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葦毛の雄王〜転生の優駿達〜  作者: 大城 時雨
Gray Horse Ranaway
35/79

35.失墜

遅れてしまい申し訳ございません。

俺は失意のうちに馬房に戻った。日々の特訓を怠らず、毎日のように努力していたあいつが、まさかあんな風な負け方で敗戦するなんて。俺はナイトを憐れむと共に、あの3頭に対しての憎悪が湧き出てきた。あれは絶対に故意的なものだ。そうとしか考えられない。1頭はパケットに敗れ4着に終わったが、もう1つのトライアルレース、プリンシパルステークスに出て絶対に日本ダービーに出走してくるだろう。その時は、確実に潰す。


その夜は寝ようにも寝れなかった。怒りと悲しみとが心の中で混ざり合い、表現しづらいどす黒い色へとなっていた。心のモヤが晴れずに、目の前に広がる暗黒がどんどん暗くなっていった。


夜も深くなって来た頃、俺の馬房に光が差し込む。遂に2人が帰ってきた。普段なら高順位を取ってきた帰りは嬉しそうにしているパケットが、今日はどこかぎこちなくしていた。俺は軽く会釈をして、パケットはここを後にした。ナイトとは、顔も合わせる事も出来なかった。ここで何か気の利く言葉を言ってあげれたら良かったのに、俺は行動出来なかった。おっちゃんや林、調教師。みんなと色んな経験を積んで、俺は強くなったんだと思っていた。そう思い込みたかったのかもしれない。結局、俺は友達を、大切な人を救う事は出来ないんだ。ナイトをこんな事にさせたアイツら、そして、友達を救えない自分を深く恨んだ。


2人が帰ってきた後も、穏やかな眠りにつくことは出来なかった。ずっと、ナイトの事が頭から離れなかったのだ。その日は失意のうちに朝日を迎えた。


次の日の調教は身に入らなかった。その日は1度も2人と会話しなかった。早く2人と会話したかった。早く普段の関係に戻りたかった。心の壁が俺達を隔てていたのだ。林やおっちゃんなら、落ち込んだナイトを救う事なんて容易いだろう。でも、彼らは馬と会話出来ない。つまり、彼を救うか殺すかは、俺の手腕にかかっているという事だ。俺は彼に話しかけるチャンスを伺っていた。しかし、待てども待てどもその時は来ない。俺は次第に、自分への自信を失っていった。




「おいおい、こいつが噂のシンジスカイブルーさんじゃねぇの?」


トレーニングの休憩中、後ろで嫌味な声が聞こえた。まさかと思って振り返ると、やはりあの3頭、アースガルド、アールブヘルム、ヘルヘイムだった。俺は明らかな嫌悪の表情を見せた。それに奴らは嬉々の憎たらしい笑顔を浮かべた。


「おー、かっこいいねぇ〜。友達をやられた恨みかなぁ〜?」


「そうじゃねぇ?何しろダッサイのには変わりねぇけどな。」


「勝利こそ全てだ。その勝ち方がどうであれ、敗者が弱き者なのは周知の事実だ。それの友であるシンジスカイブルーもまた、弱き者だ」


ここで俺は自分を抑えられなくなった。周りの目なんか気にせず、3人に噛み付こうとした。それを足払いで避けられる。


「ひょ〜、こえ〜。さっすが天下のシンジスカイブルーさんですわ!」


「本当にかっこいいねぇ。ま、敗者だけどね」


「ああ、戦うならばレースで、だ」


赤くなる頬を気にせず、奴らの方を向いて叩きつけるように叫ぶ。


「貴様ら、俺の友達を潰しておいて平穏に暮らせると思うなよ!必ずや、日本ダービーで殺してやる!人と会話して、不正をして、何が勝利だ!」


俺がそう叫ぶと、3人は再び好機の目を寄せた。その笑顔を見て、俺は再び噛みつきたくなった。


「おいおい、こいつ気づいてやがったぜ。目だけはマトモみたいだな。」


「ああ、全くだ。が、目以外は駄目駄目なんだよね〜。目だけに!」


「何それウケる〜。」


「俺はどうかと思う。」


人を心底馬鹿にしたような会話に、さすがに我慢の限界だ。俺は足蹴りを食らわそうとした。だが、その瞬間、外から眼差しを向けるナイトが目に入った。その冷徹とも温和とも言いきれない表情を見て、俺は必死に自分の脚を抑えた。


「必ず、日本ダービーで叩きのめしてやる!覚悟しておけ!」


それだけ言い放つと、奴らは飽きたのか別の所へ移動していった。そこからは奴らの対抗心だけでトレーニングを行っていた。調教師や林に傷を心配されたりしたが、俺は一切口を割らなかった。これは、俺が俺自身で勝たなければいけない戦いだと、自分の中で戒めていたからだ。


すっかり日も昇り、調教終了時間になった頃だった。突然、ナイトがこちらに来た。これは願ってもないチャンスだと言わんばかりに、俺は彼に話しかけようとした。失敗した。俺が話しかける前に、彼が先手を打ってきたのだ。


「ねぇシンジくん、少し時間いいかな?」


驚いた。まさか向こうの方から接触を疑ってくるとは。俺は調教師に許可を取り、木陰で話を始めた。


「シンジくん、僕はぁ、悔しいよぉぉぉ!あんな屈辱的な負け方をして!情けない姿を晒して!俺はあんまりだぁぁぁ!」


話し始めるやいなや、いきなりナイトが泣き始めた。これは俺にとって予想外の出来事だった。林が泣いた時も、段階を踏んでの涙だった。それだけに、いきなり泣き出すのは突拍子もない事だった。


「俺はねシンジくん。君を、君を生きがいとして走ってきたんだ。あの日、君が話しかけてきてくれた時から、君は俺のヒーローだったんだ。そんなヒーローが、俺の走る理由になっていたんだ。でも、そんなヒーローに、こんな酷い姿を見せて…きっと君は失望しただろうね!あいつはこんな走りしか出来ないだな、てね!俺は、これから何を生きがいにして走ればいいんだぁぁぁ!うわぁぁぁ!」


「…シンジくん、俺は、もう、走りたくないよ。あんな惨めな思いをするのなら。もういっそ、殺してくれ。これは、時代や環境のせいじゃなく、俺が悪いんだよ。勝てない俺が…もう…死にたい」


彼の悲痛な叫びは、俺にものすごく突き刺さった。昔の俺は、まさに今のナイトそのものだったからだ。1人で悩んで、抱え込んで、最悪の場合を想定して、自分をダメにする。でも、そんな俺を救ってくれた人が、俺にはいたんだ。あの時、親友を無くした痛みを消してくれた、偉大な先輩が。


俺は昔、親友を無くした。その時は、本当に世界が暗くなった。暗黒が俺を支配し、目に入るもの全てが忌々しく、全てが嫌になった。そんな俺を救ってくれたのが、俺の1個上の、優しい目をした先輩だった。


先輩は家が近所で、仲の良い知り合いみたいな関係だった。ある時、俺が肩を落として夜の街を歩いていた時、先輩に出会った。先輩は俺の事を心配してくれて、その甘さに漬け込んだ俺は洗いざらい話した。そして、俺は先輩にはたかれた。


「馬鹿野郎!そんな事で、めそめそすんじゃねぇ!俺から聞くが、本当にその友達は、お前のこと嫌ったのか?違うだろ!本当の親友ならば、そんな事で別れるなんてしないはずだ!それが出来ないようなら、本当の親友じゃねぇ!よぉ、慎二!お前は本当の友達を見つける旅に出ろ!その旅で、親友を見つけてみろ!そこで見つけた親友は、二度と失うな。いいか、全力でぶつかってみろ!それでも付き合ってくれる奴が、本当の友だ!」


俺は、先輩に抱きついて泣いた。人目を気にせず、泣きわめいた。それを先輩は、嫌な顔1つしないで受け止めてくれた。俺は、先輩に感謝しまくった。そうしたら、


「もしお前の友達が悩んでいるならば、これと同じ事をしてやれ。俺からお前に繋いで、それをお前が次世代に繋げるんだ。人間っていうのは、そうやって生きてきたんだ」


というお言葉を貰った。先輩だけじゃない、おっちゃん、林、調教師、アカガミリュウオー。俺の周りには、恩を返さなければいけない人ばかりだ。その恩を返すならば、ここしかない。


「なあナイト。俺が本当にそう思ってると思ったのか。」


「……」


「馬鹿野郎ッ!」


「!!??」


「俺とお前は、親友でありライバルだろう!もちろん負ければ悔しいよな。それは全然当然だよ!でも、そこから立ち直れず、折れるのとは別問題だよ!お前は、こんな所で折れないだろう!お前は、俺の、ライバルなのだからだ」


そういうと、ナイトはまた泣き始めた。俺は彼の涙を優しく受け止める。ひとしきり泣いた後、ナイトがまた話し始めた。


「でも俺……走る理由が見当たらなくて……」


その言葉を聞いた時、俺は林の言葉を思い出した。「シンジさんは、色々な方を救いますね。」「ええ、そりゃあもちろん!シンジさんは、太陽です。」これだ。ナイトを助けるならば、これしかない。


「ならば、俺がもう一度走る理由になってやるよ!今度はヒーローではなく、ライバルとして!」


「え?」


「今度の日本ダービー、俺は絶対1着を取る。アカガミリュウオーにも、スーパーパケットにも、あの3人にも負けない。」


「そんな ……あのブロックは絶対に抜けれない、いくらシンジくんでも!」


「不可能を可能にするのが、ヒーローだろ?」


「あ……」


「見ててくれよ、ナイト。そうしたら、もう1回、走ろう。みんなで、一緒に!」


「……うん!」


その笑みは、なんの不純物も含んでいない、純粋な笑みだった。美浦トレセンの桜は散っても、心の桜は散ることは無い。むしろ、今こそが満開だ。2人の心のモヤが、晴れていくのを感じる。そこに出来た景色はまるで、遠く遠く、無限に広がる、"青空"のようだった。

今回もご閲覧ありがとうございます。

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