シンジストライプのような鮮やかな勝ち方ではありませんでした!決して、易しい道のりではありませんでした!それでも、彼は十分に果たしてくれました!」


「葦毛の勇者からの、継承を!今此処に!"葦毛の雄王"が降臨しました!」





歓声を裏目に、俺は空を見上げる。


どこまでも青い空に広がる白い雲。そこは正直で、美しい世界。


勝者のみが見れる、素晴らしい景色。

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