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葦毛の雄王〜転生の優駿達〜  作者: 大城 時雨
Gray Horse Ranaway
36/79

36.先代の芦毛

「シンジさん、おかえりなさい……。どうでしたか……?」


林が心配しながら俺に尋ねた。本来だったら、騎手に心配させないよう、優しい笑顔をかけるものだろう。でも、俺はあえて笑わなかった。眼光を鋭く尖らせ、目標を討ち取るハンターのような目でこう言った。


「日本ダービー、絶対勝つぞ」


一瞬、林が困惑したように身震いをした。だがその数秒後には、彼の顔に挑戦的な笑いが生まれていた。


「ええ、負けません。俺達ならば!」


俺達は"目"で語り合った。そして、何事も無かったかのようにターフを後にした。


それからの練習は凄かった。俺と林の想いを汲み取ってくれた調教師が、鬼のようなメニューを作ってくれた。俺はそれを淡々とこなし、どんどん力をつけていった。それに調教師もやる気になり、1日では終わらないほどのメニューが出された事もあった。それでも俺は文句1つ言わずに、自分を高める為に特訓していった。全ては日本ダービーを捕らえるために。


そこから何週間も経った。相変わらずメニューは厳しかった。でも、遂にそれも終わる時が来た。5月29日、日本ダービー1日前。2週間前から、基礎練習がコース練習へと変更されていたが、最後の坂路だけは毎日行っていた。これをする事で、日々のケジメがつけられる。そう思っての行動だった。


「これで!終わりだぁぁぁ!」


俺はレース前最後の坂路を登りきった。俺の体を滴る汗が、太陽の光によって輝いていた。それを見て、俺も笑った。そして、俺はそこを後にし、調教師の所へ行った。


「よくやったな、シンジ。まさかここまでやるとは思わなかったよ。でも、これなら……日本ダービーの勝利を約束できる!後は、本番に上がらないだけだ。」


ああ、俺は頑張ったんだな。調教師の言葉を貰った時、俺はそんな事を思った。あくまで笑顔は作らない。限りなく無表情に近い顔で、調教師を見つめていた。勝負は、もうすぐそこなのだから。


「任せてください、先生。いざとなれば私が抑えます。ですが、そんな心配いらないだろ?シンジさん」


「……ああ」


俺は色を殺して答えた。それを聞いた調教師は他愛も無い事を言って、すぐに帰っていった。俺も明日に向けて帰ろうとした時、林に呼び止められた。


「シンジさん、私も少しお邪魔させて頂いてもよろしいですか?シンジさんの馬房に」


俺は一瞬戸惑ったが、快く了承した。林が俺の所に来るのは、いつも本当に大切な時だけだ。それを断る訳にはいかない。


「ほえー、ここに飾ってあったんですか。あの時のお守り。もう新年から4ヶ月経ったんですね。時の流れというのは早いものです」


林はそう言って、壁に掛けてあるお守りを取り外し、俺の目の前に持ってきた。林のポーカーフェイスで、これが何を意図しているのか分からなかった。


「シンジさん、このお守りの中に何が入っているか、分かりますか?」


お守りの中身か。そんなん考えた事が無かったな。なんか念仏でも書いてある紙でも入ってるのか?そう俺が言うと、林は笑いながらお守りの紐を解き始めた。


「見てくださいよ、これ。誰のか分かりますか?」


林の手の中にあったのは、銀色に輝く綺麗なたてがみだった。これは間違いなく馬のたてがみだろう。でも、馬を特定することは出来ない。芦毛というのは一目瞭然だが、芦毛の名馬なんて数多くいる。その中で、誰か一頭というのは無理な話だ。


「分かりませんか。実はこの毛、シンジストライプのなんですよ。俺が今よりも若かった時、偶然貰えるチャンスがありまして。そこで貰ったんです。」


俺は驚きを隠せなかった。シンジストライプは確かに芦毛だ。でも、競走馬として活躍していた時代があまりにも短く、配られる機会も殆ど無かった。それを入手するなんて……俺が戸惑っていると、林は少し笑いながら話を続けた。


「なぜ今このタイミングで、これを見せたか分かりますか?」


俺が首を横に振る。林は再度小さく笑った。その顔はどこか優しく、どこか切なく、どこか厳しい……言葉では言い表せない複雑な表情だった。


「先生はああ言っていましたが、シンジさんには間違いなく名馬の血が通っているんです。シンジストライプという、名馬の血が。もちろん、その重圧に打ち倒されてはダメです。でも、シンジさんはストライプから、勝てるだけの能力・センス。そして、"白銀の精神"を受け取っているんです。シンジさんは今まで、日本ダービーに出走予定の馬の中で、誰よりも多く、誰よりも一生懸命に努力してきました。ストライプから受け継いだもの。シンジさんの努力。この2つが合わされば、誰にも負けることはありません。俺も、負ける予定はありません」


「シンジさん、日本ダービー、勝ちましょう。あの青い空、先に誰もいない青い空へ。そこで、2人だけの景色を見ましょう。勝者のみが見られる、最高の景色を」


俺は後ろの空を見上げる。雲一つない、綺麗な景色。澄んだ青で彩られた、綺麗な世界。ああ―誰よりもはやく見るその景色は、きっと綺麗なんだろうなぁ。あの頃、俺が見上げた、景色のように。


俺が振り向くと、決意をその目に宿した鬼がそこにいた。俺は黙って頷く。それを確認して、林は再び美しい顔に戻った。そして、無言のまま馬房を去っていった。その後ろ姿も、例え難いほど雄大で、力強かった。


――


美しい小鳥のさえずりで目を覚ます。俺は真っ先に空を見上げる。まだ登りきっていない太陽が空を焦がす。昨日見たあの青い空とは、また違った印象を受けた。だが、この暁の空も、あの青い空も、美しい事には変わりない。


俺はこの空に向かって、大きな声で願いを叫ぶ。大きな、大きな、大きな声で


「おれはぁぁぁ、勝つぞぉぉぉぉ!にっっぽぉぉんだぁぁぁびぃぃぃー!」

今回もご閲覧ありがとうございます。

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